九話
アスラン様と共に向かったのは王城内にある離宮であり、そこに現在内密に王太子殿下がいるとのことであった。
現在毒をもった者は不明。調べ散るという事であるが、王太子殿下の立場を不安定にさせるわけにはいかないと、毒を盛られたことを知っているのはごく少数となっている。
そんな少数の中に自分が含まれるなど、シェリーは思ってもみなかった。
レーベ王国は採取者の採って来た物を使って聖女がそれに見合った力を注ぎ薬や物を作り出す。それとは違ってローグ王国では採取した物に魔術師が術式を組み替えて、その採取物の能力値を限界値まで高めて薬や物を生み出す。ただ、魔術はこれに加えてその後の発展まで考えていく部分がある。
似ているようで全く異なる二つのこと。
聖なる力と魔術の力。
けれど、結局のところどちらも優秀な採取者がいなければ成り立たないのである。
「以前頼んでいたものと、今回採取を頼んでいた物でどうにかなるといいのだが」
長い石造りの離宮の廊下を歩きながら呟かれたアスラン様の声は少し強張っており、私は自分のポシェットをぐっと握った。
魔術塔に所属してからしばらくたった頃、アスラン様から薬草や魔石の一覧を渡されて、時間はかかってもいいので出来るだけ揃えてほしいと頼まれていた。
ただし、過重労働は絶対にしないようにと念を押されていた。
「ここだ。入るぞ」
「はい」
入口の所には魔術にて封印の紋が刻まれており、一定の人間しか入ることが出来ないようになっているようであった。
私は中へと入ると、そこにはベッドに横たわる男性と心配そうに見守る男性と騎士の姿があった。
横たわっているのはローグ王国王太子ジャン・ディオ・ローグ様で顔色は悪く唇は紫に変色していた。
横に控えていた男性は側近であるリード様といい、守るように立つ騎士はジャン様専属騎士のゲリー様。アスラン様にそう教えられ、私は二人に会釈をした後にすぐにアスラン様と共にジャン様の様子をみることとなった。
私は以前は基本的に採取までだった。けれどアスラン様に採取した薬草では足りない場面があるといけないからと一緒に来てほしいと頼まれることがり、赴くことがあった。
今回も、緊急事態に備えて私はこれまで採取したものが全て入っているポシェットをもってアスラン様と共に来ているのだ。
「ジャン殿下。アスランだ。診察を始めるぞ」
「あぁ……アスラン……頼むぞ」
「まかせておけ」
二人は昔馴染みであると話は聞いており、アスラン様は静かにジャン様の様態を見つめていく。
普通の病気や毒であれば医者が見る。
魔術師が見るのは、基本的重症度が高い物であり、普通の治療では治りそうもないものである。
アスラン様はジャン様の体をゆっくりと診察をしていきながら、その体を見て息を呑んだ。
その中でも最も治療が難しいと言われるものが、魔物による怪我や毒、そして、何者かによる呪いであった。
「……呪いによる毒だな」
ジャン様の体には体にまるで文様のように紫色の花が広がっており、呪いを受けたところから毒が広がっているとアスラン様はその様子を見ながら判断すると、手に持っていたカバンから、机の上に様々な魔術具を並べていくと、私が事前に渡していた特殊薬草と特殊魔石を組み合わせ始めた。
「シェリー嬢。少しジェット特殊魔石とゼオライト草特殊薬草、それに翡翠花特殊薬草はあるか?」
私のポシェットは先代から引き継いだ魔術具であり、これまで採取刺した物が全てそこに保管してある。
ポシェットには後継者選択機能があり、私以外の物が使おうとしてもこのポシェットは使えない。
私はポシェットの中から言われたものを取り出すとそれをアスラン様へと手渡した。
「ありがとう」
それを魔術具で煎じ、そして組み合わせながら交ぜ、一つの飴玉のようなものを生み出すと、それをアスラン様はジャン様の口元へと運んだ。
そして水と共にそれを口の中へと入れ、ジャン様は苦しげにそれを呑みこんだ。
その瞬間、花の文様は薄黒くなり消え始めたのだけれど、わき腹に一輪だけ、竜の形をした文様が消えない。
「っく……これは二重に仕組まれていたか」
アスラン様は唇を噛み、その形状と色、そしてジャン様の血液から調べた呪いの正体に、顔を青ざめさせた。
「これはっ……これは聖女の力を反転させた呪いだ……」
アスラン様の言葉に、私はどういう事か分からずに視線を彷徨わせると皆が顔色を悪くしている。
「これを解くためには、聖女の涙が必要だ……っ」
聖女の涙とは、聖女の流した涙というわけではない。
遥か昔、この世界を生み育んだ最初の聖女と呼ばれる女性の故郷でしか取れない、特殊な鉱石であり、あまりにも希少、あまりにも見つけられないことから幻とまで言われる素材である。
そんなものが、あるわけがないと、側近の男性が床に膝をついた。
騎士の男性も唇を噛み、拳が震えている。
アスラン様はどうにか方法がないかと、もう一度ジャン様の様子を確認し始めた。
私はポシェットへと手を入れると、それを取り出した。
「良かったです。使いどころがなかったのでずっと入れっぱなしだったんですが」
「え?」
「は?」
「まさか」
皆が私の手のひらにある者へと視線を向けていた。
私はにっこりと笑って言った。
「聖女の涙、これであっていますか?」
シェリーちゃんの魔術具のポシェット。そのうち、それをシェリーちゃんへと引き継いだ師匠も出したいところですね。