外伝 アスラン 23
レーベ王国より魔術師の救出事件から数日後、先生は所用で外に出ている日であった。
屋敷中が慌ただしくなり僕はどうしたのだろうかと部屋から顔をのぞかせた。
するとレイブンが慌てた様子で声を上げていた。
「お待ちください! 今、ガートレード様はおりません」
「煩い。ならば客間へ通せ! そこで待つ!」
気が立っているのか、いらだった様子のその人を見て僕は部屋から出た。
僕が来るのを見てレイブンが慌てた様子で首を横に振った。
それを見て、こちらをぎろりと睨みつけてくるその男性は、ソニア様の父であるヴォルフガング公爵だった。
「ガートレード殿の弟子か。……話を聞きたい」
「こんにちは。ヴォルフガング公爵様。話ですか? 僕でお答えできることであればお答えします」
レイブンは慌てた様子だけれど、僕は公爵を客間へと案内すると、レイブンにお茶と菓子を出すように伝えた。
僕は背筋を伸ばして、公爵と対面でソファへと腰掛けた。
紅茶を一口飲むと、公爵は少し落ち着きを取り戻した様子で目頭を押さえてから、深く息をつき口を開いた。
「……突然すまなかった」
「いえ。それで、どうかなさったのですか」
公爵が使用人を気にした様子だったので、僕は目配せをして下がってもらう。
レイブンは僕を心配そうに見つめたけれど大丈夫だとうなずいてみせた。
部屋に僕達二人になる。
公爵は静かに言った。
「……レーベ王国の魔術師救出の件は、知っているか」
どう答えるべきかと思いながら、僕は口を開いた。
「何か、確認を取りたいことでも?」
「……そなた、魔術に関してはどれほどの知識を持っている? 見て、分かるか?」
「それは見てみないと何とも言えません」
「……私はガートレード殿に今回の一件について聞きに来たのだ。そして出来ればそちらの入手した情報を開示てほしいと思っている」
「それは正式な手続きがいるのではありませんか?」
「それはそうだ。だが、ガートレード殿と話を付けねばと、思ったのだ」
なるほどなぁと思いながら僕は言った。
「では、公爵様の持っている情報について教えていただいてもよろしいですか? 公爵様は魔術に精通していない故に、魔術師に確認をしてほしいものがあるのでは?」
「……頭がいい子だな」
「そう言っていただけて光栄です」
公爵は持っていたカバンから資料を取り出すと、僕にファイルを手渡した。
「……子どもに見せてもいいのですか?」
僕が先生よりも先に見てもいいのか、という疑問だったのだけれど公爵は言った。
「これまでたくさんの人を見て来た。それ故に、任せられるべき人間は分かる」
「……そうですか。では、拝見いたします」
受け取った資料を読み始めて、僕はそれが聖女の能力を可視化する魔術具の研究の一部だとすぐに分かった。
それを読み進めていきながら、先日の先生から救出した二名の魔術師から聞いた情報とを照らし合わせていく。
頭の中で組み合わせていたのだけれど、途中から視界の端が頭の使いすぎてチカチカとし始め、僕は胸ポケットからノートを取り出すとそれに魔術式を書き込んでいく。
その時、先生が帰って来たようで慌てた様子で部屋に入って来た。
「ヴォルフガング公爵、突然、どうなさったのです」
「……ガートレード殿、突然すまない」
だいぶ落ち着いた公爵の様子に、先生は小さく息をつくと僕の隣へと座った。
僕は先生達の話を片耳で聞きながら、魔術式を書いていく手を止めない。
「……もう、私の事情の察しはついているのだろう」
公爵の言葉に先生がうなずく。公爵は頭を掻くと言った。
「……我が娘は、聖女だろう。そうなるとレーベ王国から狙われる可能性がある。故に早々に王子の婚約者に収めたかったのだ」
「……そうでしたか」
「我が家にいる魔術師は元々レーベ王国で今回の魔術師と共に捕らえられていた者だ。そこで聖女の能力を可視化する魔術具の研究をしていたらしいが……それは完成したのだろうか。完成しているならば……我が娘が狙われる可能性が上がる」
国同士の為の有益な政略結婚にもなりえるだろう。だが、その未来が幸せでない可能性を危惧して公爵はこのように不安に思っているのだろう。
良い父だなと、そう思ったのに、次の言葉を聞いて怖くなった。
「娘の為ならば、手段は択ばないつもりだ」
ジャンを魔獣に襲わせた主犯格はヴォルフガング公爵ではないかという疑いを先生はかけていた。
それが本当ならば……本当にこの人は娘の為ならばなんでも行う人なのだ。
怖い人だ。
ただ、娘のソニア様は幸せだろうなと思った。
「……残念ながらまだ完成はしていなかったのですが、聖女を可視化させる魔術具の発明はいずれ成される可能性が、高いかもしれません」
「……なんだと」
「保護した魔術師の情報によれば、完成はいずれ出来るだろうと」
公爵がその言葉に眉間にしわを寄せた。
僕は魔術式を書き上げると顔を上げて言った。
「残念ですが、無理だと思います」
「え?」
「どういうことだ? アスラン」
とても残念だけれど、これは間違えている。
そしてこの魔術具が完成することは不可能だと僕は気づいた。
「この魔術式は成立しません。故にこの魔術具が完成することはありません」
僕ははっきりとそう告げた。
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