99_教導
背筋を伸ばして着席する20名の隊員たちを見渡す。
外見こそ20代前半が多いが、宇宙で暮らすほど技術が発達したこのご時世だ。延命措置によって老化を長引かせている者、長命種の遺伝を受け継いでいる者が一般的で、見た目はアテにならない。
だから体格や筋肉の付き方で、どの程度やれるのかを判断するのだが……肉体はよく鍛えられている。それは間違いない。
ただ、その鍛え方が綺麗な印象を受ける。安全な環境で、管理された訓練を積み重ねた肉体。何度も実戦を潜り、壊れ方を知っている軍人のそれとは違う印象だ。
けれど、眼だけは違う。
新兵やクレジットにがめつい傭兵に多い、正解を教えて貰いに来た勘違い野郎じゃない。生き残りたいから、何でも吸い取ってやるって顔をしている。
「まず今回の訓練目的を統一しよう。
お前たちは今日、何を期待してここに来た?」
全員を見渡して問うと、間を置かずに声が返って来る。
「オキタ中尉に教えを頂き、より強くなるためです!」
短く、それでいて迷いのない答えだ。
良いね、そう言われると俺もやる気が出てくる。
―――じゃあ、始めるとしよう。
「なら話は早い。お前たちが今まで積んできた訓練は、全て正しい戦場を前提にしている。味方がいて、命令系統があって、想定された敵がいて、想定された地形がある戦場だ」
視線を一人ひとりに向ける。
「既に身をもって理解している者もいるだろうが、敢えて言わせて貰う。
現実と訓練は全く違う。通信は途切れ、味方は爆散し、想定外の敵が想定外の位置から撃ってくる。その時、正しい動きしか知らないなら真っ先に死に至る」
俺の言葉に嘘はない。それを感じ取ってくれたのか、数人が喉を鳴らしている。
「お前たちの記録を見た。フォーメーションは美しい。被弾率も低い。だがそれは、敵が想定内である限りの話だ」
俺は机を叩く。
「戦場で生き残る奴は二種類しかいない。
一つは、圧倒的な運で生き延びるやつ。
もう一つは―――死ぬ場所を自分で選べるやつだ」
ざわめきが走るが、誤解を与えている自覚はある。
こればかりは言っても理解されないだろうし、理解できるのは目の前に銃弾が迫った時だろう。だから、そうならないように生き残る術を叩きこむ必要がある。
「自分がどこに立ったら死ぬか、どの角度から弾が来ると終わるか、どこまで踏み込むと戻れないか。それを身体で知っている奴だけが、ぎりぎりで生き残ることができる。
……自慢じゃないが、俺は何度も”何で生きてる?”と聞かれたことがある」
そこで少しだけ笑うと、部屋の雰囲気が少しだけ和らぐ。
けど残念、笑えるのは今が最後だ。
「残念ながら、これは座学じゃ教えられない」
せっかく用意してきた書類だが仕方がない。端末をポケットに仕舞い込み、クレアに目を向ける。
俺の意図が伝わったのか、頷いて端末を操作してくれた。背後の壁に設置されたスクリーンが起動し、シミュレーターマシンの映像が映し出される。
「これから、諸君らには実際に死にかけてもらう。もちろん本当に殺しはしない。だが―――」
一拍置く。
「殺されると思うくらい、追い込む」
お遊びは一切なしだ。
全員の視線がスクリーンに釘付けになった。
「それが出来なければ今日ここに来た意味はない。今から教えるのは強くなるための訓練じゃない。生き残り方の再教育だ」
反抗心、怯え、色んな感情の籠った視線が俺に集まって来る。
いいね、それでこそだ。
「では、10分後に着替えてシミュレーター前に集合。まずはお前たちがどれだけ死を知らないか、今から見せてもらう」
◇
パイロットスーツに着替えてシミュレータールームに向かうと、既に全員がシミュレーター前で待機していた。
「全員揃ってるな? では搭乗開始」
セクレトの宇宙戦闘シミュレーターは傭兵ギルドに置いてあるものより高性能らしく、ほぼ実機に近いらしい。
主電源を入れる。実機と同じように網膜投影されるのは、無限に続く黒の世界だ。遠くに瞬く恒星の光。人工的に配置された小惑星群と朽ちたコロニーの残骸が、まるで本物の戦場のように浮かんでいる。
(浮遊物が無い空間でも良かったが……流石にそれだと心を折ってしまうか?)
その虚空に二十機のTSFが並んでいる。
何処かデスペラードの面影を残す機体だ。データを確認すると、どうやらデスペラードの先行量産型らしい。何時の間に完成させていたのやら……あとでJrに連絡を入れておこう。
(……とはいえ、やっぱりオートバランサーに頼るよな)
機体が流れないように僅かに噴くスラスター、四肢を動かして行う姿勢制御。一定のリズムで行われているそれは、ソフトウェアが機体制御を行っているからに他ならない。
機械に頼ることが悪いわけじゃない。実際、補助を受けることでパイロットの負担は大きく減っているはずだ。
目標の選定、優先順序、最適な行動を機械が決めて、パイロットはその認証のみを行うようにする。常に人手不足に喘ぐ帝国が、画一的な戦力を保持するには正しい選択だと思う。そもそもマニュアルで機体制御をやる連中の方が少数派だし、人型二足歩行ロボを機械の補助なしで運転しろってのも土台無理な話だ。車じゃないんだぞ。
でも……だからかな。機械頼りな奴と、そうでない奴。その違いは分かりやすい。今目の前にいる機体全て、修羅場を潜り抜けた者だけが持つ凄みってのを一切感じることが出来ない。
『全機、リンク完了。戦闘シミュレーションを開始できます』
管制AIの無機質な声が、通信網を満たす。
わざわざ用意されていたデータ上のデスペラード。そのコックピットで軽く首を鳴らし、全機への回線を開いた。
「条件を言う」
自分の声が、宇宙に溶けていくように響く。
「五分間、俺一機を敵とする。好きに連携して構わない」
一瞬の間。
「目標は一つ。三機以上生き残れ、以上」
その言葉に、微妙なざわめきが返って来た。
舐められていると思っただろう? ヴォイド殲滅戦に参加していた連中だ、生き残った自分の腕に自信がある奴もいるだろう。
そんな連中に向かって“勝て”ではなく“生き残れ”と言ったのだから、反感があって当然だ。
けれど。お前らはまだ、その意味を本当には理解していないだろう。
「被弾判定は実戦基準だ。ただし、シールドは無いものとする。コックピット、主動力炉、姿勢制御ユニットを抜かれたら死亡。再出撃は無しだ」
『……了解』
おーおー、返答は揃っているが不満そうな声出しやがって。
怒れ怒れ。そういう奴を叩いて叩いて叩きのめして、打ちのめされてプライドがズタズタになった所に、泣きの一発入れてから伸ばす。それがメリダ式だ。
「では、開始」
次の瞬間、二十機のTSFが四方へ散った。
噴射炎が虚空に瞬き、機体同士が滑るように距離を取っていく。
四機編成の小隊が五つ、互いの死角を消し合う立体的な陣形だ。前衛と後衛、索敵と火力の役割分担も完璧だ。
教本の理想形だ。だからこそ、読みやすい。
俺はデスペラードのスラスターを絞り、小惑星の影に身を滑り込ませた。
この機体の最大の特徴である全力噴射による機動戦ではなく、あえて惰性を利用する。推力のノイズを宇宙背景に溶かし込む動きだ。
やることは簡単。レーダーに映らない速度と角度の調整。敵機ではなく、デスペラード自体を宇宙の瓦礫に欺瞞する。
『敵影、消失!』
『再捕捉を―――』
探し方が甘い。レーダーとセンサーは機械だ、検出できる範囲は決まっている。機械だけに頼るからこうなるんだが、今教えた所で何にもならないだろう。
俺は廃棄コロニーの裏側を舐めるように回り込むと、そこに最も安全そうに見える小隊を見つけた。
四機が菱形に固まり、全方向をカバーしている姿が目に入る。
(そこにいれば対応できる、とか思ってそうだな)
デスペラードの姿勢制御を切り替え、機体を落下させるように滑らせる。
上下という概念を、意図的に崩したまま死角へ。
ロックオンなんてしない。マニュアルでの照準―――トリガー!
放たれた二発の弾は、ほぼ同時に突き刺さった。
『……え?』
『二番機、四番機、撃破判定!』
編隊の中心が一瞬で崩れる。残った二機が慌てて散開するが、判断が半拍遅い。
「遅い、こっちはもう捉えてる」
もう一発。姿勢制御ユニットを正確に撃ち抜く。
『三番機、制御不能!』
開始からまだ三十秒も経っていない。
「正面から来るとでも思ったか? 想定が甘いんだよ」
連中は“正しい”戦闘態勢を取れていた。
だがその正しさは、どう対処して来るか、予測可能という意味に等しい。
そしてそういうのは、得てして想定外に弱いものだ。今だって、俺が派手な機動戦を仕掛けると想定していたから反応すらできなかったように見える。
『各小隊、敵は残骸裏からの奇襲を―――』
警告が飛ぶ頃には、俺はすでに別の影へ移動している。
小惑星。
残骸の内側。
レーダーのノイズの中。
三次元の戦場で、俺は存在しないはずの方向から撃ち続ける。
次の一分で、さらに三機を沈黙させる。
誰も操作を誤っていない。だが、死ぬ場所を知らないまま順番に消えていく。
『……なんで……こんな……』
誰かの声が通信に滲む。訓練通りにいかない、自分が何をしていたのか分からなくなったような声だ。
なんで? そんなのは分かり切っている。
こいつらは俺に負けたんじゃない。このシミュレーションを始めてから今まで、戦場に立ててすらいなかっただけだ。
俺は通信を開いた。
「想定外は起こる、そう言ったろ」
デスペラードの姿を晒しながら、俺は溜息を吐いた。こうなる事は予想出来ていたが、実際に体験すると拍子抜けも良い所だ。
「お前らは訓練で勝ち方を知っている。でも、死に方を知らない」
一切の感情を殺して声を通信に載せると、生きているはずの通信網から一切の音が消えた。
「俺は、簡単にお前らを殺せるぞ」
ひとつ、ふたつ、みっつ。再び姿を隠し、機械的に墜としていく。
撃破された機体が8割を超えた所で5分が経過した。
予定時間まで生き残った数は4機。目標だった3機生存には十分だったが、生き残った機体からも喜びの声は聞こえてこない。
俺は全機の戦闘ログを共有表示に切り替えた。視界の端に20人分の数値と軌跡が並ぶ。
「操縦ミスは見られなかった。反応速度、索敵精度、火器管制。減点する要素は見当たらない……教範通りなら全て合格点だ。だから死んだ」
淡々と事実だけ突き付ける。何故合格点なのに墜とされたのか、俺の言っていることが理解出来ないだろう。理解出来るならこんな体たらくにはなっていないはずだ。
俺は撃破した機体ログから適当な物を一つ選び一時停止、全員に共有する。
影からヌルっと出てくるデスペラード。ロックオンによる警告音はなし、距離は離れており射撃が当たる確率は低いと表示されている。
「ここだ、全員確認しろ。機械予測では被撃墜リスクは低く、脅威度はまだ高くない。このパイロットは俺が直ぐ影に入ったから、索敵を重視する選択をしたな?
何も間違ってないさ。お前たちは正解の動きをしている。機械が判別してからの処理速度、判断は早くて、合理的で、訓練で叩きこまれている通りだ」
ログの続きを再生すると、次の瞬間には被弾判定がモニターに奔る。
「問題ないと判断した瞬間には、もう撃たれていた。何故だ?」
問いかけに誰も答えられない。当然だろう、誰が正しいまま死んだ映像にコメント出来るのか。何も言えないに決まっている。
「俺が上手くて、お前らが下手なだけか? それとも機体性能の差か?
そんなもの、死なないこととは何の関係もない。操縦が上手いだけじゃ足らない。反応が早いだけでも足らない。装甲が厚いだけでも足りない」
ここからは言語化が難しい。けれど、一歩前に進むためには絶対に必要になる話だ。
「言っておくが、答えを言葉で伝えるつもりは無い」
ざわめきが走るが、俺は説明を辞めた。教導としては不親切だ。
だが、これは教導じゃない。生き残り方の再教育、矯正だ。
「今この瞬間、何が悪かったかを言葉で欲しがってる奴は、次も同じ死に方をする」
もう一度ログを再生する。今度は数値なし、軌跡だけだ。機体がどう動いて、どう墜ちたかだけを繰り返し見せる。
「何か嫌な予感を覚えたのは……いないか。仕方がない、一つだけアドバイスだ。
何も感じなかった瞬間を覚えておけ。そこが、機体と自分の意識の隙間だ」
これまで何度も戦場に立って来たからこそ分かる。確信なんて何の役にも立たない。必要なのは、説明できない違和感にどれだけ気付けるかだ。
「ちょっと昔話をする……まあ、ガキの思い出話の何が面白いのかって話だが、この道だけはお前らより濃い体験させて貰ってるからな、黙って聞いてくれ」
思い出すのは苦い記憶だ。
「俺さ、初めて機体に乗った時、訓練もなしにヴォイドを倒せたんだよ。だから自分は天才だと思ってた。
実際凄かったんだぜ? まだ10から12くらいのガキが、気付けばコロニー防衛部隊の先鋒に抜擢されたんだからな。だから俺のやってることは正しいし、人より優れている自信があった」
誰も続きを急かさない。聞いてないのか呆れているのか。どっちでもいいけど、それでも誰かに響けと思う。
「ヴォイドの物量は知っての通りだ。次第に戦況は苦しくなって、ある日の防衛戦で小隊を組んだ3人が死んだ。けど俺は生きていた。俺はこう思ったよ、正しい判断をしたからだって」
淡々と続ける。本当に嫌な思い出だ。
「次も、その次も、そのまた次も仲間を失って」
思い返すだけで、古傷が抉られるような気分だ。
「そこで気付いたよ。何も正しくない。正しいなら、皆を救えたはずだ。それが出来なかった俺は、ただ生き残っただけなんだって。
正しい判断なんて無かった。ただ運が良かっただけなんだって」
あの時点で、俺が死んでいても可笑しくなかった。
それに気付いたのは……気付かせてくれたのは、俺を庇って死んだあの人に教えられたからだ。
「今日生き残った連中も、過去の俺と同じだ。ただ生き残っただけなのに、自分は正しかった、自分だけは生きていると思ってる」
だから、俺はこいつらに教えてやらないといけない。何かを学びに来た連中に、先達として生き残るだけの技術を、その身に叩きこまないといけない。
俺に打ちのめされたこいつらだから学べることが絶対にある。だから、ここからが本当の教導だ。
「いいか、次は感じろ!」
声を強める。
「撃たれる前に、自分が終わったと気付け! 理由はいらない、説明も必要ない。ただ、嫌な予感だけは絶対無視するな!」
モニター越しに映るひとりひとりを見つめながら。
「反復訓練だ。最低限を身に着けるまで、ずっと俺を相手にしてもらう。
次も今回のような隠密だけだと思うなよ? ステルスだって使う。お前たちが想像しているような出鱈目な機動戦だって仕掛ける。意識するよりも先に、身体が動くようになるまで何度も繰り返す。
それが出来た時、お前らは初めて戦場に立ったと言える」
モニターに映る顔は、もう誰も正解を探しているようには見えなかった。
自分の中で何かが壊れて、作り直されていく感触と向き合ってくれている。
「俺が疲れるのが先か、お前らが根を上げるのか先か。根競べと行こうぜ!」




