63.覚悟
「どうするよ。」チャックが憂鬱そうに呟く。
「どうしよう。」シルヴィアは後ろに倒れ込む。
英雄の消滅から穏健派の活動は停滞してしまっていた。共に旅をしてきた仲間を失ったやるせなさ、村人失踪事件の被害が拡大してしまったことへの責任感などが大きな原因である。また、あれからぷっつりと事件は起こらなくなった。せっかく残された老司祭という手がかりもただただ腐らせるだけとなってしまった。
「例の老司祭も嗅ぎ回る俺たちの存在に気づいちまったんだろ。ほとぼりが冷めるまで奴は現れない。」マーカスが難しい顔で言う。
「だが、これを放置するわけにはいかない。」シルヴィアが言う。
「だが、お前が元の世界に戻すべきヒデオ少年は消えた。もう固執する必要はない。残る問題はお前一人だ。計画を練り直すことも考えていいはずだ。」マーカスはそう言う。たしかに彼の意見は冷酷だが現実的だ。
「だが、影にされた人間が死ぬと確定したわけじゃない。召喚魔術でも術式次第で被召喚者のいたところに影ができる場合がある。だから」シルヴィアは思い立たように言う。
「それは俺への反論か?それとも自分のための現実逃避か?」マーカスの言葉にシルヴィアは黙る。
「マーカス、お前シルヴィアにだけ当たりキツくないか?」チャックが呆れたような顔をする。
「そうか?別に意識してやってるわけじゃない。ただ、ちょっと言いたいことが他のやつより多いだけだ。」
「言いたいこと?」シルヴィアが尋ねる。
「そうだ。シルヴィアは確かに優秀な魔術師だが、彼女には明らかに足りないものがある。ロスやチャックにはあってお前にはないもの。それは覚悟だ。」
「覚悟?」シルヴィアが眼を細める。
「お前には覚悟が足りない。勝つために泥水でもなんでも啜る覚悟がな。これは比喩だ。泥水はやめとけ。病気になる。」
「ロス、お前のことは小さい頃から知ってるし、チャックも目を見ればわかる。勝って生き残るためならなんだってやるやつの目だ。」
「私も泥水を飲んだことがある。絶対に飲まない方がいい。」ロスは仔豚を撫でながら言う。
「まあ、あとはお前だけだ。ヒデオ少年はおそらく、消える前に覚悟を決めたはずだからな。」
「覚悟?」シルヴィアはその言葉を反芻する。
「要はアマちゃんなんだ。」マーカスはそう言って立ち上がる。
「どこ行くんだ?」チャックが尋ねる。
「座りっぱなしは体に毒だ。散歩してくる。」マーカスはそう言うとどこかに行ってしまった。
「マーカスがごめんね。あいつ昔から抽象的なことしか言わないから。」ロスが不機嫌なシルヴィアを慰める。
わかっている。彼の言葉は概ね正しい。私は覚悟ができていない。いつも保身にばかり必死で身の危険を感じると動けるが、それ以外では上手く動けない。ずっと安全な所にいたい。直接的な戦闘は戦える人に任せて私は文官でありたかった。だって私はただの魔術研究者だし。痛いのも怖いのも嫌なのだ。
血を流すのは私以外の人間だ。こういう思考をしているのは貴族としては一般的であり私だけがとりわけ醜いわけじゃない。だが、貴族ではなくなりこんな立場になっても私はその考えを捨てきれていない。
マーカスのことは嫌いだ。だが、彼は決して意地悪なわけではない。彼は容赦無く私の醜い本質を見破ってくる。今こうやって南部にいるのも私の保身のためでもある。私にはうっすらその自覚があり、その自分の醜さをみないためにせめてもの罪滅ぼしとして政治的な裏方の仕事は全て抱え込んでいた。
上手く戦えないのは仕方ない。私はチャックみたいに体格に恵まれていないし、ロスさんのように弓を扱えるわけでもない。ヒデオみたいに捨て身の行動ができるわけでもない。
あとは私だ。私が覚悟を決めるしかない。
シルヴィアは唇を噛む。
「ならこっちから動こう。守りは捨てる。こっちから老司祭を探し出して、その、ぶん殴ってやろう。」彼女は自身を奮い立たせる。当然怖いし痛い思いは嫌だ。覚悟とは程遠い状況だ。でもまず立ち上がるしかないのだ。
「おう。仇撃ちならやってやる。」チャックが笑う。
「私も、自分の失態は自分で挽回する。」ロスも頷く。
仔豚も尾を振りながらぶうと鳴いた。
マーカスはそれを聞きながら満足そうに笑った。




