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ヴィーナスの天秤  作者: 相馬ヤナ
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私は

幸せって何。

愛って何。

わからない。

みんなは何を求めて生きているの。

私は戦うだけ。

倒せと指示される命を奪うだけ。

そして私は生きるエネルギーを得るの。

何も考えなくていい。

考えたら死んでしまうから。

絶望に呑み込まれてしまうから。

私はただ、戦うだけ。

そうやって生きると、私が決めたの。




「ヴィリア、今回も無事、任務を終えたようで何よりです。おかげでこの城も美しいまま、今日を終えることができますね。ゆっくり休んでくださいね」

そう私に告げたのは、この世界で最も美しいこの世界の主、私の指揮官、そして母。

いろんな役目を担う方。

娘であり、部下である私は命ぜられるままに動く。

「ありがとうございます。クランティーナ様」

母と呼んではいけない。

クランティーナ様も忙しいのだから、子に愛を注ぐなど無駄な時間を割いてはいけない。

そう乳母には教わった。

だから心の中だけで、私は彼女を母と呼ぶ。

何のために生まれてきたのか、そんなこと考えてはいけない。

愛を求めてしまっては、母も私も幸せにはなれない。

物心ついたときから、そう言われ続けてきた。




母の温室を足速に去る。

傷ついた膝が痛む。今日はゆっくりお風呂に入ろう。

好きなキンシバイのカクテルを飲もう。

何も考えず早く寝よう。

そう決めて、自室の扉を開く。

真っ暗な部屋の電気もつけず、ソファになだれ込んだ。

この城には昔から生き残ったわずかな人間が住んでいる。遠い昔に絶えぬ人間同士の争いに怒った神が災厄をもたらしたと習った。

今でも災厄は続き、時折どこからともなく、金属の星が降ってくる。そして大きな爆発と共に、人間によく似た金属皮膚を持つ『星乙女』が誕生する。

星乙女の目標は常にこの城。

そして星乙女と戦うのは私と私をサポートしてくれる『ベネラ』と呼ばれる騎士団。

星乙女たちも個体差があれば、単体で来る時もあり複数で攻撃をしてくる時もある。

私が血まみれになる日もあれば、出る幕なくベネラ出動で済む日もある。

今日の星乙女は大したことはなかった。

それでもやはり疲れることに変わりはない。

「ちょっと、ヴィリア!?戻ったんならコールしなさいよ!!!」

けたたましいコールと共に女の高い声が部屋に響く。

「うるさいな…」

「今から行くから!」

「今日は来なくていい」

「あたしの仕事なの!指図されても行くからね!」

その途端、扉が勢いよく開く。

ズカズカと入り込んでくる女。

私と同じ歳くらいで、金髪のやわらかい巻毛でかわいい顔してるのに、華奢で弱そうに見えるのに、かわいくない。本当に嫌いだ。

「ヴィリア!!あんたの直属なんて本当にあたしも堪え難いなか、仕事してるんだから我慢しなさいよね!」

本当にうるさい。

それ以外感想がない。

「ちょっとは静かにしてくれ。夜なんだから」

「まあ、そうね。悪かったわ。お風呂、沸かしておいたけど、まだ入ってないの?」

でも意外と素直なんだ。

「え?あ、そう。じゃあ入ろうかな」

「今日摘んだキンシバイでホットカクテル作っといたから。とりあえず軽くご飯食べなさいよ」

お風呂から出ると、飲みたかったキンシバイのカクテルはもちろん、好きなモクレンのソテーとフルーツ盛りが用意されていた。

「…い、いただきます」

そうなんだ。

こいつ、本当に気が利いてしまう。

私への理解度が高い。困る。嫌いなのだから。

「おまえは?もう食べたのか?」

「おまえって言わないでくれる?あたしにはリリィっていうかわいい名前があるんだから。もう先に食べちゃった。ヴィリア、今日遅かったし。美味しい?」

ひとつ言葉を渡してしまうと、倍以上で返ってくる。

「美味い」

「あたりまえよね。あたしが作ってあげたんだから。感謝しなさいよね」

それでもかわいくないから、嫌いだ。仕方ない。




一週間前にリリィは私直属の女官として配属された。

まだ女官になって日が浅いのに、生活で困ることがない。

私の好みもなぜか知っていて、必要以上の質問もしてこない。私のスケジュールの情報収集はどうやら私以外でしているようだ。

私から聞くより、そこらの官職に聞いた方が正確かもしれない。

きっと彼女は私のことを知り尽くしている。

だけど私は彼女を全く知らない。

知って情が移っても困るが、なんとなくフェアじゃない。

それでも私から質問はしない。

それは私の使命じゃない。

私は母から命ぜられたことをこなすだけ。

それでいい。

コンコンと軽く寝室の扉を叩く音がした。

返事をするまもなく、扉が開く。

「ヴィリア、あたし自分の部屋に戻るから。

なんかあったら呼びなさいよ。おやすみ」

寝たふりをする。返事なんかしない。

少しの沈黙ののち、扉が閉まり、リリィの足音が遠のいていく。

明日は星乙女は落ちてくるのだろうか。

母を守ることができるのだろうか。

胸に残る錘を抑えて、私は目を閉じる。

今夜はカクテルの熱がまだ残っている。

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