21_オークリー天地返し作戦⑥
241019 段落修正
『面白そうな連中がまだ生きているじゃないか。俺とも遊んで貰おうか』
何を考えているのか、オープンチャンネルで宣言した男の声が聞こえてくる。
上空から宙賊船と共にワープアウトしてきたヴェルニス1機がVSF形態でアウトランダーに迫る。
『お前たちは下がれ。
ああ、そこのエルフに邪魔されないように牽制でもしておいてくれればいい』
「こいつ!?」
墜とそうと迫って来ていた2機が離れていく。
突然現れたヴェルニスが、アウトランダーの脇を抜けて態と通り過ぎていく。
「格下扱いってか……? 教導のつもりかよクソッタレ!!」
後ろを態と晒し、誘うような動きを見せるヴェルニス。完全に舐められている。
瞬間、頭に血が上った。
イエローアラートなど知ったことか、お望み通りぶち抜いてやると機体を反転して後を追う。
『お前だろう? ヴォイド相手に暴れまわっていた辺境の英雄は』
「だったら何だ!」
『この間は相手をしてやれなくて悪かったな。
まだ手を出すなと五月蠅い部下に窘められていてな、普段なら飛び出す所を我慢していたんだ』
「だったら、何だよ!?」
機首のビーム砲を撃つも簡単に避けられる。
機体性能なのか、はたまた操縦技術の差なのか。
逃げるヴェルニスの後ろを付いていくのが精一杯な現実に、オキタは冷や水を掛けられた感触を覚える。
『俺を楽しませてくれないか? 辺境の英雄』
「この……!?」
VSF状態でコブラ機動を掛けるヴェルニスを見て、アウトランダーの機首を立ててコブラで返そうとする。
同じ速度で減速に入ったために、翼の広いアウトランダーの方が減速量が大きい。
後ろを取られることはない……はずが、ヴェルニスはコブラ機動の状態からTSFへと変形、伸びた手足分と機体前部のサブスラスターの噴射でアウトランダーは後ろを取られた。
「チィッ!」
『ああ、流石に避けるか』
後ろから飛んでくるビームに機体を捻らせて躱そうとするも、狙い澄ました一射を躱しきれず装甲表面を溶かされる。
易々と突破されるシールドに、解っていたとはいえオキタは顔を歪めた。
『ノーヴェ、何を遊んでいるのです。
早く合流しなさい、ΑΩの残りを奪うのです』
『ヘックスか、相変わらず細かい奴だ。
だが了解した、こっちが終われば行ってやるさ……まあ、案外早く終わるかもな』
ヴェルニスのバックパックから何かが分離していく。
アウトランダーのMIDにはモジュールとだけ表示される……が、意志持って動いているよう見えるそれをオキタは知っている。
この世界とは別の場所で、テレビ画面の中で機動兵器が操る最強の兵装。
「ビット兵器か?!」
アウトランダーの周囲360°を囲い込むに展開されたモジュール……ビット兵器からビームが放たれる前に囲いの突破を図るが、ビットはアウトランダーを追跡し、先回りするように展開されていく。
雨のように降り注ぐビームを無我夢中で回避し続けるが、遂に片翼に被弾。
爆発こそしなかったが、貫通した翼からは向こう側の景色が見える。
『これも躱すか。ますます惜しいな』
「はぁっはぁ、、、くそ……」
『お前、本来はTSF乗りだろう?
TSFに、いや、せめて万全なお前と遊びたかったがこれもめぐり合わせだ』
「……あーやべぇ、こりゃ、勝てる気しねぇわ」
翼に空いた穴からスパークが発生し、アウトランダーの推力は目に見えて落ちていく。
MIDの表示はレッドアラートだらけ。
操縦桿を引いて機首を立たせようとするも、姿勢制御すらおぼつかない。
『生きていたらまたヤろう』
ヴェルニスの放ったビームライフルがメインスラスターを撃ち抜く。
炎を曳きながら、アウトランダーは惑星表面へと堕ちていく。
煙を曳きながら堕ちていくアウトランダー。
呆然とそれを眺めるしかなかったエリーは、一瞬意識が飛び、目の前で何が起きたか理解できていなかった。
「――――――ぉッッッまえーーーー!!!!!」
堕ちていくアウトランダーを漸く認識した時、未だ嘗てない怒りを覚え逆上たエリーがノーヴェの乗るヴェルニスに斬りかかる。
『次はお前か? 付き合ってもいいが、助けに行かなくてもいいのか?
もっともあの爆発と高度だ、今から行っても間に合わないだろうが。
……ああ、ちょうど爆散したか。残念だったな』
「――――――!!」
言葉にならない叫び声を上げながら斬りかかるエリー、それを簡単に往なすノーヴェ。
怒りで我を忘れた太刀筋ほど読みやすいものはない。
ビームサーベルを持つ腕とは反対側に持っていたアサルトライフルをビットで的確に撃ち抜く。
撃ち抜かれたソレを投げ捨て、セイバーリングはビームライフルに持ち替える。
ロックオンも儘ならないまま乱射しながら斬りかかっていく。
理性を失った野獣の如き怒涛の攻めに、ノーヴェの口元も上がっていく。
『こっちを選ぶのが正解だったか』
背部スラスター全開で鍔迫り合いに持ち込むセイバーリングを、ノーヴェのヴェルニスは一歩も引かずに受け止める。
セイバーリングの出力と同等、いやそれすらも上回る推力をノーヴェのヴェルニスは保有している証明になるが、今のエリーにはそんなことはどうでも良かった。
「殺してやる!! 絶対に殺してやるッ!!!!」
『落ちこぼれ風情が、灰色の機体で良く吠える』
「何を……!」
『知っているぞ、エルフの傭兵。
本来であればその機体、搭乗者のP.Pによって装甲の色彩が変化しているはずだろう?
それが原色のままと言うことは、まあ、お前は期待外れの中では良くやる程度の存在だ』
「お前に何が―――きゃぁっ!」
鍔迫り合いのまま、ビットからの射撃で両翼の背部スラスター、その片方を撃ち抜かれる。
衝撃に機体を揺らされ、堪らず悲鳴を上げるエリー。
ヴェルニスは背部ユニットにビット兵器を仕舞い、距離を取ってビームライフルの銃口を向ける。
「お前なんかに……」
気付けば、囲うようにライフルを向ける6機のヴェルニス。
「お前らなんかに……勝手に奪っていったお前らなんかに―――」
『終わりだ傭兵』
「仇も撃てずに、死んでたまるかァッ!!」
放たれたビーム。迫る死。回避できない熱線。
その全てを、セイバーリングは常とは違う蒼穹に輝くシールドを纏って弾き飛ばした。
灰色の装甲のまま機体表面は青い輝きを放つ。
未だ至らず。
それでも、エリーの感情の昂ぶりにセイバーリングが応える。
『―――そうだ、それこそがエルフの騎士。
お前たちがこの程度であるかよ。お楽しみはここからだろう……!』
『いいや、そこまでにして貰おう』
力強い女性の声が惑星全体に届く。
膨大な数のワープ反応の後に現れる無数の艦艇。
上空で留まっていた宙賊船4隻は、艦隊から放たれた大出力のビームに貫かれて爆散した。
『こちらは帝国軍第二艦隊旗艦ブルーローズ。これよりラビットを援護する』
☆
オキタが堕ちた後も、ラビットはプロテクトゥールから逃げ続けていた。まるで義務のように同じ行動を繰り返すラビットの艦橋には、もう沈痛な空気しか流れていない。
ハイデマリーからの指示はなく、いつもは陽気なエルフからの報告も上がらず、誰も声を発さない静かな艦橋。それでも逃げ続けられているのは、シズがシステムの全てを請け負って操艦しているからだった。
「限界、か……ようやった方や」
『いいえ、まだです』
「エリーも、もうすぐやろうか」
『あの二人がそんなに軟ではありません』
「囲まれとるな……ウチらも同じか」
『しっかりしなさい! ハイデマリー!!』
いつになく焦った口調で主人に語り掛けるシズ。
だが、ハイデマリーの心はもう折れかけていた。
オキタが堕ち、エリーも絶体絶命。
目の前の戦艦に追い立てられ、援軍も間に合わなかった。
自分たちも遠からず捕まるだろう。
宇宙に逃げようにも宙賊に上を抑えられており、のっぴきならない。
『おいハイデマリー、艦隊の合流も近いようじゃが儂の出番まだか?』
暗い雰囲気に包まれる艦橋に、艦内整備拠点からアンドーがモニター通信を繋げてきた。
「出番って……もう終わりなんやで、アンドー」
軽い失笑と共にハイデマリーはそう返した。
終わりも終わり、後はレーザーに焼かれるかミサイルで爆破されるかしかない。
用意していた切り札も、仲間が死んだと思ったらどうでも良くなってしまった。
『何を言うとる、お前が諦めたら儂らはどうなる。儂はまだ死にたくないぞ?』
「ウチかて死にとうないわ……でもな、アンドー。
オキたんは堕ちたし、エリーももうすぐ堕ちる。ウチらもや」
『そうか。で? そんな状況で、お前は何で打てる手を打たないんだ?』
「……アンドーの言うことも分かるけど、もう無駄なんよ」
『どうしてだ? 無駄なんてことはないだろ?』
「ッ、オキたんが死んだ! ウチらももうすぐ死ぬ!
出来る事があるからって、出来るとは限らへんやろ!
ウチにこんな状況でも何とか出来るくらい力があるんやったら! オキたんを! 仲間を死なせることなんかなかった!
でもウチは! 皆で必死に生き残ろうとしたのにそれが出来んくて、そんな自分が情けなくて悔しくて、……だからもう無駄やって納得しようと、諦めて最後を迎えようとしとんやないか!!」
『まだ戦えるのにどうして諦めようとする? ワシらを纏め上げるお前が最初に』
「だから! ウチらはもう逃げることも戦うことも出来んのや!」
『だから何だ?』
「もうあきらめるしかないやろ―――」
『だから何だ!?!? ここに一人! まだ諦めの悪い中年がおる!!』
いつもは落ち着いているアンドーが怒鳴り散らすように声を上げる。
憤怒を浮かべるその姿に、艦橋の面々は驚き固まった。
『よくやったと褒めて欲しいのか?
オキタが死んで悲しいねと慰めて欲しいのか?
一緒に諦めて死のうと言えば、納得して死ねるのか? 違うだろう!?
仲間が死んで辛くないわけがない、悔しくないわけがない、自分の死が怖くないわけなんてあるものか。
全てがうまくいく保障なんて元から存在しなかったじゃないか。
だから覚悟を決めてこの戦いに臨んだんじゃないのか? それとも、ハナから死ぬ覚悟があったのは儂だけか?
死にたくなければ逃げればよかった! 帝国から共和国に寝返る選択肢もあった!
それを採らなかったのは、誰かが死ぬかもしれない未来を受け入れてでも! 戦うという覚悟を示したからだ!
よく覚えておけよハイデマリー! 戦うと決めたその時から、倒れた仲間に報いる方法は古今東西変わっておらん!
奪われ、傷つけられた仲間に等しい対価を勝ち取るには、己が命を懸けて一矢報いる以外に、死んでいった仲間に報いる方法はそれ以外に無いんだ! 戦うとはそういうことだ!!』
鬼の形相で怒鳴るアンドーにそう言われ、ハイデマリーは少し前の自分を思い返す。
どこかで誰も傷つかず、全てが自分にとって巧く行く都合の良いストーリーを思い描いていたと。
自分には覚悟が足りなかったのだと。
戦う覚悟ではない。失う覚悟が足りていなかったのだと。
悲しみと諦観に満ちていたハイデマリーの目に涙が浮かぶ。心には熱い憤怒が迸る。
許せない。ああ、許せるものか。
例えこの身が砕けようと、一矢報いるまで諦めてなるものかと、艦橋のモニターを睨みつけた。
「悪いな、みんな。もうちょっとだけ、最期の時まで悪足掻きに付き合って」
返事はない。だが、打ち込まれた熱が艦橋の空気を蘇らせていく。
ラビットの面々は最期まで諦めないのだと、強く心を持ち直す。
「タイミング、タイミングだけが重要や……あの鼻っ面に一撃食らわせる絶好の隙が欲しい」
ラビットのシールドを抜けたレーザーが装甲板を溶かす。
爆発するミサイルは艦を揺らし、艦橋のモニターにノイズが奔る。
それでも尚、ラビットの士気は底を知らない。
そして来る、絶好のラストチャンス。
「暗号文受信! コチラ帝国軍第二艦隊、コレヨリ戦闘ニ参加ス!
繰り返します! 第二艦隊コレヨリ戦闘ニ参加ス!」
「 ! 来てくれたんか!」
上空へ現れる多数のワープ反応。
序で放たれる大出力ビームによって、宙賊船が墜とされていく。
戦艦からの圧力が弱まる。現れた援軍に動揺したのが無様にも見て取れた。
ここしかないと、ハイデマリーは艦長席から跳ね起きた。
「今や! 強襲コンテナ1番艦、発射ァ!!」
『その言葉を待っていた!!』
常時は艦載機保管所となっているラビットの片耳、強襲コンテナ艦が連結を解除され射出。
亜光速ブースターを唸らせながらプロテクトゥールへと加速を始めるが、加速が乗り切る前に敵主砲とミサイルによって迎撃され無残にもその装甲は破壊され、そして――――――
「全員耐閃光防御!! 弾けろ! 800億クレジットのレアメタル!!」
機体の代わりに詰め込まれていたのは、採掘基地から買い占めた熱反応で光を発する金属類。
装甲を溶かされ、その熱が金属に熱連鎖を呼び起こし、敵艦の目前に太陽よりも激しい光を齎す。
「2番艦! 続けて発射!!」
『えいしゃオラァ!!』
一時的にセンサーが潰れたプロテクトゥールの鼻っ面に、今度は爆薬を満載した強襲コンテナ艦が激突。
艦のシールド同士が激しく干渉しあい、耐えきれなかったコンテナ艦が搭載された内部に詰め込まれていた爆薬ごと大爆発を起こす。
「ザマァ見ろこのクソボケェ!!」
『艦隊と合流します。最大船速』
艦首部分を激しく損傷し、区画ごと吹き飛んでいるプロテクトゥールの脇を通り過ぎる途中に中指を立てるハイデマリー。
一矢報いるとはこういうことだと、鼻の穴を開けながら唸った。
次回でオークリー天地返し作戦は完了です




