01_帝国軍を嫌々辞めるプロローグ
20240116 冒頭部分を加筆改訂
20240203 後半部分を加筆改訂
20241006 段落修正
簡単用語
TSF:人型兵器。MのつくスーツだったりAのつくコアみたいなもの
VSF:戦闘機だったり戦闘艦のようなもの
ヴォイド:変異異性体。何にでも寄生する銀河の厄介者
漆黒の宇宙をスラスター全開で駆け抜ける青い機体。
両手に持った長いライフルから光が走ると同時、粒子ビームが宇宙を切り裂き照準先の物体を捉えた。
ビームは機械で出来たクラゲのような敵、変異異性体ヴォイドを容易く貫き爆散させた。
青い機体はそれを確認することなく次の敵へ、また次の敵へとビームを発射。スラスターが織りなす光の余韻だけがその場に残った。
「ッ、相変わらず数だけは多いな!」
青い機体を操るのは帝国軍のTSFパイロット、オキタ中尉。
彼は自分がいる世界が何なのか、何処なのかはっきりと理解していない。
過去か、それとも遥か遠い未来か。
自身が地球と呼んでいた青い惑星に居たはずのオキタは、気付けばSF世界のコロニーに立っていた。
右も左も分からず夢心地の彼を現実に引き戻したのは、崩れ行くコロニーの中でヴォイドと対面した時だった。
生まれて初めて命の危機を感じて必死に逃げた先、オキタは幸運にも乗り捨てられていたTSFに乗り込み、無我夢中でヴォイドを撃退することに成功した。
命辛々ヴォイドを打ち倒し、半ベソを描きながらTSFで逃げようとするオキタだったが、彼の悪運はここで尽きる。
コロニーの防衛指揮官であり貴族でもある伯爵閣下にヴォイド撃退の腕前と度胸を気に入られ、非常時特例として帝国軍人として現地招集されたのだった。
それから3年の月日が経ち、彼はヴォイドの支配領域と帝国が接する境界線を守るエースパイロットとなっていた。
『この規模での侵攻は記録にない。自身の領域で増殖し溢れたか、この物の怪共め!』
「クリア1! チェックシックス!!」
『ぬぁ!? ……クッ、抜かったか!』
クリア1、伯爵の機体は体当たりを戦法とする小型ヴォイドの後方からの突撃を躱しきれず、左腕を吹き飛ばされながら宙を舞った。
「させるかよ!!」
続けて突撃を繰り返そうとする群体に向けて、オキタは機体に装備されている両腕のビームライフルを斉射。
群体が消滅するまで打ち続け、ビームライフルは冷却とチャージサイクルのため一時的に使用不可となった。
「伯爵は下がってください! その機体じゃ邪魔になります!」
『……無理を言って出て来てこの有様だ、すまんな』
「謝るのは俺の方です。
俺が無理を言って伯爵の機体慣らしを担当しなければ、このタイミングで奴らが来なければこんな事態にならなかったでしょう」
伯爵とオキタ。二人の仲は伯爵を取り巻く貴族が羨むほど親密だった。
実戦に出る度に成長し、エースパイロットと称されるまでに成長したオキタと、オキタの将来性を見出した伯爵の先見の明。その逸話は遠い帝都にまで届いている。
そんな伯爵がオキタのお願いに応えて新機軸の機体慣らしを任せていた矢先、ヴォイドの大群がコロニー外縁に配置されている駐屯地を襲い、オキタは本来の搭乗機に機体変更する余裕もなく、突発の迎撃戦に駆り出されていた。
『空間座標"予約され続けて"います! 敵増援のワープ止められません!』
『ジャミングを続けろ! 電子戦用のカウンタードローンも全て出せ! ここを抜けられる訳にはいかん!』
『とにかく何処の部隊でもいい。通信が届く星系全ての帝国軍に非常事態を伝え、すぐに援軍を寄越すよう連絡し続けろ。
どう伝えるか、だと?
ありのままでいい。このままでは国境を突破される、そう言え!!』
『ダメじゃな、皆浮足立っておる』
「無理もないですよ、これだけの侵攻なんて……」
沸き続けるヴォイドの群れ。
戦術はとらないが、中型以降はビームやレーザーを放ちながら突撃を繰り返す。
全力出撃の命令が出てからは駐屯地からも絶え間なく部隊が発進し続けているが、もはや数の差は歴然。
帝国領を守護していた境界線の一部が今にも破られそうになっていた。
『じ、尋常ではない空間の揺らぎを観測……!?』
『これは!?』
「あー……ははは、まじかよ。まるで外子が付いた要塞じゃねぇか」
その大きさはコロニークラス。オキタの機体は光学カメラでコロニーの表面を捉えた。
そこにはギチギチと、まるで歯軋りをしているかのように見える大量のヴォイドが蠢いていた。
『……オキタよ、頼まれてくれるか?』
「……そりゃ、こういう場面で声掛けられるのは。
俺と、伯爵が貸してくれた機体しか無理でしょうよ」
『すまん、撤退までの時間を稼ぐだけで十分じゃ。
こんな命令を出しておいて何を言うかと思うかもしれんが、生き残ってくれ。これも命令じゃぞ』
「……なんだ、てっきりあの要塞ぶち壊して帰ってこいって言われるのかと思ってました。
まぁ任せてくださいよ、出来ることを積み重ねて最良の結果をお見せしましょう!」
その後、オキタとオキタを援護する部隊は滅茶苦茶戦って何故か勝ってしまった。
伯爵の機体は宇宙に大穴を開ける異常事態を引き起こし消滅した。
生き残った仲間たちからブラックホールと揶揄われたオキタは、本人も周囲もびっくりなまま帝国軍をクビになった。
この物語は、オキタが帝国軍を退役してから始まる。
☆
変異異性体ヴォイドの大規模侵攻を防ぎ切ることはできた。
とはいえ、替えの効かない機体を私情で乗り回した挙句、跡形も無く消滅させたことは問題になった。
伯爵や上司は気にするなと言ってくれていたが、その後に行われた戦闘の解析が進むにつれ庇いきれなくなったのか、隠しきれなくなったのか。
俺は上司二人に促されるがまま帝国軍を退役することになった。
既視感のあるSF世界で急に目覚め、あれよあれよと軍に入れられたかと思えばTSFなる人型兵器に乗せられて早3年。
周囲の見知った顔が昇進したり不幸にも宙に召される中、何故か交代要員が来ても最前線から下げられずヴォイドの脳ミソを真空にぶちまけ続けるのが日常だった。
命の危険はあるものの、目覚めるまでは御伽噺の産物でしかなかった人型兵器に乗れることが嬉しい。
そんな職場で働くの楽しい! こんなので給料もらっていいんですか? ありがとうございます。
「昨日まではそうだったんだよな……はぁ」
貴族仕様のワンオフTSFとかテンションが上がる。
乗るか? なんて言われたら乗るのがオトコの子だろう。
そこにヴォイドの侵攻が重なったとしたら、そりゃあそのまま戦うでしょうよ。
……皇帝陛下から下賜された新機軸の機体? この状況でそんなこと言ってられるか!
そうして大変貴重で替えの利かないTSFを犠牲にしてしまったことが、俺が帝国軍を辞めることになった表向きの顛末だ。
上司は最後まで別の方法を探してくれていたが、後ろ盾の伯爵が諦めてしまったらもうどうしようもない。
あの時何があったのか。
当然箝口令は敷かれることになったのだが、あの場で撤退せずに踏ん張っていた仲間たちは全部見ていたわけで。
人の口には戸が立てられないとはよく言ったもので、駐屯地では直ぐに噂になった。
もっとも、それを話したことがバレれば帝国軍が誇る陸戦隊にハチの巣にされることを知っているため、その話は直ぐにタブーとして扱われるようになっていた。
今となっては真偽の分からない噂話、辺境じゃよくある与太話にすぎない。
そんな噂を聞いてか聞かずか、顔色の悪い憲兵に護送されたあとで退役することが決まった。
渋面から分かる苦労掛けただろう上官と貴族様、本当に申し訳ないです。
苦労ついでに退役金代わりにTSF1機欲しいです……ダメ?
そんなこんなで手続きも終わり、顔見知りに見送られて無事退役。
見送ってくれた仲間たちの何とも言えない表情に居たたまれなくなったので、そのままの足で隣の星系にあるコロニーまで逃げ、今に至る。
「俺からTSF取ったら何も残んないぞ……。
クレジットに余裕はあるけど、貯金切り崩すだけの生活は体に悪いよな。
傭兵するにも自前のTSFかVSFがないと無理だしなー……クレジット足りるか?」
手元の情報端末で傭兵サイトのショップカタログを眺めるが、帝国軍に居たころに乗っていたTSFと比べるとやっぱり見劣りする。
仕方がないとはいえ、どこかで妥協しないといけないんだろう。
「何はともあれ、まずは傭兵ギルドで登録だ」
着の身着のままで目覚めて、なるようになって今がある。
きっと大丈夫、今度もなるようになるさ。
その"今度"の中に、TSFに乗ってこのSFワールドを巡ることが含まれているのなら、俺は何も言うことはないね。
機体種類の造語はSFの前に適当に打ったのがTとVだったからTSFとVSF
ヴォイドは宇宙系の単語で見つけたから