31_昼間の少女_挿絵有
250119 挿絵追加
「オッキーお帰り~、余裕だったね!」
「あーもう、いちいち飛びつくなって!」
シミュレーター室から出てロビーに戻ると、待ち構えていたエリーが飛びついてくる。昨日あれだけ顔を真っ赤にしていたのは誰だったのかもう忘れているようで、スポッと人の胸の中に納まって来る。頭をガシガシしてやると”わキャー”と声を挙げて顔を押し付けてくるが、こいつの羞恥心は一体どこにあるのだろうか。
「おかえり。かっこよかったよ」
「おう、宣言通り完勝してきたぞ」
その後ろからリタが迎えてくれた。こちらはいつも通りの無表情、とは言っても再会した時のような冷たい無表情ではなく、その中に少しの温もりを感じる。前に居たところがどんな環境だったか知らないが、俺たちと居てそんな表情を浮かべてくれることが少し嬉しい。
「? どうしたの?」
「いや、”強い”とか”ヤベー奴”とかは言われ慣れてるけど、”カッコいい”とか言われたことなかったからちょっと新鮮だなと。だから何だって話だけどな」
ぼけーっとそんなことを考えていると、何かあるように見られたのか。リタの咄嗟の問いに何も考えず適当に返してしまった。
あ、やばい。なんて思った時にはもう遅く、揶揄うように目を細めたリタが面白そうにこちらを見ている。
「ふふ、なら私が初めてなんだ。かっこよかったよ、初めて私を助けてくれた時と同じで」
「へいへい、ありがとさん」
少し恥ずかしさを感じて顔を逸らしてしまう。
そんなことをしていると、背中に回された腕がより強くなった。何だ何だと思い胸元に顔を向けると、ムスッとしたエリーの顔が視界いっぱいに広がる。
「ボクもカッコいいくらい言ったことあるじゃん!」
「そうだったか? 悪い、覚えてない」
「ええー!?」
「はっはっは」
じゃれついて来るエリーを適当にあしらっていると、少し遅れて模擬戦相手がロビーに戻って来た。
全員がまるで化け物を怯えるような目で見てくるが、それも慣れたものだ。どうやらロン毛は待ち人がいるらしく、大股で俺たちの横を通り過ぎて行く。
ロン毛以外はそそくさとロビーを後にしてしまった。あの模擬戦で少しは未熟さが理解出来れば負けた甲斐もあるんだが、平和な星系でたむろしていた連中ならそう簡単に変われないだろう。帝国軍に居れば強制的に教官に尻を蹴られて終いだが、傭兵は付き合う相手と環境を自分で選ぶことができてしまう。今回だけの顔合わせだろうが、あの人たちの今後をお祈りしよう。
などと考えていると、ロン毛の声がロビーに響き渡った。何やら揉めているようで、ギルド職員が間に入って止めようとしている。
相手は誰だと近寄ってみると、つい昼前に出会った身形の良い白髪の少女だった。
「話が違うではありませんか!」
「はて、何のことでしょう?」
「貴女は彼を倒せば私と契約して下さると仰った! 特例で中尉に上がった准尉程度、私であれば勝てて当然だと」
「そのような事は申しておりませんわ。特例で階級の上がった彼を倒せる程の腕利きでなければ、私共の企業と契約することは出来ない、そう私は申し上げたはず。それを曲解し、彼が与しやすい相手と考えたのはお前の落ち度でございます」
「な、なっ」
「模擬戦は私も観戦しておりましたが、お前は実に無様でしたわね。バレンシア星系のトップエースなどと、私に取り入るため大言壮語をしておりましたが、結果を見ればただの雑兵ではありませんか。それとも、帝都近辺の傭兵とはこの程度の者しかおりませんの?」
白髪の少女は回りを見渡すが、周囲の傭兵はおろかギルド職員すら少女に気を使っているようで、誰も声を挙げない。
「あら、本当に腰抜けしかおりませんのね。それに比べ、そちらのオキタ中尉は本物でした」
そう言って身体をこちらに向け、正面から俺を真っ直ぐ見つめてくる少女と目があった。ハイデマリーと初めて会った時にも感じた、”獲物を見つけた”とでも言わんばかりの力強い眼差しには思わず身を引いてしまいそうになる。
リタとエリーも今の状況が不味いと判ったのだろう、服を引っ張って帰ろうと促してくる。けど誰も声を発さない、ロビー全体の注目が集まっている時に帰れるわけないだろう。ギルド職員まで帰るなと言わんばかりにこちらを睨みつけている始末だ、覚悟を決めて諦めるしかない。
「俺を知っているのか?」
仕方なく話を振ってみると更に目力が強くなった。やばい、狩りの獲物になった気分だ。
「勿論存じております。突然軍を辞めたと聞き、私共は貴方様の身柄を確保するため調査隊まで派遣しましたもの。ですが調査隊が赴いた時、貴方様は既に宙賊討伐の任に就き、宇宙へ飛び立っておりましたのでお会いすることもできず……紙一重でしたわ」
「……? よく分からないが、俺なんかの為にありがとう、って言っておけばいいのか?」
隣のエリーを見れば、げぇっと声を出すような顔をしている。
「しょうがない、マリーには止められてたけどもう手遅れだし……オッキーには言ってなかったけど、あの時オッキーには懸賞金が掛けられてたの。居場所だけでも大層な額がね」
「はあ? なんでそんなことに?」
「あ・の・ね! 帝国軍でも数少ない人しか持ってない二つ名を複数持ってて、帝国へのヴォイド侵攻を3年間も阻止し続けていた部隊の一員で、ふざけた練度を持った部隊の中でも頭一つ抜けた、それこそバカみたいな戦果を一人で挙げていたTSFトップエースが軍を辞めるっていうのは、そういうことなの! ちょっとは自分のやって来た事とか立場を理解しなよ!?」
「私が知ってたくらい……って言えば、どれだけのことか理解できる?」
「エリーは兎も角リタにそう言われると流石に……俺は何も知らなかったんだが」
「貴方様の元上官、老練翁は情報統制に秀でた御方です。何かの意図を持って貴方様の耳に入らないようにしていても不思議はありませんわ。
この場に居られる方も、こう聞けば彼が誰か分かるのではありませんか?
元帝国宇宙軍メリダ星系外縁方面艦隊第88TSF連隊、”箒星” ”ヴォイドキラー”などの二つ名を持つ若きトップエースのことを。
その実力、気概は先ほど皆様もご覧になられた通り。彼こそ私の求める全てを備えた新進気鋭の傭兵ですわ」
むずがゆいことを淡々と言う少女に、ギルド内が俄かに五月蠅くなる。
誰も彼もが俺について口にしているが、大層なことをしてきたつもりは微塵もないんだけどな。3年前にコロニーが侵略される姿を見たから、たまたまTSFに乗る適正があったから帝国軍に入隊しただけだ。それをこんなに大層に持て囃されるのは何か違う感じがする。
「この男がヴォ、ヴォイドキラーだと!? 帝国近衛軍が目を付けていた男が相手だなんて……あ、貴女は最初から私と契約するつもりが無かったのだな!?」
「あら、お前まだいらしたの。先程から何度も申し上げております通り、オキタ中尉に勝てれば私共『セクレト』はお前と契約しておりました。お前は勝てなかったのですから、契約出来ないのは当然でしょう。……ああ、お前は見掛けだけで勝てるつもりでしたわね」
「わ、私は貴族だぞ! このような所業が許される訳がない!」
「あら、身分を持ち出されるのですね……では私も宣言しておきましょう。帝国で私共セクレトに逆らって生きていけるとお思いなら、この場で私を好きにすればよろしいですわ。もっとも、お前は私に触れることも出来ませんけれど」
破れかぶれか、一歩を踏み出そうとしたロン毛。流石に不味いと二人の間に割り込もうとした俺とエリーだったが、ロン毛はそのあと一歩も踏み出せず、不思議なことにその身体が1Gのコロニー内で宙に浮いていた。
「P.P……成程、私が読めなかったのはこれが理由」
リタがそう呟くが、目の前の光景が衝撃すぎて耳に入ってこない。
手を翳した少女がギルドの入口を指差すと、誰もいないはずのに自動ドアが一人で開いていく。
「お前では力不足ですわ。では、御機嫌よう」
手首のスナップひとつで大の男がすっとんで行った。ひとりでに空いた入口も閉じ、その光景に誰も口を開けないでいる。P.Pが超能力だっていうのは双子から聞いて知っていたが……目の前でやられるとその光景に頬が引き攣る。あんなのと敵対するときが来たらどうすればいいのかという心配と、その超能力者がこちらをロックオンしている事実に腰が引ける。無理やりにでも帰っておくべきだった。
それに加え『セクレト』 だって? ふざけんな、何で帝国で三大企業に数えられるセクレトが俺の身柄確保に走っていたんだよ!
「……なあ、そう言えばラビットの合成食品の基はセクレトだったよな?」
「むしろ、あそこの製品に触れないで生きていく方が無理かな? だって帝国経済の頂点、ビッグスリーの一角だよ? オッキー何で目付けられてるのさ!?」
「俺だって知りたいわ!?」
「……あ、やっと思い出した。どこかで見たことがある思ったら、帝国の要人リストに載ってた。彼女、バレンシア星系を含む帝国中央を任されている専務だよ。いわゆる次期セクレト総帥候補、これはいよいよもって不味いかも……」
リタさんそういう事はもっと早く言ってくれませんかね? そんな気持ちはくるっとターンして再度こちらを見つめる少女を見た瞬間に消えてなくなった。
「商談、受けて下さいますわね?」
「……はい」
助けてハイデマリー、俺たち嘗てないほどのピンチかも。。。
お嬢様口調が分かりません




