109_バカンスは何処へ?
―――ホテル・ラウンジ
クレアの護衛任務が終わった。諸々話合いも済み、今日1日は完全休養日だ。
それをいいことに、昼近くまで惰眠を貪っていたが、部屋に押し寄せて来たエリーのボディプレスで起床が確定。今は二人でランチを済ませ、ホテルラウンジのソファスペースに移動してきたばかりだ。
帝都有数の高級ホテル。それも平日の昼間なだけあり、ラウンジにいる人の数は少ない。俺たちの様なラフな服装をした傭兵は皆無で、周りはスーツを着た企業人や高そうな服を着た金持ちだけ。
暗がりが隠してくれない昼のラウンジは、夜より正直に見える。誤魔化すための照明も、雰囲気を作るための音楽も、昼の光の前では意味を持たない。人工とはいえ大きな窓から入る光が、そのまま床とテーブルを照らしている。
柔らかい光も、控えめな音楽も、ここが休む場所だと主張しすぎない。働いていようが遊んでいようが、ただ座って飲み物を口に運んで、時間を潰すことを許してくれる。
俺とエリーは、窓際のソファに並んで座ることにした。
テーブルの上にはグラスが二つ。俺は食後のコーヒー、エリーは派手な色の炭酸飲料。
「さっきランチで食べたピザ、凄く美味しかったね。ボクもうお腹いっぱいだよ」
「結局一人二枚も頼んじまったからなぁ。頼んでおいたクリームパスタがシェア出来なかったら、危うく残す所だった」
「オッキーって、ホントにクリームパスタ好きだよね」
「パスタの至高はクリーム一択だ。異論は認めない」
俺たちが泊っているのは高級ホテルだが、所謂天井組が泊るような場所ではない。だから自然食品ではなく、高級なフードカートリッジを使用した料理なんだろうが……いやはや、自然食品に僅かに混じる雑味ってやつを、一切無くした至高の一品。その神髄を、ピザとパスタで感じられたね。
「そして食後のコーヒー。優雅な午後、まさに至福の時間だな」
「最近忙しかったからね~」
周りの人間が働いている環境というのが、余計にそう思わせてくれる。いやはや、仕事中のところ悪いね。俺たち、見ての通り休みだからさ。精神的余裕をもって飲む、熱いコーヒーの何と美味いこと……ああ、文明が進んでも、この味と風味が引き継がれていて本当に良かった。
そうやって舌鼓を打っていると、ジト目になったエリーが呆れたように話しかけて来た。
「オッキーさ、よくそんな泥水飲めるよね。せめて紅茶にしなよ」
「おこちゃま舌め。砂糖とミルク入れれば、お前だって飲めるだろうに」
「え~、嫌だよ。そこまでして飲みたいと思わないし」
「分かってないな。こういうのは雰囲気を楽しめればいいんだよ、旨いかどうかは別の話だ。ま、旨いんだけどな。つーか、お前のその劇物みたいな色の飲み物こそなんだよ」
「これ? 何か面白そうだから用意して貰ったの。オプーナ=グリーンって名前らしいよ。飲んでみる?」
差し出されたグラスを手に取る。深い緑色の液体に炭酸が混じった、見た目は超濃いいメロンソーダみたいな飲み物。ストローで吸ってみるとパチパチどころではない、バチバチとした感触が舌と喉を叩いて来る。
「しかもメロンじゃなくて、グレープかよ!」
「グレープ? なにそれ」
「何でもない、昔食べたことのある果物に似てるってだけだ。ありがとな、もう十分だ」
グラスを押し付けるように返す。不味くはない、不味くは無いんだが……見た目と味の予想が違って脳がバグりそうになる。
「あ、これ結構いけるね……ところで今日は何するの? 暇なら遊びにいこーよ」
「暇じゃない。ハイデマリーにバカンスの予定を立てるように言われててな、何処が良いのか探すつもりだ」
「え、ボクらバカンス行くの!? 本当!?」
「ああ。前の遺跡探索がしんどかったらしくてな、纏まった休みが欲しいんだと」
「やったぁ!」
ガキみたいにはしゃぐエリー、いやただのガキだったわ。これで成人してるってんだから、エルフってのは本当に不思議な種族だよな。こいつだけが特別なのか?
「お前も一緒に探すか? 一任されたはいいが、俺の独断と偏見だと正直不安だし」
「勿論! ボクのセンスを披露してあげるよ!」
「へいへい、期待してますよっと」
端末を立ち上げてホログラムを起動する。検索欄は……とりあえずリゾート検索でいいか。何があるかも分からないし、ランキング上位から流して気になったのを見ていく感じで。
リゾートで検索、と。へぇ……さすが宇宙に進出してるだけあって、惑星を丸々テラフォーミングしてリゾート施設にしている所もあるんだな。そういえば、バレンシア星系もリゾート惑星があるってエリーが言っていたか?
「なあエリー、惑星を丸々リゾートにするのは一般的なのか?」
「うーん、どうだろ? 星系の管理は貴族の領分だけど、リゾート経営に力を入れられるほど経済力のある貴族ってそうそう居ない気がするけど。殆どは開発委託を受けたどっかの企業じゃない? それでも惑星丸々ってのは、あまり多くはないと思うなぁ。あっても、居住可能惑星の大陸一つか二つとかじゃない?」
「そんなもんなのか。けど、一般市民が惑星に降りる機会ってそうそうないんだろ? 一度開発すれば後は自然と儲かりそうなのにな」
「そうでもないよ? 惑星を丸々テラフォーミングするのは、上級貴族からしても一大事業だし。しかも苦労して作ったリゾート惑星って言っても、何処も似たり依ったりだよ? 我がリゾートは自然が~とか、最先端の都市が~、とか。しかもさ、そういう所に限って高いんだよね」
「へー、そうなのか。……お前、やけに詳しいな。もしかして、こういうのに興味あるのか?」
「うん! ボクらは仕事で宇宙をあっちこっち行けはするけど、こういう事とは無縁じゃん。だからって訳じゃないけど、暇になった時は結構自分で調べてたりしてたんだ。ほら、数字とか契約条項は苦手だけどさ」
「いつか行けるように、って?」
「うん。だからさ、オッキーにリゾートの話を聞いてから、ボクすっごく楽しみなんだ」
本当に楽しみなんだろう、エリーは満面の笑みを浮かべている。
俺も今日みたいに休む日はあっても、どこか羽を伸ばせる場所でゆっくり休暇を取ることは無かった。エリー程じゃないけど、俺も少しずつ楽しみになってきたな。
「じゃあこの画面で、気になった所で止めるか。お前も何かあれば言えよ、折角なんだからいい場所選ぼうぜ」
「うん―――あ、それ!」
エリーが指差すところをタップ。
現れたのは……森と湖に囲まれた保養惑星か。俺のファンタジーで勝手な想像だが、エルフが住んでそうな写真ばかりが写っている。健康、静養、規則正しい生活……そんな単語が似合いそうな場所だ。
「成程、悪くはない。悪くはないが……」
「うん、言いたい事は分かるよ。ボクたち向きじゃないよね」
「ああ。三日で飽きそうだし……あれだ、蜘蛛が出るってハイデマリーが嫌がるだろ」
「マリーのトラウマになってるじゃん……自分が行けるって言った癖に」
詳しくは聞かない。次だ。
都市型リゾート。買い物、娯楽、人の波。
「便利だけど、これだと仕事の延長だな。何ならこのホテル周辺もリゾートって言える」
「だね。休暇なのに気が休まらないやつだ」
即却下。
次。
白い砂浜と、透明な海。
「海か……いいよな、海。釣り、海水浴、日光浴。バーベキューで肉食って、かき氷で涼んで焼きそば食って……」
「何処の貴族の話? ていうか、オッキーよく釣りとかバーベキューって知ってるね。コロニー育ちじゃなかったっけ?」
「誰も信じてくれないけど、青い惑星生まれなんだよなぁ……。ここ、昼間は最高だな」
「けど夜が静かすぎるよね。ロッジで寝泊まりするだけになりそう。それが良い所ではあるんだろうけど、せっかくなんだし、夜まで遊び惚けたいよね」
「正解」
少しぬるくなり始めたコーヒーを流し込む。この温さが、間延びした昼にちょうどいい。
「じゃあ、こんなのはどうかな? さっきオッキーが見つけた昼プランに、夜が追加されたところ」
「どれどれ……?」
エリーが見つけたのはリゾート惑星か。
小島まるごと貸し切りプランと、大陸に建設されたホテルプランか。どちらも昼は海のレジャーが楽しめて、夜は光に満ちた都市型リゾートで遊べると。小島プランだとプライベートも確約されてるし、良いんじゃないか?
「ほらこれ見てよ、カジノもいっぱいあるみたいだよ。カジノだけじゃなくて、ドッグレースとか馬も賭け事の対象で走ってるみたい」
「リゾートっていうか、賭け事やる金持ちが集まる場所みたいだな」
「それもリゾートなんじゃない?」
「それもそうか」
流れているカジノの映像が、隠しもしない欲を見せている。好きだねー、金持ちはこういう遊びが。
「所で、何処の誰が経営してる惑星なの? 貴族だったら色々と面倒なことになるかもしれないよ?」
「貴族だからって、全部が全部面倒な奴ばかりじゃないだろ。ちょっと待てよ……ああ、安心しろ貴族じゃない。ティマイオスって企業だ。……ん? どっかで聞いた気が……」
「ほらあれだよ、えっと……オルフェオンで最初に仕事した企業!」
ああ、あそこか。確か歴史が古い中堅企業。こんな事業にも手を出していたんだな。
「惑星の場所は……うわーお、エリュシオン銀河系だ。これはちょっと刺激的な場所だよ?」
「刺激的? 何で?」
帝国発祥の地って呼ばれてる場所だろ? 古いコロニーとか、古臭い惑星が多いってことか?
「昔にあった戦争の傷跡が沢山残ってるの。半分に吹き飛んだ惑星とか、コロニーやステーションの残骸とか。ボクが一番驚いたのは、エネルギーの殆どを吸いつくされて死んじゃった恒星かな。神秘的って言ってるけど、あそこはとにかく薄気味悪いって意味だよ」
「話だけ聞くと酷いところだな。そんな場所だから、ティマイオスみたいな中堅が参入できたってことか。そりゃそうか、惑星ひとつ作り変える事業なら御三家が出てくるのが普通だよな」
「あとはねー、ここって帝国軍もあまり近寄らないの。重力分布がばっらばらだし、宙域の航路が安定しない場所が多いのが理由だね。
ではここでクイズです! 帝国軍が出張らないと、何がいるでしょうか!」
マイクを持っているかのように手を突き出して来るエリー。まあ、軍が少ないと何が出て来るかはどこも変わらないだろう。
「宙賊だな」
「正解! エリュシオン銀河系にはね、有名なレッドギルドの本拠地が多いって言われてるんだ。隠れる場所がいっぱいあるからね。傭兵から見たら狩場だけど、それは向こうも同じ。傭兵ギルドがあいつ等に懸賞金をかけているように、レッドギルドも横の繋がりで傭兵に賞金を掛けてるからね」
「……面倒だな。ここ止めておくか?」
休むために行くのに、命を狙われる時間を過ごすのは本末転倒だろ。
「けどさー、昼は遊んで、夜は賭ける。良い所だと思わない? オッキー、クレジットに余裕は?」
「整備代で少し寂しくなってきてる。……おい待て、お前まさか遊ぶ金を増やしに行くつもりか?」
「時間に余裕があればね? マリーなら”おもろい場所やん!”って二つ返事で賛成すると思うよ?」
想像に容易い。ハイデマリーは自分は鉄火場で何も出来ない癖に、何故か危ない所でも”面白そう”とか言って進んで行くタイプだからな。
俺はホログラムを眺めながら、少し考えた。
今回はラビット商会の連中だけだ。仕事の延長線上にある休み。気を遣う相手も、守るべき対象もハイデマリーだけ。
クレアは来ない。それは最初から決まっている。彼女には彼女の立場があるし、今は切り離しておくべき線が必要だ。 そう考えた瞬間、カップの縁を指でなぞっていたことに気づいた。
「……ここにするか」
「いいの?」
「こういうのって直感だろ? ぶっちゃけ、カジノで遊んでみたい」
エリーは満足そうに笑った。
「じゃあラビット商会一同、慰安旅行先決定ってことで」
「ハイデマリーには俺から連絡入れておく」
「りょーかい」
操作が確定され、ホログラムが静かに消える。
傾き始めた昼の光が、テーブルの縁に反射していた。エリーのグラスに入っていた氷も、もうだいぶ溶けている。
ストンと、エリーが俺の膝に頭を置いて来た。
「おいおい……硬いだけだろ」
「分かってないなぁ、これがいいの」
「そうかい」
頭を撫でてやると、擽ったそうに笑っている。
いいんじゃないか、こういう日があっても。軍に居た頃には考えられないが、一度ギアを落とすための時間は必要だ。商会の皆と行くなら、これでいい。
俺は最後に一口、残っていたコーヒーを飲み干した。




