100_私が唯一認めた人を
クレア視点で話は進みます。
『機械だけに頼るな! 目ん玉かっぽじって噴射光から位置を探すんだ!』
『早すぎだろ!? 機体性能はこっちと変わらないはずなのに!』
『お前が遅いんだよオラァ! ちゃっちゃとリスポーンして来いや!』
『ッ隙あり!』
『あるわけねぇだろ! そんなんじゃ瞬きの間に墜としちまうぞ!』
『これならどうだ!?』
『馬鹿野郎考えるなって言ったろ! 感じるんだよ!! そらもう一つ!』
『あ゛ー!?』
『出来ません中尉ィ!』
『なら死ね! 考える余裕がなくなるまで何度でも死ね! それで考えられなくなったら褒めてやるよ!!』
『無茶苦茶だこの人!?』
……これ、教導と呼んでいいのでしょうか。
一瞬、そんな考えが頭を過る。
今、目の前で部下を扱いている彼は、誰かに教えることが得意じゃないと言っていた。
―――理屈並べるのは苦手なんだよ。俺、どっちかと言うと感覚派だから。
しかめっ面でそう言った彼のために、私は少しだけ後押ししてあげることにした。苦手だと言いながら書類を纏めていた姿を見ていたから、ちょっと意地悪してしまったかなとも思うけれど。
だからと言う訳でもないけれど、予定に無かったシミュレーター訓練の始めは心配になる出だしだった。
けれど、本格的に始まると全員我を忘れて挑みかかっている。これで良かったのかは、少し悩むところだけど。
これは、私が望んだ光景の一つ。
もっとも、この光景を見るのに何年も掛かってしまった訳だけれど。
彼を初めて知ったのは、中央にとある噂が流れて来た時だった。
『メリダ星系で、子供がヴォイド相手に戦っているらしい』
子供。つまりは私と同世代のパイロットがいて、あのメリダ星系で戦っている?
―――何を馬鹿な。与太話が流行るほど、メリダは追い詰められているとでも?
私は最初、その噂を信じていなかった。
何故なら、当時のメリダ星系における制宙圏争いは常軌を逸していたから。何も出来ない子供が介入できる余地など、あるはずが無いと思っていた。
ヴォイドは何処からともなく現れ、人類の生存圏へと侵攻する不俱戴天の敵。あの頃のメリダ星系は、倒した次の日には沸いて出る異常な物量に押され始めていた。
各地から送られる増援は数知れず、帰って来るのは空の棺と認識票だけ。帝都への防波堤として要塞化していたメリダでさえその状況。突破されれば、直接帝都が攻められる可能性すらあった。
大人たちでさえ侵攻を喰い留めることが精一杯な中で、子供に何ができるのか。
跡継ぎ候補として、子供ながらも大人たちの中で頭角を現し始めていた私は、特別な自分を棚に上げ、噂を一蹴した。
ところが、ひと月、ふた月経つと、中央に届く噂が増えていった。
―――子供が踏ん張っているのに、大人が倒れている場合か
―――借りが出来た。息子と同じ年頃の子供にだ
―――ガキに負けたままでいられるかよ!
任期を終えて帰還した兵が、再び志願してメリダへ旅立っていく姿を何度も見た。帰って来る人もいれば、帰って来れなかった人もいた。
それが理由なのか、絶望的と思われていた戦況は次第に好転し始めていた。
『くっ、もう一度だ……は?』
『リスポーンしたてなら狙われないとでも思ったか? 甘いんだよ下手糞!』
『ちょま、それ反則でしょ中尉!』
『文句は攻撃察知出来るようになってから言って貰えますか~?』
『……泣かす!』
老練翁伯爵が指揮する対ヴォイドの精鋭部隊。88連隊にその子供はいた。
父が指揮する補給艦隊に乗艦し、メリダ星系へ着いた私の目の前に、ただの噂だと思っていた子供は確かに存在していた。
年齢は私よりも下だろうか。でも……今まで見たどんな世代の人たちよりも、ただただ”すごい”と思わせられる”何か”があった。
連隊だけじゃない、基地に居る誰もがその子供の周りでは笑っていた。笑って、ふざけ合って……アラート一つで戦場へと駆けて行く男の子。
それが、私が初めて見たオキタ様だった。
『セクレト補給艦隊は今すぐ帝都へ退避を。直ぐに乱戦になる、此処もいつ抜かれるか分からん』
『貴方が言うならもう手遅れさ、伯爵。私の命が此処で尽きたとしても、それを運命として受け入れよう』
指令室で父と老練翁伯爵が何か話していたけど、よく覚えていない。
それよりも、モニターに広がる本当の戦場に、私は目を奪われていた。
ひとつ、ふたつと味方のマーカーが消えていく。その度に、オペレーターの苦痛に満ちた報告が指令室に響く。
瞬き一つで命が失われる光景を見て、私は底知れぬ恐怖を覚えた。
そんな中で、ひとつ、輝きを失わない”光”があった。
それは88連隊だった。
モニターの先で、連隊は後方から砲撃を加えていたヴォイド戦艦の艦列に突撃を敢行していく。幾重にも張られた防衛線を無理やり突破し、次々に戦艦を潰していく。その姿に指令室が沸いたのを覚えている。
その一番先で、まるで一番星のように輝いていたのが、あの男の子だった。
大人顔負け? それどころではない。素人目に見ても、ひとりだけ挙動が飛び抜けている。
いったい何者なのだろう? 父に聞けば教えて貰えるのだろうか。
そう考えていると、父と伯爵の話声が聞こえて来た。
『伯爵、あの子供はいったい?』
『私が拾った。”ブッ××ン”の×言を×××なら、あの子が私たちの運命だ』
『……では、遂に始まるのか。×み××××明が』
あの時、父がどんな表情を浮かべていたのかは覚えていない。けれど、その背中は今も覚えている。
結局、これ以降私がメリダ星系を訪れることは叶わなかった。
次期総帥候補として、命を危険に晒すわけにはいかない。父にそう命じられ、私は安全な帝都で補給計画を練る役目を担うこととなった。
『なあ腹減らねぇ? そろそろ飯食いたいんだけど、誰か一発くらい当てて貰わないと気持ちよく飯食えなくね?』
オキタ様の声で我に返った私は、自分の端末を確認した。
時刻はちょうど昼頃。訓練開始から3時間は経過していたが……ダルそうな声とは裏腹に、まだまだ元気そうだった。
『はいはいはい! 自分が当てます! 憎しみ込めて当てます!』
『自分がやります! なんなら機体ブン殴らせて貰って良いですか!?』
『待ってそれなら私だって!』
『俺が!』
『元気でよろしい。じゃあ俺に一発当てるか、あと10回墜とされた奴から休憩な。―――あ、そうだ罰ゲーム追加しようぜ。先に墜ちた奴、残った奴に全員に昼飯のおかず一品献上な』
『ちゅ、中尉……? 最初に墜ちた人は、どうなるのですか? おかずは20品もありませんが……?』
『んなもん自腹で何回も買えば解決よ』
『面白そうな事やってるねーオキたん君。私もご相伴に預からせてくれないかしらん?』
『アリアドネじゃないか! 勿論いいよなお前ら? アスティエロの社長に奢れる機会なんてそうそうないぜ~?』
『中尉!? アンタ鬼だよ!?』
『言ってる傍から一機撃墜っと。あ、ちなみに俺は持ち込んだビスケット喰いながらやらせて貰うから、今からはラッキーパンチチャンスな』
アリアドネが通信に割り込んでいたが、私は笑ってそれを見逃した。彼女は優秀だし、遊び心もある。アスティエロの社長としても、警備部門との繋がりは深い方がいいだろう。
メリダへの補給計画は引き続き自らの手で作成したが、セクレト次期総帥候補として、一つの星系にだけかまけてはいられない。
私は様々な業界に手を出し、自分の思うままにやり方を変えていき、結果を挙げていった。高まる名声に私は自分が特別な人間なのだと、私こそが、このセクレトという巨大企業の長に相応しいのだと確信を深めていった。
ただそれとは別に、私の脳裏には常にあの男の子の姿があった。
同年代で唯一この私が認めた男の子。彼はまだ生きているのだろうか?
忙しい日の中でも、男の子の情報だけは集めるようにしていた。
情報は簡単に集めることが出来た。
セクレトは補給艦隊を派遣している。そこから得られる情報は多く、申請すれば帝国軍のデータベースからも参照させて貰えた。
名前はオキタ、階級は少尉、歳は不明……不明?
不思議に思ったが、軍に入るまでのデータが失われていた。つい最近失陥したコロニーに居たことは分っている。あの混乱時に失われてしまったのだろうか。
それから半年も経つと、オキタ少尉は中尉へと昇進していた。
自分の中隊を持ち、その傍らには同じ年頃の女の子が補佐として就いたらしい。
何故かモヤっとした。
唯一私の出来ないことをしているから、それに嫉妬しているだけだろう。それだけでは無い気もしていたが、考えないようにした。
補給艦隊が帰艦するたびに情報が更新されていく。
まだ15にも満たないであろう子供が部隊を率い、帝国の領域を文字通り死守している。
連隊は何度もメンバーを入れ替え、部隊の半壊すら経験しながらもオキタ中尉が直接指揮する小隊、オルトロス1から4は創設時のメンバーが健在だった。
壊れてもおかしくない。
むしろ、壊れていない方がおかしい戦歴。それでも彼は止まらない。
まさに偉業、凄まじい帝国への貢献。帝国は今すぐ諸手を挙げて彼を表彰するべきだ。
この宇宙で一番強い部隊は何処かと聞かれれば、私は迷いなく彼の部隊を推す。そう思わない日は無かった。
けれど、彼の部隊を去った者たちの名前は、私の記憶には残っていない。
報告書には、確かに「殉職」とだけ記されていた。
そしてあの日、彼が軍を辞めたと聞いた時。
私は信じていた何かを失った気がした。
何故? どうして? 思わず言葉が零れた。
コロニークラスのヴォイドが現れたことは後で聞いた。それを退けたのがオキタ中尉だと言うことも、それの撃破以降、メリダ星系においてヴォイドの圧力が一気に引いたことも。
ヴォイドの圧力が無くなったから軍を辞めた?
……いいや、そんなことはもうどうでも良かった。
軍を辞めた在野のエース、引き抜く以外の選択肢はない。
これはチャンスだ。運命が、彼を手に入れろと言っている。
私はすぐさま現地に調査員を派遣し、コンタクトを取ることにした。
彼の居場所に賞金を懸けたお陰で、直ぐに特定することが出来たが―――タッチの差で、何でもない貿易会社に掠め取られてしまった。
私は思わず机を叩き、部下を激しく叱責した。
悔しかった。私が人生で唯一認めた彼を隣に置くことで、私という存在は更に上へと昇り詰めることが出来たはずだったのに。
だから、彼が帝都に来ることを知った私は、自ら声を掛けることに決めた。
今度こそ、逃がすつもりは無い。
それが企業人として正しいのか、一人の人間として正しいのか。その違いを考えるのを私はやめた。
ただ、私の手は知らず震えていた。
『単刀直入に申し上げますが、私と結婚して頂けませんか?』
だからこそ、ファーストコンタクトで出た言葉は意味不明な物になってしまった。
緊張……していたのかもしれない。写真は持っていたし、見慣れた顔のはずだったのに。
目の前にいる人は、特別な私に相応しい人だった。
『はいどーん』
最後の一機が爆散し、シミュレーター内に沈黙が落ちた。通信ログの端には、撃墜回数を示す数字が並ぶ。全員、例外なく10回。
誰もが息を荒くしている。誰一人、言葉を発さない。
達成感があるのかどうか……私には、まだ判断がつかなかった。
『はい、全員10回。よく死にました』
オキタ様は、いつもの調子でそう言った。
褒めているのか、冗談なのか、あるいは事実を述べただけなのか。
けれど、ほんの少しだけ楽しそうなのは、オキタ様なりに確かな手応えを感じているからなのだろう。
オキタ様を相手に、手も足も出なかった私の警備部門。
それでも―――それでも私は、彼らが「初めて戦場に立った」ように見えた。




