58-2.ピーチマン
村の子供達と喋っていたら1日が終わった。桃太郎を異世界風にアレンジして語るとすごくウケた。子供達曰く、「ピーチマンが魔術を使えないにも関わらず剣技と動物を駆使して悪魔を倒すのが斬新」なんか思っていた反応とは違うような気はするが、まあウケたならよしとする。
それにしてもピーチマンってなんだよ。ダサすぎるだろ。俺は静かにセルフツッコミをした。
翌日の夜も特に何もなかった。異世界語の単語帳を見ながら寝る準備をしているとドアを叩く音がした。
恐る恐る扉を開けると、昨日ピーチマン物語を人一倍喜んで聴いていた少年が立っていた。
「どうしたの?」俺は尋ねる。
「ヒデ兄、今暇?」
ヒデ兄?そんな呼ばれ方いままでしたことはなかった。なんていい子なんだと俺はいい気になった。
「暇だけどどうしたの?」
「ピーチマンの話もう一回聞かせて。」少年がそう言う。
「ピーチマン気に入ったんだね。」俺は精一杯の笑顔で言う。
「うん。僕もピーチマンみたいに魔力がないから、でも、ピーチマンはそれでも強いから好き。」
「そうだね。魔力を使わなくても強いのは憧れるよね。」俺も共感する。
「だからもう一回聴きたくて。」少年は言う。
そういえば、俺も昔は同じ話を狂ったように何度も読んでいた。いつからか漫画もアニメも一回見たらそれっきりになってしまった。何度も読めば新しい発見があるかもしれない。日本に戻れたらもう一度昔読んだものを読み返してみるのもいいかなと思った。
「でも、なんでこんな時間に?」俺は疑問に思う。本来は夕食の時間である。
「今日は司祭様が来てるからその話を聞けって言われて、でも司祭様の話は退屈だからピーチマンの話の方がいい。」
司祭様?司祭。教会。夜。黒ずくめ…
「みんな今日は教会にいるの?」俺は嫌な予感がして尋ねる。
「そう。でも、司祭様の話退屈だから聴きたくない。」俺は青くなる。
「ちょっと待ってて、後でピーチマンの話をしてあげるから、明かりを消してここでじっとしてて。俺がいいって言うまで外に出ちゃダメだよ。」俺は少年の肩をガチッと掴んでそう言う。
少年はよくわからないと言った顔で頷いた。
俺は明かりを消して中から鍵をかけさせ教会に向かう。
迂闊だった。司祭が来ることはよそ者の俺にわざわざ言うことじゃなかったのだ。
幸い教会からは人の声が聞こえていた。俺はひとまずホッとする。
司祭が確実に失踪事件の原因とは限らない。司祭と言っても何人もいるからだ。
俺は窓からそっと中を見る。
村人たちは話をきいている。舞台には黒ずくめで長い白い髭を生やした老人がなにやら喋っている。
申し訳ないが怪しい風貌だ。このご時世他人の見た目についてとやかく言うのは良くないのだが、どう見ても怪しい。
「では、みなさん目を閉じて。」司祭の言葉に皆目を閉じる。
司祭は右端に座っている人の頭に手を当てる。
ピカっと光ったと思うとその人は見覚えのある影に変わった。
あいつだ。この事件の犯人はあいつだ。俺は確信した。
老人は次の人の頭に手を当てるとまた影に変えた。
どうすべきか俺は迷った。このまま俺だけでも逃げて見たことを伝えるか、それともここで皆を助けるか。答えは決まっていた。俺はナイフで窓を破壊する。皆が逃げれば何人かは助かるし誰かがこの事実を誰かに伝えることができる。極論ではあるが、失踪事件の犯人が司祭であることをマーカスたちに伝えるのは俺でなくてもいいのだ。
「みんな逃げろ!司祭は人殺しだ!」俺は精一杯叫ぶ。
村人たちは驚いて俺の方を見た後司祭の方を見る。司祭の前にはそこに座ってたはずの二人が消えて影が染み付いていた。
危険を察知した村人たちは一気にパニックとなり出口に殺到しだした。
「まったく、バレてしまっては仕方ないか。」司祭はそう言うと群衆に掌を向ける。
「急いで!」俺が言い終わる前に司祭の手が眩く光る。俺は思わず目を閉じて顔を伏せる。ゆっくり目を開けると信じたくない光景が広がっていた。
出口に殺到していた村人たちは皆影になっていた。
まずい。俺がそう感じた瞬間、司祭はこちらを見てニコリとした。
俺は急いで詰め所まで走った。まずは男の子を逃す。相手は老人だ。俺の方が走るのは速いはずだ。
ドアを叩く。
「俺だ!開けて!」
少年は不思議そうにドアを開ける。
「いいかい、アルゴン村は知ってる?」俺が尋ねると少年は動揺しながら呟く。
「行ったことは?」
「何回か。」
「名前は?」
「ショーン。」
「じゃあ、ショーン。今からそこに走ってマーカスって人に会って欲しい。それで、失踪事件の犯人は白くて長い髭の老司祭だ。と伝えてくれ。できる?」俺は後ろを確認しながら伝える。
「怖いよ。」少年は首を横に振る。
「そうだね。でも、それができれば君もピーチマンになれる。」俺は少年の肩を掴む。
「本当?」
「そう!勇気を持って前に進んだ者がピーチマンなんだ。」俺はそう言って少年にナイフを渡す。
「君ならできる。」俺は言い聞かせる。
不安そうな少年はふと俺の背後を見ると顔色を変える。
後ろを見ると不気味な触手をうねらせた司祭が迫ってくる。
「行くんだショーン!今走り出したやつがピーチマンだ!」俺の言葉と共に少年は脇目も振らず走り出す。
そうだ。行くんだショーン。彼なら身体が小さいから見つかりにくいだろう。無事に辿り着いてくれ。
「ピーチマンってなんだ?」老人は不思議そうに尋ねる。
「逆ですよ司祭様。昔話は老人が若者に語るものですよ。」俺は詰め所にあった剣を抜く。
「時間稼ぎか?老人は目を細める。」
「どうでしょうね。」
「全く、面倒なことをしてくれる。儂はすぐ君を食ってあの少年を追う。」老人はニヤリとする。
「食えるものなら」と啖呵を切りかけたところで老人は俺に掌を向けると同時にフラッシュのように閃光が走る。
「なんだと?食えん。」司祭は驚く。
もう一度閃光が走る。
「なぜだ!なぜ食えん!」司祭は動揺する。
好機と捉えた俺は剣を構えて斬りかかる。相手は人殺しだしこちらは正当防衛である。
驚く司祭に俺は勢いよく剣を振り下ろす。
おかしい、動かない。手を見ると触手に拘束されていた。脚もだ。全身いつの間にか触手に掴まれていた。
「危ない危ない。心臓が止まるかと思ったわ。」そう言って老人は身動きの取れない俺の額に手を当てる。
「どうして貴様は食えんかったのだ?」司祭は不思議そうな顔をする。
俺は抵抗する前に影に変えられてしまった。
赤い見慣れぬ鎧だけが地面に転がる。
「ん?この鎧のせいで食えなかったのか。こっちか。」司祭は鎧を触手でつつきながら呟く。
司祭はこの鎧に興味があったが、それより優先すべきは逃げ出した少年を追うことだ。
司祭は触手を地面につけると体を持ち上げ触手を使って歩き出した。




