クワーマンの居場所
「なかなかいいライブだったぜ、ベイベェ~」
なぜ魔槍士ドグマがここにいるのか。それは・・・単なる偶然であった。
ミノタウルス島のダンジョンには数少ないが闘技場から逃げた
ミノタウルスが野生化し生息している。
例の紫色の物体をミノタウルスに感染させるためダンジョンへ入ろうとした時
コロッセオからドグマ好みの音楽が聞こえてきた。
「無人島のはずだが、ベイベェ~」
コロッセオに行ってみると観客は全て魔族。魔族に混じってライブを楽しむドグマ。
ヴォーカルのあのデスボイスとルックス。ドグマは頬を赤らめ
「惚れたぜ、ベイベェ~。あの子を俺の嫁認定したぜ、ベイベェ~」
スーザンはヤバイやつに目を付けられたようである。
ライブが終わった後、ダンジョンの入り口に戻ってきたドグマ。
平櫛で自慢のリーゼントをかき上げながら
「この仕事が終わったらあの子に嫁認定を伝えに行くぜ、ベイベェ~」
空気が乱れる気配を察知するドグマ。
「ん?何か来るぜ、ベイベェ~」
シュッタ!という空気音とともにドグマの目の前にガンガンが現れる。
「あなたはここで何をしているの、答えなさい」
「人間・・・いや、オートマターか・・・となると」
シュ!一気に間合いを詰めドグマを確保しようとするガンガン。
「おっと危ない、ベイベェ~」
ヒラリとかわすドグマ。
「私の箭疾歩をかわすとは。あなた、お名前は?」
右半身になりスターライトランスを右手でクルクル回しながら
右肩に置いて決めポーズ。
「魔槍士ドグマ。以後、お見知りおきを、レディー・ガンガン、ベイベェ~」
「なぜ私の名前を知っているの?」
「あんた、結構有名だぜ~戦鉄姫ガンガン、ベイベェ~」
「もう一度問います。ここで何をしているの、答えなさい」
「答えられない、と言ったら、ベイベェ~」
シュ!箭疾歩をよけるドグマに向けて鉄山靠。
スターライトランスを盾代わりに、バックステップして避けるドグマ。
「そうくると思ったぜ、ベイベェ~」
「二度も避けられるとはなかなかやりますね」
「おおっと、本気を出される前に俺様は帰らせてもらうぜ、ベイベェ~」
転移魔法が展開される。
「あのヴォーカルの女の子に伝えておいてくれ。
嫁認定したってな、ベイベェ~」
転移魔法で消えるドグマ。
「逃げられましたか・・・」
●
「そうか、DG3に魔力を吸い取られたのか。工房に帰ったら調査してみるぜ」
シュタッという音とともにガンガンが戻ってきた。
「ただいま戻りました、マスター」
「どうだ、不審者はいたか?」
「はい、魔槍士ドグマと名乗る男が一人おりましたが取り逃がしました」
「お前が取り逃がすとは珍しいな」
「申し訳ありません、マスター」
「ドグマ・・・どこかで聞いた名だな・・・ああ、あいつか」
ドラロンはズボンの左ポケットに手を突っ込み何かを取り出した。
「レニー、忘れないうちにこれをお前さんに渡しておく」
ドラロンは赤い腕輪を俺っちの手のひらに置いた。
前回同様、中には黄色の魔鉱石の欠片にチームドラロンの文字が入っている。
「ドラムの調整でいちいちメルトを呼ぶのも面倒だろ。
それにメルトのやろう玄関から入ってこいって何度も言ってんのに
変な所から入って来るから面倒なんだよ。前回渡した腕輪があんだろ。
こいつを同じ腕に重ねて装着すると俺様の工房の玄関に
直接転移するよう設定してある。
失くすなよ」
「了解っす!肌身離さずっす!」
この腕輪の重要性はスペランカ洞窟で体感したからな~。
「あの~ドラロンさん、あたしも時々ご自宅に行ってもいいかしら。
呪いのぬいぐるみの掃除をさせて欲しいの」
「別に構わんぜ。レニーと一緒に来ればいい」
「やったぁ~ありがとうドラロンさん」
ギャラを使い切ったときに呪いのぬいぐるみで稼ぐつもりだな。
しかしこのタイミングの良さ。ある意味、天才だな。
「俺様はDG3とドラゴンスナイパーを回収して工房に帰る。
ガンガン、こいつらを転移魔法で運んでやってくれや」
「かしこまりました、マスター」
宿屋フローネの俺っちの部屋。
ベッドの上にJBを寝かしつけ、掛け布団をかけるガンガン。
「運んでくれてありがとうガンガン」
「どういたしまして、レニー」
ガンガンは丁寧にお辞儀をすると転移魔法で帰っていった。
「あたし、飲みに行ってくるから~後はよろしくぅ~」
スーザン、お前はガンガンの所作を少し見習え。
「あれだけの魔族の前で歌うのは普通の神経じゃできないわ!疲れたから飲み直しよ」
スーザンも必死だったってことか。
クワーマンはソファーの上で横になり、すでに鼻ちょうちんを出して寝ている。
クワーマンは明日の朝にでも出立を促すとして、
問題は動かなくなったJBだな。多分、3日間は動けないだろう。
スーザンにたかられる前に宿屋を変えるか違う街に行こうと思っていたが、
3日間はこのまま俺っちの部屋で休んでもらうしかないか。
目覚めたときに店が無くなってるわけで・・・。
「あーどうやって説明しよう」
このままバックレちまうか。今夜は疲れた。床でもいいから俺っちも寝るとするか。
ミノタウロス島ライブの次の日の朝。
「あら?新しい味のサンドイッチ・・・いまいちね」
「ベイクドチーズケーキを10個追加じゃ」
「りんごとハチミツとろ~り入ったグラタンをお願いしますだべ」
いつもと同じ俺っちの部屋の朝である。
違いはベッドの上でピクリとも動かないJBが寝ているだけだったりする。
「さらばじゃ」
食べ終わった彩姫がいつものように帰っていく。
「仕事に行ってくる」
仕事と称していつものようにサイボーグ競馬場に行くスーザン。
そしていつものように残っているのは俺っちとクワーマンである。
さて、クワーマンをどうやって追い払・・・いや村に帰っていただくか。
「オラ、特に何もすることがないから村に帰ることにするだべ」
な~にぃ~、今なんと言ったクワーマン。村に帰るだとぉ~。ラッキー!
「ただ、ここからどうやって村へ帰ったらいいかわかんないだべ」
確かに!クワーマンは転移魔法でついて来たからな。
もしかして、今まで一緒にいたのは帰り方がわからなかっただけ?
いや、でもクワーマンは村では厄介者扱いされていたし、
本人もそれについては自覚していた。
俺っちの感覚ではあまり村に帰りたそうではなかったが・・・。
「ドラロンの工房の近くの村だったよな。クワーマンの村ってどこにあんの?」
「アメチャンコ大陸の真ん中よりちょっと右上くらいだべ」
マジ!歩いて帰れる距離じゃねーじゃん!っていうか、もう大陸が違ってんじゃん!
って、ことはドラロンの工房ってアメチャンコ大陸にあったってことか。
あっ、でも何とかなるかも。ドラロンからもらったブレスレットを使えばいい。
とりあえずドラロンの工房へ転移できる。
クワーマンの気が変わらないうちにちゃちゃっとドラロンの工房へ転移して
クワーマンの村への移動手段はそこから考えよう。
左手にはめていた赤いブレスレットを右手の緑のブレスレットにはめ直す。
展開される魔方陣。あっと言う間にヨーグルッペ大陸からアメチャンコ大陸へ。
ピンポーン、工房のベルを押す俺っち。
「いらっしゃい、レニー」
「やあガンガン。ドラロンはいるかい?」
「はい、在宅中ですが何か御用でしょうか?」
「実はお願いしたいことが2つあって来たっす」
「マスターに確認してきますので少々お待ちください」
1分後、ドラロンの工房の門が開く。
「どうそ、お入り下さい」
工房でDG3を調整中のドラロン。
「よう、レニー、今日はどうした?頼みたいことって何だ?」
●
いつもの2階のテラス。
草原の先にある山脈に当たっている日差しは夕焼け色に染まってきている。
ヨーグルッペ大陸では朝10時くらいだったのに
こちらでは夕方近くになりかかっている。
そうか、時差ってやつか。やっぱりここはアメチャンコ大陸なんだな~。
「一つ目は、JBのお店を修復できないかっす。
二つ目は、クワーマンを村まで送ってもらえないかっす」
俺っちはクワーマンのくしゃみとサラ鍋の炎が原因で
JB中華飯店が焼失してしまったことをドラロンに話した。
二日に1度はJBのチャーハンを食べないと落ち着かないと公言している
ドラロンのこと、ここは絶対協力してくれるはずだ。
「JBの店の件については知り合いの魔族の大工に頼んどいてやる。
JBのチャーハンにはそれだけの価値があるからな」
良かった、これでJBは元気になってくれるに違いない。
「クワーマンについてだが、送ってやるのは簡単だが・・・ふむ
どうだいクワーマン、俺様の工房で住み込みで働いてみないかい?」
突然の急展開。何ゆえそう思ったのだドラロン。
「オラ、肺活量以外何にもねぇだべ」
ドラロンはクワーマンの前に立ち、両肩に手を乗せる。
二人の背丈はほとんど変わらない。
「俺様はお前のドラゴン級の肺活量をとても評価している。
ドラゴンスナイパーを吹けるやつは古今東西、
世界中でお前さん一人しかいないだろうさ」
確かに、唯一無二な存在だ。
「くしゃみで家を壊しちまうくらいのドラゴン級の肺活量が災いして
お前さんは村では厄介者扱いされてたらしいじゃねーか。
お前さんのすげぇ肺活量を見てな、新しい武器の発想が生まれたのよ。
その実験の手伝いをして欲しいのさ。これはお前さんにしか出来ないことだ」
『クワーマン。あなたの肺活量は神からの贈り物よ。いつか必ず役に立つ時が来るわ』
「最近じゃガンガンだけじゃ庭の手入れが追いつかねーし、
配管の中に潜んでいる呪いのぬいぐるみをお前さんの肺活量で取り除いて欲しいのさ」
クワーマンの目に涙が溢れ出す。
「おっかあ・・・オラ、オラ・・・やっと居場所が見つかったかもしれないだべ」
価値観の違う場所へ行けば評価も変わる。短所も長所になることがある。
ドラロンは部下の長所に気が付き伸ばすことができる
意外といい上司なのかもしれない。
なぜならこれを機に、クワーマンは驚くほど使える男へと進化していくのだから。
自称 魔族一優しい魔族 のドラロン。
ここだけを切り取ると本当に優しい魔族であり好感が持てるのだが。
ドラロンも魔族であることに変わりないことを
俺っちはこの物語のずっと後半になってから思い知らされることになるのである。
「帰り方がわかんないっす」
「帰るときは赤いブレスレットの上に緑のブレスレットを重ねれば
元の場所に戻れるぜ」
がんばれよ、クワーマン、ロックンロール!
●
ミノタウロス島ライブの次の日の正午。
ポトっとスターライトランスを落としながら半壊したJB中華飯店の前にいるドグマ。
「店が無くなってるぜ・・・、ベイベェー」
ママ~あの人変な格好してる。しっ、目を合すんじゃありません。
ミノタウロス島ライブの2日目の正午。
買っちゃおうかサイボーグ馬。
「よし、思い切ってローン組んで新馬を買おう!」
店の中へ入ろうとした時、
「レニ~、お金貸してぇ~」
ドラロンの工房。
「何だ、レニーまた来たのか」
俺っちの背後から網を片手に持ったスーザンがひょっこり顔を出す。
「こんにちは、ドラロンさん」
おらおら待て待てぇ~といいながら呪いのぬいぐるみを狩るスーザン。
「クワーマン、そっちから息を吹き込んで!」
「わかっただべ」
配管に思いっきり息を吹き込むクワーマン。
ポンっ!と飛び出してきた呪いのぬいぐるみをささっと掬いあげるスーザン。
イェーイと言いながら二人でハイタッチ。
「次行ってみよーっ!」
「わかっただべ」
ふと思う。誰とでもすぐに仲良くなるスーザンは人間関係の要的存在
俺っちの親友アッキーみたいな存在なのではないかと。
「見てレニー、こんなに狩ったわ!」
中型のダンボールサイズくらいの大きさの
木箱にいっぱい呪いのみいぐるみが詰まっている。
「ドラロンさん、また狩りに来ていいかしら?」
「おう、いつでもおいで」
「クワーマン、また手伝わせてあげるわ」
「わかっただべ」
スーザンとクワーマンの間には奇妙な上下関係が出来ているような気がする。
「じゃ、帰りますか」
赤いブレスレッドの上に緑のブレスレットを重ねる俺っち。
足元に転移魔法が展開され元に場所へ転移する。静かになったドラロンの工房。
「にぎやかになりましたね、マスター」
「ああ、本当にな」




