28_商会とラビット3
コロニー・エスペランサの宇宙港。
俺とエリーが低重力下の格納庫に着いた時には、既にラビットの搬出は始まっていた。ブルーローズ横のスペースをラビット用に貸してくれているようだが、恐れ多くも艦隊旗艦の隣に商人の船が横付けされる絵面はとんでもなくレアだろう。もっとも、サイズ差からみたらただの石ころ扱いなんだが。
「こりゃイカンな。装甲部分は全とっかえせんと、危なっかしくて見ておれんわ」
『戦闘は以ての外ですね。しかし、よく耐えてくれました』
牽引されて格納庫から出てくるラビットを見て、整備担当のアンドーが頭を抱えている。改めて見るとラビットの外部装甲は融解してボロボロだ。あと少し融解したら艦内区画に届いていた部分があるし、ラビットの耳部分にあたるコンテナ艦は2機とも喪失。よくもまぁ戦艦相手にこれだけで済んだものだと思う所と、一歩間違えれば沈んでいたことが改めてよく分かった。
「エリー中尉、早いとこセイバーリングを動かしてください! ELFシリーズは中尉のようなエルフじゃないと起動すら出来ないんですから!」
「あ、ごめーん! すぐ行くー! ごめんオッキー、また後でね」
「焦って艦に傷付けんなよー」
すっ飛んでいくエリーを尻目に、ラビットを見つめたまま動かないハイデマリーへと近づいていく。真横に立っても気付いていないのか、その視線はラビットから動いていない。
ラビットはハイデマリーにとって思い入れのある艦だろうし、この光景は流石にショックなのかもしれない。何とか慰めなければと思い色々考えるが、いい言葉が浮かんでこない。
「なあハイデマリー、あんまり気を落とすなよ。戦艦相手に一歩も引かなかった武勲艦だぞ、褒めてやらないと、っておい、聞いてるのかハイデマリー…………えぇ、どう言う感情だそれ……?」
覗き込んだハイデマリーの顔は溶けたスライムみたいになっていた。いや、どういう事? ちょうど近くにいた双子に視線を向けると、苦笑を浮かべながらこちらに近づいてきてくれた。
「オキタ氏はまだ知りませんでしたか。今回の報奨金がラビット商会とハイデマリー氏の口座にそれぞれ振り込まれましてね」
「その額なんと、オークリーで使ったクレジット+艦の修繕費に、僅かばかりのお気持ちが足されただけです。諸経費やらなにやら含めても、ハイデマリー氏がオークリーで使った額にほんの少し色を付けて貰っているだけでして。ラビットの修理費用を差し引くと、口座のクレジットは僅かしか増えないようなのです」
「はー、それでこんな顔してるのか」
命がけで作戦成功させてそれじゃあ、そりゃハイデマリーがぶっ壊れるわけだ。あれだけの大立ち回りをしておいて、振り込まれるのが諸経費+お気持ち程度なんて、帝国もなかなか懐事情はシビアなんだな。この場合はクラウン司令か? ラビットの修理費用とコンテナ艦の購入でマイナスになったりしないのが唯一の救いか。
「―――はっ、せ、戦艦は!? ウチは戦艦を買うつもりやったのに、これじゃ買われへん!?」
『ミス・ハイデマリー、4000億程あれば戦艦にも手が届きますが、我々のような場末の商人には宝の持ち腐れですよ』
「そ、そか、せやな、ありがとシズ。でも、でもなぁ……」
「まあ、それは後で考えればいいだろ。儂の方でもカタログを漁って目ぼしは付けておく……っと、ヴェルニスが出てくるぞ。あとほれ。待ち人来る、だ」
視線で促された先に、片足と背部ユニットを斬り落とされたリタのヴェルニスが搬出されてくる。既にデータは根こそぎ獲られ、帝国軍全体に共有されているだろう。あのいけ好かないヘックス中佐のやらかしが増えると思うと胸がすく思いだ。
「よっ、約束通りまた会ったな」
それと、こちらに向かって歩いてくるリタの姿が見えた。警備兵に連れられてはいるが、手錠もされていない自由な姿でやって来たリタに軽く手を振る。
再会してからは表情が硬かったリタだが、今のような、頭に疑問符でも浮かべてそうな困惑顔に思わずニヤニヤが止まらない。
「え、と……よく分からないけど、私なんかの為に、だいぶ無茶をしたって聞いた。敵だったのに、貴方たちが頭を下げたって……正気?」
こっちは勲章キャンセルまでして助けたというのに酷い言い様だ。リタの言い様に全員が溜息を吐き、ジトっとした目を俺に向けてくる。やめろやめろ、そんな目で見るんじゃない。大金が手に入る予定だったのは分かるけど、お前ら納得してくれたじゃないか。だから今はリタの歓迎をしてやれと、話を促す様にどうぞどうぞとジェスチャーを送る。
「ったく、ウチのエースはホンマに……そら正気か疑いたくもなるやろうけど、これぜーんぶ本気で正気なことやで。ウチらは報酬代わりにあんさんの身柄を貰いましたよって。お陰で軍から目付けられてしもたわ」
「それでもオキタがお前さんを救いたいって聞かんもんでな。だったら儂らも乗っかってみるかと」
「クルーが増えるのは良いことですよ。リターナ氏のような方はラビットには居ませんから、また一つ楽しみが増えます」
「長い時を生きる我々には人生には潤いが必要でして。リターナ氏が私達の人生において潤滑油になってくれることを祈りますよ」
『私は皆さんに従うまでです。なので歓迎しますよ、ミス・リターナ』
「――――――ありがとう、本当に、ありがとうございます……!」
涙ながらに頭を下げるリタの姿に、ようやく彼女が救われたんだと思うと胸にこみ上げてくる物がある。3年越しの約束、ちゃんと守れて良かった。友達を見捨てなくて本当に良かった、心からそう思う。
「で、主犯は?」
「「「「オキタ(ん)」」」」
全員が一斉に俺を指さす。
そうです、俺が主犯です。感謝されるのは何回あっても良い、心からの感謝をもう一度寄越すがよい。などと馬鹿なことを考えていると、地面を蹴ったリタが俺に抱き着いて来た。感極まっているのだろう、旧友としてここはしっかりと受け止めてやる。あ、やわらかい……ってちょっと待て。何でそんなに顔を近づける必要が、
「ん……」
「ふん゛ん゛~~~~~?!?!?」
「「「や、やった!?」」」
馬鹿なこと言ってるんじゃない! 何で顔面掴まれてキスされてんだ俺は!?!? ちょ、離れ、離れろー!?
「おぉ~! やるねぇリーさん。流石のハイデマリー姉さんも驚いたわ」
『記録しておきます』
”ヒュー! 准尉も隅におけませんね!”
”おめでとうございます准尉! 中尉!”
”なぁんだ、准尉って彼女持ちだったんだ”
うるさいぞ外野! お前らは野次馬してないで早く搬出作業進めろよ! あとそこのとんでもなくキレイなお嬢さん、たぶん俺にTSF戦について聞きに来てくれた人ですよね!? 俺フリーです! 勘違いしないで下さい!
「~~~~っぷは! 何すんだお前!?」
「私なりの感謝の気持ち?」
「何で疑問形!?」
「もっと凄いことしてあげようか」
「お前は俺をどうするつもりだ?!」
振りほどくために力を込めて肩を押すが、リタは抱き着いたまま離れようとしない。つーか力強いなお前!? B.M.I強化手術ってこういう時の為の物じゃないだろ!
『何々? みんな何してるのー? ……え゛、本当に何してるの!?』
そうこうしていると、エリーの乗ったセイバーリングがブルーローズから出てくるのが見えた。い、いかん! 何がダメなのか言葉にしずらいが、この状況は確実にマズイと俺の直感が告げている!
「リタ、頼むから離れてくれ!」
「さっきのはお礼」
「いいかよく聞け、いや聞いてください! 命が惜しいなら今すぐ俺から離れるんだ!」
「でも、これは宣戦布告」
「バカよせん゛ん゛ん゛~~~~~?!?!?」
『あああああああああああああああああああああああ!?!?』
「アレン、これはNTRかい?」
「悩むねぇ」
「寝てから言わんかい。ほら野次馬共、アホやってないではよ支度せえ!」
☆
エスペランサ・コロニーでの入港審査も終わり、俺たちは仮住まいとしてホテルの一室に集まった。ここまで送ってくれた帝国軍とも離れ、一匹狼の商人に戻った俺たちのやることは多い。
ラビットは直さないと動けないし、エリーやリタの機体も同じく修理が必要。俺に至っては機体を喪失して傭兵稼業は閉店中だ。
という訳で今後の方針について決めたい所だが、怒涛の日々に流石に疲れが溜まったから休みたいというハイデマリーの方針の元、各自必要な物を手に入れつつバレンシア星系で骨休みすることになった。
それでは解散、と言う訳にもいかず。何を進めていくか皆で話し合おうということで集まっている。
「えーそういう訳で、これからラビット3になるリターナさんです。皆さん仲良くしてあげて下さい」
「リターナ・ベル、よろしく。リタでもいいよ」
拾ってきたんだから面倒見なさいとハイデマリーに言われ、エリー係兼リタ係となりましたオキタです。あの後、機体から飛び降りてきたエリーにドロップキックを喰らわされ、全身洗ってこいと風呂に叩きこまれ、何故か風呂に侵入してきたリタとタオル一丁で格闘戦をした後に、エリーのビンタで頬に小さな紅葉を作った状態で椅子に座っていますが、俺は元気です。
「ボクのだから」
「違う」
「違わない! ボクのだぞ!」
「もうどうでもいいから俺の上から降りてくれませんかね……?」
椅子に座っている俺に、まるでセミのようにくっついているエリーのせいで前が見えない。何とも滑稽な姿にエリーとリタ以外から呆れた声が漏れ聞こえてくるが、文句があるならエリーに言って欲しい。こんなのでも成人してるんだぜ……?
「降りたくないなら、せめて背中向けて座ってくれ。前が見えん」
「よし来た」
「ほい捕まえた」
あすなろ抱きで動かないように固定し、頭の上に顎を乗せて更に動けないようにする。身体がビクッとした気がするが知ったこっちゃない。この小さな暴君の好き勝手を止められるなら膝の上くらいくれてやるわ。
しかし以外と収まりがいい。リタに抱き着かれた時とは違い、なんというかこう、エリーが相手だと妹を相手にしているようでドキドキ感が全くないからこそ出来る手だな。
「距離近くない? え、これが普通?」
「いいや? これくらいただのスキンシップだろ。なあエリー?」
ちょっと引いているリタにそう返してエリーの顔を覗き込むが、何と顔を真っ赤にして俯いていた。
「……」
「……さて、話の続きだが」
「そこ流すん!? いやまぁええけど……もっとこう、甘酸っぱい何かをお姉さんに見せて欲しいっていうか、なんかあるやん! なぁ?」
「近所のおばちゃんみたいだね、ハイデマリー氏」
「誰がババアや!」
「マリーもまだ若い。早く相手を見つけるべき」
「リーさんくっそ馴れ馴れしいやん!? でも許す!」
「いえーい」
は、話が進まねぇ……あ、おいコラ身動ぎするな。結構センシティブな箇所にお前のケツが乗ってんだぞ。恥ずかしがるエリーを見て、何故か俺も急に恥ずかしくなってきたが、ここで離すと負けた気がするのでこのまま行く。大丈夫大丈夫、いくら俺でも長年の友人相手に変な気を起こすつもりはないって。
「手遅れになる前に言うとくけど、あんま艦の風紀は乱さんとってよ。ウチからのお願いな、割とマジで」
「俺にそんなつもりはないから安心してくれ」
「善処するけど我慢はしない」
「だ、大丈夫だよ!」
「あかんシズ、ウチ挫けてまいそう」
『ミス・ハイデマリー自身が参加する手もあります』
「ここ味方居らんやん」
「日が暮れるから早く話進めようぜ……」
時間はあってもやることは山のようにあるんだからさ。目下の問題を一つずつ片付けていかないと、宇宙に出て商売することも出来やしないだろ。
「せやな。ほな、今ウチらが抱えとる問題を洗い出すわ。シズ、よろしく」
『はい、ミス・ハイデマリー。では僭越ながら、私から問題点を挙げさせていただきます。
問題①ラビットの修復問題
こちらは先の戦いで破損したラビットの修復になります。艦の状態としては中破。外部装甲はレーザー、ミサイルの直撃によって損壊が多数確認できています。艦の運用上、ワープ航行に若干の支障がでる見込みですが、航行自体に大きな支障はありません。ただし戦闘に耐えられるだけの余力はなく、ミサイルの一発でも受ければどうなるか分からない状況です。
また、アウトランダーとセイバーリングを格納するための強襲コンテナ艦を喪失。
ラビットに艦載機搭載機能はないため、コンテナ艦が無ければお二人の機体を遊ばせておくことになります。またラビット3にミス・リターナが搭乗機ヴェルニスを伴って着任されたこともあり、戦力の増強が見込まれています。これに伴いコンテナ艦は合計で3艦必要になりますが、ラビットに接続できるコンテナ艦は最大2機までとなっています』
「嫌なことだけじゃないってのが救いやなぁ。リーさん、ラビット3としてこれから頼むで」
「任せて。私もみんなの力になる」
「艦の方は儂とハイデマリー、シズで対応しよう。ただし、修復するだけじゃ艦載機の3機運用はできん。新造艦も視野に入れるべきじゃと思うが、ハイデマリーの意見は?」
「そこはクレジットと相談やな。ほな次」
『問題②艦載機の修復問題です。
ミス・エリーのセイバーリングは背部スラスターユニット、各ライフルを喪失。ELFはエルフ管轄の領域外で生産されていないため、現在予備パーツを購入する手段がなく復旧の目途が立っていません。
ミス・リターナのヴェルニスは背部換装ユニットと片足が破損。こちらも共和国製のため予備パーツは準備できていませんが、機体データと引き換えに企業に持ち込むなりすれば復旧の見込みはあると考えます。
最後にミスター・オキタですが、現在は機体をロスト。アウトランダーの現物補填は帝国軍に打診することができますが、如何致しましょうか?』
「今更VSFがあってもなぁ……それなら、アウトランダーの現物補填費用をTSF購入費用としてもらえないか、交渉してみて貰っていいか?」
『アウトランダーであれば帝国軍の払い下げとして貰うことも可能かと思いますが、機体代金分を費用として申請するのは難しいと思われます……が、承りました。全力を尽くしましょう』
「頼んだ」
共和国のビット使いは強かったが、アウトランダーはそもそもイエローアラート状態だったし、兵装も満足に使えない状態だった。次会った時に墜としてやるためにも、TSFはどうしても手に入れておきたい。
「セイバーリングの予備パーツは我々が集めましょう。エリー氏もそれで良いですね?」
「あー、うん。ごめんね色々と」
「いえいえ、持ちつ持たれつですよ」
「オキたんはどうする? 普通のTSFじゃオキたんの機動に付いていかれへんやろ」
「傭兵ギルドでカタログ漁ってみる。いいのがあったらローンを組んででも買うつもりだ」
「分かった、ウチ個人からもクレジットは出せるから相談してな。ほな次」
『問題③クレジットが足りない恐れがあります。
上記の問題をクリアするためにラビット商会の口座から多額のクレジットが無くなります。仮にラビットを新造するとなると、各々の要望を合わせれば恐らく4桁は下りません。これはラビット商会にプールされている預金の9割に達し、今後まともな資金繰り一時的にできなくなります。
また、ラビットの格納庫には現在売り物になるモノが殆どありません。バレンシア星系で品物を買い揃えるにしても、帝都星系では物価も高いのであまりお勧め出来ません』
「……なあオキたん、ヴォイドって一機撃墜に付きそれなりの報奨金出てたやんな?」
「そりゃあ傭兵が大勢稼ぎに来るほど人気な仕事なのは確かだけど、それをやるつもりか? 結構危ないぞ?」
「いや、それもあるけど本命は対ヴォイド戦を担当しとる基地もしくは惑星へのピストン輸送販売や」
「! 確かに基地じゃ娯楽も嗜好品も少ないし、傭兵だって客になる」
「帝都星系じゃないと中々手に入らん物を見繕って丸ごと売りさばけば、結構な額になるやろと思てな。あーあと、ヴォイドと宙賊狩るんならどっちが稼げるかも気になっとるさかい、傭兵ギルドで手配書でも調べといて」
「やる気だねぇマリー。この間ので肝座ったかな? そういうの、嫌いじゃないよ!」
「リーさんも加わって3機体制になるんやし、受け身だけやなくて積極的に仕掛けてもええんちゃうかと思ってな。でもあくまでウチらはラビット商会、宇宙を股にかける商売人や。必要な物を必要な人に届けて、その代わりに報酬を貰う。これは絶対な?」
「「「「「「了解」」」」」」
「よし、他に何かあるやつはおるか? ……ほな解散。明日から各自行動開始、今日はゆっくり休んでや」
きっちり元通りになっていたエリーを膝上から降ろし、宛がわれた部屋に向かう。久しぶりのちゃんとした一人部屋だ、今日はゆっくりと寝よう。
「……お前の部屋は隣だろ、リタ」
「ちっ」
油断も隙もねえ。
人間模様も色々と変化していきます




