毒殺魔族
「彩姫じゃ」
部屋のドアを開けると和服姿の姫様衣装の小学3~4生くらいの女の子がいた。
「あれ?部屋を間違えたかな?」
部屋番号を再確認する。間違いない俺っちが借りている部屋だ。
「やあ、レニー」
部屋のソファーに88が座っている。
「88、あの女の子は?」
「彩姫だよ」
赤を基調とした花柄の派手な振袖の和服。
姫様カットの黒髪と色白の肌、ぷっくりほっぺに幼さの残る顔。
身長は130センチくらいで見た目は小学生3~4年生くらい。
彼女の背後に布で巻かれた180センチくらいの
笹かまぼこのようなものが立っている。
「彼女はこの辺では珍しい東方の魔族でね」
「初めまして、彩姫じゃ」
「琴という東方の弦楽器を奏でることができるからベースの演奏者に
と思って協力をお願いしたのさ」
「八様のお願いを彩は絶対に断りません」
彩姫がパンっと手を叩くと座布団が現れた。座布団に正座しパンと手を叩くと
お茶のセットが現れる。手馴れた手つきで湯を沸かし、茶せんでシャカシャカ。
「お近づきのしるしに」
「あ、ど、どうも」
差し出されたお茶を飲む俺っち。
「結構なお手前れれれ・・・」
あれ呂律が回らない、目の前がクラクラ、体がしびれる。
「言い忘れていたけど、彼女、毒殺の専門家でね」
「専門家だなんてお恥ずかしい、趣味程度、たしなむ程度でございます」
彩姫の背後の笹かまぼこが小刻みに動いている。
「さきほど牛を丸ごとたいらげたばかりなのにもうお腹がすいたのかえ、魔琴ちゃん」
巻きつけていた布を取り払うと紅白の布で巻かれた琴が出現した。
先端部の大きな口、波打つ鼓動、生きている!
ぐばぁっと開けた大きな口から舌を出した姿は
ロックバンドのローリングストーンズのベロマークのようにも見える。
「ぐわし、ぐわし」
魔琴ちゃんは腰を曲げ綾姫と会話している。
「ふむふむ、なるほど。シスターがいるとな。魔琴ちゃんは大のシスター好きでな。
シスターには目がないのじゃ。さらに処女のシスターが大好物なんじゃが。
おや丁度いいところにシスターがおるえ。
だから魔琴ちゃんが落ち着かなくなったのかえ」
「ぐわし、ぐわし」
魔琴ちゃんの言葉に耳を傾ける彩姫。曇った表情で
「残念、処女ではなかったかえ」
「べべっ別にいいでしょ、処女じゃなくても!
シスター=処女って絶対じゃないから!男どもの妄想だから!」
「でもいいわ、処女じゃなくてもシスターなら。処女じゃないけど。
魔琴ちゃん我慢してちょうだい、処女じゃないけど」
「処女じゃない、を強調してんじゃないわよ!」
「ぐわし、ぐわし、ぐわし、ぐわし」
シスターに興奮を抑えきれない魔琴ちゃんはスーザンにめがけてダーイブ!
大きく口を開けスーザンに噛み付こうとする魔琴ちゃん。
「魔琴ちゃん、彼女は駄目だよ」
スーザンと魔琴ちゃんの間に88がすっと入ってくる。
そして冷徹な目で魔琴ちゃんを見た瞬間、魔琴ちゃんはガチガチガチと震え
綾姫の背後に回りこみ丸まり隠れてしまった。
「グワグワグワシ、グワグワグワシ」
「そうか、そうか怖かったかえ。
残念じゃがあのシスターは食べてはならんぞ魔琴ちゃん」
「バンドのメンバーも魔琴ちゃんの供物にしてはいけないよ」
「はい、八様」
上目遣いで両手を頬にあてながら頬を赤らめ体をモジモジ揺らしながら。
「メンバーに毒をもるのはよろしいですかえ?」
「死なない程度の毒ならいいよ」
駄目に決まってるだろ!っていうか早く解毒してくれ~。
●
「いい天気だな、ガンガン」
「はい、マスター」
工房の2階のテラスでゆったりとした時間を過ごしているドラロンとガンガン。
キレイな湖、遠くの山脈、青い空に浮かぶ白い雲。
目を細めながらガンガンが入れたコーヒーをゆっくりと飲みながら
「ここのところメルトが来て心休まる暇が無かったな。
ガンガン、もう一杯コーヒーを頼む」
「うれしいね、私の話をしてくれているとは」
ドラロンのカップにコーヒーを注ぐ88。
「メルト~いつも言ってんだろ突然入ってくるんじゃねぇって。
来るときは玄関の呼び鈴を鳴らしてから・・・」
コーヒーを口に含んだ瞬間、彩姫を見たドラロンは勢いよくコーヒーを噴出した。
「どどど、毒殺姫じゃねーか」
「お久しぶりですじゃ、ドラロン様」
100年前、お近づきのしるしにと彩姫からお茶をさし出され毒殺されかけた
苦い過去がドラロンの脳裏に蘇る。俺っちもいることに気がついたドラロンは
「レニー、お前も気をつけろよ。こいつはすぐ毒をもるからよ。
こいつはなぁ、死ぬか死なないかっていうギリギリのところを攻めてくんだよ。
そんで相手が悶え苦しんでいるのを見るのが快感っていうサディストさ。
すぐに毒をもろうとするから、付いたあだ名が毒殺姫。
まあ、あだ名は俺様が付けたんだけどな」
「わかってらす・・・」
まだしびれが取れず呂律が回らない俺っちの声を聞いたドラロンは
「遅かったかぁ・・・」
●
ドラロンの対面に座り両手で頬杖を付いている88。
美しい顔に抜群のスタイル。魅了されない男性などいないのではないか。
俺っちはドラロンの右側に座っている。彩姫は魔琴ちゃんとその辺を散歩中。
「例のものは出来上がっているかい?」
「まだ出来上がっていない」
せっかくなのでドラロンのところへドラムの進捗を確認しに行こうということになり、
彩姫同伴でやってきたのである。ちなみにスーザンは仕事(競馬とも言ふ)で
疲れたから行かないと俺っちのホテルの部屋で休憩中。
彩姫がドラロンと面識があったとは驚きだ。
ドラロンを毒殺しようとした過去があったことも。
「音を出すのは簡単だったが、魔力の調整がまだうまくいってねえ」
「魔力のちょーれい(調整)とか不要っす。音が出れば十分っす」
まだちょっと呂律が回らないが大分回復してきた。
「魔族相手の演奏だからな。魔力をある程度、音に練りこんだほうがいいと思うぞ」
「早めに頼むよ」
「まあ、このドラムという楽器は
ドラロン作の中でも珍品中の珍品になるだろうけどな」
工房の近くにある透明度の高い湖を見つめている彩姫。
ぷかりとお腹を上にして水面に浮かんでくる魚。
一匹、また1匹。ぷくぷくぷく、お腹を上にして大量に浮かんでく魚。
ニヤッと笑う彩姫。それを見たドラロンが叫ぶ。
「あのガキ、湖に毒盛りやがったな!」
この毒殺姫がバンドに加わる・・・不安だ。