114_懐かしい顔
ラビットⅡへ帰艦し、機体をハンガーに固定する。
コックピットから降りると、すぐさま整備専用のシズの子機が機体周辺に集まって来た。
「機体の補給を頼む。俺はブリッジへ行くから、後は頼む」
『承知シマシタ』
機体の冷却材と、焦げた推進剤の残り香が鼻につく。隔壁が閉じ、エリーのセイバーリングがハンガーに戻ってきた。固定をシズ子機に任せたエリーが、コックピットから降りてこちらへ跳んでくる。
「お待たせ」
「行くぞ、ブリッジに上がる」
機体のまだ汗の抜けきらないパイロットスーツのままブリッジへ向かう。ブリッジに繋がる扉の前には、先に帰還していたリタが待っており、俺たちと同じようにまだパイロットスーツを着用している姿が見えた。まだヘルメットも外していない。
「警戒はまだ解かない、でいいよね?」
抑揚の薄い声。俺に聞かずとも、警戒を解いていないのがよく分かる。
「ああ、帝国軍を擬装している可能性もありえる。悪いが、機体で待機して貰えるか?」
「分かった」
即答し、くるりと踵を返す。無駄のない動きだ、本当に頼りになる。
再度格納庫へ向かうリタを見送り、ブリッジへと繋がる扉を入る。
ラビットⅡはまだ戦闘配置。せり出しているはずのブリッジは収納されたまま、通路は水平に伸びている。傾斜のない通路を、ハンドレールを掴んで滑る様に移動する。
「ハイデマリー、戻った」
「ただいま~」
「おかえり。怪我してへんな?」
「ああ、全員ピンピンしてる」
そのまま艦長席に座るハイデマリーの傍へ向かう。無重力下で踏ん反り返っているが、その視線と指先はコンソールに向いている。
「空間座標固定シグナルを確認、ワープアウトしてきます」
ブリッジに軽い警戒音が鳴り、アレンが状況を伝える。
宇宙空間が僅かに伸縮するように見えた直後、一隻の軍艦が宙域にワープアウトしてきた。
「識別を確認。帝国軍巡洋艦ドーントレス、接近してきます」
『こちらはエリュシオン管区、帝国軍パトロール艦ドーントレス。通報を受けて現宙域へと救援に来た。状況の説明を求める』
メインスクリーンに映る艦影。艦の腹には帝国軍旗が掲げられている。
通信を知らせるランプが点灯したところで、ハイデマリーが手元の端末から回線を開いた。通信先にはラビットⅡ以外の商船の艦長たちが映っているが、全員がそれとなくハイデマリーの顔色を窺っているように見える。
ハイデマリーは周囲のそんな姿に一度溜息を吐き、営業用の笑顔を貼ってから顔を上げた。
「こちら商業連合所属ラビットⅡ、ラビット商会会長のハイデマリーです。さっきまでハイパーレーンを航行してたんやけど、運悪く宙賊にインターディクションされまして。ウチが雇ってる傭兵に追っ払ってもらったところです」
にこにこと、声色も余所行きに変えたハイデマリーが言う。
『―――こちらの観測結果との照合が完了した。
これより、現宙域にいる全艦に対し被害状況の確認の確認を実施する。各艦は速やかに被害レポートを申告するように』
「あいあい、皆さん聞こえましたかー? そういうことらしいですよー」
何でウチがこんな事せなあかんねん。浮かべた笑顔にそう書かれているが、あれだけ暴れた艦なのだから頼られるのも仕方のないことだろう。
「大丈夫そうだな、リタに警戒解くように言って来る」
「りょ。あ、やっぱボクも着替えに行く」
「終わったら部屋で休んでええから。後のことは任せとき」
「了解。悪いな、任せる」
ハイデマリーに背を向けた所で、
『悪いね、商会長さん。アンタの所は別で話を聞きたい』
軽い、少し擦れた声に足が止まった。
……聞き覚えがある。誰だ?
もう一度艦長席へ戻る。
「通信を映像ありに切り替えられるか?」
「オキたん?」
『こちらとしては問題ない。直ぐに切り替えよう』
メインモニターに男の顔が映る。
少しヨレた制服。幸薄い顔に、眠たそうで少し濁った眼。
数秒、脳が記憶を引っ張ってきた。
―――ああ。
あの頃から少し歳の取った姿に、思わず口元が緩んだ。
「元気そうじゃねえか、ヴァルツ中尉」
画面の向こうが固まる。
『……は?』
「金欠のヴァルツ。もう忘れたのか?」
手を挙げて挨拶をしてから数秒、本気の沈黙。モニター先の男は何度か目を擦り、視線はハイデマリーと俺を何度も行き来している。
『……オ、オキタ中尉ィ!?』
裏返った声に思わず笑ってしまった。
「いやー懐かしいな、2年ぶりくらいか?」
『おまっ、お前! この野郎お前!』
身体を揺らしながらこっちを指差してくる。混乱と驚きが混ざっているこの男はヴァルツ中尉……いや、認識票だとヴァルツ大尉か。
危険手当が目当てで前線に来たのを覚えている。連隊の選抜に落ちても帰らず、それでも金が欲しいと笑いながら、死にかける度に俺を呼んだタフガイ。
『何やってんだよこんな所で!? ……まさか、こっちに異動になったのか!? それとも特殊任務か!?』
「退役したんだよ。今はこの、ハイデマリーの下で契約傭兵として雇われてる」
『退役ぃ!?』
オーノー、と頭を抱える大のオッサン。
『マジか、マジでか……あのオルトロス中隊長が商会の契約傭兵? 俺は夢でも見てるのか……???』
「ところがどっこい、現実です。伯爵も知ってるぞ」
『だとしてもだ。大丈夫なのか? その、メリダは?』
「案外大丈夫そうだぞ? 俺が辞めて以降は、昔みたいな襲撃頻度でもなくなったって聞いてる」
『そうか、そうか。本当に辞めたんだな……いや、惜しむべきじゃないな。お前にとっても、周りの連中にとっても絶対に良いことだ。ガキの頃からずっと戦ってきたんだ、自由になれて良かったじゃねぇか』
へへ、と少し涙ながらにそう言ってくれた。
初めて会った時、ヴァルツはだたの金欠のオッサンだった。それが今は巡洋艦勤めの大尉。
そう言って貰えると誇らしい。だけど、その言葉を何処に置けば良いのか、むずがゆい。軍を辞めたことに後悔はないけど、まるで俺だけが途中で降りたような感覚が少し落ち着かない。
『偶然だが、会えてよかった。っそうだ、時間ないか? 傭兵なら時間くらいあるよな? 少し付き合えよ。お前への借り、まだまだ返しきれてないんだぞ』
言われて苦笑する。
相変わらず律儀な奴だ。当時は俺が酒も飲めない年齢だったからか、背中を叩いて一言礼を言う連中が多い中、ヴァルツはひたすら飯を奢ってくれた。ガキは腹いっぱいメシを食え、食ってデカくなれって。
「傭兵だって案外忙しいんだぜ? いいよ、何度も飯奢ってくれたからチャラだ」
『いいや、足りんね。三回だぞ、俺の命を救ってくれたのは』
「七回な。やっぱ気付いてなかったか」
笑いながら言うと、モニターの向こうでヴァルツが再度硬直した。ブリッジの空気はもう完全に緩んでいる。
そんな中、エリーが俺の横に並んだ。
「えっと、ヴァルツ大尉。その、久しぶり……?」
『エリーちゃん!??!』
普段と違ってどこか覇気のないエリー。何でこんなに余所余所しいんだと思ったが、そうか。エリーのやつ、俺に引っ付いてたから88連隊には馴染んでたけど、連隊以外には最後まで人見知りを発揮してたな。
『どうなってんだよその商会! 戦力過多だろ!』
「健全経営やで~」
『商会長、アンタどんな豪運の持ち主だよ……』
引き攣った笑みを浮かべるヴァルツの隣に、一人の女性が入り込んできた。
『隊長、職務を』
『ん゛ん゛、ああ、すまん』
ヴァルツが姿勢を戻す。
『副長のメリッサだ。ラビット商会には悪いが、少し艦を改めさせてくれ。最近この宙域は騒がしくてな……まあ、形だけの臨検だ。オキタとエリーちゃんがいる船を疑う方がバカらしいがこっちも仕事だ、分かってくれ』
『傭兵はクレジット次第で動くのですから、警戒は当然です』
ヴァルツの申し訳なさそうな顔に比べて、メリッサと呼ばれた副官のの視線は鋭い。
「うちは合法商売や。お宅の隊長さんも、うちの二人とは知り合いらしいけど?」
『無用な発言は不利益となるぞ。無暗に喋らないことだ』
ハイデマリーがにこやかに返すが、メリッサの目は冷たい。一転してピリつく雰囲気。
あー……まあ、そうだよな。むしろ、これが模範的帝国軍人だ。今まで出会ってきた人たちが特殊なだけで、帝国軍人ってのは基本的に高圧的なのがデフォだ。そうじゃないと、無数にある銀河の統治なんて出来たもんじゃない。
『やめろメリッサ! ……すまん、この間大きな一件があってな。ちょっと気が立ってるだけなんだ』
「へー、そうでっか」
言っている間にスキャン開始。
少し気まずさを含んだ静かな時間の中で、俺は雰囲気を変えるように口を開いた。
「ところで、ヴァルツはまだ孤児院への寄付を続けてるのか?」
『育てて貰った恩があるからな。エリュシオンには指名手配のレッドギルドも多い、ボーナスには事欠かないな』
クレジットの話となると、相変わらず軽い調子だ。昔と何も変わらない。
取り留めのない話をしていた所で、小さな電子音が鳴りやんだ。スキャンが完了したようだ。
『隊長、スキャン完了しました。問題ありません』
メリッサの声。
頷いたヴァルツが、改めてこちらを見る。
『生きててよかった。ガキが自分よりも先に死ぬのは……もう、ごめんだ』
その言葉だけ、冗談の匂いが無かった。
画面の向こうで、ヴァルツの指が僅かに震えている。
「死ぬようなタマに見えるか?」
そう返しながら、喉の奥に残った言葉を飲み込む。
―――何人、先に逝ったと思ってる。
『……たまにはエリュシオン星系に来い。酒奢らせろ、七回分だ』
「ならデミエルに来いよ。今からあっちに行く予定だ」
『は? デミエルって、あのリゾートの?』
「バカンスだよ。会長命令」
ハイデマリーが肩をすくめる。
「たまには羽伸ばさな、働かれへんやろ?」
ヴァルツが笑う。
『働き詰めのオキタ中隊長がリゾート……似合わねぇな』
「どういう意味だお前」
『行ける身分なら行きたいもんだ。海は海でも、真っ黒な海しか見てないからな』
「デミエルは完全観光仕様。空も海も天候も全部制御。金持ちの楽園だとよ」
ハイデマリーが笑う。
「楽園は金で買えるんやで?」
ヴァルツの表情が少しだけ変わる。
『あそこは楽園だけじゃない。裏で人も金もよく消える』
『歓楽区画は帝国法の例外区域とまで言われている。駐屯軍はいるが、“招待”されなければ入れない場所も多い。……消えた奴の記録は残らない。精々気をつけることだ』
メリッサが無機質に補足する。素直じゃねぇなと、ヴァルツが苦く笑う。
『行くなら気をつけろ。平和な星ほど、金が血を呼ぶ。まあ、お前なら平気だろうけどな』
通信が切れる直前。
『無茶するなよ、オルトロス1』
「今はラビット2だ。そっちこそ死ぬなよ、隊長殿」
回線が閉じる。ドーントレスは進路を戻し、ハイパーレーンに合流して姿を消した。
ハイデマリーが背もたれに体を預ける。
「ええ再会やったな」
「声、ちょっと疲れてたけどね」
エリーがモニターを見たまま呟く。
昔、金のために危険な宙域へ来た男が、今は巡洋艦を率いる隊長か。
遠ざかる艦影を見送りながら、胸の奥が少しだけざわついた。
「……らしない顔してんで」
横から、軽く肘が当たった。




