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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
115/117

112_エリュシオン銀河系


 ―――エリュシオン銀河系

 ―――スターゲート出口宙域


 暇つぶしも終わりバカンスに向かうラビットⅡは、先程バレンシア星系からスターゲートを通り、エリュシオン銀河系へと到達した。何度も通ったスターゲートだが、来る場所が違えば、空気も違う気がするのは気のせいか。


「エリュシオン銀河系到達。座標誤差、許容範囲内。星域図をエリュシオン用に更新するよ」


「リターナ氏とオキタ氏はエリュシオン銀河系は初めてだったよね? メインスクリーンに映像を映すから、好きに見ておいていいよ」


 CICに座るアレンとエレンの声が艦橋に流れる。

 俺はブリッジ後方から艦長席、ハイデマリーの隣まで移動してメインスクリーンを見上げた。


 紫がかった星間塵が薄く広がり、その中には砕けた天体の破片が帯のように漂っている。映像が銀河全体から星系ごとに映り変わると、崩れた人工構造物らしき影も見える。ステーションの残骸だろうか、リング状の何か。骨組みだけになった巨大建造物はコロニーの成れの果てか。


 ……これが、エリュシオンか。


 綺麗だ、と思う感想は廃墟には向かないか。それでも、ヒトが営んでいた痕跡が宇宙に残っているのは、少しだけロマンを感じてしまう。


 だが同時に、その映像を見ていると落ち着かない。ゼノンシスともオルフェオンとも違う、宇宙が静かすぎるんだ。まるで何かが一度、全部止まった後みたいな感覚を覚える。


「……なんか、変な感じだな」


「えー、綺麗じゃん」


 思ったまま口に出すと、エリーが隣から身を乗り出してきた。


「ゲームのラスボス前マップみたい」


「リーさんの例えが秀逸やな」


 艦長席でハイデマリーがけらけらと笑う。


「せやけど分からんでもないわ。この“全部壊しましたけど、観光どうぞ”感はディストピア丸出しやからな」


 ハイデマリーは腕を組んで、スクリーンを見つめている。


「そんなここが帝国の始まりや。そう考えたら、この残骸にもロマンあるやろ?」


「ロマン? 残骸に?」


 リタが静かに言う。無表情のまま、データパネルを確認している。


「……破壊された構造物が多数確認できる。ティマイオス社がデミオルのPRに使ってる観光パンフレットの写真とは印象が違う」


「せやろ? ウチ、パンフ見た時は思わず笑ってしもたわ。パンフやとキラキラしとるけど、実態知っとるとなぁ?」


 パンフマジックやね、そうハイデマリーが苦笑する。


 俺は視線をメインスクリーンから、周辺宙域を映すモニターへと動かす。

 スターゲートの周囲には、巨大な帝国軍の防衛網が展開していた。要塞化されたステーション、整然と並ぶ艦艇群。監視衛星が網の目のように張り巡らされている。無法地帯の入口だ、ここまで堅い防御陣形を組むのも分かる。


 そうやって帝国軍の展開されている陣形を眺めていると、その中から一隻の巡視船が向かってくるのが見えた。


『―――こちらはエリュシオン方面軍である。貴艦の識別信号を確認した。

 商業連合所属ラビット商会、強襲揚陸艦ラビットⅡだな。その場で停船せよ』


 通信が入り、メインスクリーンに帝国軍士官の無機質な顔が映った。


「はい来たー。」


 有無を言わさない帝国軍の言い様に、エリーが天井を仰いだ。

 オルフェオンやバレンシアではスキャンは当然としても、停船させられることは無かった。エリュシオンでは毎度の事なのだろうか?


 ハイデマリーを見下ろすと、両手を広げてため息をついた。


「毎回これや。ホンマ、誰にも優しくない銀河やで。

 シズ、ラビットⅡの出力はアイドリング状態まで落としてな」


『承知しました』


 ラビットⅡはその場で停止。必要最低限のエネルギーだけ残し、アイドリング状態まで艦の出力を落とす。


『停船を確認、これより積載物の全量スキャンを実施する。コンテナ区画、冷蔵区画問わず艦内の全区画が対象となる。隠匿区画がある場合は即座に申し出るように』


「隠匿区画はないで?」


『申し出を受諾、先程の発言は正式な記録として残るのでそのつもりでいるように。隠匿区画を見つけ次第、即座に貴艦の制圧に入る』


「言い方ぁ!」


 ハイデマリーが椅子から半分立ち上がった。


「ウチは正規商会や! 帝国登録番号、毎年更新しとるやろ! 確認せんかい!」


 ハイデマリーが文句をつけるが、通信先の士官は何も聞こえていないように通信を切った。


「こんにゃろ、次通信繋げたら文句言ったるかんな……」


『ミス・ハイデマリー、これは今のエリュシオンの規定のようです』


 文句を訴えようとするハイデマリーに、シズが割り込む。


『エリュシオン方面軍の警戒レベルは現在高い水準を維持しているようです。直近三週間でレッドギルドによる軍需物資強奪事件、六件発生』


「帝国軍の物資強奪だって!?」


 宙賊が帝国軍を襲うなんて、普通あり得ないことだ。装備に練度、正規軍と傭兵崩れにどれだけの差があるかは明白だ。射程に入り、ロックオンされた次の瞬間には蒸発させられても可笑しくないはずなのに。


 気合の入った連中、だなんて軽い言葉で済ませるべきじゃないな。

 レッドギルド、宙賊崩れの集まりだと思ってたが、そんな可愛いものじゃないな。警戒度を上げた方がよさそうだ。


 初めて傭兵になった時、ガーデン中佐から奴らの記録を見せられた。

 奴らは秩序を食い物にして生きている連中だ。輸送船を襲い、居住区に入り込み、弱い所から削っていく。

 ファクトリーの件は忘れられない。文字通り、ヒトを物として扱っていた。船員も警備員も市民も関係ない、全てが奴らの()()()()だった。あの時の衝撃は未だに忘れていない。

 そして、奴らは強い相手は選ばない。必ず削りやすい所から削る。逃げ場のない所から奪うのが連中のやり口だ、そこが一番気に入らない。


 エリュシオンではそれが日常だと言う。


 ……笑えない話だ。



「だからって、ウチらを疑うんは違うやろ……」


「そうだそうだ! ボクらは観光客だぞ!」


「観光客だけど、傭兵も積んでる。疑う気持ちも分からなくはない」


 リタはそう言って肩をすくめた。

 艦内が青白く光る、強力なスキャンビームが船体をなぞっている証拠だ。ここまでの出力を向けられたのは俺も初めてだ。

 外装から内部へ。貨物コンテナ、補給区画、格納庫。

 ラビットⅡの貨物リストが次々と照合される。医療資材。嗜好品。高級酒類。リゾート向け納品物資。今頃はハンガーに収まっている俺たちの機体にも透過波が走っているだろう。


『武装搭載数が多い。説明を求める』


 一通りのスキャンを終えたのか、再度の通信を開いて来た。こちらを疑っているのか、帝国士官の目が細くなっている。


 俺は一歩前に出た。


「傭兵ギルド所属、ラビット商会専属護衛のオキタ中尉だ。

 こちらはハイパーレーンを利用し、慰安旅行のため惑星デミオルへ向かう事を目的としている。エリュシオンは何かと物騒だと聞いているため、それらは最低限の自衛武装として用意しているに過ぎない」


 下手に出るのは痛くない腹を探られるだけだ。お役所仕事が板についている相手には、こちらも毅然とした態度で事実だけを述べればいい。相手にとってもこちらにとっても、それが一番時間に無駄が無くていい。


『……経緯は承知した。追加で内部透過スキャンを実施する』


「まだやるん!? ウチの水着まで透けて見られるやん!」


 そう言ったハイデマリーが椅子から転げ落ちそうになっている。


『安心してください、プライバシーフィルターは有効です。なお、巡視船のスキャン出力は通常比1.4倍』


「過剰やん!」


 ハイデマリーが肘起きを軽く叩く。

 1.4倍、軍が本気で疑っている証拠だ。艦内を走る透過波の光が、まるで皮膚の下まで覗かれているような感覚を残す。少しの嫌悪感から思わず顔が歪む。

 それもこれも、全部レッドギルドのせいだ。

 あいつらが騒ぎを起こさなければ、こんな過剰警戒もない。真面目に商いをしている連中まで疑われる。守るための軍が、結果的に締め付ける側になる。秩序を壊す連中の尻拭いを、関係ない人間が払わされる。


 そういう構図が、俺は大嫌いだ。


「気に喰わないな。レッドギルドの連中、見つけ次第クレジットに変えてやる」


 思わず出た好戦的な独り言に、艦橋が一瞬静かになる。全員驚いたように俺を見て来た。


「オッキーってさ、たまに主人公みたいなこと言うよね」


 ボソッとエリーが言った。


「たまにって何だ」


「いや、普段はただの脳筋じゃん」


「そうだね、オキタは基本脳筋。裏でこそこそするより、力づくの正面突破が得意」


「オキタ氏にそれが出来る力があるのが何とも」


「いい意味でも悪い意味でも、脳筋なのは間違いないでしょうね」


「まあええやん。怒れる正義の味方ってのも商会の売り出し文句にでもすればええ」 


「お前ら、寄ってたかった一人を虐めて楽しいか?」


 全員うん、と頷いている。それも曇りなき眼でだ。何て酷い奴らなんだ。




「まあ、オキタの話は置いておいて。帝国軍のやり方が合理的なのは間違いない」


「え、リタはそっち側?」


 同じ気持ちを抱いているのか。腕を組んだまま言うリタに、エリーが振り向いた。


「レッドギルドの活動圏が近いなら、軍が神経質になるのは当然」


 淡々と事実を声に出すリタ。


「疑わしきは罰する帝国が相手なら、なおさら慎重に見られた方が良い。私だって大手を振ってバカンスに行きたい」


 俺は苦笑する。


「歓迎は期待するな、ってことか」


「期待してた?」


 リタが真顔で返す。


「いや、してない」


「なら問題ない」


 ばっさりだ。

 宙域に再度目をやると、帝国の艦隊が静かに並んでいる。その向こうに広がるのが無法地帯だ。そして更に奥に、エリュシオン銀河系の首都星系がある。


『……異常なし。ラビット商会の通過を許可する』


 ようやくスキャンが終わったのか、それだけ言って通信が切れた。

 艦橋の空気が緩むのが分かる。


「はぁ〜……入国審査、長すぎやろ」


 ハイデマリーが背もたれに沈む。


「これがエリュシオンや。外は無法地帯、中は過剰防衛。バランス悪いねん」


「その無法地帯を抜けてデミオルだよね? ようやく楽しくなって来たね!」


 ウキウキが隠せないと、エリーが身を乗り出す。

 コイツ、向かってくる連中は全部墜としてクレジットに変える気満々だからな。鴨が葱を背負って来るのだから、俺としても嬉しい限りだが。



『リゾート惑星デミオルから入電、スターゲートを利用したリアルタイム通信です。”ラビット商会一同、小島貸し切りプランのご予約ありがとうございます。貴船の無事の到着をティマイオス社一同お待ちしております”、とのことです』


 シズが届いた電報を読み上げる。どうやらティマイオス社はこちらの動向を把握しているようだ。スターゲートの使用予約リストから照会でもしているのだろうか。


『続けます。”昼間は小島貸し切りプランによる海洋レジャーが主流。最適な状態にテラフォーミングされた重力制御下でのマリンスポーツ、プライベートビーチが利用可能。最高状態に保たれた自然食品による海鮮物、肉類があなた方をお待ちしております”』


「よっしゃあ!」


 エリーが拳を握る。


『”夜間は都市型リゾートエリアが本格開放。カジノ、バー、高級ショッピングモールが営業。エリュシオン銀河系全土より仕入れを行った商品を是非その手に取ってみて下さい”』


「うひひ、ウチはそっちが本番や」


 ハイデマリーがにやりと笑う。


「昼は海、夜は街。オキたん、エエ場所選んでくれたわ。これで相場より安いんやから何も文句ないわ」


「お褒めに預かり恐悦至極ってな」


 俺はスクリーンに表示されたデミオルのイメージ映像を見る。

 青い海。白い砂浜。点在する小島。夜は高層ビル群が光り、ネオンが空を染める。まさしく地上の楽園だ。


 浮かれる俺たちだが、しかし……と、シズがスクリーンに別のデータを表示させた。


『注意事項を共有します。デミオル都市圏における違法薬物流通量、帝国平均の4.8倍。犯罪数も3倍をキープしており、レッドギルド関連組織の影響が確認されています』


 現実に引き戻された艦橋が一瞬、静かになった。


「……やっぱりな」


「表が派手な場所ほど裏は深い。観光地はクレジットも動くし、良からぬ事を考える輩も当然集まるから、こればかりはどうしようもない」


 リタが淡々と続ける。

 エリーが少しだけ眉を寄せた。


「でもさ、邪魔してくるならぶん殴るだけじゃない?」


「最終的にはな。基本は関わらないスタンスを貫くつもりだが……そう上手くはいかないだろうな」


 レッドギルドが絡んでいないはずがない。

 リゾート惑星という特殊性。多額のクレジットが動く背景。銀河中から集まる流通。そして人の欲。あいつらにとっては、格好の餌場だ。


 海は青くても、その下に沈んでいるものは綺麗じゃない。


 バカンスのはずだ。

 だが、もし目の前で誰かが食い物にされている場面に出くわせば―――俺は、見て見ぬふりができる人間じゃない。それが面倒の種になると分かっていても。


 この銀河に入った時から感じている嫌な空気感。きっと、今から向かう先もただのリゾートじゃないだろう。壊れた銀河の中に作られた楽園。その足元には、まだ何かが蠢いている予感がある。


「まぁええやん」


 ハイデマリーが手を叩く。


「うちらは客や。堂々と遊ぶ。変なのが来たら、腕っぷし自慢がおる。ウチ以外のな」


 ハイデマリーが見上げる視線がこちらに向く。


「初エリュシオン、どうや? 緊張しとるか?」


 俺は少しだけ考える。


「……少しはな」


 正直に答えると、リタが小さく頷いた。


「同意」


 短いが、珍しく素直だ。


「私も未知の宙域。警戒は必要」


 その無表情の横顔を見て、少し安心する。

 一人で警戒しているわけじゃない。


「ほな行こか。ラビットⅡ微速前進、ハイパーレーンに合流後、惑星デミオルへ」


『微速前進、ハイパーレーンに向かいます』


 シズの操艦によって、ラビットⅡはゆっくりと防衛圏を離脱する。


 前方に広がるのは、薄気味悪いほど静かな銀河。

 遠目に見れば、それはただ美しい景色だった。紫がかった星間塵が淡く発光し、砕けた天体の破片が帯のように連なっている。残骸の一つ一つが恒星の光を反射し、まるで装飾のようにきらめいていた。


 壊れているのに、整って見える。


 俺は手元のモニターに星系図の映像を流した。何処かは分からない星系で、リング状の人工構造物の断面がむき出しになっている。内部の区画がそのまま宇宙へ晒され、居住区だったはずの空間に星光が差し込んでいる。


 動いていない。漂ってもいない。ただ、そこに残っている。


 ここは静かすぎる。

 ゼノンシスの航路は常に光が流れていた。オルフェオンは交通管制の信号が絶え間なく瞬いていた。だがこの宙域は違う。動いているはずのビーコンさえ、どこか遠慮がちに見える。


 一度全部止まった場所、か。ハイデマリーの言う意味がよく分かる。


 それでも、生き残っている恒星は燃えている。ハイパーレーンの標識は規則正しく点滅している。壊れた過去と、何事もなかったように続く現在が、同じ画面に収まっている。

 それが綺麗だ、と素直に思う。だがそれは、墓標の並ぶ庭園を眺めている時の感覚に近い。


 この銀河は生きている。けれど一度、確実に死んでいる。その違和感が、薄気味悪い。


 この中のどこかにデミオルがある。

 昼は青い海。夜はネオンの街。そして、その影にレッドギルド。


 バカンスのはずだ。


 ……まぁ、楽に遊ばせてくれる銀河なら、こんな匂いはしないか。


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