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八話


 あれから数日後、私は一人採取の為に山のふもとの町を訪れると、その帰りそこにある一件の酒場のカウンターで、マスターに向かって言った。


「あのですねぇ。あんなにですねぇ、素敵な人が身近にいて、惹かれない方が無理っていうわけなんですよ」


「うふふ。あなたからそんな浮いた話が聴けるなんて、驚きよぉ」


 この酒場は、レーベ王国にいた時からの行きつけの店であり、レーベ王国とローグ王国の境目にある小さな町唯一の酒場である。


 この酒場のマスターは男性なのか女性なのか分からない見た目をしているが、私にとっては何でも話せる唯一の相手であった。


「シェリーちゃんってば、やっとあなたにも春が来たのねぇ~」


 私はマスターのその言葉に唇を尖らせると、カウンターに顎を乗せて言った。


「そんなきらめいたものじゃないです。不毛ですよ。不毛。不毛の大地です」


「まぁ? でもこれまで浮いた話一つもなかったのに、どういう心境の変化なの?」


 そう言われ、私はアスラン様のことを思い出して両手で顔を覆うと言った。


「全部好みの人とか、今まで出会ったことなかったのですよ。それに、私が話す内容を全て理解してくれるなんて、ときめかないわけがない! 今まで特殊魔石の採取の仕方で驚いたことがあってもそれを共有できる人なんていなくて、でもアスラン様は話を聞いてくれた上で、その参考文献とか資料とか見ながら語り合えるんですよ!? わかりますかこの喜びが!」


「あなたも特殊ねぇ~」


 久しぶりに飲むお酒のせいか、まわりが早い気がするけれど、それでも止められなかった。


 自分を大切にしてほしいと言われてから、私は自分のことを一人の人間として見てくれるアスラン様にどんどんと惹かれている自分にどうにか気づかないふりを続けてきた。


 けれど、心の中が、次第にアスラン様のことでいっぱいになっていく自分がいて、どうしようもなくなって今日は一人で飲みに来たのである。


「はぁぁぁぁ。マスター私、どうしたらいいの? だって、こんなの初めてで、わかんないの」


 瞳を潤ませながら酒を飲む私のことを、先ほどから店の中にいる男性達がちらちらとみているような視線を感じて、あぁ、他人に憐れまれているのかもしれないと思うと、更に辛くなった。


 マスターは困ったように笑みを浮かべた。


「まぁまぁ。うふふ。貴方が恋するなんてねぇ。はぁ、なんだか嬉しいわぁ。でもここにそのアスラン様はいないわけだし、そんなあまーい雰囲気だいちゃだめよぉ?」


「恋!? いいえ! 恋ではないわ! マスター違うわぁ」


「今聞いてほしいのはそこではないのだけれどぉ」


 机に突っ伏してうめき声をあげてしまう。その時、私の横に誰かが移動してくる気配を感じて顔をあげると、そこには男性が、座ろうとしているところであった。


 席はたくさん空いているのに、どうして隣に来るのだろうか。


「お兄さん。この子の隣は禁止よ」


 マスターがそう言うと、男性はそんな言葉は無視して私の隣に座った。


「固いこと言うなよ。ねぇ君、シェリーちゃん、でしょう? 以前さ見かけて、可愛いなぁって思っていたんだ。よかったら、一緒に飲まない?」


 この人は誰だろうかと思っていると、男性が私の手を取って撫でてきた。


 私はじっと男性を見てから、マスターの方へと視線を向けた。


「マスター。この人はぁ、お店の妨害になるかもしれないのでぇ、外へ出してもいいですかぁ?」


「あぁ、シェリーちゃん。落ち着いてね? あぁ、もうアンタ早く離れなさい? 怪我するわよ? 忠告はしたからね?」


「何言ってんだよ。おかまは邪魔すんな。ねぇ、シェリーちゃん。手、ちっちぃねぇ。可愛いねぇ~。ちゅっちゅしたくなる」


 ちゅっとリップ音を立てて私の手にキスしてきたので、私はこの人はお店にはいてはいけない人だなと判断して、笑顔で言った。


「あのですねぇ、今すぐその手を放してぇ、この店から出て行かないと、ぶっ飛ばしますよぉ?」


「何それ。かっわいぃ。ぶっとばされちゃうのぉ? ね、ほら、こっちきて」


「さん、にー、いち」


 次の瞬間、私はその男性の腕を掴み上げてから外へと投げ飛ばそうと思っていた。


 のだけれど、私が投げ飛ばす前に隣にいた男性が消えており、私は目を丸くした。


「へ? どこへまいられましたか?」


 マスターも驚いたような表情を浮かべており、私は何が起こったのだろうかと思っていると、また、私の横に誰かが腰掛けた。


「あの、そこは……」


「すまない。休みの所。緊急の案件が入ってしまって、どうしてもシェリー嬢の助けが必要なのだ。申し訳ないのだが一度魔術塔へと帰ってきてもらえるか?」


「あ……すらん、様?」


 フードを取ったアスラン様は、マスターにレモン水を注文すると、それを一気に飲み干してから言った。


「ゆっくりさせてやりたいのはやまやまだったのだが、申し訳ない。酒を消す魔術薬だ。これを呑んでくれ」


「へ? あ、ひゃい」


 私は差し出された薬を飲んだ。すると先ほどまで体を巡っていた酒が一瞬で消え、視界も試行も良好になっていく。


 私はその中で先ほどの事を思い出し尋ねた。


「もしかして、ここにいた男性の行方ご存じですか?」


「ん? 女性に不躾な対応を取る男は性根を鍛えなおした方がいい。そういう場所に送っただけだから気にするな」


「あ、はい」


 私はどこに送ったのだろうかと思ったのだけれど、どこかアスラン様が焦った様子なのにかなり緊急性の高い案件なのだなと立ち上がった。


「マスターお勘定を」


「うふふ。今日はいいもの見せてもらった記念におごってあげる」


 その言葉に私はマスターには一瞬で自分の好きな人がばれたなと思った。


 アスラン様は金貨をマスターへと机の上へ置くと言った。


「うちの者が世話になった。また挨拶には改めて。では失礼する」


 手を引かれて私はアスラン様と共に酒場を出た。

 

 アスラン様は小さな声で言った。


「どうやら王太子殿下に毒が盛られたようだ。今から王城へと向かう」


 私はその言葉に驚き、アスラン様と共に足早に急いだ。



「ねぇ、マスター。強いお酒頂戴」って言っている妖艶美人なお姉様、一度でいいから見ていたいです。出会ったことない。

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