26_ブルーローズ/インターミッション③
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240907 : 23_エピローグ内でのラビットの大きさを400mから250m(04話同等)に修正
クラウン司令と話をするため、俺はハイデマリー、シズと供に第二艦隊参謀本部へとやって来た。参謀本部前の守衛に報酬の件でクラウン司令に話があると伝えた所、個室へと案内されて待つように言われ、今は司令の到着を待っている。
「ありがとな、ハイデマリー。それにシズも」
『いえ、私は控えているだけなのでお構いなく』
隣に座るハイデマリーをチラリと見ると、真剣な眼差しで頷いてくれる。シズは相変わらず後ろに控えて座ろうとしないが、ここがコイツなりの定位置なのだろう。
「皆の手前ああは言うたけど、リターナ中尉を助けるんはそう難しくないんちゃうかって思っとる」
「クラウン司令が、俺の選択を尊重するって言ってくれているからか?」
「それもあるけど……オキたん、何でクラウン司令が”帝国の怪人”なんて異名で呼ばれとるか知っとるか?」
「いや、実は知らないんだ……悪い、軍に居たのにその辺の情報は疎くて」
ヴォイド相手に出撃するだけの生活だったからなぁ……噂好きの同僚はいたけど、与太話ばかりで真面に取り合ったこともなかった。上官から落ちてくる情報もヴォイドの出現予測くらいだったし、基地外の情報を聞く機会なんて、それこそ稼ぎに来た傭兵から聞く程度だった。あの頃はエリーもその中の一人で……と言うか、帝国の怪人って言ってたのアイツじゃねーか。
「ただの噂話、にしてはちょいと信頼のある筋から聞いたんやけどな」
親指で後ろを指差すハイデマリーに思わず頭を抱えた。破天荒なことをやる主従だとは何度も身をもって知っていたが、こいつらまた軍の機密回線をやりやがったのか。どうせ前みたいに痕跡一つ残していないんだろうが危なすぎる、流石に止めるべきか……?
「とは言えウチも正直半信半疑やからな……けど安心し、今回の件もいざとなったらウチが何とかするさかい」
「? ハイデマリー? どうした?」
「何でもあらへん。兎に角、ウチが調べた通りなら、クラウン司令さえ味方になって貰えれば何とでもなるはずや」
そこまで話たところで部屋の扉が開いた。供を連れて入って来るクラウン司令を立って出迎える。
「ああ、そのままで構わない、君らは客人なのだから。君、紅茶を頼むよ。二人もそれでいいかな?」
司令の言葉に頷きで返す。そのまま座るように促され、紅茶が届くまでは無言だった。その間互いに見つめ合ったまま動かないハイデマリーと司令の間に何かを感じたが、二人に何かあったのだろうか。……ハッキング、バレてないといいが。
「さて、ひと息吐けた所で話を聞かせて貰おうか。今回の成功報酬の件と聞いて来たが……オキタ准尉がこの場に居るということは、リターナ中尉絡みと考えて良いのかな?」
「そうなります」
姿勢を正し、司令に向き直る。
「司令、今回俺たちが報酬として望むのはリターナ中尉の減刑、恩赦……可能なら、その身柄です」
「それは、ラビットの総意と思って良いのかな?」
「はい。ウチら全員で決めました。リターナ中尉のこと、どうか受けて貰えませんでしょうか」
確認するようにハイデマリーに尋ねたクラウン司令に、俺の雇い主もはっきりと総意であると答えてくれた。
「ふむ……予想していなかった訳ではないが、やはり気になるのはその理由だな。幾つか私の質問に答えて貰おうか。回答についてはその後とさせてもらう」
顎に手を当てて思案するクラウン司令は、その表情に相変わらず何の色も示さない。
「オキタ准尉、人が自身の存在を確立させるモノは何だと思う?」
「……心、でしょうか?」
「君は意外とロマンチストなのだな。私は、人は己の過去によってのみ形作られるものだと考えている。成功と失敗、これまでに得た経験が刻み込まれた器、それが人であると。後悔も、過ちも、喜びですら人間が己を自覚させるための事象に過ぎない。では、過去の経験によって人が人たらしめるのであれば、未来の選択肢は誰が決めればいい? どう選べばいい」
「自分にとってより良い未来のために。ウチならそうします」
「だがそれらは全て、過去の経験から”より良い未来であれ”と選んでいるに過ぎない。そして人は未経験故に、もしくは良かれと思い経験のない選択を選び、破滅の道に知らず踏ん込んでいく。そして取り返しのつかなくなった時に言うのだ、こんなはずじゃなかったと。そう言った視点で見れば、人は宇宙に出る前から何も進化していないと断言できる。であるなら、人の本質とは、過去に囚われた悲しい生き物に過ぎないのではないかな?」
「……だから、リターナ中尉を諦めろって言うんですか。俺の選択は破滅の道だと。俺の経験、後悔、過去に囚われた選択肢から"助けたい"と選んだからだと」
「それを選択するのもまた、過去から今に至る君自身だ。そして彼女を構成する要素もまた、彼女自身が経験した事柄に過ぎない。
リターナ中尉は君の知らない3年間を共和国で過ごした。それ以上の年数を帝国で過ごし、そこに君は一切関与していない。たかだか数ヶ月を共に過ごした程度の関係でしかない君が、かつて持っていた義務と責任感だけで、果たして彼女の未来を受け止められるかな?」
確かにクラウン司令の言う通り、リターナ中尉と俺の人生が交わった時間は短い。彼女の未来をまるごと受け止める決断を下すには、俺と彼女の関係はあまりにも短い期間でしかなかった。それだけの関係しかないのに、彼女が持っているモノを受け止めることができるのか? 司令が問うているのは、それら全てを受け止めきれる覚悟があるのか、と言うことなのだと俺は思う。
「……受け止められるか、受け止められないかじゃない。俺は彼女を助けなきゃならないんです。これは義務でも責任でもない、3年前から続く俺とリタの約束です。その約束は今でも途切れていない。これは決して、終わってしまった過去の出来事なんかじゃないんです。過去から今に至るまで続く俺とリタの関係、今を生きる俺たちを繋げる約束を、俺は果たしたいんです」
そこまで俺が言いきった所で、司令はしばし無言を貫いて紅茶を口にした。今まで姿勢を正して聞いていた司令はその身を崩し、椅子に深く腰掛けて足を組む。司令が足を組んでからすぐ、上位者を前にすると感じる特有の圧力ともいうべき何かが、俺の身体に圧し掛かって来るのを感じる。
「だがそれで良いのかな? 共和国特殊部隊、帝国でもそう居ないであろう完全なB.M.I強化手術を施された彼女という存在を得ることで、君たちはもうただの商人と傭兵ではなくなってしまう。帝国軍から危険因子の烙印を押された者を、為政者は無辜の帝国臣民と見なさなくなるだろう。そうなってしまえば、君はその身一つで争いの真っ只中へ引きずり込まれる。いずれ、君たちを巡って争う日が来ることになる」
「何を今更……クラウン司令、惚けるのも大概にしてもらえへんか。ウチのメンバーは全員タレント揃いや。知っとるやろ。そこに一人増えようが二人増えようが関係あらへん。ウチらはやりたいようにやる。これはそういう話や」
「その選択に、後悔はないと?」
「微塵もあらへん」
「俺も後悔ありません。例え俺一人で全部受け止められなくても、今は一緒に受け止めてくれる仲間がいます」
「…………君は軍を辞めて正解だったな。私の知る君は、一人で背負い込もうとする若者でしかなかった。あの頃のままなら誰かを頼る選択を選ばなかっただろう。人の本質は変わらないが、成長はできるということか。―――よろしい、彼女を連れて行きたまえ」
その言葉と共に、司令から発せられる圧が無くなったの。俺ですら身が引ける圧力、ハイデマリーは大丈夫なのかと隣を見るも、当の本人は何事もなかったかのようにケロッとしている。ポーカーフェイスなのか、商人ならこの程度はよくあることなのか。兎に角、雇い主の耐久力は凄いのだと思った。
「……すいません司令、連れていけ、と言うのは? 減刑ではないのですか?」
「今この時を持って、彼女は共和国での潜入任務を終えた。つまりはそういう事だ。後の細かいことは全て私が受け持つ」
「えちょちょ、ちょっと待って下さい!? 中尉はスパイなんかじゃ……それに、これからバレンシア星系に移送して、そこからまた取り調べとか法に則ってとか、色々手続きがあるんじゃないんですか?!」
「別にええやん。全部やる言うてくれとるんやし、甘えようでオキたん」
「いやいや……いやいやいや! 流石におかしいだろ!? え、もしかして俺がおかしいだけ?」
ハイデマリーとシズは我関せずで紅茶をお代わりしているし、クラウン司令は相変わらず無表情だがどこか面白そうにしているだけだ。何だこの状況、俺の常識はズレたままなのか?!
「安心したまえ准尉、君のその反応は実に正常だよ。むしろハイデマリー嬢とその所有物の方が異常だ。私の決定がどれほどの効力を持つか、グラスレー侯爵が教えたわけではあるまい。であれば、私の杞憂は当たっているということか。ハイデマリー嬢、今回は見逃す。だが褒められた行いではないことを覚えておきたまえ」
グラスレー侯爵??? 司令は何を言って……? いや、それよりハッキングの件がバレている?
紅茶のカップを支えているハイデマリーの手がカタカタと揺れて……め、滅茶苦茶動揺していらっしゃる!? さっきの余裕どこ行った、やっぱバレてるじゃねぇか!?
「リターナ中尉の無罪放免については一切の心配を持たなくていい。物事というのは企画、提案、検討する者がいて、それを判断する者がいる。これが社会を動かすルールだ。
だが帝国においてはそれが当てはまらないこともある。君たちのように組織に身を置かない者からすればあまり想像は付かないだろうが、この国にはルールよりも上の立場から全体を見通し、コントロールすることで組織そのもの、果てには国をも己の意のままに動かすことが出来るモノがいる。そう言った点において君たちは運が良い。この国を操る立場にある、この私に認められたのだから」
「私の決定に意見を言えるのは、それこそ帝国皇帝くらいなものだよ」
ヒュッと息を漏らしたのは俺かハイデマリーか。目の前の人が何を言っているのか、突然のことに頭が理解を拒んでいる。艦隊司令官という立場ですら、帝国の上から数えて何番目という権力者だ。なのに目の前にいるクラウン・クルーガーという女性は、第二艦隊司令の枠ではもう収まり切らない。何だ、何なんだこの人は。帝国の怪人と言う異名は、まさかこの事なのか?
どういうことだと声を挙げようとしたところで、ハイデマリーに腕を掴まれて制止された。これ以上喋るなと言う意味の籠った、強く、震える手で。
「そんな私でも解らないことが一つある。それが君だよ、オキタ准尉」
機械的な表情の中にある、冷たい視線が俺を捉え続けている。
「私の立場を以てしても、君の足取りを3年以前に遡って追うことが出来なかった。人が人たらしめる物が過去であり経験であるなら、君はまだ、私や君の仲間すらも知らない何かを隠していることになる。
そして君が現れてから僅か数年で、数百年動きの無かったこの宇宙が俄かに動き始めている。考えすぎかもしれないが、嘗てそうだった者たちを思えば考えずにはいられない。時代の特異点……案外、君のような者が至るのかもしれないな」
「――――――話し過ぎたな、退出したまえ」
「ほな失礼します。オキたん行くで……行くで!」
「……っあ、ああ、失礼します」
引っ張られる形で立ち上がり、部屋を出る。
腕を引っ張られるまま、すれ違う人に挨拶も儘ならないまま重力区画の通路を歩いていく。ハイデマリーにしたら早歩きに近いそれに付いて行き、そのまま無重力区画に入ってその身を心地よい宙に任せる。
人通りの居なくなった通路でハイデマリーは身体をこちらに寄せ、鼻が当たるのではないかと思う程に顔を寄せてくる。反対側はシズが陣取った。
「今は要点だけ。あの司令、調べた通りやっぱりただの人間やない。怪人ってのは言い得て妙や」
『あの身体もおそらくは義体。ですが、その可能性があるという程度でしか今は分かりません』
「シズが探知されたのはたぶんそのせいや。と言うことはシズ同等、もしくはそれ以上のナニか……ええかオキたん。此処でこれ以上動くんはナシや。目を付けられたのはしゃあないけど、これ以上はホンマにアカン」
『我々の想像力不足でした。ミス・ハイデマリーだけが本命と思っていましたが、どうやら貴方もそうだったようです。お気を付けください、何時何処で誰に見られているか。とにかく身辺にはご注意を』
「何を言って……いや、お前らが何を知って何を言っているのか今は聞かない。けどハイデマリーの言うことだし、何かあるんだろうってのは分かる。大人しくしておくよ」
「堪忍な。話せるときが来たら全部話すさかい、今は堪忍したって」
「いいって。俺はお前らのこと信じてるから」
リタを救うことは出来た、それはいい。
けどそれ以上に、俺たちは厄介な立場に置かれている。それを再確認させられた。
『ブルーローズより達する。本艦隊はこれより、スターゲートに向けてワープを敢行する。艦内各員は急な加速に備えよ』
艦内放送の後、窓枠から見えるオークリーの姿がみるみる小さくなっていく。ワープに入る前の加速に入ったのだろう。
「リターナ中尉は助かる。今はそれだけでいい」
クラウン・クルーガー。帝国の怪人。彼女に目を付けられる理由なら、俺自身にも身に覚えがある。
何故か地球からこの宇宙時代に転移だかタイムスリップだかしたこと。それと、この間のブラックホール事件のこと。
仮に後者だとしたら……伯爵、貴方は俺に何を隠していたんですか。何故何も教えてくれず、俺を軍から放り出したんです。
行き場の無い思いを頭を振って弾き出す。
今はただ、ラビットの傭兵としてやりたい事をやるだけだと。




