105_新しい居場所
僅かな眩しさに、身体が勝手に反応して目が覚めた。
同時に汗やらナニやらでベタついた感触が肌に纏わりついていることに気付く。汗に塗れた訓練明けの筋肉痛とは種類が違う。最近覚えたばかりの感覚だ。
カーテンの隙間からは僅かにコロニーの人工光が差し込んでいる。
太陽……恒星の代用品。これだけだと今が何時か判断が付かないが、防音と遮光が完璧なマンションの一室が、外界の喧騒とは綺麗に切り離されていることだけは分かる。
あともう一つ。出勤時間だけは、とっくに過ぎている。
そんな寝起きの頭のままで、胸の辺りの温もりについて、とりあえず一言。
「俺って奴は、なんて下半身に正直なんだ……!」
軽っ! 言葉が致命的に軽いぞ俺!
視線を落とすと、そこにあるのは見慣れた白髪の頭頂部。今も俺の肌に当たる柔らかい感触が、昨晩の出来事を一切の情け容赦なく現実として突き付けてくる。
どう足掻いても俺の過失……いや、いいんだが。
いいんだが?
後悔は無いんだが?
けどさぁ、なんかもう、なんかもうさぁ……!
頭の中で必死に言い訳を組み立て始めた時だった。
「……オキタ様、おはようございます」
「お、おはよう、クレア……だ、大丈夫か? その……」
キノウハ、ダイブ、ムチャサセチャッタ。
「……無理ですね、力が入りません。
もう無理って、何度も言ったのに」
「マジでゴメン……!!」
布団から出て土下座を決めると、昨晩の記憶が恥と共にフラッシュバックをかます。
ここにいるのは早打ちと継戦能力がウリの傭兵……などではなく、一度盛るとスペースzooのお猿さんよりもタチの悪い変態です。
それを知ってて餌を与えた貴女も悪いと思うのですが……そこまで考えた所で、氷よりも冷たい視線を感じた俺は、ベッドマットに頭をめり込ませる勢いで額を擦り付けた。
「誘ったのは私ですが、限度があると思います」
「ハイ、ゴメンナサイ。モウシマセン」
「あ、それは困るので」
困るってなんだ。一人枕を濡らす夜があると? 俺に、どうしろと?
―――pipipi
間が良いのか悪いのか。
着信を知らせるアラートが、備え付けの端末から聞こえてくる。
「……あ、」
クレアの、何か思い出したかのような声。次の瞬間、こちらの意志を完全に無視してビデオ通話のホログラムが浮かび上がった。そこに映ったのは、面倒臭そうなアリアドネの顔。
『クレアさん、何も連絡無しに休んでるらしいけど大丈夫―――』
見知った顔の視線が右から左へ、画面を舐めるように動く。
『……あら~?』
アリアドネの視線が、何でクレアの私室に俺が居るのかと問いかけている。
俺。
捲れたシーツ。
画面端に、動いた拍子に覗いた白髪。
その視線が僅かに落ちる。
その視線が元の位置に戻る。通信先には、ニンマリとした意地の悪い顔。
『あら、あらあらあら! あらあらまぁ~!!』
背中に奔る冷たい感覚。完璧に制御されたはずの室温の中にいるのに、冷汗が流れ始めた。
そこへトドメと言わんばかりに、シーツをわざとはだけさせて画面に入って来るクレア。
艶やかな笑みを浮かべながら、
「おはようございます♪」
「うわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
『あらやだ、おめでた~~~~~~~!』
全力で覆いかぶさって隠すがもう遅い。
よりにもよって一番見られてはいけない人に見られた!
何故かって? ハイデマリーに、光よりも早く伝わるからだよ!!
『いやね? 貴方たちが家から出てこないって護衛たちが煩かったの。
だからね、私は彼らに言ったのよ。
男女が2人同じマンションに住んで、何も起こらない訳が無いじゃない。ロマンティック、決めちゃったんじゃない?って』
「なら掛けて来るなよ!!」
『でも護衛の人たちね、2人の反応はあるけど心配だって言って聞かないの。それで掛けたのだけど、我ながら最高のタイミングで掛けたってわけねん!
野暮だから放っておきなって言ったのよ? だからごめんね~オキたん君!
あ、マリーちゃんにはわ・た・し・か・ら、ちゃ~~~~~んと伝えておくから安心してねん! でも信じて! 私、本っ当~~~~に、野暮な真似は止めなさいって言ったのよん?』
「のぁぉぉぉ……!」
クレアはというと、状況を理解した上で完全に平常運転だった。
覆いかぶさる俺を座らせて、その腕に軽く体重を預けながら首を傾げる。
「仕事の話? 実を言うと私、ちょっと今日は動けないの……」
意味深に腹部を抑えて微笑む。画面先の温度はさらに上がった気がする。
ウフフ、なんて笑う姿に俺の顔面はもう歪みっぱなしだ。
『仕事なんていいのよ! 部下には私から全部言っておいてあげるから!』
「いやマジで辞めて貰って良いですか!?!?」
「うふふ。。。と言うことなので、誤魔化しておいて貰えるかしら」
『はーい』
アリアドネは咳払いを一つして、端末の向こうで姿勢を正す。
『いい? オキたん君。マリーちゃんは泣かせてもいいけど、クレアさんはダメよ。男なら、ちゃんと責任取りなさい。じゃないと―――酷いわよ』
ドスの効いた声。これはもう、甲斐性を見せなければ酷いことされること間違いなし。
『……あと、服は着た方がいいわねん。オッキーが見えてるわよ』
「ア、ハイ」
『まあ、もう直ぐ夜間に変わる時間よ。しけこむならそのままの方がいいかもねん』
言いたい事だけ言われて通話が切れる。
通話が切れてから、ほんの数秒。たったそれだけの時間なのに、部屋に落ちた沈黙はやけに重かった。ここから先に何が待っているのか、考えただけで頭が痛くなってくる。
ふと視界の端で、窓際の光が代わっていることに気付いた。
アリアドネの言う通り、部屋に僅かに差し込んでいた人工光が薄くなり始めている。コロニーは夜間モードへ移行するようだ。昨晩何時に寝たのかも覚えてないが、ここまで寝過ごしたのも人生初な気がする。
「……見られたな」
「そうですね」
独り言をつぶやいたつもりが、即座に隣から返事が来た。
俺は天井を仰いだまま長く息を吐くが、クレアの声には微塵の動揺もない。それどころか、どこか機嫌が良さそうですらある。
「ハイデマリーさんにも、伝わるかもしれませんね」
「…………まあ、なるようになる。。。はず」
あの不安そうな顔を思い出すと言いきれず、言葉が切れた。
でも自分でももう分っている。そんな楽観が通用しないだろう。腹を割って、頬をぶん殴られる覚悟は決めるべきだ。
「いや、違うな。なるようにする」
「なるほど」
俺の決死の決意を”なるほど”で済ませてくれるな。
思わず視線を向ける。クレアはベッドの上で、肩までシーツを引き寄せたまま穏やかに笑っていた。まるで、今の騒動が予定調和だったかのようだ。
……考えすぎ、だよな? わざと連絡着くようにしたわけじゃないよな? 本当に寝てたよな?
そんな疑念が頭を過った時だ。
「……後悔していませんか?」
「ああ?」
思わず間の抜けた声が出た。
「何をだ?」
「いえ、その……私とこういう関係になったことについて」
「……ったく、お前もかよ」
こんなことを言わせる自分が情けなくなる。
仕事。立場。噂。責任。
むしろ、クレアの方が今後を考えると大変だろう。セクレトとして考えるべきことはいくらでもあるのに、それを口に出さずに気を遣わせてしまっている。
「後悔とか、あるはずがねーだろ」
少し強い声が出た。
「むしろさ……こうやって好意を向けて貰ったら、嬉しい以外見つからない」
自分の気持ちを間違えないように、ちゃんと届くように言葉を探す。
「自分が此処にいる、居て良いんだって思える場所が増えたんだ」
パイロットは趣味で、傭兵は仕事だ。
家族……と呼べる仲間はいるけど、それ以外にも。
「俺の居場所を作ってくれたクレアには、感謝しかない」
一呼吸置いて、眼を合わせて素直に言った。
「……だから、ありがとう。」
そう言って、ベッドの上でクレアを抱き締める。
強くもなく、逃がさないほどでもない。ただ安心させるようにゆっくりと。
「……私もです」
クレアは、俺の胸元に額を預けたまま静かに言った。
「昨夜のことも、今のことも。全部、なかったことには出来ないでしょう?」
その言い方が、妙に現実的で胸に刺さった。
「……ああ」
「でしたら、それでいいんです」
だから俺はそれを肯定して。彼女はそう言って、今度は俺の背中に腕を回した。
「オキタ様は、選べない人ですから」
責める響きはなかった。
知っていて、受け入れている声だった。
「でも―――」
一拍置いて、彼女は視線を上げる。
「刻み込むには、まだ足りません」
昨日あれだけ確認したのに? なんて思うが声には出さない答えられなかった。否定も肯定も出来ない。
足りない、それはそうだ。確かめるには、刻み込むには俺たちには時間が足りてない。
俺がそう思うと、クレアはそれで十分だと言うように、小さく微笑む。
「それでいいんです。今日のことも、今朝のことも……きっと、残りますから」
残る、という言葉がやけに重く感じる。
ラビットの皆が戻ってくれば、俺はまた前に出る。頼れる仲間たちと馬鹿をやりながら旅をして、何も考えないふりをして引き金を引く。
いつも通りに戻る。
それでも……ふとした瞬間に、この朝を思い出してしまうだろう。
クレアはそれを分かっていて、ここにいる。
「私、ズルくて重い女なんです。でも、嫌いじゃないでしょう?」
「……P.Pってのは、本当にズルだな。全部筒抜けだ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
そう言って、彼女は少しだけ距離を詰めてきた。
逃がさない。
縛らない。
選ばせない代わりに、刻みつける。
そのやり方が、どれほど厄介か。
俺はもう、理解してしまっていた。
DEJA VU!




