12_ラビットの傭兵_挿絵有
20240205 挿絵追加
20240203_01プロローグ後半を加筆修正
20241019 段落修正
ブリッジで解散した後、俺はコンテナに移りアウトランダーの状況を確認していた。
一度の戦闘しか行っていない新品に近い愛機だが、それだけに手に馴染む感覚が得られるにはもう少し時間がかかるだろうか。
セッティングと自分の感覚とのズレが発生しないよう、パーソナライズと機体確認を怠るわけにはいけない。
『キャリブレーション完了、パーソナライズの最適化パッチを更新。
システムリブート完了後にチェッキングプログラムを開始……コンプリート。
VSF-06Sアウトランダー、オールグリーン』
「サンキュー、シズ。後はやっとく」
『御用の際はまたお呼びください』
機体の調整を手伝ってもらっていたシズの端末が離れていく。
艦の操舵に機体の整備まで、本当に多芸な奴だ。
アレを作ったのがハイデマリーだっていうんだから、一度彼女の頭の中も覗いてみたい。
「ミサイルは装填済、艦首単ビーム砲と可変ビームブレード翼も異常なしと。
戦艦に斬りかかった際に受けた機体の歪みも問題なく修正されているな。
アンドー、良い腕してるじゃないか」
アウトランダーの初戦闘前に整備を間に合わせた件もそうだが、アンドーは帝国軍のメカニックに配属されても十分通用するんじゃないだろうか。
コイツの調整を任せた時にも驚いたが、初めて触る機体のセッティングを短時間で終わらせるのは誰にでも出来るものじゃない。
俺も負けていられないな。
「―――ppp」
改めて気合を入れなおしている所で通信が入った。
MIDに表示されている発信元はエリーのセイバーリングだった。
丁度確認作業も終わったところでキリがいい、暇つぶしも兼ねてモニター通信用の回線を開いた。
『やっほー! オッキー、調子はどう? 作業終わった?』
「アウトランダーはご機嫌模様だ、何も問題ない。
お前の方こそ、ビームライフルの代わりは使えそうなのか?」
回線を繋げると、私元気いっぱいですとでも言わんばかりの笑顔が映った。
投げ捨てた得物が高価すぎて落ち込んでいたのも昔の話。
アサルトライフルと大量のHE弾を買ってはしゃいでいたのを思い出す。
HE弾は敵シールドに負荷を与えるのに有効な炸裂式の弾種だ。
ビーム偏重だったセイバーリングにはいい選択だったんじゃないかと思う。
『ファイヤー・コントロール・システム周りの調整が面倒だったけど問題ないよ!
ホント、ELFは独自規格が多いのだけが欠点だね』
「アンドーが喜びそうだな」
『うん。ライフルが届いた時はイイ顔してたよ』
それはそれは。これからの苦労を想像して歪んだのか、楽しみそうだと歪んだのか判断に困るな。
『ブリッジから各員へ。
間もなくラビットは亜光速ブースターを使いハイパーレーンに合流します。
急な加速Gに備えてください』
アレンの館内放送が強襲コンテナ内に響く。それから僅かの間があって、クイっと体が後ろに流れる感覚があった。
ハイパーレーンに合流したんだろうか。
もう少し衝撃があると思っていたが、ラビットの耐G環境は相当良いものを積んでいるようだ。
『ンフフ―――良いもんでしょ。この船もラビットの皆も、傭兵生活も』
「なんだよ急に」
『オッキーって前は帝国軍最高! TSF乗るの楽しい! って感じだったじゃん?
だからこうやって一緒に傭兵やってるのが今でも信じらんなくてさ。
これでもボク、結構キミのコト気に入ってるんだよ?』
真っ直ぐこちらを見ながらそう言われてしまっては、何て返せばいいのか返答に詰まる。
エリーは思ったことを正直に話す奴だ。
ハイデマリーなんかはそれがエリーの良い所だと言うだろうが、人と関わるのがあまり得意じゃない俺には少し眩しい。
直接的な好意を向けられるとむず痒く感じて、モニター越しでも顔を逸らしてしまう。
「そりゃあ、あの頃はそれが一番だったからな。でも、俺は今も楽しいさ」
『へー、ヒトって変わるんだね。
エルフはそういうの、あまり無いからなぁ……少し寂しいや』
「……変わらない方が良いことだってあるだろ」
感傷的にでもなっているのだろうか。
らしくない姿に思わず声をかけてしまったが『能天気なお前なんかは特にな』 と、続けて思ったことは声に出さなかった。
するとエリーは何を言われているのかと少し考え込んでいるのか、難しい顔で頭を捻っている。
が、少し間を置いて我が意を得たりと笑顔を浮かべた。
それはもう、遊び道具を見つけたようなニチャァとした笑みだ。
『フフン。まあ、今のはショーサンとして受け取ってあげるよ!』
「へいへい、お好きにどうぞ」
エルフ換算だとガキンチョの癖に察しが良すぎるんだよお前。
まあいいさ。メンタルコントロールはパイロットの必須事項だからな。
『ブリッジから各員へ。
間もなくハイパーレーンを抜けます。
オキタ氏、エリー氏は搭乗機にて待機をお願いするよ』
アレンから再びの艦内放送が入った。
さすがは超光速のハイパーレーンだ、星系内であれば少しの時間で目的地まで届けてくれる。
だが、そのハイパーレーンを抜ければ帝国法は通用しないアウトロー……帝国軍の哨戒ルートから外れている、何が起こっても自己責任で済まされてしまう宙域だ。
ここから先は宙賊との遭遇が劇的に増えるだろう。
俺たちは今からそんな宙域を単艦で航行することになる。俺
とエリーに皆の命が掛かっていると思うと、緊張せずにはいられない。
「エリー」
『ん? なに?』
お前は、自分以外の命を預かることが不安にならないのか。
「……いや、なんでもない。気張り過ぎて死ぬなよ」
『―――ぷっ、誰に言ってるのか分かってる? ボク、天才なんですけど?』
少しセンチメンタルになった俺の気持ちをかき消すように、エリーは不遜な笑顔を返してくれた。
☆
帝国支配域のダークゾーン。
帝国軍の哨戒ルートから外れているアウトロー宙域では、例え何が起ころうが自己責任で済まされてしまう。
力が全ての宙域において、たった1隻で進む輸送艦ラビットは、宙賊からすれば都合のいい餌にしか見えないのだろう。
「艦後方12万キロに宙賊と思しき不明艦5隻を確認。本艦を追尾しています」
「ウチの想定より早いな……こんだけ早う見つかるってことは、網でも張ってるんか?
企業の連絡船が沈められるだけの規模はあるっちゅうことか」
背後から迫りつつある艦影を見つけたエレンは、速やかに全員へ状況を伝達した。
既にハイパーレーンを抜けてから1度目の連続ワープが終了している。
元々が無法地帯宙域での航行だ、ハイデマリーも宙賊との遭遇は避けられないと考えていた。
だが、彼女の想定より接触は早く起きた。
尖らせた唇を指で隠すようにして覆い、自身の読みが外れた原因を考える。
「そのうちの不明艦3隻、増速を確認。本艦との相対距離縮まります」
「識別信号、ニューラルネットに該当なし。
熱紋照合……輸送艦クラスと断定。
ラビットを中心に12時、4時、8時の方向へ展開中。
ハイデマリー氏、このままだと囲まれるよ」
しかし、動き始めた状況はじっくりと考える暇を与えてくれない。
不明艦5隻のうち3隻が増速を開始。
ラビットへの明確な攻撃意志を持った船が包囲網を敷き始める。
「ワープで逃げられへんか?」
『必要なエネルギーのチャージまでワープ不可。
逃げられません、ミス・ハイデマリー』
「敵輸送艦から熱源の分離を確認。
総数12。速度から見て、TSF部隊と推測」
「拙速が裏目に出てもうたか……ああ、分かっとるでシズ」
不要な会敵を避けるために行ったはずのワープが仇となり、ラビットはワープに必要なエネルギーをチャージする時間を必要としていた。
意図せず宙賊へアシストする形となったことに、ハイデマリーは己の不幸を嘆くも、敵は間もなく半包囲を完成させようとしている。
傍に控えるミニシズがハイデマリーに戦闘行動への移行を進言しようとした所で、ハイデマリーの腹は決まった。
「オキたん! エリー! 悪いけど頼まれてくれるか?」
この時のために雇っている傭兵が2人。
自信を持って選んだ傭兵たちにそう伝えたハイデマリーの手は少し震えている。
ハイデマリーも命の危機は何度もくぐり抜けてきているし、命の危機が迫るだけで震えるほど柔な精神はしていない。
しかし、仲間に命を張れと伝えることに何も思わないほど無神経でもない。
『任せてくれ』
『ブッ飛ばしてくるよ!』
戦力差6:1。
その状況でも自信満々な、それでいて好戦的な笑みを浮かべるオキタとエリー。
宙賊如きに後れを取るような腕はしていないという絶対的な自信が二人にはあった。
「……よっしゃ! ラビット1はラビットホームの直掩、ラビット2に敵部隊の迎撃を任せるで。
敵輸送艦を沈める暇は無いやろうから、鬱陶しいのだけを追い払ってくれたらええ」
そんな二人を見たハイデマリーはラビット2、オキタだけに敵部隊を任せることに決めた。
敵輸送艦との位置関係上、12機すべてを一度に相手取ることは無いだろうがそれでも多勢に無勢。
普通に考えれば死んでこいと言っているようなモノだが、傭兵ギルドでのシミュレーションを見たハイデマリーには、この状況下でもオキタなら大丈夫だという確信があった。
「ハイデマリー氏、それは流石に」
『オッキーだけずるい!』
『妥当と考えます、ミス・ハイデマリー』
ハイデマリーの提案に三者三様。
心配する双子と悔しがるエリー、妥当な判断だと頷くミニシズ。
『まあ、どうにかするさ』
そして当のオキタはというと、凝った首をほぐす様に鳴らし。
好戦的な瞳は更に爛々と輝きを増している。
それを見たハイデマリーの唇の端は自然と吊り上がった。
「ほら、敵が来るで! 発進急ぐ!」
「ああ、オキタ氏……どうかご無事で」
『心配ありがとう、アレン。ラビット2、アウトランダー発進する!』
『ラビット1、セイバーリング行くよ!』
オープンコンバット。宙賊との生き残りを賭け、オキタは機体を宙へ奔らせた。
☆
『ラビット2、アウトランダー発進する!』
強襲コンテナの格納庫からアウトランダーが発進。
エリーのセイバーリングはそのままラビットの直掩に回る。
オキタはそれを確認し、アウトランダーのメインスラスターに火を入れた。
瞬間、アウトランダーは快速船の名に相応しい加速を始める。
『アウトランダー、エンゲージ』
間もなく接敵か。
ラビットの面々がそう思い始めるよりも早く、ラビットのブリッジにはオキタから交戦開始の声が届いた。
早くないか?
ブリッジの全員がそう思った時、アウトランダーは艦首に備え付けられているビーム砲を発射し終えていた。
『アウトランダー、1機撃墜』
「――――――は?」
誰の口から発せられたのか、間の抜けた声がブリッジに響く。
ラビットから見えたビームの閃光はたった1条だった。
乱射ではない。たった一射、それだけで宙賊が1機墜とされた。
それも、本来のアウトランダーの交戦距離とは遠い位置からの攻撃で。
『2機撃墜!』
更に続くビーム射撃。
撃墜された味方に意識を奪われていたのか、意識の散った挙動を見せていた宙賊機がアウトランダーから放たれたビームの餌食となり、爆炎が宇宙を照らす。
「もう交戦距離に入ったんか? 距離が少し遠いような……」
『……信じられません。
アウトランダーはようやく、本機のFCS探知範囲に入った所です』
FCSに頼らないマニュアルロックからのアウトレンジ。
相手は生きた人間だ、だだっ広い宇宙で闇雲に撃った所でまず当たらない。
にも拘らず、アウトランダーは交戦距離に入るまでに2機撃墜した。
何も出来ないまま残り10機となった所で宙賊はオキタの危険度を再認識したのか、全機がアウトランダーに向かう軌道を取った。
「っエリー! 援護したって!」
『……いらないよ。今は邪魔になる』
アウトランダーに10機から放たれたビームの弾幕が迫る。
オキタはそれを確認し、加速と減速のフットペダルを両足でリズムよく踏み込んでいく。
VSFはTSFとは違い四肢がなく、スラスターに武装が付いているような形状をしているためAMBACといった複雑な機動を取ることが出来ない。
推力を武器に真っ直ぐ飛び、ヒット&アウェイを繰り返すのがVSFの戦い方だ。
しかしハイデマリー達の目の前には、敵を一纏めにするかのようにわざとビームをまき散らしながら、周囲から追い立てるようにぐるりと回り込み、弾幕の中に飛び込んでいくアウトランダーの姿があった。
直線的な動きに機体上下部に取り付けられているサブスラスターを組み合わせ、上下左右にヒラヒラと、加速と減速を繰り返しながら落ち葉のような機動で敵の懐に飛び込んでいくアウトランダー。
落ち葉と違うのは、それとは違う鋭さを持ったスピードがVSFにはあるということだ。
そして閃光一閃。
ビームを纏った翼は敵機のシールドを物ともせず、すれ違い様に宙賊機を真っ二つにした。
尚も反転し、ミサイルを発射。
たまらず迎撃されたミサイルの爆炎に隠れるように置かれたビームが3条、敵機を貫いて爆散させる。
「なんや、あれ……」
経験したことのない圧倒的な、それでいて淡々とした暴力にラビットの面々は驚きで言葉を失ってしまった。
話には聞いていたし、過大とも思える噂も耳にしていた。
それぞれがそれぞれの主観で、オキタ准尉という存在を理解していたつもりだった。
しかし過大だと思っていた噂ですら、実際に目で見れば過小評価だったのではないか。
全員は認識を改めさせられた。
シミュレーションをその目で見たハイデマリーですら、目の前の光景に目を見開いている。
『相当気合入ってるね。
前はVSFに慣れてなかったんだろうけど、その時とは違って結構ガチだよアレ』
また強くなった。
メンバーの中で唯一オキタの力を知っているエリーが、苦虫を潰したような顔でそう呟く。
誰もそれを気に留めることは無かった。
「……彼が敵じゃなくて良かったよ、エレン」
「そうだね、アレン。こうも一方的になるなんて……」
続けて数度、爆発の光が見えた頃に宙賊機の反応は無くなっていた。
『ラビット2からラビットホーム。
わざわざ放っておく意味もないし、船も沈めてもいいだろ?
今から……あ、逃げた』
ついでだし、と軽いノリでラビットに確認を取るオキタ。
しかし、それよりも早く宙賊の輸送船団は全艦反転。
我先にとワープして宙域を離脱していく。
今まで艦長席にしがみつくように様子を見ていたハイデマリーだったが、力が抜けたのか艦長席からズルズルと滑り落ちる。
ハイデマリーは構うことなくそのまま無重力に身を任せた。
膝を抱えて丸まり、何かに耐えるかのように震えているが―――
「イヒッ、イヒヒヒヒヒひゃははははははは!!
やっば! ヤバすぎやろオキたん!? 何や、何やねんそれえ!?」
―――が、収まらなくなったのか。
ものの数分の内に全滅した宙賊たちの有様を見て、ハイデマリーは涙目になりながら笑った。笑うしかなかった。
『ハイデマリーはどうしたんだ? ……まあいいか、帰投する』
ラビットとアウトランダーの通信が途切れるころにはハイデマリーの発作も収まり、ブリッジは静寂に包まれた。
「―――ハァ……エライ拾いモンしてもうたで、ホンマに」
溜息を吐くように言ったハイデマリーに、ラビットの面々は何度も頷いていた。
ランキング1位ありがとうございます。こんな事になるとは思ってなかった。
キャラ紹介話のイイねが多いのは挿絵のお陰でしょうか。好意的に受け取って頂けているなら嬉しいです。今後も隙を見て挿れていきます




