52-1.夜襲
マーカスが出発した日の夜。村人のみなさんが見張りをしてくれるということで俺たちは寝る準備をしていた。
そんななか、いきなり仔豚が騒ぎ始めた。前の襲撃の時と同じ様子だ。
まずは非常事態ということで皆を村の森側に配置して警戒に当たった。ロスさんも屋根の上から索敵魔術も使用して索敵した。チャックも森側へ急いだ。俺とシルヴィアは後方支援としてロスの周りに待機する。
魔獣は黒い毛皮に覆われており、夜ともなると探すのは難しい。
村人たちは必死で森の方を探す。俺も仔豚を抱えて森の方を眺める。
しばらく全員で警戒していたが、森からは何も出てこない。
皆気のせいかと思い始めた。魔獣の問題は村全体の問題であり特に誤報を責めるものはいなかった。皆が家に戻り始めようとした時、あることに気づいた。仔豚がずっと森の方へ行こうとしていた。この前は森から離れようと暴れていた。つまり…
「ロスさん!後ろです!」俺は叫ぶ。
突然声をかけられたロスは驚きながら急いで振り向く。
いた。暗闇に目が慣れたロスは一瞬で森側ではない、平原側からこちらに忍び寄る魔獣を発見した。
瞬時にウィズバンに強化された炸裂矢を射ち込む。
その閃光と爆音が開戦の狼煙となった。
唐突な奇襲に村人は大混乱になった。すでに村から50m程度に近寄っていた魔獣はロスによる遠距離攻撃だけでどうにかなるものではなかった。この時点ですでに村での戦闘は避けられなかった。
2回目の爆発音と共に魔獣は平原側の薄い柵を吹き飛ばし村内に侵入した。
村人たちは右往左往しながら各自武器を取りに行ったり避難を始めた。
我々は完全に後手に回った。
状況はかなり絶望的だった。魔獣が侵入したのはどちらかと言うと女子供を逃す目的で
作られた区域であった。反対にチャックは平原側の、前に魔獣が侵入しようとした部分を警戒していた。位置関係としてはほぼ正反対の位置であった。
チャックとしても爆発音がしたからといってすぐそちらに向かうわけにもいかない。魔獣が攻めてくる可能性が最も高い位置を守っている以上、無闇に動くことができないのだ。
反乱軍の過激派が攻めてきた可能性もある。すぐに動けば反乱軍を倒せるかもしれないが、その隙に魔獣がここを突破するかもしれない。なにかしら報告があるまでチャックはここを離れることができないのだ。
ロスも困っていた。こちらには民家があり、女子供が民家に籠っている可能性が高かった。正確なことを把握していない状態で強化された炸裂矢を近距離から放つわけにはいかなかった。
だが、強化された炸裂矢以外で魔獣にダメージを与えることはできない。貫通力を重視した矢であっても魔獣の針金のようなゴワゴワした毛皮に弾かれてしまう。
「私に任せろ!」シルヴィアはそう言うと大量の光る腕を召喚した。いつものやつだ。
「捕まえろ。」シルヴィアが命じると腕が魔獣につかみかかる。
「ウィズバン。火炎放射。火力32。」シルヴィアの命令でウィズバンが攻撃体制に入ろうとしたところで、まるで草むしりのように魔獣は光る腕を引きちぎって右左とフェイントをかけながらシルヴィアに襲いかかる。
「嘘だよね?」シルヴィアの顔が引き攣る。
「シルヴィアさん逃げて!」俺は叫ぶ。声が裏返った。
「そうだね。逃げよう!」シルヴィアはそう言うと光る腕で壁を作ってそのまま走り去る。
魔獣は腕の壁を一撃で破壊してシルヴィアを追おうとするが、ロスが放った閃光矢の閃光をまともにくらって怯んだ瞬間にシルヴィアは逃げ切り俺に合流する。
そのまま俺はシルヴィアを屋根の上に引き上げる。
「大丈夫でしたか?」俺は尋ねる。
「まだ平気。でも一矢報いたよ。」シルヴィアはそう言って笑う。
魔獣の背中を見る。ダンジョン11層にいた毒蜘蛛がびっしりとくっついている。
「ヒカリウデの裏に隠しておいたの。ダンジョン毒蜘蛛12匹分の神経毒をあいつに注入する。」
シルヴィアはしてやったりという顔をする。
魔獣はしばらくウロウロしていたが、しばらくして毒が効いてきたのか明らかに動きが鈍くなる。
その隙に周囲の家に隠れていた者たちが避難を開始する。
全員が避難し終えたところで村長が叫ぶ。
「今だ!」
掛け声と共に村の大人たちが一斉にクロスボウを魔獣に向けて射ち込む。
ロスのものほどではないが、ウィズバンが少し強化した上に、近距離での運用を前提として射程を犠牲にして鏃を大きくして威力を増加させた炸裂矢が魔獣に次々と命中し次々と炸裂する。
変な言い方だが、壮観だった。
ダメ押しでロスの炸裂矢も命中する。
「やったか?!」シルヴィアは身を乗り出す。
「あっ、シルヴィアさんそれは…」
「何?」シルヴィアが言いかけたところで魔獣は大きく咆哮する。
「ええ?まだ生き」
「?」
シルヴィアの声が突然聞こえなくなった。声だけではない。物音が全く聞こえない。
爆音で耳がイカれたのかとも思ったが、特に耳に痛みもない。全く音が聞こえないのだ。
シルヴィアも耳を擦ったりして動揺している。ロスも動揺している。
皆音が聞こえなくなってしまったのだ。




