外伝 アスラン 24
僕はボードを持ってくると、魔術式をそこに書き、魔術式に必要な特殊魔石と特殊薬草とを書いていく。
そして、魔術式のミスについて、一つずつ丸を付けていき、改善できる箇所と改善が見込めない箇所とには色別の印をつけていく。
「個々の魔術式を補うには、こちらの魔術式を変更しなければなりません。ですが、ここを変更すると次の魔術式が成立しなくる。そして次の魔術式を成立させると前の魔術式は成立しません。故に、これは完成することがない魔術式なんです。ですから、この魔術式を用意て、聖女の力を判別する魔術具の生成は不可能です」
嬉々としてそう告げると、先生が魔術式をじっと見つめ口を開いた。
「だが、ここをこう変えてはどうだ?」
「そうなると、特殊魔石の量を増やさねばなりませんが、そうすると、その特殊魔石に合わせて必要な特殊薬草の数も増やさねばなりません。ですが、この特殊薬草はこの量を超えると成分が変化するので使用できません」
僕の言葉に先生はしばらくじっと魔術式を見つめながら考えた後、大きくため息をついた。
「はぁぁ。天才とは恐ろしいな」
「え?」
僕が首を傾げた時、公爵がゆっくりと口を開いた。
「……ということは、魔術具は作ることが出来ないのだな?」
先生はうなずきかえした。
「えぇ。未来は分かりませんが、現段階では不可能です」
公爵はそれに安堵するように、深く息をつき、それから顔をあげると、僕の手を両手でつかみ言った。
「ありがとう。ありがとう……」
「え? いえ……」
僕としては見たことのなかった魔術式を読めて勉強も出来てただ楽しかった。
そんなに感謝されることではないのにと思っていると、公爵は少し潤んだ瞳で言った。
「もし、その魔術具が完成出来るとなれば、我が娘は、未来が大きく変わっただろう。ありがとう。本当に、ありがとう。今後、我がヴォルフガング公爵家は君やガートレード殿にいつでもわがやで出来ることがあれば協力をしよう」
その子叔母に大げさすぎると思い先生へと視線を向けると、先生は微笑みうなずいた。
「ありがたいご提案感謝いたします」
大人の世界には色々とあるのだろうなと僕はそう思った。
ただ、僕としては喜んでもらえてよかった、嬉しいなという気持ちが強かった。
人の役に立てた。
僕はそれがとても嬉しかったのだ。
ヴォルフガング公爵が帰った後、僕は先生に言った。
「喜んでもらえてよかったですね」
すると先生は困ったように僕の頭を撫でた。
「自分がどれだけのことをしたのか分かっていないな。あの数式の間違いは早々に気付けるものではないのだ。アスラン、そなたはすごいな」
「え? そう、ですか?」
「あぁ。本当に素晴らしいよ」
「ふふ。そう言ってもらえて、僕嬉しいです」
そう告げると、先生が僕を見て少し驚いた表情を浮かべた。
「先生?」
「……いや、なんでもない。あぁ、良かったな」
「はい」
人の役に立てると言う事はこんなにも幸せなのか。僕は眠る時にこれほど幸せな気持ちで眠ったことはなかった。
そして数日後からはまた学園へと通うこととなった。
「先生、行って参ります」
「あぁ、気を付けて」
僕は馬車に乗り学園へと行くと、ジャン、リード、ゲリーとクラスで合流して挨拶を交わす。
「おはよう。アスラン。色々あったようだな」
ジャンの言葉に、僕はうなずく。
どうやら三人とも僕の事情は把握しているようだった。
そしてジャンが続けて口を開いた。
「公爵が私にも挨拶に来られた。ソニア嬢の婚約が決まったらしい」
「え? 婚約が?」
「あぁ。王家程強い後ろ盾はなくとも騎士の家系でありソニア嬢を守ることが出来る家系と縁を結んだようだ……なんでも、元々はそちらと婚約するようだったようだ。だが色々あって、私の婚約者に立候補したらしいが、まぁ、納まるところに収まったようだ」
僕はその言葉になるほどと思った。
王家のように強い後ろ盾があれば聖女だと気づかれても守られる。
けれど気づかれる心配がなくなったことで、元の婚約者候補との婚約に戻したのだろう。
公爵のことだ。婚約後の婚姻も早め、より安全を隣国に奪われないようにするだろうなとそう僕は思った。
「あーあ。私は誰と婚約をすべきか。なぁアスラン。また女装して私の婚約者選定について協力をしてくれよ」
ジャンの言葉に、僕は少し考えた。
「……女装、か」
「ん? 女装嫌じゃないんだろう?」
そう。僕は別にこれまで女装が嫌なわけではなかった。
男の恰好だろうと女の恰好だろうとどうでもよかったから。
けれど、何故かその時、レーベ王国で僕に花をくれた少女が頭を過っていく。
「……女装は、もうしない」
「「「え?」」」
三人は僕の言葉にきょとんとしている。
僕は笑顔を三人に向けて言った。
「もう、女装は恥ずかしいからしない。残念だったな。僕の可愛い女装姿が見られなくて」
からかうようにそう言うと、三人が驚いたように目を丸くした。
「可愛いなんて思っていないぞ!」
「そ、そうだよ」
「俺は可愛いと思っていたから残念だ!」
「ははは! なんだそれ」
僕がそう言って笑うと、三人は顔を見合わせてこそこそと話をする。
「笑うの初めて見た」
「僕も」
「あんなに可愛く笑うやつだったんだな」
僕は肩をすくめる。
三人のこそこそとした声が聞こえてきて僕は笑っていただろうかと自分の頬に触れた。
笑うとはこんな気持ちなのだなとそう思った。
そして思う。
出来ることならばこの幸福が続いていきますようにと。
僕も人の役に立ち、人を少しでも幸せに出来る存在でいれますようにと。
僕は、そう思ったのだった。
アスランは、笑顔を覚えました(●´ω`●)








