外伝 アスラン 26
「お体に障ります。お戻りください!」
「いやいや、わしはね、この子に救われた身だ。恩を返す時だと思ってね」
そこに立っていたのは、奴隷商にいた老人だと気づき、僕は声を上げた。
「じいさん?」
「こら! 失礼だぞ! この方は大賢者ジル・ウィーズ様だ!」
先生が助けたと言っていたけれど、あのじいさんが今は小奇麗な恰好をしてこちらを見つめている。
少し、変な気分だった。
ジル様は僕をじっと見ると、懐から鍵を取り出した。
「はっはっは。もらってきた。さぁ、外へ出るぞ」
「え?」
そう言うと、鍵をガチャリと開けられて騎士達は大慌てである。
「大賢者様、許可はまだおりておりません」
「いけません」
「はっはっは。何、国王陛下の許可は取った」
「その事実はこちらへは知らされておりません」
ジル様が持っていた杖で床をゴンっと深い音を立ててつき、黙れと言うようにおおらかな笑みを消して言った。
「黙れ。もし何かあれば、ジル・ウィーズの名によって対処する」
「……か、かしこまりました」
「さて、さぁおいで。今はアスランという名らしいな」
「は、はい」
ジル様はそう言うと、僕の方へと手を伸ばす。
だけれど、僕は、鉄格子の中から出ずに、じっとジル様を見つめた。
「……先生が、助けに来てくれます」
そう告げると、ジル様は微笑みを浮かべて僕の腕を掴むと牢から引きずり出した。
「はっはっは。いい子だ。行くよ」
突然のことに僕は驚くけれど、ジル様は僕を抱きかかえたまま歩き出す。
「あの!」
「黙っていなさい……君には返してもらわなければならないものがある」
その言葉に、僕はぞっとした。
この人は……多分僕を善意で助けに来たわけではないと、そう分かった。
先生……僕は、先生の元へ帰れるでしょうか。
多分ここで暴れてもどうにもならないだろう。どこかで隙を見て逃げ出すしかない。
外に出ると、ジル様の部下であろう騎士達と共に馬車の中へと乗り込む
僕はジル様の膝の上へと乗せられた。
「大丈夫。大丈夫」
そう言って背中を撫でられる。
ぞわりとした何かが肌を伝っていく。
「……返してもらうものとはなんです?」
「ん? 前に預けていたものさ。あぁそうだ。ちゃんとお礼も言わなきゃね、君のおかげで生き延びたよ」
「……それは、本当に良かったです」
「うん。あぁ、そうだ。君に見せたいものもあるよ」
「見せたい、もの?」
嫌な予感がするまま、僕はジル様の屋敷へと連れていかれる。
そこは真っ白な美しい屋敷であり、庭にはバラの花が咲き誇っていた。
僕はジル様に抱きかかえられたまま屋敷の中へと入ると、地下へと連れていかれる。
ここでも地下牢に入れられるのかとそう思っていると、下からうめき声が聞こえてきた。
「助けて……」
「うううう」
「あぁぁぁ。許してくれぇ」
それと共に、血の嫌な臭いがした。
地下牢に、たくさんの人が押し込まれており、僕は、全身が震え始める。
あぁ、ここは奴隷商によく似ている。
また、僕はこんなところに入れられるのか。
恐怖で胸が押しつぶされそうになった時、声が聞こえた。
「餌! お、お前、餌だろ! おい、俺だよ! 俺! お前の主だ! 助けてくれ! なぁ! この地獄から助けてくれよぉぉ!」
叫び声が聞こえてそちらを見ると、僕を魔物の餌にしていた元主の男がいた。
どうして?
僕が驚いていると、ジル様が口を開いた。
「ここはね、わしを地獄に落とした男達を閉じ込めているんだ。あとわしを助けてくれた君を苦しめた人間も入れてある」
「え?」
ジル様を見上げると、目を見開き憎悪に満ちた表情を浮かべ、それが恍惚とした笑みに変わっていく。
「私が味わった苦しみを与えているんだ」
この人は狂っている……あぁ、いや、あの奴隷商にいたころから狂っていたのか。
僕は……この人に一体何を返さないといけないのだろうか……。








