101_逃がしたくないから
まだまだクレア視点です
シミュレーターのハッチが開き、次々と部下たちが身体を引き摺るようにして降りてくる。
まるで、生まれて初めて重力という概念を知ったかのような歩き方。脚は言うことをきかず、床に降りた瞬間にそのまま座り込む者もいる。
いきなり現実の重さに引き戻された身体は、私の想像以上に正直のようだ。
何だかその姿が少しだけ……本当に少しだけ面白い。
そんな不謹慎な感想が浮かんでしまうくらいには、彼らの様子は極端だった。
「……生きてる?」
誰かが、半ば確認するように呟く。
「生きてる……と思う」
返事はあったが、確信はないらしい。
「俺、さっき十回目で墜ちたあと、何も考えられなかったんだけど」
「正常です。それが正解です」
自嘲気味な声に、別の誰かが力なく笑う。
彼らのこんな姿を見るのは、たぶん初めてだ。
警備部門所属とはいえ、私が直接関わる事はない。訓練後の軽口や冗談が飛び交う光景は、私にとって少し新鮮だった。
「はいはい、じゃあ昼休憩なー」
その沈黙を、何事もなかったかのように破ったのはオキタ様だった。
「飯は各自。罰ゲーム対象者は、ちゃんと覚悟しとけよ? 逃げたら倍だからな」
「鬼だ……」
「あれだけやって、何で平気……?」
「でも、腹は減った……」
「それは否定できない……」
誰かがそう呟いた瞬間、堰を切ったように笑いが漏れ、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。
笑っていいのかどうか分からない。でも、笑わなければ息が詰まる。
私はその様子を、少し後ろから眺めていた。
汗に濡れた髪。
疲労で伏しがちになった視線。
それでも、どこか晴れた顔。
―――ああ。こうやって、彼らは戦ってきたのか。
ふと、オキタ様と目が合った。
「……何ですか?」
「いや?」
彼は一瞬だけ口角を上げて、すぐにいつもの軽い調子に戻る。
「ほら、クレアも来いよ。見てるだけじゃ腹は満たされねぇぞ」
「……はい」
胸の奥に、まだ説明できない感情を抱えたまま、私は彼らの昼休憩に合流した。
辿り着いたアスティエロの食堂は、私という存在が居るにしては妙に騒がしかった。
「結果発表ーーーー!」
「おい、誰だ最初に墜ちたの」
「俺です……三分でした……」
「早っ!? 早すぎない!?」
「開始の挨拶が終わる前にロックされました!」
「それはもう事故だろ!」
トレイを抱えたまま、あちこちで指差しと笑い声が飛び交っている。さっきまでの訓練が嘘だったみたいに、彼らはよく喋り、よく笑っている。
「はいはーい、罰ゲーム徴収タ~イム!」
オキタ様が、やけに楽しそうな声で宣言する。
「一番最初に墜ちた三分くん、まず一品出せコラ」
「ちょ、それ俺の唐揚げなんですけど!?」
「知るか。戦争だ」
「ここ平時ですよね!?」
「精神的には戦時だな」
意地の悪い顔をしたオキタ様と、必死な隊員の仕草にどっと笑いが起きる。
奪われた唐揚げは、抵抗する間もなく全員の皿へと分配されていった。勿論足りない分は追加で購入させられていた。
「次、二番目!」
「自分です……」
「はい、じゃあその卵焼き」
「それ、母の味なんですが……!」
「なら尚更だ。戦場で情緒は死ぬ」
「中尉ひどすぎる!」
文句を言いながらも、誰も本気で怒っていない。奪われたおかずを惜しむ声すら、どこか楽しそうだった。
私は少し離れた席から、その光景を眺めていた。
食堂に満ちる匂い。金属製のトレイが擦れる音。くだらない言い合い。
これが、戦場帰りの兵士たちの昼食。
ふと、誰かが言った。
「でもさ、生きてる時間長くならなかった?」
「分かる……」
「俺、九回目くらいから、撃墜される前に『あ、来る』って分かった」
「それ成長してるってことじゃん」
一瞬、空気が止まった。
「……じゃあ、またやる?」
「やるわけねぇだろ!」
「昼飯返せ!」
「死ぬ!」
「もう死んだ!」
再び笑いが弾ける。
私はその様子を見ながら、静かに息を吐いた。
これが彼のやり方。叩き壊して、笑わせて、それでも何かを残していく。
「クレア」
一人離れた場所に座る私の前に、オキタ様がアリアドネを伴って座った。
「どうかされましたか?」
「俺じゃなくお前だよ。さっきから全然食ってねぇじゃん」
言われて、自分のトレイに目を落とす。箸はほとんど動いていなかった。
「……オキタ様のお皿は、凄い量ですね。見ているだけでお腹いっぱいになりそうです」
「ふーん?」
彼は一瞬だけ私を見て、それから皆の方へ視線を戻す。
「まあいいや。じゃあその分、デザートは俺が貰うな」
「えっ」
「戦争だから」
「今それ便利な言葉になってません?」
「なってる」
ニヤリと笑う彼の隣で、アリアドネが笑っている。
私はその輪に加わることなく、ただその中心にいる彼を見つめていた。
やはり、彼の居場所はここなのだろう。
私の隣ではなく、戦場の中と外の、そのちょうど境目。
なら、私は――――――彼を逃がさない。
そう、ただそれだけだ。
どこに居ようと、誰の元に戻ろうと、最終的に選ばせる先は私。
好意など、今さら数える必要もない。身体も、時間も、言葉も、すでに私の手の内にある。
足りないのは名前と契約だけ。それを与えるかどうか、それを決める権利もこちらにある。
彼は戦うことしか知らない。
それがどれだけ危ういか、ヴァン・サイファーとの出会いで測れたのは都合が良かった。
なら、守る場所を与えればいい。
帰る場所を与え、役割を与え、”ここに居ていい”という理由を積み上げる。
気付いた時にはもう遅い。
私はそういうやり方が一番得意なのだから。




