108_アンタはラビット商会の契約傭兵や_挿絵有
セクレト・アスティエロ第3ドッグ。ドッグ全体を見通せるガラス張りの通路に備え付けられた手すりにもたれ、端末に表示された時刻を確認する。
そろそろラビットの面々が戻って来る時間だ。先程、ラビットⅡからバレンシア星域に到着したと連絡があった。
『もう着くから。逃げたらアカンで』
端末に届いたハイデマリーからの短いメール。見返しても文面が変わるわけがないのに、何度も見てしまう。
ソワソワする俺を覗き込むように、クレアが視界に入って来た。目が合うと、彼女は薄く微笑んだ。その表情を見るだけで、何故か胸の奥のざわめきが少し落ち着いた気がした。
これから事情説明があるのに、気楽なものだなと思う。だが、男女の修羅場で立場が弱いのは何時だって男の方だ。しかも今回は、前回のようななし崩しの関係じゃない。この2週間でクレアの気持ちに甘えた結果、つまりは俺の責任だ。
やるしかない。やらなければならないのだ。
雇い主であるハイデマリーと、先に関係を持ったリタには説明が必要だ。もっとも、前者についてはあまり深く構える必要も無いと思っている。
セクレトに籍を移す必要も、ずっと中央に居る必要もない。ラビット商会で働いて、中央に来た時に相手をしてくれればいい。クレアがそう言ってくれているからだ。
―――現地妻も、悪くはありませんよ?
笑顔で言われた時は、心底こいつだけは裏切れないなと思った。
『第三ドッグ、ハッチオープン。シールドは正常に作動中。ガイドビーコン照射』
アラームと放送がドッグに響く。ラビットⅡがセクレト・アスティエロのドッグに到着したみたいだ。
隔壁が開き、気密シールドの向こう側。宇宙空間から、ガイドビーコンに従って入って来る艦影が見えた。
『ラビットⅡ、タッチダウン。固定用アーム接続開始、搭乗ハッチ接続』
「……ん? ラビットⅡの装甲、ちょっと溶けてないか?」
新品同然だった上面装甲が、明らかに歪んでいる。
「確かに……僅かですが、そう見えますね。グラビティシールドを抜けて電磁装甲板に損傷を与えられるのは、大型実弾兵装の直撃くらいですが。今回は戦闘を避けるはずだったのでは?」
「俺もてっきり、そうだと思ってたんだけどな。……じゃなきゃ、ここに残る気は無かった」
全員無事なのだろうか。エリーとリタがいて大事になるとは考え辛いが、それでも今までとは違う緊張が走る。クソ、こんなことになるなら俺もついて行けば……。
艦橋近くにも設けられている搭乗口に、ボーディング・ブリッジが接続される。少し間を置いてから複数の足音が聞こえてきた。
どたどたと聞こえる足音の中に駆け足が混じる。やがてそれは、ダッダッダと明確な疾走音に変わった。
その先頭。紫のアホ毛を揺らしながら、ハイデマリーが飛び出してきた。俺を視界にとらえた瞬間、その表情が鬼へと変わった。一色線にこちらへ向かってくる。
「こんの、ドアホーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「イッ!?」
太腿に叩きこまれた飛び蹴り。小柄なのに思った以上に重く、顔が歪む。
視線を戻すと、ハイデマリーが腕を組んで仁王立ちしていた。小柄な体躯に詰め込まれた怒気は、今にも再度殴りかかって来そうな密度だ。
「オキたんさぁ」
さらに一歩踏み込んでくる姿に、思わず一歩引いた。
「機体整備中で待機命令出しとったパイロットが! ナニしてんねん!!」
「すまん! でも話は聞いてくれ!」
「聞いとるから話せやアホンダラ! ウチがどんだけヤキモキしたか……避けんな!」
「とにかく落ち着けぇ!?」
即座に二発目の蹴りが飛んで来て、今度はギリギリで避けた。
シュッシュとステップを踏み始めたハイデマリーに対し、ゆっくりと距離を取る。
しばらくして、漸く構えが解かれた。鼻息は荒いが、話を聞く気にはなってくれたらしい。
「おーおー。何があったか儂らは聞かされておらんが、ハイデマリーの奴が興奮しとる姿を見るに……つまりは、そういうことか?」
アンドーを先頭に、ぞろぞろと全員がやって来る。
「出たな、地雷ど真ん中。話はあとで聞いてやるから、今はハイデマリーを何とかするんじゃな」
言うだけ言って横を通り過ぎていく。その後ろに双子が続く。
「予測可能、回避不可能。人間は刹那主義が過ぎますね」
「責任の取り方さえ間違えなければいいのでは? 若さは特権ですよ」
アレンとエレン。呆れた視線だけ残し、二人はそのまま通路の奥へと消えた。
少し遅れて、エリーが目に入った。
周囲をきょろきょろ見まわし、それから俺を見つけると、ぱっと表情を明るくして駆け寄って来る。
「オッキーただいま! 約束通り、お土産の金採って来た!」
拳大の金塊を両手で差し出す、その顔には満面の笑み。裏表の無い……というか、知らない笑顔に平和を感じる……。
「おかえり。楽しかったか?」
「楽しかった! でもね、遺跡探検中に蜘蛛に囲まれるし、粘液塗れになるし、リタは蜘蛛の毒で麻痺貰っちゃうしで大変だったんだよ? あとで心配してあげなよ?」
「大冒険じゃねぇか。ズルいぞ」
「へへん、羨ましいでしょ! 次はオッキーも一緒に行こうね!」
「ああ、約束だ」
そう言うと、エリーはほっとした顔を浮かべた。そのまま何か言いたげな感じで口を開き―――結局、何も言わずに笑顔を作り直して、双子の後を追って行く。
……気付いてるな、あいつ。何もわかってないフリが下手くそ過ぎる。
「そこまで分かってるのに、自分からは動かない。オキタの悪い所だよ、それ」
次の瞬間、背中にぴたりと圧が掛かった。振り向くまでも無い、リタだ。
服の裾を掴まれている。俺にはP.PもB.M.Iも無いが、逃がさないという意志だけは伝わって来る。
「お帰りなさいませ、リターナ様」
俺を間に挟んで、クレアが視界に入って来る。薄く絞られたその目は、俺ではなく後ろのリタを見ている。後ろのリタがどんな表情を浮かべているのかは分からないが、今動くと俺が死ぬことだけは分かる……。
「相変わらず他人行儀だね、クレア。もうリタでいいよ。面倒でしょ、そのキャラづくり」
「ふふ、じゃあ貴女にはそうさせて貰うわ、リタ。同じ男性に惹かれた同士だもの。仲良くしましょう?」
「そうありたいね」
「……で?」
頭を押さえながら、ハイデマリーが近づいてくる。
「ウチ、ちょっと付いて行けてへんから。全部説明してな」
歪んだ顔で作られた視線が俺に刺さる。
「留守番命令のパイロットが、なんで女二人に挟まれとるんか」
背中からは逃がさない圧。前からは否定を許さない微笑み。
双子、アンドー、エリー、シズは、すでに我関せずで移動済み。
……ああ、これは帰還イベントじゃない。処刑フェーズですね……。
◇
結局その後。俺とリタ、クレア、ハイデマリーの四人で、ホテルのバーラウンジを借りることになった。
貸し切りとはいえ、落ち着いた照明に、主張しすぎない音楽。さっきまでのドッグの騒音が嘘みたいで……その反動か、胃のあたりが妙に重い。
グラスは全員の前にある。セクレトが運営する高級法輝のラウンジなだけあって、カウンター裏の棚には上等な酒が多数並んでいる。店員は最初の一杯だけ運んできて、後は俺たちだけの空間。滅多にお目に掛れない酒なのに、まだ誰も口を付けていない。
とりあえず酒でも飲んでリラックスしな、なんて言えない、そんな空気だった。
俺は、できるだけ順を追って話した。言い訳にならないよう、余計な飾りを入れず。
リタとのこと。クレアとのこと。自分が今も、これからも、ラビットの傭兵であるつもりだということ。
リタは無表情のまま、ただ横で聞いている。視線が外れることはない。圧は相変わらずだ。
クレアは時折視線を落としたり、ほんの少し眉を動かしたりするが口は挟まない。その代わり、笑みもない。あの、それが逆に怖いです。
全部話し終えると沈黙が落ちた。
数秒。いや、体感ではもっと長い。乾いた喉を潤す様に目の前のグラスを呷る。火傷するんじゃないかと勘違いするほど強いアルコールが突き刺さる。
肩肘をついて俺を見ていたハイデマリーが、大きく息を吐いた。
「……せやな。よー分かったわ」
声には、もう棘はなかった。叱る前の声でも怒鳴る前の声でもなく、確認が終わった後の、何時も通りのハイデマリーの声だ。
「話しにくいこともあったやろうに、隠さず話してくれたんは嬉しいわ。ありがとさん」
そう言ってから、一度リタを見る。
「リーさんもな。言いたいことは山ほどあるやろ」
リタは何も言わない。ただ、裾を掴んだままだ。
「せやけど、ここから先は私情は一旦置こ。今からは雇い主としての話や」
真剣な表情のハイデマリーを前に、背筋が勝手に伸びた。
「まず、今回の遺失物回収の件。内容は予定外やったけど、成果は十分。回収物は規定通り、ラビット商会名義でグラスレーのばあ様に提出する。運搬はクレアさん、セクレト側で頼むわ」
「承りました」
クレアが、静かに頷く。
続いて、ハイデマリーは指を一本立てた。
「損傷したラビットⅡの外装はウチの責任で修理。これは義姉やんにも連絡済み、整備費も商会持ちや」
二本目。
「今回の損傷で、ウチの借金返済計画は丸つぶれ。次の仕事は未定や。正直、ちょっと休みたい」
一瞬だけ、肩の力が抜けたような笑み。
「バカンスでも行きたいわ。できれば蜘蛛が出る森とかじゃなくて、綺麗な海とかがエエわ」
遠い目を浮かべながら、乾いたようにそう呟いた。何ていうかこう、精神が磨り減る限界まで働いた人特有の燃え尽きた感が凄い。
やけに蜘蛛に拘るが、いったい何があったのだろうか。俺が留守番をしている間に、宇宙はそんな修羅場になってしまったのだろうか。
そういえば、リタは麻痺毒を貰ったんだって? 本人はケロッとしているが、大丈夫なんだろうか。ラビットⅡにメディカルポットは在っても医者はいないんだ、後でちゃんと確認しておこう。
「まあ、それはおいおいな。ほんで、、、」
三本目の指を立ててから、俺を見る。
「オキたんの件や」
来た。でも、もう蹴りは飛んでこないと分かっている。それだけで、心持ちはだいぶ違う。
「ウチを通さん傭兵稼業やから文句は言わん。ウチとの契約上、任務放棄でも命令違反でもないしな。せやから処分はせぇへんし、オキたん相手にそんなことするつもりは毛頭無い」
腕を組み、口をへの字に曲げて言うハイデマリー。そう言葉にして貰えるだけで、胸の奥で何かが少しだけ下りた。
「ただし!」
ビッ! と指差される。だよなぁ……すんなり終わるなら、こんな場を設ける必要なんてないよな。
「次の仕事は、オキたんがメインやからな。交代要員なし。責任持って最後までやること」
「……はい」
そんなことで良いのかと少し拍子抜けしたからか、思ったより素直な声が出た。
「それと、もう一つ」
ハイデマリーの視線がリタからクレアへ、ゆっくり動く。
「私生活が仕事に影響出したら、その時は考える。これは脅しやなくて、譲歩した上での条件や。第一優先は雇い主であるウチにあるんやからな。
オキたんはウチと終身契約したんやから、ウチがもう十分や言うまで傍で守って貰う。ま、言わんけど」
ドヤ顔で二人を煽るハイデマリーの言う通り、俺の契約はどちらかが死ぬまでになっている。まあ、言ってしまえば家族同然扱いの契約書にサインを入れてある。
そこまで考えが及んだ所で、隣と前からの圧力が高まって来る。クレアは微笑んだまま。リタは無言で圧を下げない。
「分かっとるな、オキたん」
「勿論」
「よろしい」
ハイデマリーは満足そうに頷くと、ふっと肩を落とした。
「ほんまにもう……留守番させたら、女増やして待っとるパイロットがどこにおんねん」
呆れと苦笑が、ちょうど半分ずつ。漸く気持ちが落ち着いたのか、ハイデマリーは氷が半分溶けているグラスを呷る。
「え、旨いなこれ……。クレアさん、これ仕入れ先どこなん?」
「中央にある酒造ですわ。後で電子データを送付しておきます」
「ありがとさん、ほな今日は解散や、解散! オキたんは今からウチの事務処理付き合いな」
ちらりと、俺を見る。
「逃げたら、次は蹴りやなくて契約書やで」
「喜んでサポートします!」
「ええ返事やん。ほな行こか」
隣からの圧はまだ消えず、前の笑みも消えない。
俺が言うのもなんだが、知り合ってそれなりになるんだ。折り合いは付くと信じる。何せ、初回は二人揃ってやって来たんだからな。
けど俺が口を出すわけにはいかない。俺だってまだ死にたくないんだ、許してくれ。
座席を立ったハイデマリーの後を追う。個人的には何一つ終わっていないが、それでもさっきまでの処刑台よりはずっと現実的な場所に戻ってきた。
とりあえず、俺がやることは……
「……バカンスが出来る惑星、探すか」
ハイデマリーの後ろを一生付いて行くのが安パイです、たぶん




