30_パイロットの流儀
「機体を失った准尉がお情けで中尉に昇進とは、傭兵ギルドの名声もあったものではないな!」
ラビットに入隊してからこの方、自分で言うのも何だが俺は結構我慢していた方だと思う。
普段の生活や仕事に対する我慢じゃない。自分に合った機体で戦闘が出来ないことに対する我慢だ。
帝国軍ではTSFのトップエース、それも伯爵から直々に改造を許可されたカスタム機に乗っていた俺が、傭兵になった途端に得意でもない近接格闘戦が奥の手のVSFにしか乗れず。宙賊程度の連中ならまだしも、共和国特殊部隊なんてヤバめな連中を相手にするときもVSFのままで神経が磨り減るような戦闘をさせられ、挙句頭の可笑しいオープンチャンネルビット兵器野郎に墜とされただって?
「糞みたいな髪色しやがって。ロン毛、俺が何だって?」
そんな俺がうきうきルンルンでTSFのカタログを眺められる、そんな瞬間にこんな声の掛け方されたら普通に切れるわクソボケが。こちとらフラストレーション溜りっぱなしで漸く、ようやくTSFに乗り換えられるかという瀬戸際でアホみたいな茶々入れやがってぶち転がすぞ。
「中尉になったばかりの痴れ者が、この私に向かって何たる物言い!」
「お上品にしてれば敵が堕ちてくれたらいいですねぇ? ね、先任中尉殿?」
軍人でもないのに階級章なんて付けやがってこのナルシストめ。やるならやるでさっさと掛かってこいと言わんばかりに煽るが、中々乗って来てくれない。ここまで馬鹿にすればもっと直接的な手段を取って来るかと思いきや、目の前の男は怒りで真っ赤になった顔で唾を飲み込んだ。
ほー、煽り耐性はエリーよりだいぶ高いな。ちらっとエリーを振り返るとニヤニヤと悪い顔をしている。エリーはこういった絡んでくる輩の相手をするのが好きだからな、乱闘が始まると嬉々として参戦するつもりだろう。
「諸君! この者は先程、軍からの要請によって准尉から中尉に特別に昇進した! そしてこちらの少女に至っては登録した時から中尉扱いだ! 諸君、この不平さはなんだ!? 我々が任務をこなし、戦果を挙げ、階級を一つずつ上げてきたにも拘らず、彼らは軍の覚えが良いというだけで地位を約束されているのだ! こんなことが許されていいのか!?」
その我慢強さからちょっとはマシな馬鹿かと思いきや、ただのぶっ飛んだ馬鹿だった。
軍人だろうが傭兵だろうが、ひとりのパイロットとして舐められたらこの業界じゃ終わりだ。最後に頼れるのが自分だけの世界で、一度堕ちた評判はそう簡単には覆らない。にも拘らず、自分で売った喧嘩の正当性を周りに求めるのは愚かでしかない。
「ダメだダメだ~! ズルいぞオッキー!」
「ああ、そうだな。そいつはいけねぇ」
「コネってのは頂けねぇよな。俺たちだって毎日汗水掻いて働いてるんだぜ」
それでも同調するように釣られてくるアホ共が数人いる。パイロットの流儀が分かっていない連中だからこそ、帝都星系なんて安全な場所で引きこもっているんだろう。
「で? だったらどうする? ギルドに降格を訴えるなら勝手にしてくれ」
「笑わせるな! そのようなことをしても何の意味もない!」
ロン毛がそこまで言った所で、背中を引っ張られる感触があった。エリーのアホは面白がって一緒に煽っている、後ろを引くのはリタなのだろう。ちらっと後ろを振り返ってみると、服を引っ張る手とは反対側の手を使い、人差し指を口に当てて声を挙げないようジェスチャーをしているのが見えた。リタは俺やエリーと違い、身体に植え付けられたB.M.Iで相手の思考を読み取ることも出来る。俺にはない感覚で何か掴んだのだろうか。
「貴様に先任中尉として教育を施してやる! 嫌とは言わせんぞ!」
「ほー、じゃあ見せて下さいね。先任中尉ってのがどれだけやるのか、俺に分からせて下さいよ?」
「減らず口を、シミュレータールームで待つ。ロビーのモニターにも貴様の無様な姿が映るようにしておいてやるぞ……おい、此奴を気に食わないと思っている連中は私と共に来い!」
3人程がロン毛の後ろについてシミュレータールームへ歩いて行った。周囲には興味深そうにモニター前に集まる人、我関せず商談を進める人、賭けを始める人など様々だ。
「エリー、全額俺に賭けとけ。これ俺の金な、預けとく」
「合点承知。リタは?」
「もちろん全ツッパ」
「了解~、じゃあ元締めのとこ行ってくるから後はヨロシク!」
俺とリタの財布を持ち、スキップでもしそうな軽やかさで歩いて行くエリー。
臨時収入のチャンスだ、活かさないわけがない。3人の全額を賭ければオッズも動くだろうが、数だけで見れば1人対4人。ひとりの俺が勝てるわけない、そう考えたくなる人はきっと少なくないだろう。つまり4人に賭ける人は多く、賭ける人が多ければ掛け金も上がり、払い戻しにも期待が出来る。その時は二人に何か買ってやるのもいいだろう、元々エリーには約束させられていたし。
「オキタ」
「ん? ああ、分かってる。何か感じたんだろ?」
「その前に確認。あの人、私達の話聞いてた?」
「いや? そもそも受付の近くには誰もいなかったはずだ」
「だよね。あの人、思考を誘導されているような感じがした。それが誰かまで読もうとしたけど、何かに妨害されているような感じがして掴めなかった……ごめん」
「いやいや、そこまで分かるだけで十分だって。裏に誰かがいて、アイツを操って俺らを試そうとしている奴がいるかもしれないってことだろ?」
「私もそう思っている。オキタのことは心配してないけど、裏に誰がいるか分からない以上はやり過ぎないでね」
「いーや、そりゃ無理だね。バレンシア星系に居られなくなるくらいボコボコにしてやる」
「はぁ……そう言うと思った。ま、頑張って」
悪いなリタ。ここまで言って辛勝とか恰好が付かない。完膚なき勝利でアホ共に分からせてやる、誰に喧嘩売ったのかをな。
☆
シミュレータールームのコックピットに座った時には、ロン毛以下4人の機体が仮想空間に待機しているのが見えた。コンペに負けた企業の機体、帝国軍の型落ちなど、特にカスタムされた形跡もないオーソドックスなTSFが合計4機。ぱっと見る限りだと全てビーム兵装のみ、実弾やレーザーは装備していなさそうだった。
さて、それじゃあ俺は何で出撃しようか。
コンソールを弄るとずらりと並ぶ機体名の数々。流石本部のシミュレーター、登録されている機体にはかなりのバリエーションがあるようだ。1世代前の帝国軍正規採用TSFからVSFまで幅広く選択することができる。
あ、俺が帝国軍に居た頃に乗っていた機体も登録されているじゃないか。でもノーマルだと機動性があまり良くないんだよな、何てことを考えていたら通信ウィンドが立ち上がった。勿論相手はロン毛だ。
「早く選べ」
「まあ待てよ、こちとら目移りしてる所なんだ。是非とも黙っていて欲しいね」
「ふん、何に乗ろうがコネでのし上がった奴に私が負けるわけないだろう!」
んー……人間ってのは我慢が許容量を超えると笑いが浮かんでくるんだなぁ、はっはっは……
「ぶっ潰してやるから覚悟しとけよ三下ァ!! てめえらなんざアウトランダーで十分じゃボケ!!」
流石にキレた。こいつら相手にTSFなんか使ってやらねぇ。格下扱いしたガキが乗ったVSF如きに負けたって烙印を押してやる。ついこの間までの愛機を選択すると、障害物無しの宇宙空間がコックピット内に投影されていく。
画面に映るReadyの文字が消えると同時に模擬戦が開始。俺は躊躇わずフットペダルを思い切り踏み込み、敵TSFへと肉薄していく。
『VSFだと!? 貴様舐めているのか!』
何か言っているようだが全く意に介さない。障害物の無い宇宙空間での戦闘はVSFにとって最高の戦場だ。
しかもアウトランダーは未だに現役を張り続ける傑作の快速偵察機。機体性能も理解せずにそんなことを言っているのなら舐めているのはお前らの方だ。たかだか4機×腕2本程度のぬるいビームライフルの弾幕なんざ脅威にもならないと、あえて弾幕の中に突っ込んで行く。
『真っ直ぐ突っ込んでくるだと!?』
『あ、当たらねぇ!?』
寝ぼけたビームになんか全く当たる気がしない。機体上下部サブスラスターの微噴射と僅かな操縦桿の操作でひらひらと機体を揺らし、直撃コースのビームだけを回避する。その間も加速を緩めたりはしない。
そんなアウトランダーの回避を見て焦っているのか、正確に狙おうとしているのかは知らないが、4機は足を止めて無駄な射撃を繰り返してくる。
―――馬鹿が。
零れた悪態と共に、敵1機に向けてトリガーを2回引く。アウトランダーの艦首ビーム砲は、夢中になって射撃を続けている敵機の両腕を正確に撃ち抜いた。
これで射撃可能な機体は3機のみ。弾幕の圧力がより少なくなったこの直線が敵機への最短ルートだ、モニターで見ている連中の度肝を抜いてやる!
「戦場で棒立ちするくらいなら、パイロットなんて辞めちまえ!!」
『う、うわああああああああああ!?!?』
腕を失った機体を、すれ違い様にビームブレードで一閃。コックピットを撫で切りにする。
アウトランダーが過ぎ去った後、仮想空間に爆発の光が起こる。これで一機撃墜。
「次!」
『なっなんだコイツ!?』
『は、話が違う!? 楽な相手じゃなかったのかよ!!』
『狼狽えるな! たかがVSF1機、連携すれば……』
「VSFに斬りかかられるなんざ初めてだろうが! アウトランダー舐めんじゃねぇ!!」
近接格闘戦が可能な機体とはいえ、VSFに斬りかかられるとは思ってもいなかったのだろう。もはや先ほどの一斉射も出来ない程統制を失い、烏合の衆となった3機が思い思いにライフルの銃口を向けてくる。
ところが機体制御が下手なのか、それともこちらが早すぎるのかロックオンアラートが鳴ったり鳴らなかったりと、まともにアウトランダーをロックオンすることすら出来ていない。
それなら、めくらで偏差射撃くらいすればいいものを、それすら撃ってこない。
”ロックオンさえすれば”などとふざけた発言が聞こえてくるが、機械任せのロックオン射撃は、必ず当たる魔法のステッキなんかじゃない。
人類種の敵であるヴォイドとの戦場、それも乱戦にもなると”大体ここら辺”と勘に頼った戦い方が出来ないと生き残ることなんて出来ない。だからマニュアルである程度の狙いを付けて、後は経験と勘で敵を射撃するスキルが必要になるのに、それをコイツらは持ち合わせていなかった。
ついこの間模擬戦を行った第二艦隊の連中と比べるのは流石に失礼過ぎるが、射撃が当たらないと見た戦闘狂の貴族たちなら、なりふり構わず剣を持って突撃して来ているだろう。階級を盾に喧嘩を売ってきたんだ、それくらいの気概は見せて欲しいっての!
「だから足を止めるなよ!」
牽制のミサイルを発射して追い立てるつもりが、敵機は迎撃しきれず無様にも被弾していく。ミサイルの直撃を貰った機体はその衝撃で宙を舞い、姿勢制御も儘ならないまま残りの全弾が命中していく。爆散した敵機は回避も出来ない、迎撃も出来ない……ああもう! こうも簡単だと逆にストレスが溜まるわ!!
『こ、この野郎!!』
ビームが当たらないとようやく理解できたのか、敵機がビームサーベルを抜いて突撃してくる。
意気込みは買ってやるよと、こちらもビームブレードを展開して正面から突っ込む。接近するアウトランダーに向け、ビームサーベルを振りかぶる敵機。
機体が交差するタイミングでよく振るわれるそれを、メインスラスターの偏向ノズルの方向を急変更し、フットペダル操作、操縦桿を勢いよく引き、機首を真上に向けた急制動で空振らせる。
『なんっ、だ、その動きはああああああああああああ!?!?』
そのまま直上に向かってブースターを軽く噴射。すぐさま機体を反転させ、敵機の頭から股にかけてビームブレードで切り裂いて真っ二つにする。これで残りはロン毛のみ。
『う、うおおおおおおおおお!!』
斬りかかって来るロン毛の機体に向かい、捻じりこむような機動でアウトランダーを回転させ、サーベルを持った片腕だけを斬り落とす。
『まだだ!!』
斬り落とされることは織り込み済みなのか、もう片方の腕でも斬りかかって来ていたロン毛の機体が目に映る。
―――おお、これは当たるかも。
そんな考えが頭を過るが、それは何もしなかった時の話だ。
俺は咄嗟にアウトランダーのメインスラスターの出力をカット。右舷と左舷、それぞれに取り付けられている亜光速ブースター、その左舷だけを全開で機動させる。
『なん…だと……』
可変式ビームブレードを展開したまま、その場で文字通り目にも止まらない速さで右回転をするアウトランダー。先に振りかぶっていたはずのロン毛機は、そのビームサーベルを振り下ろすよりも先に、アウトランダーによって胴体を薙ぎ払われて爆散。
「ま、こんなこと実機でやったら普通の人間じゃ耐えられないだろうけどな」
こんなバカみたいな加速芸、曲芸飛行以外の何物でもない。実機でやってしまえば俺でもゲロ吐く自信がある。
最後に魅せ技も披露して全機撃墜、これにて状況終了だ。
シミュレーターを落として外へでる。さて、居るか分からない黒幕の顔でも拝みに行きますか。




