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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
117/117

114_懐かしい顔


 ラビットⅡへ帰艦し、機体をハンガーに固定する。

 コックピットから降りると、すぐさま整備専用のシズの子機が機体周辺に集まって来た。


「機体の補給を頼む。俺はブリッジへ行くから、後は頼む」


『承知シマシタ』


 機体の冷却材と、焦げた推進剤の残り香が鼻につく。隔壁が閉じ、エリーのセイバーリングがハンガーに戻ってきた。固定をシズ子機に任せたエリーが、コックピットから降りてこちらへ跳んでくる。


「お待たせ」


「行くぞ、ブリッジに上がる」


 機体のまだ汗の抜けきらないパイロットスーツのままブリッジへ向かう。ブリッジに繋がる扉の前には、先に帰還していたリタが待っており、俺たちと同じようにまだパイロットスーツを着用している姿が見えた。まだヘルメットも外していない。


「警戒はまだ解かない、でいいよね?」


 抑揚の薄い声。俺に聞かずとも、警戒を解いていないのがよく分かる。


「ああ、帝国軍を擬装している可能性もありえる。悪いが、機体で待機して貰えるか?」


「分かった」


 即答し、くるりと踵を返す。無駄のない動きだ、本当に頼りになる。

 再度格納庫へ向かうリタを見送り、ブリッジへと繋がる扉を入る。

 ラビットⅡはまだ戦闘配置。せり出しているはずのブリッジは収納されたまま、通路は水平に伸びている。傾斜のない通路を、ハンドレールを掴んで滑る様に移動する。


「ハイデマリー、戻った」


「ただいま~」


「おかえり。怪我してへんな?」


「ああ、全員ピンピンしてる」


 そのまま艦長席に座るハイデマリーの傍へ向かう。無重力下で踏ん反り返っているが、その視線と指先はコンソールに向いている。


「空間座標固定シグナルを確認、ワープアウトしてきます」


 ブリッジに軽い警戒音が鳴り、アレンが状況を伝える。

 宇宙空間が僅かに伸縮するように見えた直後、一隻の軍艦が宙域にワープアウトしてきた。


「識別を確認。帝国軍巡洋艦ドーントレス、接近してきます」


『こちらはエリュシオン管区、帝国軍パトロール艦ドーントレス。通報を受けて現宙域へと救援に来た。状況の説明を求める』


 メインスクリーンに映る艦影。艦の腹には帝国軍旗が掲げられている。

 通信を知らせるランプが点灯したところで、ハイデマリーが手元の端末から回線を開いた。通信先にはラビットⅡ以外の商船の艦長たちが映っているが、全員がそれとなくハイデマリーの顔色を窺っているように見える。


 ハイデマリーは周囲のそんな姿に一度溜息を吐き、営業用の笑顔を貼ってから顔を上げた。


「こちら商業連合所属ラビットⅡ、ラビット商会会長のハイデマリーです。さっきまでハイパーレーンを航行してたんやけど、運悪く宙賊にインターディクションされまして。ウチが雇ってる傭兵に追っ払ってもらったところです」


 にこにこと、声色も余所行きに変えたハイデマリーが言う。


『―――こちらの観測結果との照合が完了した。

 これより、現宙域にいる全艦に対し被害状況の確認の確認を実施する。各艦は速やかに被害レポートを申告するように』


「あいあい、皆さん聞こえましたかー? そういうことらしいですよー」


 何でウチがこんな事せなあかんねん。浮かべた笑顔にそう書かれているが、あれだけ暴れた艦なのだから頼られるのも仕方のないことだろう。


「大丈夫そうだな、リタに警戒解くように言って来る」


「りょ。あ、やっぱボクも着替えに行く」


「終わったら部屋で休んでええから。後のことは任せとき」


「了解。悪いな、任せる」


 ハイデマリーに背を向けた所で、


『悪いね、商会長さん。アンタの所は別で話を聞きたい』


 軽い、少し擦れた声に足が止まった。

 ……聞き覚えがある。誰だ?


 もう一度艦長席へ戻る。


「通信を映像ありに切り替えられるか?」


「オキたん?」


『こちらとしては問題ない。直ぐに切り替えよう』


 メインモニターに男の顔が映る。

 少しヨレた制服。幸薄い顔に、眠たそうで少し濁った眼。


 数秒、脳が記憶を引っ張ってきた。


 ―――ああ。


 あの頃から少し歳の取った姿に、思わず口元が緩んだ。


「元気そうじゃねえか、ヴァルツ中尉」


 画面の向こうが固まる。


『……は?』


「金欠のヴァルツ。もう忘れたのか?」


 手を挙げて挨拶をしてから数秒、本気の沈黙。モニター先の男は何度か目を擦り、視線はハイデマリーと俺を何度も行き来している。


『……オ、オキタ中尉ィ!?』


 裏返った声に思わず笑ってしまった。


「いやー懐かしいな、2年ぶりくらいか?」


『おまっ、お前! この野郎お前!』


 身体を揺らしながらこっちを指差してくる。混乱と驚きが混ざっているこの男はヴァルツ中尉……いや、認識票だとヴァルツ大尉か。

 危険手当が目当てで前線に来たのを覚えている。連隊の選抜に落ちても帰らず、それでも金が欲しいと笑いながら、死にかける度に俺を呼んだタフガイ。


『何やってんだよこんな所で!? ……まさか、こっちに異動になったのか!? それとも特殊任務か!?』


「退役したんだよ。今はこの、ハイデマリーの下で契約傭兵として雇われてる」


『退役ぃ!?』


 オーノー、と頭を抱える大のオッサン。


『マジか、マジでか……あのオルトロス中隊長が商会の契約傭兵? 俺は夢でも見てるのか……???』


「ところがどっこい、現実です。伯爵も知ってるぞ」


『だとしてもだ。大丈夫なのか? その、メリダは?』


「案外大丈夫そうだぞ? 俺が辞めて以降は、昔みたいな襲撃頻度でもなくなったって聞いてる」


『そうか、そうか。本当に辞めたんだな……いや、惜しむべきじゃないな。お前にとっても、周りの連中にとっても絶対に良いことだ。ガキの頃からずっと戦ってきたんだ、自由になれて良かったじゃねぇか』


 へへ、と少し涙ながらにそう言ってくれた。

 初めて会った時、ヴァルツはだたの金欠のオッサンだった。それが今は巡洋艦勤めの大尉。

 そう言って貰えると誇らしい。だけど、その言葉を何処に置けば良いのか、むずがゆい。軍を辞めたことに後悔はないけど、まるで俺だけが途中で降りたような感覚が少し落ち着かない。

 

『偶然だが、会えてよかった。っそうだ、時間ないか? 傭兵なら時間くらいあるよな? 少し付き合えよ。お前への借り、まだまだ返しきれてないんだぞ』


 言われて苦笑する。

 相変わらず律儀な奴だ。当時は俺が酒も飲めない年齢だったからか、背中を叩いて一言礼を言う連中が多い中、ヴァルツはひたすら飯を奢ってくれた。ガキは腹いっぱいメシを食え、食ってデカくなれって。


「傭兵だって案外忙しいんだぜ? いいよ、何度も飯奢ってくれたからチャラだ」


『いいや、足りんね。三回だぞ、俺の命を救ってくれたのは』


「七回な。やっぱ気付いてなかったか」


 笑いながら言うと、モニターの向こうでヴァルツが再度硬直した。ブリッジの空気はもう完全に緩んでいる。


 そんな中、エリーが俺の横に並んだ。


「えっと、ヴァルツ大尉。その、久しぶり……?」


『エリーちゃん!??!』


 普段と違ってどこか覇気のないエリー。何でこんなに余所余所しいんだと思ったが、そうか。エリーのやつ、俺に引っ付いてたから88連隊には馴染んでたけど、連隊以外には最後まで人見知りを発揮してたな。


『どうなってんだよその商会! 戦力過多だろ!』


「健全経営やで~」


『商会長、アンタどんな豪運の持ち主だよ……』


 引き攣った笑みを浮かべるヴァルツの隣に、一人の女性が入り込んできた。


『隊長、職務を』


『ん゛ん゛、ああ、すまん』


 ヴァルツが姿勢を戻す。


『副長のメリッサだ。ラビット商会には悪いが、少し艦を改めさせてくれ。最近この宙域は騒がしくてな……まあ、形だけの臨検だ。オキタとエリーちゃんがいる船を疑う方がバカらしいがこっちも仕事だ、分かってくれ』


『傭兵はクレジット次第で動くのですから、警戒は当然です』


 ヴァルツの申し訳なさそうな顔に比べて、メリッサと呼ばれた副官のの視線は鋭い。


「うちは合法商売や。お宅の隊長さんも、うちの二人とは知り合いらしいけど?」


『無用な発言は不利益となるぞ。無暗に喋らないことだ』


 ハイデマリーがにこやかに返すが、メリッサの目は冷たい。一転してピリつく雰囲気。

 あー……まあ、そうだよな。むしろ、これが模範的帝国軍人だ。今まで出会ってきた人たちが特殊なだけで、帝国軍人ってのは基本的に高圧的なのがデフォだ。そうじゃないと、無数にある銀河の統治なんて出来たもんじゃない。


『やめろメリッサ! ……すまん、この間大きな一件があってな。ちょっと気が立ってるだけなんだ』


「へー、そうでっか」


 言っている間にスキャン開始。

 少し気まずさを含んだ静かな時間の中で、俺は雰囲気を変えるように口を開いた。


「ところで、ヴァルツはまだ孤児院への寄付を続けてるのか?」


『育てて貰った恩があるからな。エリュシオンには指名手配のレッドギルドも多い、ボーナスには事欠かないな』


 クレジットの話となると、相変わらず軽い調子だ。昔と何も変わらない。

 取り留めのない話をしていた所で、小さな電子音が鳴りやんだ。スキャンが完了したようだ。


『隊長、スキャン完了しました。問題ありません』


 メリッサの声。

 頷いたヴァルツが、改めてこちらを見る。


『生きててよかった。ガキが自分よりも先に死ぬのは……もう、ごめんだ』


 その言葉だけ、冗談の匂いが無かった。

 画面の向こうで、ヴァルツの指が僅かに震えている。


「死ぬようなタマに見えるか?」


 そう返しながら、喉の奥に残った言葉を飲み込む。

 ―――何人、先に逝ったと思ってる。



『……たまにはエリュシオン星系に来い。酒奢らせろ、七回分だ』


「ならデミエルに来いよ。今からあっちに行く予定だ」


『は? デミエルって、あのリゾートの?』


「バカンスだよ。会長命令」


 ハイデマリーが肩をすくめる。


「たまには羽伸ばさな、働かれへんやろ?」


 ヴァルツが笑う。


『働き詰めのオキタ中隊長がリゾート……似合わねぇな』


「どういう意味だお前」


『行ける身分なら行きたいもんだ。海は海でも、真っ黒な海しか見てないからな』


「デミエルは完全観光仕様。空も海も天候も全部制御。金持ちの楽園だとよ」


 ハイデマリーが笑う。


「楽園は金で買えるんやで?」


 ヴァルツの表情が少しだけ変わる。


『あそこは楽園だけじゃない。裏で人も金もよく消える』


『歓楽区画は帝国法の例外区域とまで言われている。駐屯軍はいるが、“招待”されなければ入れない場所も多い。……消えた奴の記録は残らない。精々気をつけることだ』


 メリッサが無機質に補足する。素直じゃねぇなと、ヴァルツが苦く笑う。


『行くなら気をつけろ。平和な星ほど、金が血を呼ぶ。まあ、お前なら平気だろうけどな』


 通信が切れる直前。


『無茶するなよ、オルトロス1』


「今はラビット2だ。そっちこそ死ぬなよ、隊長殿」


 回線が閉じる。ドーントレスは進路を戻し、ハイパーレーンに合流して姿を消した。

 ハイデマリーが背もたれに体を預ける。


「ええ再会やったな」


「声、ちょっと疲れてたけどね」


 エリーがモニターを見たまま呟く。


 昔、金のために危険な宙域へ来た男が、今は巡洋艦を率いる隊長か。

 遠ざかる艦影を見送りながら、胸の奥が少しだけざわついた。


「……らしない顔してんで」


 横から、軽く肘が当たった。




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>『商会長、アンタどんな豪運の持ち主だよ……』 ホントそれw
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