110_アンドー・アンド・ブートキャンプ
「じゃ、よろしくアンドー」
「引退した老兵に射撃訓練を見て欲しいとは、お前さんも物好きだな」
「うっせー似非ジジイ。どれだけ忙しくても、筋トレだけは欠かさずやってる癖に」
ラビットⅡの艦内には、宇宙艦だというのに室内射撃場が設けられている。
全長400m級に乗員7人。どう考えても持てあます構成だ。
その持て余した結果が射撃訓練場に共同浴場の温泉、その他個々人の趣味が詰め込まれたモジュールブロック。軍艦ではまずあり得ないが、商人であるハイデマリーならではの力技だ。
「しかしまぁ、お前さんらもよくエリュシオン銀河系のリゾートなんて探してきたな。普通、バカンス先にあそこは選ばんぞ」
「そこが良いんだろ。普通行かない所に行くのも旅の醍醐味ってやつだ。しかも相場より4割も安い」
「……お前さんがハイデマリーと仲良くやれてる理由がよく分かったよ」
俺とエリーが提案した惑星”デミオル”へのバカンスは、ハイデマリーの承認を得て正式に決まった。
エリュシオン銀河系と聞いた瞬間こそ難色を示されたが、デミオルに軍の駐屯地があり、近隣の宙域にはエリュシオン方面軍の軍事ステーションがあることを伝えると、それならと首を縦に振ってくれた。
とはいえ、それで安全と言い切れないのがエリュシオン銀河系。
傭兵掲示板で調べたところ、銀河系が丸ごと無法地帯宙域。ハイパーレーンを移動する艦船にインターディクションを仕掛けて、商船を襲うのも日常茶飯事だとか。
それでも最近は帝国軍が治安維持のため正規1個艦隊に加え、分遣艦隊を多数投入したおかげで少しはマシになっているいるようだが、広すぎて手が回らないのが実情らしい。湧く宙賊に逃げる宙賊、また湧く宙賊。エリュシオン方面軍は完全に後手に回っているのだとか。
結果、リゾート惑星だろうとお構いなしにレッドギルドが混じっているらしい。
隣でカードをしている人が宙賊の人間だった、なんてのも冗談ではなくザラにある。しかも惑星への降下料金を払える連中だ。つまり、そこそこ成功してる宙賊。治安とは……。
とまあ、ここまでは一般的なエリュシオン銀河系にある惑星の話だ。
惑星上に軍の駐屯地があるデミオルなら、大事になることはそうそうない……などと、簡単に信じるわけにもいかず。
「と言う訳でアンドー教官、いっちょ指南をお願いシャス」
「おーう、けどちょっと待っとけ。先日ちと無理して使ったから整備が必要でな。もうすぐ終わる」
そう言いながら、アンドーはレーザーライフルを分解・整備をしている。これが早いのなんの、何の迷いもなくライフルが組み上げられていく。
「何じゃ、そんなに見るな恥ずかしい」
「いや、純粋に引くレベルで速いなと思って。さすが元陸戦隊」
「ワシにしてみりゃ息するようなもんだ。お前さんがコックピットに座るのと変わらん」
「専門性の違いってやつか」
「まあな。お前さんも鍛えとるが、陸戦隊に比べればモヤシみたいなもんだ」
そう言って力こぶを作るアンドー。分厚いなこの野郎。
負けじと俺も力こぶを作って対抗するが、筋肉量の差は一目瞭然だ。厚みが違う、というか密度が違う。そりゃそうだろう、骨格からして俺とは違うんだ。俺のは筋肉、アンドーのは装甲だな。
「どうせ向こうじゃ、海だの酒だの女だのって話になる。今の内に鍛えておきたい気持ちは分かる」
「アンドー……今の俺は、エロ自粛中なんだぜ……」
っふ、とニヒルに言って見せると、アンドーは心底驚いた様子を見せた。
「……驚いた、そりゃまた何で」
「リタが怖い。今日なんて目が覚めたら、瞳孔開いた顔が目と鼻の先にあった。俺、部屋に鍵かけて寝たんだぜ……?」
「そりゃあ……お前さんが悪いな」
「正論言うなよ。傷つくだろ」
クレアとの関係にリタは文句を言わなかった。言わなかったけど、態度で示してきた。俺は、それが何よりも恐ろしい……マジでチビるかと思った。
「だがお前さん、エロ自粛中ってのは不味いんじゃないのか? バカンスだぞ?」
「言いたい事は分かるぜ。羽目は外してこそだ。バカンスの醍醐味その一、行きずりのワンナイト。これを逃すは男の沽券に関わる、そう映画で習った」
「流石はオキタ、分かってるな。……で、そんなに死にたいのか?」
「だから正論で殴るな」
いいだろ、ちょっとくらい良い夢見たって。
「ま、お前さんがセクレトの嬢ちゃんとヨロシクやってた件は置いといてだ。ほれ、そこに立ってみろ。見てやるから」
「へいへい、お願いしますよ教官殿」
俺は腰に携えていたレーザーガンを抜き、射撃レーンの前に立つ。低出力設定とはいえ、当たれば熱いくらいは感じる。誤射したら笑い話じゃすまない。
「構え」
横に立ったアンドーの指示のままに銃を構える。
「―――止まれ」
「まだ撃ってねぇ!」
「力が入りすぎだ。あとな、腰が逃げておる」
「逃げてる?」
「夜もそうなのか?」
「んな訳あるか!」
思わず突っ込むと、アンドーは腹を抱えて笑いやがった。くそ、このエロ爺。
「いいか、銃を構える時の姿勢はこうだ」
そう言って、アンドーは自分のレーザーライフルを構えた。
その瞬間、何とも言えない感覚を全身が駆け巡った。
何て表現すればいいのだろうか。ただ構えているだけなのに、完成されているような。トリガーに指を掛けているだけなのに、もう当たった感じがする。
「なあアンドー、それズルくね?」
「これが才能だよ、オキタ君」
「自分で言うな」
アンドーは何食わぬ顔で引き金を引く。
パシュっと乾いた音を残した一発は、そのまま的のど真ん中へ。
「ほらな?」
「ほらな? じゃねぇよ。何だよさっきの感覚、同じ人間か?」
「一皮剥くと何が隠れてるか分からんぞ? お前さんのナニと同じで」
「聞いてねえよ。つーか被ってる前提で語んな!」
ククっと笑うこのオッサン、本当に良い性格してんな。
「ほれ、真似してみろ」
「たしか―――こう、か?」
「惜しい、そうじゃない」
アンドーが俺の肩に指先を置く。力は入っていないのに、姿勢が勝手に修正される。
「いいか、銃は信用するな。身体を信用しろ」
「パイロットに言う言葉か?」
「だから言う」
少しだけ、真面目な声だった。
「操縦と同じだ。入力は最小。意図は最大」
「成程?」
力まず構えろと。そう言われると理解できる。
「じゃ、撃ってみろ」
「了解っと」
俺は的に照準を合わせ、深呼吸ひとつ。
操縦と同じ。入力は最小、意図は最大だ。
引き金を引く。
パシュッ。
赤い光条は、的の中心をほんの僅かに外れた。
「…………ふぅ」
いや、仕方ないだろ。やっちまった、と思った次の瞬間。
アンドーが腕を組んで、したり顔で言った。
「夜なら合格だな」
「は?」
「暗いし、距離も近い。相手も油断してる。十分致命傷だ」
「評価基準それでいいのか……?」
「実戦基準だ」
「バカンス先で夜戦する気満々じゃねえか!」
俺が抗議すると、アンドーはケラケラと笑った。
「何を言っとる。バカンスと夜戦は切り離せんだろ」
「意味わかんねぇよ! 切り離せ!」
「酒、女、トラブル。夜に始まって夜に終わる。宇宙の摂理だ」
「どこの宇宙だよ!」
もう一度、銃を構え直す。
「じゃあ次は?」
「次はもう少し腰を落とせ。今のままだと、夜に足腰が持たんぞ」
「一夜くらい持つわ! 舐めんな!」
「足腰は重要だろ?」
「重要だけども! 今どっちの話だ!?」
再び照準。
今度は意識して、力を抜く。
パシュッ。
……また少しズレた。
「どうだ?」
「うーん」
アンドーは首を傾げ、顎に手をやる。
「今のは……」
嫌な間。
「夜でもギリギリアウトだな」
「厳しくなってねえ!?」
「相手が美人だったら気が散る。無駄撃ち出来る程ワシも若くないからなぁ」
「聞いてねぇよ! そんなとこ考慮すんなよ!」
ニヤニヤと、シモに絡めないと死ぬのかこのエロ爺。腹立つのにムカつかない、奇妙な感覚だよこの野郎。
「いいかオキタ」
アンドーが、少しだけ声を落とす。
「銃は点で当てようとするな。線を通すと思え」
「通す?」
「視線と銃口と、意思を一直線にする。余計なことは考えるな」
「……エロのことも?」
「それは考えろ」
「どっちだよ!」
肩を揺らして笑いながら、アンドーは俺の背後に回る。
「ほれ、もう一回」
「はいはい、教官殿」
構え、照準、呼吸。
パシュッ。
今度は――的の中心に、ほぼ一直線。
「……お、当たった」
「うむ」
アンドーは満足そうに頷いた。
「今のは?」
「夜でも昼でも合格だ」
「やっとか」
「成長したな、これで安心してバカンスに行けるぞ。けど、お前さんは自分のお手付き以外には的中させるなよ? ややこしい話にして女を泣かせるわけにはいかん」
「アンドー……お前さ、時々ほんっっっとうにデリカシーないよな」
「色男相手は特別だろ? ほれ、そのまま立射続けろ」
「ウス」
構えて撃つ、構えて撃つ。
繰り返し練習するのは操縦訓練と変わらない。アンドーもこうやって繰り返してきたんだろう。文字通り身体に沁み込むまで。
俺の隣でアンドーもレーザーライフルを構えた。出てくる的を機械かと思うほど正確に撃ち抜いて行く。このオッサンがいるなら危険な惑星だろうが、無法地帯だろうが、案外どうにでもなる気がしてきた。
……少なくとも、夜以外は。




