2-2.没落
包帯を巻いた手で古い本を手渡す。
「これがこの本に載っていた君が着ているものに似た鎧を着た人の絵だよ。」
「これは日本の甲冑みたいですね。」
「知っているの?じゃあここに書いてある文字も読めたりは」
「しないですね。日本語でもなさそうです。」
「そうか。残念。でもこの絵についてはわかるんだね。」
「俺の前までいた国の昔の鎧だと思います。このシルエットは完全にそれですよ。」
「君が着ていたそれは違うのか?」
「違いますよ。これは樹脂製のレプリカですよ。うーん、でもこれって1000年以上前の本ですよね。ってことは平安時代とかそのへんかな。確かにその辺の時代の人は伝説が多く残ってますね。織田信長とか豊臣秀吉とか、有名どころだとそんなものですかね。」
「つまり、この絵は君の故郷にある鎧と似た形状で、この人物は君の国の人物である可能性が高いと言う事だね。」
「そうだと思います。」
「よしわかった。少し手がかりが増えたな。この絵について手がかりが得られたのならよかった。
同時に私が全く頓珍漢な召喚をしてしまったと言う事ではないみたいで安心した。フフフフ。」
そう呟きながらシルヴィアは部屋に戻る。彼があの男が本当に勇者じゃなかったとしても、古い本に出てくる絵の手がかりを知っているのならあの元老院のいけすかない連中も私の功績を認めざるを得ないだろう。
私たちのような下級貴族の書庫ですら古い手がかりがあるのだから、王宮の地下にはもっと真実に近づける何かがあるかもしれない。
それのヒントを彼が持っていれば私の評価も上がる。殺さなくてよかった。とりあえず彼をどこかの部屋にあてがわなければならない。
「先生、ちょっといいですか?」
半被姿の初老の男性がプレハブ小屋の扉を開ける。
「さっき土手から落ちた子、搬送されたけどあかんかったみたいです。」
「ええ?あかんかったって死んだん?」
「そうみたいですよ。」
「ほんまに?あぁ、若いのにえらい可哀想に。」
市議会議員の吉村はそういって驚く。
「ここに親御さんと後でマスコミも来はるんでここ開けてくださいね。」
男はそう言って市議会議員をプレハブの外に追い出し机を片付けて来客の準備をする。
「落ちた時に顔打って気絶してそのまま溺死か。甲冑は役に立たんかったみたいやな。」
換気のために窓を開けると10月の心地よい風が吹き込んできた。
「 窓は力がいりますがこうやって、こうや…って開けられます。」
明らかに良くない音がしたが女は窓を開ける。寝具はこれを使ってください。
「あと食事の時は呼びに来ます。何か質問は、ありませんね。ではまた。」
一人残された英雄は古いベッドに腰掛けた。下の方からバキッという音がしたが、まあ自分で買ったものではないのであまり気にしないようにしようと思った。
もともとこの家には使用人が何人かいたらしいが、最近は一人しか雇う余裕もなく物置となっていた使用人室を使わせてくれることになった。
豚小屋にでも放り込まれるかと心配していたがある程度丁重に扱うつもりはあるようだ。
ひとまず寝る場所は確保できて安心した。今まで読んだ転生モノは大概一日目は野宿か豚小屋だったと記憶しているからそんな中では破格の待遇と言えるだろう。
そうなったのも、思ったより自分が機転の効く人間だったのと、彼女の使い魔のおかげだろう。
少し前、俺を召喚した女が着替えてくると席を外してしばらくした時、蝋燭の火からなにやら音が聞こえてきた。耳を近づけると
「おい!聞けよ。あいつはお前を面倒くさがって殺そうとしてる。とりあえず何か思い出したみたいなこと言って切り抜けろ!」
と言われた。
とりあえず火の精霊の入れ知恵によって危機を脱した。
あと織田信長も豊臣秀吉も平安時代の人ではない。その場の勢いでここまできたがめちゃくちゃだ。これは夢だ。これは夢だ。と自分に言い聞かせる。ただし、異世界飯は少し楽しみだった。
すっかり月が出てきた頃、使用人と思わしき初老の男性が部屋に来た。
「お食事をお持ちしました。」
とだけ言うとプレートを置いて去っていった。異世界転生一日目の食事は埃っぽい部屋で一人で食べる黒いパン、少し生臭い焼いた魚、よくわからない草が入ったスープ、苦くて酸味のある謎の飲み物だった。
不味くはなかったが少し味が薄かった。歯ブラシがないようだが明日きけばいいだろう。一日くらい磨かなくても大丈夫なはずだ。そう思って布団に入る。
異世界の布団はとても違和感があったが、疲れていたので気絶するように眠ってしまった。
「もう寝たみたいだ。」
ウィズバンが報告する。
「ありがとうウィズバン。一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな。」
シルヴィアは書類仕事の手を止める。
「なんだ?」
「なんであの時私があいつを殺すのを邪魔したの。」
「なんのことだ?」
「あなたがあいつに話しかけてたの。知ってるからね。」
「バレてたのかよ。」
「10年一緒にいるんだから気付かないわけないじゃない。」
「お前は人なんか殺せないだろ。弱虫だし要領も悪いし。だからだよ。」
「ふーん、ありがとう。」
そう短く呟いて彼女は書類仕事に戻る。
街の明かりも消えて大通りの人通りも消え、何かの生き物の声だけがこだまする。誰もが同じく今日を生きている。それは異世界であっても同じことだ。
二日目。
目が醒める。いつもの自分の部屋に戻っている事を期待していたが、そんなことはなかった。
辺りを見回すと服が置いてあった。寝る前にはなかったはずなので誰かが寝てるうちにこの部屋に置いたと言う事だろう。きっとこれを着ろと言う事だろう。
白い綿のブラウスに黒いズボンと革製のベルト、異世界ファッションも警戒する必要はなさそうだ。
部屋の外に出るが誰もいない。警備員がいて侵入者だと思われて斬りかかられたりしないかハラハラしながら屋敷の中を徘徊していると使用人の男性にあった。
「おはようございます、お目覚めになられましたか。」
と温和な声で挨拶してきた。
「あの、シルヴィアさんは?」
「ご主人なら早朝から王宮に向かわれました。昼頃には帰られるのでそれまでお部屋の方でお待ちください。」
「わかりました。」と返事したがどうもお腹が空いた。「朝食はありませんか?」と尋ねると使用人は一瞬怪訝な顔をしたが、のちほどお部屋の方にお持ちします。とだけ言って去っていった。
仕方なく部屋に戻る。少し埃っぽかったので窓を開けると心地よい風が吹き込んできた。
ドアをノックする音が聞こえたので扉を開けると黒いパン一切れと飲み物を渡された。この世界のパンはなぜ酸っぱいのか。昨日はスープや魚があったから誤魔化せたが、単体で食べると変な感じだ。あまり好きではない。
太陽が真上に来た頃にシルヴィアはカゴを持って帰ってきた。使用人と一言二言門前で話した後俺の部屋まで来て
「ついてきて。」と言われた。今度はなんだと思っていたが、彼女は俺を席につかせると、カゴの中から円形のパイのようなものを出して切り分け始めた。
ナイフでパイに切れ込みを入れると香ばしい肉のような香りがする。これは何かと質問すると、ミートパイだと言う答えが帰ってきた。
「どこかで買ったんですか?」
「王都の近くの屋台。せっかくあそこまでいったから何か買おうと思ってね。ここのミートパイはおいしくて王宮でも人気なのよ。」
おそるおそる一口食べる。サクサクしたパイ生地とモチモチな生地に挟まれた香ばしく芳醇かつ大きくて食べ応えのある肉、ほんのり玉ねぎのような風味もある。非常にシンプルだがそれ故の普遍的な美味しさを感じる。異世界人の俺ですらうまいと思うんだから普遍的な美味しさなのだ。
「これが異世界のファストフードか。」
「ファストフードってのはなに?」
「これと似たようなもんですよ。パンに肉とか野菜とかチーズを挟むんです。安くて美味しいんですよ。いや、最近は高いけど。」
「なにそれ、こんど厨房を開けるから作ってみて。」
予想以上に食いついた。
「いや、今作ろう。食ったら行こう!」
今日ハンバーガーを作る羽目になった。藪蛇とはこのことだ。しかし何かしらやらないと完全にお荷物になるためまた殺されることになるかもしれない。仕事を振られたならやっておくのが無難だと考えて午後からのハンバーガー作りを了承した。
「ところで、このミートパイは何の肉が入ってるんですか?」
ハンバーガーの話をしていると突然不安になったのだ。過去に有名ハンバーガーチェーン店がミミズの肉を使っていると言う陰謀論を聞いたことがあるのだが、異世界であればミミズではないかもしれないが変な肉が入ってる可能性は捨てきれない。
「この肉?牛とか豚とか羊とか、あと鳥かな、これはコカトリスだね。」
「コカ…トリス?」
「コカトリス。」
コカトリスの肉は意外と美味しかった。
異世界の市場はとても賑わっていた。
物心ついた時からシャッター通りだった盛浜ふれあい商店街とは大きな違いだ。
小学生の頃「商店街を盛り上げるためにどうすればいいか。」というテーマを授業参観で発表して商店街のシャッターにみんなで書いた絵を飾ったのだが、大きくなってから考えるとなんの意味もなかった。おっと、盛浜ふれあい商店街ディスはこの辺にしよう。
「あの、すごい人ですね。」
無言で歩いているシルヴィアに話しかける
「まあ、この辺の人たちは毎日この市場に来るからね。」
「貴族でもここで買い物するんですね。」
「よほどの上級貴族でもない限りみんなここのものを買ってるよ。ほら、あそこの太った女の人もこの辺じゃ有名なフォルト家の使用人よ。」
…数分の沈黙
「あ、あの」
「何?」
「名前、なんて呼んだらいいんですかね。」
「あれ、自己紹介しなかったっけ。してないのか。まあいいや。私はシルヴィア・リズバーチ。呼び方はシルヴィアでいいよ。」
「はい。シルヴィアさん。」
…数秒の沈黙
「俺も自己紹介した方がいいですよね。」
「えいゆう君でしょ。知ってるよ。」
「ひでおです。」
「え?」
「私の名前は久我英雄です。えいゆうじゃなくて「ひでお」なんです。」
「あ、なるほど。だからあなたが私の召喚術式に引っかかったのね。納得した。」
今さらっとすごいことを言ったがとりあえずスルーしておく。
「じゃあヒデオって呼ぶね。」
「はあ、ありがとうございます。」なぜお礼を言ったのかはわからない。でも、この世界は日本とは名前と姓の順番が違うのでなれなれしく聞こえるが「久我くん。」と呼ばれているのと変わらない。うん。俺の知ってる男女の距離感だ。
「ハンバーガーを作るには何が必要なの?」
「パンとレタス、ひき肉、あとはマヨネーズとケチャップとあとは調味料ですかね。」
「パンはこんなのか?」
店先に並べてある黒いパンの塊を指差す。
「パンは白いパンを使います。」
「白い方か。高いな。まあいい。挽肉は何を使うんだ?コカトリスか?」
「コカトリスじゃないです!牛とか豚とか鶏ですね。あと卵も要ります。あとじゃがいも。」
「白パンと卵ってどこで売ってたっけな。」
しばらく雑談しながら市場の中を歩き回った。
リズバーチ邸の調理場は想像していたよりも良いものだった。
大きな釜などもあり調理は十分できそうだ。学校をサボってる間家で料理をさせられたスキルが生かされる瞬間だ。
火の精霊で軽く炙ったパンにバターを少し塗る。
玉ねぎと卵とひき肉を混ぜてハンバーグを作る。材料もレシピも無いしこのやり方であっているかわからないがとりあえず固まったのでよし。
よくわからない野菜を挟んで目玉焼きを作る。底にこびりついた卵を剥がしながらフッ素加工フライパンの素晴らしさが身に染みる。油をひくのを忘れていた。中途半端な調理技術故の失敗だ。とにかく、できたものをパンに挟んで完成だ。
「これは、いい匂いだな。真ん中に挟んでるのはなんだ。」
「ハンバーグです。」
「ハンバーガーにハンバーグを挟むのか。」
と怪訝な顔をされた。別にいいだろ。
次にフライドポテトだ。ハンバーガーにはフライドポテトだろう。ジャガイモの芽をとって細く切ってからその辺にあった粉をまぶしてオリーブオイルであげる。
浮いてきたものを取り上げて更に盛り付け塩をかける。異世界ハンバーガーセットの完成だ。
そのまま俺はハンバーガーを持ったまま食卓に連れて行かれた。そこには40〜50歳くらいの女性と5歳くらいの子供が座って待っていた。
「この人が昨日召喚した勇者様だよ。」
そう言って俺に目配せをする。家族にもハンバーガーを
ふるまえということだろう。
「こっちが母でこっちが弟。」
「シルヴィアの母のセレナです。」
ブロンド髪の気難しそうな中年の女性だ。小学校の教師のような雰囲気がある。それもどうでもいいことでめちゃくちゃ怒ってくるタイプの教師だ。ただ、顔立ちは整っていて昔はすごく美人だったのだろうと容易に想像がつく。
「こっちが弟のカール。」
「よろしくおねがいしますっ!」
元気な挨拶が返ってくる。母親似のブロンド髪で目もパッチリとした可愛らしい男の子だ。
「よろしくね。」
と自分の中ではとびっきり優しい声で対応したがすぐに母親の後ろに隠れられた。
そりゃあいきなり知らない異民族から挨拶されたら怖がるのも無理はない。しかしショックなのはショックだ。
「これがこの人の出身地の料理なんだって。」
とシルヴィアが家族にハンバーガーを配り始めた。ただ、ハンバーガーは出身地の料理かと言われたらそうでも無い気がするが。まあ仕方ない。
母親とカール君はなかなか食べようとしないが、シルヴィアは躊躇なくかぶりつく。やはり根っからの研究者気質のある彼女は好奇心旺盛なのだろう。
「うん。なかなかいけるな。これなら実験の片手間に食べられる。サンドイッチとはまた違った美味しさがあるな。このイモもうまい。」
好評のようでホッとした。やはり自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいものだ。ひょっとしてこの人いい人なのでは?と思った。最初は殺そうとしてきたけど。
突然セレナさんが口を挟む。
「シルヴィア、召喚魔術の鍛錬もいいですけどもう少しマナーや政治に関しても学びなさい。そんな食べ方をしていては賎民だと言われますよ。」
「そういうのはカールがやればいい。あと5年もすれば当主の座を譲るんだからいいでしょ。私は父上みたいにはならない。私には魔術師としての誇りがあるから。」
反抗期の親子の会話が始まる。
「そういうところはお祖父さんに似たのね。」
隔世遺伝というやつか。
「ハンバーガー、冷めないうちに食べてくださいね。ハンバーガーはアメリカ大統領っていうすごく偉い人も食べるんですよ。」
きな臭くなってきたのでとりあえず口を挟む。
「アメリカ?大統領?っていうのは誰なのですか?」
セレナさんが食いつく。
「アメリカ大統領っていうのは、その私の世界で一番強い国の一番偉い人です。」
場所によって角が立ちそうな説明だが異世界なので俺の偏見で語っていいだろう。
「王様なの?」
カール君が口を挟む。
厳密には王様ではなく民主主義の云々と言うべきなのかもしれないが、帝国で民主主義の話をするのはナンセンスなのは流石の俺でも理解しているので、だいたいそんな感じだ。と濁した説明をしておいた。
いつかそのへん上手く説明できる人が転生してきたならその時は訂正頑張ってください。
異世界の貴人も食べるものだと知るとセレナさんも恐る恐るだがハンバーガーに口をつけ始めた。
「美味しいわね。」
そう言って微笑んだ。
カール君は食べきれなかったのか半分ほど食べてポテトばかり食べている。
子供はポテトが好きなのだ。
ひとしきり食べ終わると四人で少し話をした。
どんなところから来たのかとか、そっちの世界はどんなところなのかとかそういうことをもっと知りたいと尋ねられた。
勇者としてどういうことができるのかとも訊かれたがはぐらかした。何もできないし、ここへ来て初めてした料理だってうろ覚えだから仕方がない。
カール君はこっちの世界の話を聞いたあと満足して疲れたのか寝てしまった。
セレナさんは性格がキツそうに見えたが、話してみると結構物腰柔らかでおもっていたよりすぐに打ち解けられた。
「明日は勇者様を連れて王宮まで行くのでしょ?時間位遅れてはいけないから今日はもう寝なさい。」
セレナさんの鶴の一声によりその日の晩餐会はお開きとなった。少し場違いな気もするが、こうして知らない人たちと会食するのも良いものだ。不慣れなことだったが、ここまでアウェイだと逆に肩の力が抜ける。そんな気がした。
「ちょっといいですか?」
夜中にシルヴィアの声で起こされた。明日の件で言い忘れたことがあって。
「今じゃなきゃダメですか?」
「今聴いて。とりあえず、明日は基本私が喋っていいって言うまで喋らないで。こっちの言葉がまだ話せないってことにしておけば墓穴を掘ることもないから。こっちで話をする基本黙っておいてね。」
「でも何も話さないのは流石に。」
「わかってないね。君が何かできるかどうかは関係ないの。正しいか正しくないかもどうでもいい。大事なのは上級貴族や元老たちを喜ばせられるかどうかよ。まずは彼らに都合よく解釈させる。話はそれから。」
「はい。」
とりあえずこっちの王宮のしきたりなんて何も知らないからシルヴィアに従うのが無難だろう。
「あと、この鎧一回着てみて。」
言う通りに着る。
「これでいいですか?」
「うん。目新しいものだから勇者っぽく見えるね。それで、今起こしたのは他でもなくて、この鎧汚れてるから綺麗にしないとダメでしょ。」
たしかに変な部屋で召喚されたり部屋に置きっぱなしにしてたせいでちょっと汚い。
とりあえずこの布で拭いておいて。と端切れを渡される。
兜を拭くために脱ごうとした時、蝋燭からウィズバンの声が聞こえる。
「おい、誰か来るぞ。囲まれてる。」
「え?」
俺が固まっている間にシルヴィアは屈んで窓に駆け寄り頭だけ出して外を覗き込む。
「あの制服。憲兵だ。」
「なんで憲兵がここに?」
ウィズバンが不思議がる。
「王宮までの護送要員が来るのは明日の早朝のはず。」
シルヴィアは考え込む。
「まさか!」
シルヴィアがそう叫んだのと同じタイミングで下の階から爆発音が聞こえた。
「しまった、やられた!」
シルヴィアは悲痛な声で呟く。俺は何をしていいかわからずオロオロするしかなかった。
「いいか?突入したらまずオットーのB班は使用人とセレナ・リズバーチ及びカール・リズバーチを拘束。その他の客人がいた場合はそいつも拘束しろ。俺のA班はシルヴィア・リズバーチ及び彼女が召喚した勇者を殺害する。わかったか。」
私たち突入部隊に分隊長が指示を飛ばす。
「いくぞ。」
分隊長の号令と共にオットー副隊長の術式で屋敷の門を吹き飛ばす。
突入部隊はスムーズな動きで正面玄関に繋がる穴に傾れ込み、包囲部隊が穴の脇に控える。
「ご武運を。」
副隊長率いるB班は六名の兵士を二人一組で散開させ邸内を捜索させる。爆発音をきいて慌てて出てきた使用人を慣れた手つきで拘束して残る二人の位置を尋ねる。
「俺たちも行くぞ。」
分隊長の号令で俺含む四人のA班も動き出す。
「作業場はわからないように隠さなきゃ。バレバレだ。」
そう言って黒い布で顔を隠した男が先頭に立って階段を上がりどんどん前に進んでいく。
「あそこの角の部屋にいる。」
相手の勇者は強力な能力を持っている可能性がある。油断するな。女の方は三流だ。お前の敵じゃないだろう。よろしく頼むぜ、ブラント。」
「わかった。」
私はそう返事する。
そのまま先頭を顔を隠した男と交代してドアを蹴破ると。まずやることがある。
「私の名はブラント・ホルメニア!ホルメニア家次男にして歴代最強と言われる騎士だ!」
自己紹介は敵に対しても最低限の礼儀だ。分隊長は鬱陶しそうな顔をしているが、上級貴族の人間として譲れないものもある。
分隊長はドアを蹴破り不意打ちするつもりだったが戦闘要員として連れてきた助っ人が自己紹介をしたせいでチャンスを拭いにしてしまったため予定を変更して礼状げ拘束すると思わせて殺すことにした。
「シルヴィア・リズバーチ及び召喚者を帝国に対する謀反の疑いだ。ご同行願おう。」
「ウィズバン!」
シルヴィアの合図と共に憲兵たちの後ろにある蝋燭に隠れていたウィズバンが出てきて攻撃しようとする。シルヴィアも陰謀渦巻く貴族社会で伊達に18年生きているわけではない。彼らが狙っているのは自分と英雄の命なのは明白だ。
なんとしてもここから脱出する。奴らは私を見くびっている。それがチャンスだ。室内での火炎放射は絶大な効果がある。下級精霊とはいえ、この場で暴れられては憲兵たちはなすすべなく焼き殺されるだろう。
だが、憲兵の分隊長は不敵に笑う。抵抗されることは想定内だ。自分たちの手にあまる反撃をされることも想定内だ。そうならないために無駄に高潔な騎士を連れてきたのだ。
「穿て。」
ブラントの落ち着いた声と共に彼の拳の先に生成された光の棘のようなものは、ウィズバンがなんらかの攻撃を繰り出す間すらも与えず彼をかき消した。
「あっ…」
シルヴィアは諦めとも絶望とも言えるか細い声を出す。
「我々に歯向かうならばここで消えてもらう。悪く思うなよ。」
光の棘が再び生成される。
ブラントと名乗る男は光の棘をシルヴィアの心臓目掛けて射出した。
光の棘は確実にシルヴィアに向いていた。彼女の次は自分かもしれないし、もしかしたら無関係だからと自分だけは許されるかもしれない。
殺されるにしても、自分だけ1秒でも殺されるのが遅れればいきなり邪魔が入るとか、処刑中止の伝令がタイミングよく飛び込んでくるとかで助かったかもしれない。
でも、体が勝手に動いてしまった。俺の馬鹿。庇ってもこれに当たったら俺は確実に死ぬし俺が死んだら次にシルヴィアが殺されるだけだ。咄嗟に庇っても庇わなくても結果は変わらない。
この女は俺を殺そうとした。それなのにちょっと喋って一回だけ一緒に買い物に行って買い物に行って作ったハンバーガーを褒められた。それだけの理由で変な情が湧いて体が勝手に動いてしまった。自分のチョロさに後悔する。俺の馬鹿。
光の棘はプラの鎧を貫通しそのまま俺の心臓を穿ち、俺はそのまま死んだ。
いや、死んでいない。光の棘はレプリカの鎧の胴に当たったところで硬い壁にぶつけられた雪玉のように霧散して消えた。痛みもない。
鎧も特段傷ついていない。俺もブラントたち憲兵も一瞬何が起きたかわからずフリーズする。狡猾なシルヴィアはその隙を見逃さなかった。
「ウィズバン!煙幕!」
と叫ぶと机に置かれていた蝋燭から白煙が噴き出し部屋を満たす。
憲兵たちは煙幕で俺たちが見えなくなり慌てている。
狭い部屋のおかげで同士討ちを恐れて四人いる憲兵たちは下手に無差別攻撃ができないのだ。
「こっち!」
シルヴィアの声がして手を引かれる。
ブラントは一族の歴史ある魔術兵装の徹光杭が弾かれ一瞬フリーズしていたところに煙幕で目隠しをされたところで正気に戻った。
街中故に威力を落としていたとは言え、魔術で強化された城門すら抜くことのできる兵装が最も容易く弾かれた。
ここで取り逃しては一族の恥である。そう考え煙の中で目をこらす。
いた。かすかだが影が見える。間違いない。さっきより出力を上げて徹光杭を二つの影に向けて放つ。手応えはあった。二発とも心臓を抜いた。
だが煙が晴れて間違いに気付く。
「これは、カゲボウシだ!やられた!」
カゲボウシは森などに生息する魔物で、普段は影に日潜んでいて特に攻撃してきたりするわけではないのだが、通行人のシルエットを真似た人型のデコイを作り。人間を脅かしてケラケラ笑うという魔物だ。
小賢しい。召喚術師とはきいていたが、あの一瞬でカゲボウシを召喚してみごと時間を稼がれた。窓が開いていたので下を見るとさっきの二人が走っている。
ここから狙撃して仕留める。
優先的に殺害すべきシルヴィアより鎧の男を仕留めることにしたのは、魔術師ゆえの対抗心だろう。さっきのは何かの間違いか、それとも彼は本当に勇者なのか、それを見極める必要がある。
さっきよりさらに高い出力のものを射出する。徹光杭はそもそも遠い距離でなおかつ移動目標に対して正確に当てるためのものではないため一発目は外す。
二発目は上手く兜に当たるがさっきと同じように弾かれる。三発目、を撃つ前に二人は角を曲がって見えなくなってしまった。
私の兵装であれば家の壁など貫通して彼らを狙うことはできる。しかし、いたずらに民家を破壊するわけにはいかない。仕方なく手を止める。
やはり弾かれた。二発とも弾かれた。呆然としていると
「何やってる!追うぞ!」
分隊長にそう言って屋敷から引きずり出された。
その夜は街中を探し回ったが、部屋と同じように至る所にカゲボウシが召喚されていたため憲兵たちの追跡は撹乱され、謀反人は夜の闇に消えてしまった。