113_インターディクション
強襲コンテナ艦のハンガー区画。
発進区画と分けられてはいるものの、三層吹き抜けの格納庫はとても広い。そこに、俺とエリーの機体が磁気ロックで固定されている。減圧時に備えた隔壁、緊急閉鎖シャッター、天井を這う整備アーム。その全てにセクレトの一級品が使われている。
ラビットⅡは今、ハイパーレーンを航行している。
その割には、艦内は異様な静けさを保っている。それもこれも、ラビットⅡがセクレトアスティエロ、それもアリアドネ渾身のネームドシップとして建造されたからだ。
音も振動も、慣性さえ感じさせない。ハイデマリーの義姉は、義妹への愛をこんな形で表現するのかと思うと少し笑ってしまう。
「オッキーの機体さ、やっぱり防御力過剰じゃない? あれだけ推力があるなら射撃なんてそうそう当たらないだろうし、エネルギーはビームやレーザー兵器に回した方がオッキーに合ってると思うんだよね」
低重力環境に制御されたハンガー区画で、エリーはデスペラードの背部コンテナを見つめながらそう言った。
「グラビティシールドを艦載機に搭載する、その発想自体は間違ってないと思うんだ。けどさ、背中のアレは流石に大きすぎるよ」
エリーが指差す先。その上部はミサイルコンテナ、下部は実弾兵装の予備と弾薬保管庫。背面にはデスペラードの爆発的な機動性を生み出すスラスターが一面に搭載されている。
「メリダに居た頃はビームライフルが主兵装だったからな。けど、実弾兵器も捨てたもんじゃないとは思う。とはいえ、力不足感は否めないんだよな。敵機のシールドを抜くのにライフル弾で8発だけど、ビームライフルなら運が良ければ1発だ」
「グラビティシールドの運用に出力持っていかれるのは分かるけど……う~ん、やっぱオッキーの戦闘スタイルと機体特性が合ってないよ」
「んー……そこまで文句はないんだけどな。その辺は次に作る機体への申し送り事項にしとくか……」
ボソッと呟いた声に、エリーはグワっと振り返って来た。目がきらきらと輝いている。
「オッキーもう新型作るの!? どんな機体!? 何処が作ってるの!?!?」
「まあ、詳しい話はその内な」
軽口を叩きながら、俺は機体の固定具を触る。
この機体とどれだけ一緒に居られるか分からないが、ΑΩの起動データだけはJrに届けないといけない。3分とはいえ、かなり無茶させることになる。出来れば機体は壊さずに更新したいけど、俺の意志でどうこうなるものでもない。
また、機体壊すことになるかもな。
などと、軍を辞める切っ掛けになった頃を思い出していたその時。
「―――なんだ……?」
ハンガーの床を通して伝わった違和感は、振動ではなかった。
僅かな位相ズレ。だがそれは、ワープ中によくある、空間の帳尻合わせが崩れ始めた時に出る、あの嫌な感触だった。
胃の奥が冷たくなる。
直後、アレンの声が艦内を裂いた。
『重力井戸反応検出! 局所曲率異常増大、ハイパーレーン干渉波確認!』
俺とエリーは即座に端末を起動し、耳元にインカムを装着した。
端末に表示されている数値が跳ね上がる。通常空間の重力ポテンシャル勾配が、あり得ない角度で立ち上がっていた。
人工的な重力井戸だ、自然現象ではありえない。
おそらくはハイパーレーンの進路上に高密度エネルギーをリング状に収束させ、仮想質量を生成している。重力そのものを作っているわけじゃない。だが、ハイパーレーンの位相演算に“質量がある”と誤認させるには十分な歪みを生んでいる。
ハイパーレーンは”安全な宇宙を先に計算して敷く”わけじゃない。
膨大な未来座標の中から、質量間の少ない位相収束解を抽出し、そこへ艦を滑り込ませる。
俺たちはハイパーレーンという道を自ら走っているのではない。崩れない解の上に居続けているだけだ。滑らされているとも言えるが。
そもそもが超光速で有限質量体を移動させる仕組みのため、極度な質量変異を嫌う性質がある。
質量変異が極大となると計算が破綻しやすくなるが、艦船の質量程度なら、同調演算が追い付く限り問題はない。
だが今、同調演算が破断し始めている。数式の分母がゼロに近づくような、あの嫌な感覚。
空間が歪んでいるんじゃない。正しいはずの未来の座標が消されてるわけでもない。安全判定が成立しなくなり、位相収束解が存在しなくなっているんだ。
『位相安定度急低下! インターディクションフィールドの展開を確認!』
「っ、来たか!」
帝国の設備に喧嘩を売るような真似をする連中、レッドギルド。
『慣性制御いっぱい! ブリッジ遮閉、重力制限解除や急げ!』
ハイデマリーの号令よりも先に床が跳ねた。
ハンガー区画は低重力下だが、艦内には1Gに設定されている区画もある。慣性制御が補正をかけるが、間に合っていない。色々と吹っ飛んだだろう。
俺はエリーと一緒に、手すりを掴んで身体が流れそうになるのを耐える。
「バカンス前のイベント、キターーー!!」
「馬鹿言ってる場合か! パイロットスーツに着替えろ、直ぐに出るぞ!」
腰にマウントしてあった、低重力下における命綱。磁気アンカーを射出して備え付けの更衣室へと向かう。
後ろでエリーが着替えているが、お互い命が懸かった場面でアレコレ言うほどピュアな関係でもない。
肌着の上からパイロットスーツを着ている最中にも、艦橋からは緊迫した通信がインカムを通して聞こえてくる。
『推定出力、民生改造型を超過』
『ラビットⅡ単艦であれば主機七〇%以上で突破可能。成功率9割』
アレンの声、そのあとシズの声が続く。
9割。ほぼ確実に離脱できる。そのはずなのに、喉が鳴った。
指が端末の上で止まる。何を迷っているんだ、離脱を提言すればいい。合理的判断だ、優先順位を守るために何も間違ってない。
それでも嫌な予感が頭に過る。その予感を声に出すか、一瞬の迷いが俺の判断を遅らせるが……
「―――近くに航行している艦はないのか!?」
端末越しに俺が怒鳴ると、エレンが即答する。
『索敵より。並走する商船多数、全艦照合完了。
艦種特定、慣性制御出力は……不足と認定。突破時、船体フレームに応力集中。主推進軸損傷確率……無視出来ないレベルで推移すると予測』
出力不足。ラビットⅡに並走する商船では重力井戸を横切る瞬間、慣性補正が間に合わない。慣性制御は“計算された力”には追随できるが、位相崩壊による不連続なベクトル変化には対応できない。
つまり、質量数千トン級の商船が、数ミリ秒単位で異方向から引かれることになる。
人の場合は骨が折れる。宇宙船のフレームも同じだ。
艦橋が静まる。
『……振り切る、方がええか?』
何かを抑えるような、ハイデマリーの声。
冗談ではない本気で、合理的な問いだ。
損失を回避し、自分の身を護るならそれが正しい。
『突破時、本艦は軽微損傷で離脱可能。商船航行不能化確率九割以上』
俺は奥歯を噛む。
『私たちが突破出来ても、商船は確実に包囲される』
艦の胴体を挟んで反対側の強襲コンテナに居る、リタから事実だけが伝えられる。
離脱可能時間まで残り数秒。その数秒の間に、計算が走る。
積荷、気にする必要は無い。
傭兵契約、護衛対象は母艦。
燃料消費、気にする必要は無い。
付近の商船……気にする必要は、本来無い。
何を優先すべきかは明白だ。出力を上げろと提言すればいい。
だが……それと同時に、目の前の命を見捨てたくない自分がいる。
『……くそったれ』
艦橋で、ハイデマリーが吐き捨てた。
『見捨てられるかボケぇ!! 主機ENG出力維持! 商船との相対距離固定! 総員第一戦闘配置や!!』
ハイデマリーの決断で方針が決まる。
俺とエリーは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「マリー! このカッコつけ!!」
「ああ、でも悪くない選択だ!」
艦橋から返って来る声は支離滅裂だが、文句を言っていることは分る。
エリーと二人、そんなハイデマリーの顔を想像しながら笑い、互いの機体に向かって地面を蹴った。
次の瞬間、位相が崩壊した。
ハイパーレーンから通常空間へ引き戻される衝撃は、落ちる感覚に近い。だが実際は逆だ。安全位相層から質量密度の高い現実へ叩き戻される。
視界が白く潰れ、耳鳴りが走る。
慣性制御が最大補正を掛ける。無重力空間下、それでも無理やり通常空間へと引き戻された衝撃に身体が流れ、骨が軋む。
『通常空間移行完了』
『ラビットⅡの周囲に敵影無し。商船を囲う様に熱源多数確認。付近にVSF6、TSF3、駆逐艦クラスの母艦を2隻、巡洋艦1隻を確認。更に宙域への空間予約多数確認』
『ラビットⅡ出力全開! カウンタージャマーの制御こっちに投げて! 空間予約はウチが潰す!』
『っ、商船が攻撃を受けている!』
『シズ!』
『グラビティシールド展開。ラビットⅡ、商船救援へ向かいます。第一戦速』
レッドギルドの動きが想像以上に早い、繰り返しやって来た戦術なんだろう。
コックピットに乗り込み、機体の主機を入れて網膜投影を開始する。ラビットⅡとのデータリンクによって映し出された映像に、宙賊機に群がられている商船が映った。
『た、助けてくれぇ!!』
『主砲撃て! 当てやんでええ、鬱陶しいハエを追っ払う!』
統合情報システムOptimusに指示を出しながら、ハイデマリーは忙しなく手を動かしている。
「付近の船はどうなっている?」
俺の問いにCICから商船の情報が送られて来る。計5隻、ただし群がられている船は2隻。映像で見る限り、主推進は生きているが補助系統にダメージが入れられているようだ。
やはり、奴らは強い相手を襲わない。必ず削りやすい所から削っている。
そうだろうとも、奴らは勝てる戦いしかしないのだから。
通信、補助ノズル、姿勢制御。削れるところから削っている様子が見て取れる。
殺すためじゃない。逃げられなくするためだ。獲物を弱らせる手順が、あまりに体系化されている。
ああ、本当に―――虫唾が走る!
「ブリッジ! ラビット小隊、何時でも出れるぞ!」
『ほな出撃―――待って! ミサイル来とる! 迎撃やーーー!!』
こちらの出撃を遅らせるのが狙いなのか、ミサイルが飛来してきていた。
ハイデマリーの号令で16条のレーザーが真空を裂く。可視光が見える程のエネルギーが宇宙に直線を描き出す。
レーザーに焼かれたミサイル外殻が瞬間的に蒸発。内部の固体燃料が偏燃焼を起こし、推力が片側だけ噴き出す。弾頭は爆ぜない。ただ姿勢を失い、秒速数キロの鉄塊として流れていく。
16門ある近接レーザータレットが迎撃し、全て撃ち落とすが機先を削がれた。
こいつら、戦い慣れている……!
『ハーッハッハッハッハ! そこの軍艦、余計なことはするなよ―――などと言っても、出来ないだろう? ミサイルはそこら中にばら撒いているからな』
オープンチャンネルで通信が届く。歪んだ笑い声だ。
置きミサイル、とでも言えばいいのか。宙域に無造作に置かれていたミサイルが、ラビットⅡをレーダー範囲に捉えた途端に飛来してくる。
『んがーーー!! 性格悪すぎやろが!!』
がなるハイデマリー。その両指は全てが別の生き物の様に動いている。今もOptimusで空間予約のジャミングをしながら、飛来するミサイルの優先破壊対象を指示している。
『よっしゃキルゾーン抜けたでぇ! みんなごめん、手間取った! 進路クリアや、発進よろしく! ブッ飛ばして来てや!!』
加速が乗り切ったラビットⅡは置きミサイル宙域を抜けた。前方宙域まで七千を切っている。
「オッキー!」
「お前は突っ込んで場を引っ掻き回せ、俺は商船の直掩につく。リタ、装備は?」
「砲戦仕様に換装済み。私はもう一隻の直掩に行く」
「了解! ラビット1、行くよ!」
「ラビット3、出ます」
「ラビット2、出るぞ!」
全開加速のラビットⅡから、さらにカタパルトで初速を付けて飛び立つ。
慣性が背中を押し潰す。即座に姿勢制御し、推力全開まで開ける。
商船までの距離五千。
四千五百。
四千。
減っていく数字が遅すぎる。間に合うのか、これは。
敵艇がこちらに向きを変えた。
『来た来た、軍艦の牙』
『けど残念、こっちの船は頂きだぜぇ~?』
遅かったのか。商船が一隻、護衛の宙賊艦と共にワープアウトしていった。
「―――チッ」
ΑΩを起動すれば追える距離だった。機体が壊れても関係ない、覚悟を決めて機体の限界を超える判断が出来れば、射線が通るはずだった。
それでも俺は躊躇った。後先を考えた、俺のミス。
―――俺のせいで、一隻奪われた。
そう理解した瞬間、背中に汗が噴いた。
「……残り一隻だけは絶対に死守する!!」
俺と同じくキレている声が二つ、了解と返って来る。
頼む、耐えてくれ。こっちはものの数秒で戦闘宙域に到達する。目の前には更に追い立てられている一隻。
『主砲撃てぇ!!』
ラビットⅡの主砲、その閃光が前方を薙ぐ。商船と敵機の間を焼き払う威嚇射撃は、俺たちが辿り着く僅かな時間を稼いでくれた。TSFと宙賊艦が距離を取った。
『観光客は見てればいいんだよ!』
笑い声。商船から完全に離れなかった敵VSFが六機、艦首に携えたビーム砲と、翼に増設されたミサイルを放ちながら突撃してくる。
「轢 き 殺 せ!!」
一度のすれ違い。速度の乗った一瞬の交差で、その全てを叩き落とす。
『……! なるほど、ただの傭兵ではないな!』
『頭、いま噂になってる連中だ。ラビット商会の首狩り兎、エリュシオンに入ったのか』
『お頭ぁ! 逃げますぜ!』
『ふむ、データは取得出来た。反応速度、火力分布、推力比……十分だな! 諸君、引き上げだ!』
「逃がすか!」
エリーが敵機へ突っ込むが、宙賊艦と敵TSFは引き撃ちを敢行する。狙いは俺たちじゃない、何時沈んでも可笑しくない商船だ。
「リタ!」
「迎撃する……!」
『ハハハ!エリュシオンへようこそ! 存分に楽しんで行ってくれたまえ!』
『ここは強い奴ほど長生きできない場所だ、覚えておけ』
その通信を最後に後退していく宙賊たち。
それに脇目も振らず、飛来するミサイル群を迎撃する弾幕を張る。何処に隠していたのか、先程と同じように宙域に置かれていたミサイル全てが商船を狙って飛来してくる。
「この! 逃がすわけないだろ―――」「エリー、一度引け! 無策で追うには不味い!」
「……わかった、オッキーが言うなら」
全ての敵弾を落とした頃には、先程までいた宙賊たちは既にワープアウトしていた。
戦場をコントロールされた。
いや違う。俺たちは踊らされたんだ。偶然なのか、狙ったのかは分からない。それでも測られていた。
「くそ、胸糞悪い……」
だが理解した。
ここは今までとは違う。殴り勝てば終わる宙域じゃない。削られた方が負ける。それがエリュシオンだ。
理解したよ、頭ではな。ならどうする?
絡めとられる前に、ぶち抜く。
小手先の戦術? やり手のレッドギルド? 銀河全域が無法地帯領域?
上等だ、削り切れると思うならやってみろ。削られる前に、俺が殴る。
「全部、真正面から喰い破ってやる」
生き残った商船のお礼が通信回線に載る中、俺は操縦桿を強く握りしめた。
『帝国軍パトロール艦より入電。全艦その場で待機せよ、とのことです』
『遅いなぁ相変わらず……りょーかい。みんな聞こえたか? 戻って来てや』
一言でいうと、遥か昔に作られた超技術エスカレーターと思って頂いてOKです。
作中で良く出てくるハイパーレーンですが、今更になってそれっぽい解説をば。
エスカレーターがイメージなのは変わらないのですが、乗れば超光速で自走できる技術ではなく、超光速で走らされても壊れない未来を運ぶ技術かなと。
何を言っているかというと、ハイパーレーンという道、エスカレーターが初めから存在しているわけではなく。
むしろ逆で、道というエスカレーターが成立する未来を連続して探し続けている、作り続けている状態です。その上に乗っかって滑っていくイメージ。銀河規模でナニカがずっと演算し続けてるって訳ですね。
なので、極端な質量変異に弱いという設定です。重力を直接いじらなくても、演算中に局所的に固定化した質量があると誤認させれば、今回みたいに邪魔できるかな?という妄想ですね。




