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65.暗殺は無理

 それからというもの、俺はアレクサンドラに気に入られ何かと連れ回されてしまった。脱出なんてできるわけもない。そもそもなんでこの人が俺のことを気に入っているのかもわからないし、なまじ気に入られているため突然逃げ出すのも申し訳ない。

反乱軍の急進派は俺たちの敵である。絆されている場合ではない。シルヴィアのためにも俺のためにも急進派は倒さなくてはならない。そのためにはなんでも利用する必要がある。できるだけ速攻でカタをつける。今の立場を利用すれば何かができるはずだ。

真っ先に思い浮かぶのが暗殺だ。彼女は反乱軍の英雄の妻らしいが、反乱軍の急進派にとってその精神的支柱を失うのは致命的とも言える。人殺しはしたくないのでこの方法は極力使いたくないが、選択肢としては残しておきたい。俺はこの異世界に来てからさまざまな試練を乗り越えてきた。憲兵の奇襲に迷宮でのモンスター狩り、ブラントとの再戦に迷宮の登り降り、暗殺者との戦闘に獣狩り。できないことはないはずだ。小柄な中年女性より少なくとも俺の方が強いはずだ。


「ああ、私昔は結構強い剣士だったんだよ。」アレクサンドラさんは懐かしそうに呟く。

「剣士、ですか?」

「そう。昔はこの剣で敵をバッサバッサと斬り倒したものさ。ああ懐かしい。」


俺は剣を持たせてもらう。抜くと鏡のような刀身が姿を表す。

「軽いですね。」俺は驚く。片手でも十分に振り回せる重さだ。

「そう。軽い金属を使っているんだ。精錬の時に魔力を練り込んで硬度が高い。」

「へえ、でも、これ軽くて攻撃力とか防御力とかが普通の剣に比べて劣るとかはないんですか?」

「そうだね。みんなそう言ってきたけど、私にはよくわからなかったかな。鎧を斬れないなら鎧を着てないところを斬ればいいし、防御で押し負けるより先に仕留めてたから気にならないよね。」なんだそのパンがなければなんとやらみたいな理屈は。

「す、すごいですね。先手必勝ってことですか?」

「そんなかんじね。軽くて一回で斬れないなら三回斬ればいい。まあ、切れ味が良ければ多少軽くても斬れるからね。」アレクサンドラは懐かしそうに言う。

なんだ!その一回でダメなら百回やれ理論みたいなのは!


「でも、もう剣を振ることも無くなってしまったけどね。」彼女は急にしんみりする。

「いくら軽い剣と言えど、指二本でどうにかなるわけじゃないのさ。」そう言って右手を撫でる。

「すいません。思い出したくないことならいいんですよ。」俺は気を遣う。

「でも大昔の話だからね。それに今じゃ私が剣を振るう理由もないしね。」そう言って彼女は窓の外を眺める。


暗殺は無理だ。彼女は軽い剣で打ち合う前に斬れば軽くても関係ないだろとか、重さがないなら三回同じところを斬ればいいだろなどと人智を超えたことを言う剣豪だ。

そもそも彼女は身体スペックがおかしい。年代的には俺の母親くらいに見えるが、いちいち動きがなめらかだし階段を登るのも俺より軽やかだし、立ち上がる時も母親のように「よっこいしょ」とは言わない。俺は言う。とにかく無理だ。勝てない。

右手で持って大剣豪なら左手で持てば剣豪にランクダウンするくらいのものだろう。勝てるわけがない。暗殺計画は却下だ。

一つ手が封じられた。だが、同時に俺はホッとしていた。



その夜、俺は部屋に戻って考え込んだ。どうすればいいか。俺は彼女を殺したくはなかった。急進派の首領ではあるが、彼女は決して悪人には見えなかったのだ。同じくこの館にいる急進派の兵士たちも皆普通の人だった。できれば平和的に解決したい。

俺は誰も殺したくない。もし日本に帰ることができて平穏な日常を取り戻すことができたとしても、俺が人を殺したという事実は付き纏ってくる。それは嫌だ。なんの罪悪感もなく俺はこの世界から笑って見送られたい。

わがままな考えだ。俺はシルヴィアみたいに芯が強くもないし、彼女のように覚悟もできていない。なんとも情けない。

だが、覚悟ができていない甘ちゃんには甘ちゃんなりのやり方がある。俺はそれを突き詰める。

そのために使えるものはなんでも使う。俺はなんとしても今の立場を利用してこの南部の問題を解決してみせる。俺は窓から見える麦畑を眺めながら誓った。


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