32-1.出発準備
「帝国軍は北部にてアリョーシャ峡谷を抜いた!」
おそらく日本で言うアナウンサーのような職業の者だろう。彼の知らせに王都の住民は歓声を上げる。
俺は宿からお祭り騒ぎの大通りを眺める。
「帝国の民として戦勝は喜ばしいものよ。だけど、異世界の住民である君がそんな顔をする気持ちもわかる。それでも、不審に思われないため笑顔を貼り付けておいてくれない?」
シルヴィアはそう言って俺に美しい包み紙に入った砂糖菓子を三つ渡す。
「さっき買ったやつ。もちもちしてて美味しよ。」
シルヴィアは微笑む。
「前回の北部侵攻ってどんな戦いだったんですか?」
俺は質問する。
「あ〜、前回のね。私もしっかり覚えてるわけじゃない。ただ、帝国の装備は寒さで予定通りの働きをせず、大勢が寒さで凍死したり凍傷、病気で戦線が維持できなくなったんだけど、結局北部の指導者を捕虜にすることに成功していきなり勝ったってかんじよ。」
「辛勝ってことですか?」
「そうなるね。」
「でも、そんな負け方をしたから納得できずにすぐ北部は立て直して再び牙を剥いてきた。結局どっちかが死ぬほど痛い目見るまで終わらないのよ。」
シルヴィアは嫌そうな顔をする。
「でも時間が経てばまた争い始める。」
俺は呟く。
「そうね。あなたのいた世界はどうだったのかは知らない。でも、こっちはこういう世界よ。」
「こっちもさほど変わりませんよ。」
俺は砂糖菓子を頬張った。モチモチしていてほんのり果実の甘酸っぱさがある。
「近々南部に行くことになる。帰ってくる頃には戦争も終わってるでしょ。」
「本当に終わるんですかね…」
俺は元いた世界の歴史と今目の前で起きている現象を重ね合わせる。
「北部への侵攻は南部への圧力でもある。南部をどうにかできれば北部で戦う兵士たちの背負うものも少なくなる。おこがましい言い方だけど、この戦争の終結は私たちに掛かってる。少しだけね。」
「そうですね。」
俺は短く答えた。
・・・・・・・・・・・・・・・
俺たち5人は部屋に集まっていた。
「今回みんなを集めたのは他でもない。質問があるの。」
クロエが切り出す。
「質問?」
チャックが首を傾げる。
「あなたにはないわチャック。」
「ええ…」
「シルヴィアちゃんとヒデオ君に質問があるの。」
「なんですか?」
シルヴィアは面食らったような顔をする。
「あなたたち、この迷宮都市に来る時どこを通って来た?」
「どこって、急いでたのでカンペラ平原を突っ切りました。」
「そう。その時地割れとか、精霊の気配とか妙なものを見た?」
「いいえ。特に何も。なかったよね?」
シルヴィアはこっちを見る。
俺は頷く。
「ウィズバンは精霊の気配を感じた?」
「いいや、特には。」
火の精霊も知らないと言う。
「そう…何もなかったと。」
クロエさんは考え込む。
「この前私が例の平原で謎の精霊に襲われたって話はしたよね?今日はちゃんとその報告書を出さないといけないからききたかったの。」
俺は知らなかったが。
「でも、この前遠巻きに平原を監視したけど、精霊の気配はなかった。妙な話ね。まあいいわ。みんなもカンペラ平原には近づかないように。」
そう言ってクロエさんは部屋から出て行った。
「なんか次から次に変なことが起こるな。」
チャックは上を向く。
「ウィズバンどうしたの?」
シルヴィアは何かを感じ取ったのか質問する。
「いいや、なんでもない。」
そう言って火の精霊は逃げるように消えた。




