67-2.スパイ大作戦
「帝国軍は北部のどのあたりにいる?」アレクサンドラは会議の最中に皆に問いかけている。
反乱軍の幹部が参加する会議だ。俺は幹部では無いので中には入れないが、議場の声が聞こえる場所にいる。できるだけここで聞き耳を立てたい。
「現在帝国軍はシェレンスクを包囲しているようです。これまでの連戦連勝で多くの北部人が南部に送られてくるでしょう。」カーターの声だ。
「じゃあ、そいつらをうまく味方につけたいところだな。」知らない声だ。
「彼らを引き込む活動もこれからは熱心にやっていきたい。」これも知らない声だ。
「だが、これ以上大所帯になっても全員管理できるのか?」カーターの声だ。カーターはそのへん現実主義的な男なのだろう。
「だが、勢力を拡大せねば。シェレンスクはもう落ちる。北部が折れればまた我々の活動は圧迫されてしまう。」
「北部は折れんだろう。」ソルマンの声だ。
「そうだ。シェレンスクが落ちても北部は戦い続ける。」アレクサンドラもソルマンに同意する。
「だが、北部の軍人は優先的にこちらに加える。それでいいか?」知らない声だ。
「ああ。ではベルモントはそれを進めてくれ。」アレクサンドラの声だ。
「はいよ。」ベルモントと呼ばれた男の声だろう。
おそらく反乱軍は近々大規模なリクルート活動を実施するのだろう。うまくいけばそれで外に出るその過程でシルヴィアたちやマーカスと接触することができれば命懸けのスパイ生活の成果が出る。
そこから仲間と合流して逃げ出すか、今まで通り急進派に残って情報を流し続けるかはその時の状況と相談だが、できればすぐに逃げ出したい。
「座って会議は疲れるねぇ。」後ろにいつの間にかアレクサンドラさんがいた。俺が独り言を言うタイプじゃなくてよかった。
「お疲れ様です。」俺は愛想良く挨拶する。
「そうだ。マツモト、君がここにくる時に帝国に不満を持ってそうな村なんかは見なかったか?」アレクサンドラは俺に尋ねる。
「税率に文句を言ってる人は結構いましたね。」俺は答える。これは駆け引きだ。少しでも心当たりがあることをアピールしておけば外に出るチャンスも生まれる。
「そうか。じゃあ、行ってみよう!」アレクサンドラは俺の目を見る。
「え? 今からですか?」
「そう。」
「誰が…ですか?」
「私と君で。」
「・・・。」
「今日は会議で疲れた。たまには外に出たいよね。」アレクサンドラは機嫌が良さそうに言う。
やってしまった。心当たりがあると言ってしまったので行くしか無い。俺は激しく後悔した。
・・・・・・・・・・・・
「今から俺の言ってた村に行くんですか?」俺は恐る恐る尋ねる。多分俺の顔色は悪いはずだ。
「それはまた今度時間があるときにね。」彼女の言葉に俺は心底安堵する。
「じゃあ、今から何を?」
「視察だよ視察。定期的に仲間のところを回るんだ。」彼女は歩きながら答える。俺より歩くのが速い。
「でも、護衛とかつけなくていいんですか?帝国軍から命を狙われてるかも?俺だけでは心許ないというかむしろマイナスというか。」俺は帰りたいので意欲を削ごうと必死に話しかける。
「護衛?いる?」アレクサンドラは腰を捻って剣を俺に見せながら不思議そうに首を傾げる。
そうだ。この人は多分護衛がいらないくらいには強いのだ。
「でも、利き手で剣を持てないんでしょ?」俺は尋ねる。
「利き手ほど上手く使えないだけで、身を守るだけなら左手でも十分。多分。」彼女は自信があるのか無いのかわからないようなことを言う。
初めて外に出た。俺はそこで反乱軍の拠点である要塞を見ることになった。
反乱軍の拠点は山の上にある豪邸を中心にそれを柵や土塁、堀、石垣や櫓で囲み要塞化されていた。また、山の周りも村や要塞で囲まれていた。
帝国軍が手を焼いて怪しい転生者に対応を任せるのも分かる。包囲しようにも、周りの要塞を頑張って攻略する必要がある上に、包囲しようにも畑ごと要塞で囲っているのである程度は食料も自活できてしまう。なんとか山の本拠点を囲んだとしても難攻不落で落とせるかどうかもわからない。そうしてる間にも反乱軍に協力する村が背後を脅かし、結果的にガルアノス大臣の胃にダメージを与え続ける帝国財政が崩壊する。
倒すのではなく時間稼ぎに徹するのは帝国側も最善策をとっているのだ。
まず俺たち二人は本拠点の周りにある村の一つに向かった。
その村で偉い人と話し近況報告を受けた後、別の村まで行く。そこでも近況報告や村人や兵士たちとの雑談をする。そしてそろそろ戻ろうかと思い始めたとき、森の方が騒がしくなった。
どうしたんだと兵士が数人そちらに向かうがすぐに血相を変えて戻ってきた。
「森から魔獣が出てきた。前に近くの村に出たやつだ!」
「早く弓持って来い!」
「間に合わない!」村人たちはそう言い合いながらあちらこちらに駆け出す。
そうこうしていると魔獣が柵を破って村の中に侵入してきた。魔獣は、俺たちが前に戦った個体ほど大きくは無いが、それでも尾を抜きにしても2メートルは確実にある。茶色い体毛に覆われたスピードタイプといった見た目だ。
「また魔獣?」俺は悲鳴に似た声を上げる。
その声を聞いたのか聞こえなかったのかはわからないが、魔獣はこちらを向け真っ先に襲ってきた。
一番弱そうだったからか。正しい判断である。とはいえ俺は思った。
「あれ?俺ここで死ぬの?」と。今までこの世界に来て必死に頑張ってきたのにこの無防備なタイミングで突然襲われて死ぬのかと。突然死が襲ってきた時、案外色々考える暇はないのかもしれない。人生とは無情なものだと諦めるべく努めようと思った瞬間。
何か見えた。一瞬うっすらと花が咲いて散ったように見えた。散った花びらは天へ向かって昇って行く。ほんの一瞬、幻覚のように。
ついに天国に来たかと一瞬考えたが、違う。魔獣は動きを止めたかと思うとそのまま崩れ落ち、縦に線が入ったかと思うと真っ二つに割れて息絶えた。
「ぁえ?」俺は間抜けな声を上げる。
チラッと周りを見るとアレクサンドラが剣を納めていた。
「あの?今助けてくれました?」俺は尋ねる。
「まあ、そうね。昔みたいに上手くは斬れなかったけど。」アレクサンドラはやれやれといった風に剣を納める。
「斬った?」俺は綺麗に真っ二つにされた魔獣を見つめる。なかなか状況が飲み込めなかった。
これで上手く斬れなかった?何言ってるんだこの人は。
俺たちが倒した魔獣とも大きさも種類も違うし状況も違うが、この人は俺たちが総力戦で倒した魔獣に匹敵しそうな魔獣を一撃で倒した。それも利き手ではない方で。とんでもないことだ。
「その、助けてくれたありがとうございます。」俺はぎこちなく礼を言う。
「気にしないで。」彼女はそういって微笑む。
その後兵士たちが武器を持って来たが、すでに魔獣は死亡しており困惑していた。
その後、日が落ちてきたので本拠点に戻った。ともかく、このアレクサンドラという人はとんでもない強さなのは間違いない。そんな人を暗殺なんて絶対に無理だし、何より敵だとはいえ命を救ってくれた人を暗殺したり陥れたりするのは俺の矜持に反する。それをやってしまうと人間としておしまいだ。平和的な解決を模索したいが、問題はソルマンだ。彼がどう動くかわからない以上部外者の俺が思ったように動けるわけではない。
正直ソルマンは謀略でもなんでもして引き摺り下ろしても良い人物であると思うのだが、老獪な人物相手に俺がどうにかできるのか。こういうときにシルヴィアがいてくれれば良い案を出してくれるだろうが。ああ、みんなに会いたい。俺は切実にそう思った。




