64.手が足りない
俺はベッドで寝ていた。貧相なベッドだが、干し草よりはましだ。結局俺はまだ脱出できていなかった。反乱軍の首領に見つかり引き摺り回されたあと何故か妙に気に入られちょっと良い部屋に入れてくれることになった。
そう。俺は脱出できなかった。ようやく自由になったというタイミングで日が登り始め屋敷の中をたくさんの人が往来する。当然そんな中で脱出できるわけもない。
昼には牢屋から俺が消えているのもバレて大捜索の末牢屋に逆戻りなんてことも考えて震えていたが、特に囚人が逃げたなどという話も聞こえてここなかった。まだ許されていると思いたい。
そう思っているとドンドンとドアが叩かれる。
「な、なんですか?」俺は焦りながら尋ねる。
「首領がお呼びだ。」ドアの向こうの男は冷静に答えた。
「来たね?」アレクサンドラさんは私を見るとこちらに手招きする。
「どのようなご用件ですか?」俺は震え声で尋ねる。
「ちょっと手の空いてそうな人に頼みたくてね。本棚を片付けたいんだ。」
確かに本棚には本が雑に積まれている。
「この本を立てて入れるってことですか?」
「そう。上手くやれなくてね。どうしても本を本棚に戻す時本を積み上げてしまうんだ。だからそれを綺麗に直したい。」
「はい。」俺は頷く。
「どうも手が足りなくてね。」彼女は二本しか指の残ってない右手を見せる。
「立てるだけでいいですか?」
「そう。綺麗にね。カーターに本棚が汚いって馬鹿にされたんだ。全くあのハゲ。」
俺は彼女の言葉に愛想笑いをしながら本棚の一区画の本を綺麗に直す。確かに指10本は欲しい作業だと感じた。この世界の本はほとんどが大きく重い。文庫本のようなものは殆どない。
手が足りないと言うのは言い得て妙である。
「いっぱいありますね。読書は好きなんですか?」俺は作業しながら尋ねる。相手が反乱軍の首領ともなれば何かしら情報を引き出せれば後々役立つだろう。なにより無言作業は辛い。
「好き、ではないかな。」
「じゃあどうしてこれだけの本を?」
「難しい事を訊くね。私はおとなしく読書をするのは性に合ってない。でも楽しい作り話は大好きだ。だから私は嫌いな読書をしなくちゃならない。これが答えかな?」
「食事みたいなものですか?」
「そうかもね。飢えるかもしれなければ苦手なものでも食さなくてはいけない。でもできれば美味しいものを食べたいじゃない。食べ物も物語も。」
「確かにそうですね。小説より漫画とかアニメの方が早く読めますしね。」
「あにめ?」
「あ、いや、こっちの話です。」俺は急いで口を塞ぐ。
「西部の故郷にはそういうのがあるんだね。」女性は頷く。いいように解釈してくれて助かった。
「一番面白かった物語はどれですか?」俺は話を逸らすため尋ねる。
「うーん。面白い話はたくさんあるけど、一番面白いのはここにはないね。」
「ここにはないっていうのは?」
俺が尋ねると彼女は自分の胸に手を当てる。
「思い出、ですか?」俺は尋ねる。
「そう。一番おもしろかった話はここにある。」女性は微笑む。
確かに、反乱軍の首領ともなればどんな物語よりも波瀾万丈でおもしろい人生を送ってきたのだろう。敵でなければのんびり聞いてみたいものだ。
しばらく雑談をしながらなんとか本を綺麗に並べ終えた。
「ありがとうね。」アレクサンドラさんはニコニコしながら礼を言う。
「いえいえ。」と俺は顔を引き攣らせながら言う。
「あっ。」アレクサンドラさんは窓の外に視線を移すと何かに気付いたようだ。
「ちょっと来て。」と手招きされる。
俺は言われるがままついていく。庭に出ると
「彼が昨日紹介し損ねたソルマンだよ。」そう言って彼女は目に前にいる男を指差す。
俺はその男の顔を見て唖然とする。
その男も唖然としている。なにしろ、その男は村人を影に変えていた老司祭だったからだ。
この男はソルマンというのか。そういえばマーカスもソルマンという名前を出していた気がする。
できることならその場で糾弾してやりたかったが、あいにく自殺する気はない。
だが、当のソルマンもかなり焦っていた。どうして牢に入れていたはずのこいつが首領の横にいるのか。もしこっそり村人を喰っていたことがバレれば彼女は激怒するだろう。
彼女が剣は持っていないので死ぬのが少し遅れるだろうが、もし今こっちあからあの少年に何かしようとしたら捨て身の暴露で共倒れだ。彼もまた自殺するつもりはなかった。
「そ、ソルマンさん。松本です。よろしくお願いします。」
「そ、そうかそうか。マツモトというのか。儂の方こそよろしくな。」二人は平和に挨拶をした。
あれ?もしかしてソルマンは気付いてない?
あれ?もしかしてマツモトは気付いてない?
二人は安堵し逃げるようにその場を離れた。
「ソルマンがあんなにフレンドリーに接するなんて、あの子すごいのでは?」アレクサンドラは感心していた。




