魔族の名工 ドラロン
たらりらりらーん、りらりららーん
とドアの外で音が鳴る。コンコンとドアを叩く音。
ドアを開けて入ってきたのは88だった。
「ドラムの演奏者が見つかったのかね?」
「候補が見つかっただけです。でも彼しかいないと思っています」
88に簡単に経緯を説明する。
「なるほど、では先にドラムという楽器を手配することにしよう」
88は魔方陣を展開し、俺っちを連れてある場所へ転移した。
巨大隕石でも落ちた後のようなお椀型にえぐれた土地。
その周りをアルプスの少女ハイジに出てくるような山脈が囲ってある。
中心に東京ドーム何個分だろうかわからないが平野が浮かんでいる。
平野の中心には頑丈なレンガ作りの家がポツンと一軒屋状態。
レンガ作りの家の中からは歯医者で聞くような何かを削る音、ギュイイン、ガリゴリ。
工事現場で地面を掘削するような音、ドンドンガーンなどの音が聞こえてくる。
音の出所は工房と書かれた部屋。
「お呼びでしょうか、マスター」
ドアの外に立つ黒いゴスロリ衣装のメイドの女性。
身長は170センチ。編上げた金髪と綺麗なうなじ。スレンダーな体型。
ゴスロリのメイド服から手足は滑らかな光沢を放つ黒銀色の金属。
眼球に黒い瞳はなく白目で黒銀色。唇は動かない。
正式名称はレディー・ガンガン。オートマターである。
そうだな・・・簡単にいうと黒のゴスロリ衣装を着た
黒銀色の肌のマネキンって感じかな。
「ガンガン、今日のお昼は例の店のチャーハンをテイクアウトしてくれ」
「かしこまりました、マスター」
お辞儀し工房を離れていくガンガン。
頑丈なレンガ作りの壁。広さはテニスコートくらい。
高さは1階部分の天井をくり貫いた2階建てほど。
工房の中には色んな物が置いてある。
剣に盾、鎧に兜。工房の奥の隅にはアイアンメイデンと呼ばれる拷問の道具もある。
ギュイイイン、バチバチバチと火花が散る。
サングラス色のレンズのゴーグルに火花が映る。
「ここに魔鉱石を埋め込んで・・・よし!上手いぞ~、いい子だ~」
たらりらりらーん、りらりららーん。
アイアンメイデンがガチャっと開き、中から88と俺っちが出てきた。
「やあ、ドラロン、元気にしてるかい」
「げっ!メルトじゃねぇか!何てとこから出てきやがる!」
メルトはドラロンと呼んだ人物にゆっくりと歩いて近づき
「メルトの名を呼ぶことを許した古き友人よ。
紹介しようレニー、彼の名はドラッシュ・ロンドメル。
魔族の名工と呼ばれる有名な男だ。皆、ドラロンと呼ぶがね」
「初めましてドラッシュさん、レニー・グラディウスです」
と握手をしようと右手を差し出したとき・・・
あれ?この人は確かあのときのライブ後に
あの小汚いねずみのぬいぐるみをくれた職人っぽい格好をした小柄な赤鬼だ。
「ドラロンでいい。今じゃ本名よりそっちの名で呼ばれることが多いからな。
おめぇさんはどこかで見た顔・・・」
ドラロンはゴーグルを額の上に動かしながら
「あのときのリュート弾きじゃねぇか!あの小汚ねぇぬいぐるみは役に立ったかい?」
「金貨4枚で売れました。あざーっす!」
「へぇ~金貨4枚で売れるのか。まあ、俺様には不要なものだからな」
ゴソゴソと部屋の片隅で音がした。ドラロンは手に持っていたスパナをブーメランでも
投げるように音のする方向に投げつけた。スパナが弧を描きガコンと何かに命中。
チューッ!と鳴き声を上げて飛び出てきたのは
あの時もらったのと同じネズミのぬいぐるみだ。
その場でクルクルと3回ほど回った後、動かなくなった。
「ミッキーのやろうやり方が陰湿なんだよ」
ドラロンはぬいぐるみを拾い上げながら
「ほらよ!これでまた金貨4枚ゲットだな」
と言いながら俺っちにぬいぐるみを手渡してくれた。
「あざーっす!」
ラッキー!これはスーザンには内緒だな。
ドラマー探しを手伝わずエステに行った報いだ。
「メルト、ミッキーに会ったら嫌がらせするのやめろって言っとけよな」
「自分で言えばいいよ」
「元はといえばお前がミッキーのお気に入りのぬいぐるみをディスったのが原因だろ」
「記憶にないよ」
「何かあったんっすか」
道具を作業台の上に置き、手袋を外しながら
「ミッキーのお気に入りのぬいぐるみを・・・」
コンコン、ドアをノックする音。
「来客でしょうか、マスター」
ガチャっとドアが開きガンガンが入ってきた。
「やあ、ガンガン、久しぶりだね」
「お久ぶりでございます、88様」
ガンガンは両手を下腹部の辺りに添え丁寧にお辞儀をした。
「そちらの方はどなたでしょうか」
ゆったりと優雅に俺っちの方を向くガンガン。ゴスロリのスカートがふわりと揺れる。
「か、可愛い・・・」
思わず声に出る。
「だろ!お前いい奴だなぁ~」
左手の人差し指で鼻の下を擦りながら嬉しそうな顔のドラロン。
「レニー・グラディウスです」
「初めまして、レニー様」
「レニーでいいっす」
よーくみるとしゃべっているときに唇が動いていない。
眉毛はあるが眼球の黒い瞳が無い。
「ガンガンは俺様が作った最高傑作のオートマターよ」
滑らかな動作は人間そのものだ。ただ、唇や目が動かないのは多少違和感を感じる。
「お茶をご用意いたします」
「あー頼む、ガンガン。
あーそれとレニー用にチャーハンをもう一つ追加で頼んでおいて」
「かしこまりました、マスター」
「メルト、お前さんも食べるか、チャーハン」
「私は要らないよ」
何?今何と言った?チャーハンだって!魔族ってチャーハン食べるの?
「ミッキーのやろうメルトのことが怖いのか矛先を俺様に向けてきやがる。
俺様にとってはミッキーの呪いのぬいぐるみなんてその辺の虫程度の存在なんだが
最近、小さい部品を隠すやつがいてよ。
この前も・・・あー何だか少しムカついてきた。
俺様も魔王城に行くことがあったらミッキーのやろうをぶん殴ってくることにしよう。
で、300年ぶりに何の用よ、メルト」
88って何歳なんだ。美魔女?いや、美魔族?そして魔王城って今でもあんの?
吟遊詩人の修行中に覚えされられた勇者の歌に出てくるあの魔王城のことなのか?
●
広々としたウッドデッキにおしゃれな白いテーブルセット。
快晴の空から聞こえる小鳥のさえずり。時折吹く風が草原を駆け抜けていく。
ここはドラロンの工房の2階のテラスだったりする。
いい暮らししてやがんな~ドラロン。
「ドラムという楽器を作れだぁ~」
俺っちたちはガンガンが用意してくれたお茶を飲みながら打ち合わせしている。
ティーカップを持ち上げ山脈を見ている88の横顔、美しい。
俺っちの心の中に真央ちゃんがいなければマジ虜になっていただろう。
「もうちょっと上手に描けないのかよ」
口だけでは難しいのでドラムの絵を描いて説明している。
「で、このサルの唇みたいなやつを叩くと破壊音波を出せばいいんだな!」
「出さなくていいっす」
「で、このペダルを踏んだら炎を出せばいいんだな!」
「出さなくていいっす」
「なんだ、何も武器を仕込まなくていいのかよ。俺様は魔族の名工と呼ばれる男だぞ。
俺様が作る武器や防具はちょっとした小国の国家予算レベルで取引される代物よ」
なるほど、ドラロンのこのセレブっぷりは自作武具の販売によるものか。
「武器は駄目です。防具ならOKっす」
「よし!じゃあドラゴンのブレスに耐えれるレベルくらいに仕上げればいいか?」
「そこまで耐えなくてもいいっすけど・・・宜しくお願いするっす」
「で、報酬はいくらもらえるんだ」
「報酬?」
「当たり前だろ!魔族の名工と呼ばれた俺様にただ働きさせるのか?」
確かに、確かにそうだけど、払うのは俺っちなの?
「ちなみにおいくらなんっすか?」
「そうさな~ヒューマンで言えば純金貨で最低10億枚だな」
100億円!払えるわけねーじゃん。
「払えないっすよ、そんな大金」
「じゃあ、この話は無しだ」
「私からお金を取るのかい、ドラロン」
目が笑ってません、88。
「この場所は私が作ったものだよ」
「お前が作ったのはこのぶっ飛んだ地形じゃねーかよ!」
地形を作った?何?どういうこと?
「チャーハンが用意できました、マスター」
ガンガンが二人分のチャーハンを持ってきた。紙の容器に入っており
JB中華飯店と書かれてある。チャーハンってJBのチャーハンだったの!
「おっ!待ってました」
嬉しそうなドラロン。
「わかった、わかったよ。ただし、ただ働きは今回だけだぞ」
「ありがとう、古き友人よ」
「バカやろう、おめーが怖えからだよ!」
当初、俺っちの目には88とドラロンは対等、本当に友人のように見えた。
が、今の台詞から推察するに88の方が力関係は上のようだ。
「レニー、続きはチャーハンを食った後だ」
「どうそ、レニー」
ガンガンが俺っちの前にチャーハンを置いてくれた。いい香りがする。
こんなおしゃれなテラスでJBのチャーハンを食べれるなんて最高だ。
ああ、やっぱりJBのチャーハンは美味し過ぎる。
「んまっ!」
「だろ~っ!」
「ところでレニー、お前さんは俺たちが怖くないのか?」
「こわいっすよ。でもなんと言えばいいか・・・」
「まあ大概のヒューマンの男はメルトの美貌に心奪われるんだけどな、ガハハハハ」
それもある。初めて会った魔族が88でその美しさに心を奪われたから?
魔族の前でライブをしたから度胸が付いた。いや、違うな。
人間味あふれる魔族のドラロンと話している?一度死んで異世界転生したからか?
じっと俺っちを見ていたドラロンは
「お前・・・もう一人中にいるな・・・転生者ってやつか」
ギクっ、なぜそれがわかったんだ。
「メルト、お前面白いやつ拾ったな!」
目を閉じ唇にティーカップ、微笑む姿、美しい。
ああ、真央ちゃんが薄れていきそうだ。
「ガッッハッハッハ、なるほどな、少し理解した。
転生者であり俺達魔族と関わるとなると
これからお前さんは色んな危険な目に会うじゃろうな」
「転生者は危険な目に会うって?マジっすか?」
「その内わかる。そんなお前さんには特別にこの腕輪をやろう」
ドラロンはズボンの右ポケットから緑色の腕輪を取り出し俺っちにくれた。
「あざーっす!何っすかこれ?」
「お守りみたいなもんだよ、失くすなよ~」
受け取った腕輪は緑色をしているがガンガンと同じ金属で出来ているようだ。
中央には黄色の魔鉱石の欠片が埋め込まれ、
うっすらとドラロンのイニシャルと思われるDRの文字が見える。
小さすぎてよくわからないけどチームって書いてあるのかな?チームDR。
ただ、転生者は危険な目にあう、その内わかるってのがすげぇ気になるな~。
「ところでドラロン、88ってどんな人なんっすか?」
「簡単に言えば、魔族が恐れる魔族だ」
「それから地形がどうのって・・・」
「ああ、この地形はメルトが魔王とやりあったときに出来たものだからな」
「まま、魔王っ!」
「メルトが8式をぶっ放した衝撃で出来たクレーターの上に俺様が家を建てたのよ」
8式?8式って何?クレーターの上に建てた?
でも見渡す限りの平原が広がってるけど・・・。
「クレーターなんて見当たらないっすけど」
「クレータの上に平地を浮かせてるのよ」
「浮かせてる?」
「厳密に言えば浮かせてるのではなく俺様が作った4体のオートマターが
この平地を支えているんだけどな、すげぇだろ。それから俺様がやつのことを
メルトと呼ぶのはメルトと呼ぶことをやつが俺様に許しているからだ。
レニー、お前はメルトのことを88と呼ぶんだぜ。他の魔族の前で
メルトの名をうかつに口に出すなよ。面倒ごとに巻き込まれるぞ。わかったな。
これはレニーの音楽のファンであり、魔族一優しい男からの忠告だぜ」
魔族が恐れる魔族、メルトの名と8式。
88のなぞは物語が進むにつれて解明されていく。
「ドラロン、ドラムが出来上がったら連絡してくれよ。
レニー、我々は元の場所に帰るとしようか」
●
アイアンメイデンをガチャっと開ける88。
「玄関はあっち!普通に帰れよ、普通によぉ!」