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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
114/117

111_エリー・ザ・サブミッション



 魅惑のリゾート出発まで、まだ三日もある。

 次の仕事……というか、やることがバカンスなだけに暇を持て余しているが、惑星デミオルの青い海も白い砂浜もまだ想像の中だ。準備は全部ティマイオス社任せ。こっちの仕事は心構えだけだ。


 そんなわけで暇を持て余している俺は今、何をしているかというと―――


「格闘訓練に付き合ってくれてありがとな、エリー」


 ラビットⅡ艦内、筋トレルーム奥の訓練区画。

 パワーラックとダンベルが並ぶ無骨な空間の一角に、衝撃吸収マットが敷かれている。ここなら派手に暴れても問題ない。俺がハイデマリーにお願いして作って貰った場所はここと、あとはTSF訓練シミュレーター室だ。


「オッキーってホント真面目だね~。昨日は射撃訓練。で、今日はボクと格闘訓練? 少しくらい休んだって罰は当たんないよ?」


 格闘訓練用の薄着に着替えているエリーが、ストレッチをしながら首を傾げる。


「身体を動かしてないと違和感が凄くてな……付き合ってくれて助かるよ」


「まったく、これだからメリダ方面軍は。ジャンキーしかいないんだから」


 ぶーぶー言っているが、こいつも暇になったらここで身体を動かしている。エリーの徒手格闘は帝国軍に居た頃から知っているから、本当はリタに頼むつもりだった。

 ところが、リタには断られてしまった。

 理由は単純で、手加減が出来なくなったら危ないから、と言われた。B.M.I強化手術で肉体を強化されているリタのパワーは……まあ、実演されたことをそのまま言葉にするなら、素手で金属を引き千切るくらいだ。それは確かにやべーわ。


「行くのはエリュシオンだけど、バカンスだよ? 心配しすぎじゃない?」


「バカンスだから、余計に心配なんだよ」


 意味が分からないという顔をされる。

 だが真面目な話、リゾート惑星は緊急時を除き機体や艦を動かすことは禁止されている。帝国軍が駐屯しているとはいえ薄着で武器制限あり、夜は酒、トラブル率は上昇しているだろう。


 そんな中、最後に頼れるのは己の肉体だ。筋肉と体力は裏切らない。


「ルールはどうするの?」


「打撃あり、寝技あり。ライトスパーで」


「ライトの基準は?」


「折れない程度。バカンス前に怪我して医療ポッドは嫌だろ?」


「物騒!」


 エリーは小さく笑ってマット中央へ。

 身長差はある。体格差もある。加えて俺は元軍人だ。パイロットとはいえ、出撃の合間に白兵戦のイロハは叩き込まれている。成績はそれほど良くなかったが、それでも軍人だと胸を張れるレベルだ。


 だが、眼の前の小柄な少女はその常識を壊してくる。


「いくよ?」


「来い!」


 同時に踏み込む。

 エリーの構えは低い。タックルから組み技に持ち込もうとする意図が見え見えだが、その構えは重心が地面に吸い付いているようだ。

 これに何度負かされたことか。組みつかれないよう、ジャブで距離を測る。


 パシ、と払われる。即座に回り込んで横を取ろうとする動きが速い。

 けど、付いて行けない程じゃない。フットワークを刻んで右をフェイントに左ボディ。今度は入った。


「っ」


 エリーの呼吸がわずかに揺れる。

 手応えを感じて前に出ようとした時、視界の端から空気が歪んだように見えた。

 それと同時にエリーの左肩が僅かに下がる。反応が思考より先にガードを選択させた次の瞬間―――エリーの足が、低い重心からしなる様に跳ね上がって来る。軌道は蟀谷一直線。


「―――!」


 両腕で受ける。

 直後、骨にまで響く衝撃。鈍い音がマットの上で弾け、足裏が半歩後ろへと滑る。受けたはずなのに、身体が一瞬浮いた。


 受けた腕が痺れる。


 遅れて、焼けるような痛みが神経を駆けあがって来る。小柄な身体のどこにこんな、化け物みたいな質量の蹴りを生み出す力があるんだ。


「ちぇ、惜しい。決まったと思ったのに」


 惜しいじゃねぇ。今のは意識が飛ぶ威力だ。

 呼吸を整えながら、再度距離を測る。

 違いに距離間を見極めながら前に出れずにいるが、耐久面を考慮するなら、この距離なら俺の土俵だ。

 エリーの打撃で注意を払うのは、剛脚から繰り出される蹴りのみ。

 それに反応できる距離を保ちつつ、俺はガードの上から削り切れば勝てる。近づけさせないようにジャブで牽制、決して大振りはしない。


 エリーもこの距離が不利だと判っているのだろう。左右に振りながら俺の隙を窺っているが、堅実に詰めて逃げ場を潰していく。

 フラストレーションが溜っていく様が見て取れる。

 このまま続ける……そう思った所で、エリーの瞳が細まった。その重心がさらに沈む。


 来る。


 そう感じた瞬間、視界から姿が消えた。


「―――ッどこだ!?」


 床を蹴る音。背後か? いや違う、左下だ!

  完全に勘任せでタックル気味に踏み込む。身体と身体がぶつかる直前、細い腕が蛇みたいに絡みついて来る。


 来たな、十八番のサブミッション!

 肘を引き、体を捻る。関節が極まる角度、その一歩手前で滑る抜けることができた。


「えー、絶対取ったと思ったのに。メリダに居た頃より全然対応早いじゃん!」


「何度お前に関節決められたと思ってんだ。こっちだって少しは学習してんだよ!」


 犬歯を剥き出しにしたエリーに、今度は俺からタックルを仕掛ける。

 低く、深くぶつかる。

 エリーの身体は軽い。暴れるが逃がさない。構わずそのままマットに叩きつける。

 鈍い衝撃音を残したまま、体重を預けてそのまま跨る。


「よし!」


 マウントポジション。


 膝で腕を殺す。腰を落とし、重心を沈める。もう逃げ場はない。


 呼吸が近い。


「……重い」


「今回は俺の勝ちだな?」


 価値を確信して、ほんの僅かに力を抜いた。


 その瞬間だった。


「それは、どうかな?」


 ニヤリと笑いかけられた次の瞬間、その細い腰が跳ねた。

 一瞬。本当に一瞬だけ、世界が軽くなる。


 俺の重心が、僅かに浮いた。


「……は?」


 次の瞬間、天地が傾く。


 ブリッジ。


 小柄な体とは思えない爆発力で、マウントを取っていた俺ごとエリーの体が浮いた。


「くっ、嘘だろ!? 何つーパワーしてんだお前!?」


 体勢が崩れる。今度は逆に、エリーの脚が俺の片腕を絡め取ってくる。


「しまっ」


 投げられる、と思った時には視界が回転していた。

 天地逆転、マットの冷たさが背中を打つ。


「はい、ポジションチェーンジ」


「んなろ……!」


 息が詰まる。


 ほんの数秒前まで、上に居たのは俺だ。なのに今は見上げている。


 だが、ギブアップにはまだ早い。

 逆転できる手立てはまだある。腕を守る。首を守る。スペースを作る。勝てると思った瞬間に一撃かましてやるために、必死に今は耐える。


「やっぱ拳じゃ駄目だね。なら!」


 腕十字が来る、そう感じた時には脚が首を越えていた。

 太腿が視界を遮り、肘が伸びる。


 ミシ。


 嫌な音が、自分の腕の中で鳴る。


 折れるな。

 折れるな!

 折れるな!!


「っ……!」


「うひ~、粘るね~」


「ったりまえだ、諦めが悪いんだよ」


「けど、耐えられるかな?」


 痛みが遅れて爆発する。けどまだ折れてない、まだやれる!

 身体を横にずらし、重心を寄せる。足首を掴んで角度を崩す。

 その一瞬で、締めが緩んだ。


「お?」


 出来た、わずかな隙!


「よし!」


 抜けた! そのまま転がって距離をとり、立ち上がって構えなおす。

 だいぶ呼吸が乱れた。だが、まだ動ける。仕切り直しだ。


「まだ降参しない?」


「こっちの台詞だ!」


 額の汗を拭う。

 エリーの構えが蹴り主体の物に変わる。こいつの蹴りは異次元だ。威力も速度も。拳の打撃もダメージを与えるには十分。だが本当に怖いのは寝技だ。次に絡まれたら終わる。


「さあ、決着だよオッキー!」


「望むところだ!」


 無理はしない、今度はフェイント多めでいく。打撃を散らし、意識を上に向けさせる。

 そこへローキック。衝撃にエリーの顔が歪む。

 更に一歩踏み込むと、エリーはカウンターを狙うようにローキックを繰り出して来た。


 知ってたさ。けど、一発だけなら受けて耐える!


 ハンマーを叩きつけられたような衝撃が太腿に奔る。

 視界が揺れる。それでも踏み込む。


 初めて一歩引いたエリー。だが、逃がすかよ!


 腕を差し込む。汗で滑る首筋を逃がさない。


「っ」


 前腕を深く沈める。フロントチョーク気味に締めあげる。


 体格差を活かせ!

 このまま体重を落として首を下げさせる!


 エリーの体温が腕の内側で跳ねる。細い喉の鼓動が伝わって来る。呼吸は乱れ、細い肩が上下している。

 ……いや、乱れているはずなのに、何だこのリズムは。妙に一定に刻んでいるような……いや、耐えるように肩は上下している。

 だが、喉の奥が静か過ぎる。


 軽い。さっきまで感じていた抵抗が、急に軽くなった。まるで力を抜かれたみたいに。

 嫌な予感が背筋を這うが、締めは入っているんだ。


 俺の重心は完全に上だ、いける。

 考えるな、このまま落とせばそれですべて終わる。


 白い艦内照明が、汗で滲んだ視界の向こうで光る。


 首が落ちる。

 呼吸が止まる。 


 逃げ場はもうない、完全に捉えた。




 ―――勝った。



 その確信が、胸の奥で熱を持った。




 その瞬間、エリーの息遣いが聞こえた。

 笑っている。その仕草に背骨が冷えた、次の瞬間。



 世界が引き伸ばされた。



 エリーの首が反る。下から上へ、爆発するように。

 汗の粒が空中に弾ける。照明が、白くフラッシュする。


 ぐっ―――



 たったそれだけで、喉が抜けた。



「―――は?」



 理解が追い付く前に、地面を蹴る音。


 バンッ!


 細い体が爆ぜ、信じられない軌道で浮き上がる。

 俺の腕を、肩を、身体を踏み台にして、一瞬で視界の上へ消える。


 次の瞬間。


 視界が脚で塞がれる。

 太腿。白い、汗で光る。

 その太腿に顔を挟まれる。


 浮く。


 内腿の圧のなか、一人の体重で俺の重心が奪われる。

 俺の脚が、マットを失った。理解が追い付かないまま、天地が回る。

 一瞬の浮遊勘。自分の体が自分の物じゃない感覚。制御が効かず、支点が消える。


「やば―――」


 言い切る前に、世界が裏返った。


 ドンッ!!


 背中から地面に叩きつけらる。

 衝撃が脊椎を走る。視界が弾ける。音が遠い。



「―――かはっ!?」



 肺の空気が全部抜ける。何だ? 何をされた? 何が起きた!?

 焦点が合わない。耳鳴り、遠くから機械音。自分の心臓の音だけはやけに近い。


 痛みに耐えて起き上がろうとしたとき、背後に体温を感じた。

 冷たい。汗で濡れた前腕が、俺の喉を巻く。


 締まる。


 エリーの髪が頬に触れる。甘い匂いと、鉄の味の混ざった呼吸。腕が首に回り、締まる。視界が狭まって来る。


「……どう?」


 囁きが、やけに近く感じる。

 視界は狭まる、白が灰色になる。


 ……くそ、ここまでか。


「……タップだ」


 床を叩く。


 解放。酸素が流れ込み始め、天井の視界が戻って来た。

 マットに大の字。照明がやけに白い。ちょっと動けねぇ……。


「ハリケーン・ラナとか……うっそだろお前……」


 息を整えて初めて、自分が何をされたのかが理解した。


「ふぃ~、おつかれ~」


 隣にしゃがみ込むエリー。小さな身体に、汗で光る前髪。

 くそ。さっきまで捕えていたはずなのに負けた。完璧に捕らえていた、勝ったと思った。なのに、俺は簡単に裏返されてしまった。


「いやー、新作が決まって良かったよ! 惜しいのは、観客が誰もいないことかな? いたら拍手喝采もの間違いなしだね!」


 もしここがデミオルだったら?

 酒場の裏路地だったら?

 武器も機体も使えない夜だったら?

 今みたいに、笑って済むか?


 エリーは、今みたいに冗談を言えるか?


 俺は―――守りたい人を、守れるのか?



「ちくしょー、途中までは良かったのに」


「うんうん、いい線行ってたと思うよ。格闘苦手だって言ってたのに、ちゃんと鍛えてたんだね」


「お前やクロに負けっぱなしでいられるかよ……」


「あー、クロはね~……うん、アレはしょうがなくない?」


「慰めんなー」



 喉が熱くなる。悔しい……違う、怖い。守れないかもしれない自分が。


 結構鍛えているつもりなのに、まだ勝てない。

 本当は、メリダに居た頃にコイツを守るために鍛えた。なのに毎回、こうして勝てない。これじゃ守られる側にいるのは俺だ。


 拳を握る。震えているのは疲労のせいじゃない。

 くそ、まだ足りない。全然足りない。俺はそれが、何より腹立たしい。


「あと一本やる?」


 にやり、とエリーは軽く言う。


「……当たり前だ!」


 三日後は武器制限。艦も機体も動かせない惑星だ。トラブルは避けるが、いつだって想定の外からやって来る。その時、最後まで立つのは俺だ。


 身体を起こす。

 首が痛い。腕が重い。何より太腿が痛い……折れてないだろな、これ。


 それでも構える。


「次は一本取るぞ」


「期待してるよ?」


 小さな身体が、また低く構える。

 俺は息を整え、もう一度踏み込んだ。



打撃系など花拳繍腿!!関節技こそ王者の技よ!!!!

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