外伝 アスラン 20
僕達は宿屋へと向かい荷物を下ろす。
それからすぐに先生が言った。
「まずは情報を得にいくぞ。アスラン、これから何が起こるか、しっかりと見て覚えなさい。いつかそなたも仲間を救うことになるだろうからな」
「仲間?」
「あぁ。同じ魔力を持つ者同士、魔術師は仲間だ。国が違えど、それは変わらない。いいな?」
「はい。先生」
僕達はローブを羽織り宿屋を出ると、町中を歩いていく。
先ほど僕にくれた少女は、もういないようで、同じ通りにも姿はなかった。
また、会えたらいいなとそんなことを思う自分が不思議だった。
「アスラン、道順などを覚えておくように。もし逸れるようなことがあれば、宿屋に戻っておくんだ。いいな?」
「はい」
細い路地を進んでいくと、だんだんと路地の雰囲気も人の雰囲気が変わっていく。
治安はあまりよくなさそうである。
「着いた。アスラン。ここから先は許可なく口を開くな。よいな」
「はい」
一軒のその店は、薄汚れた扉の開店と掻かれた看板がぶら下がっていた。
先生が緊張しているのが分かった。
僕も背筋を伸ばし、息をついてから先生の後ろをついていった。
扉を開けて中に入ると、異様な匂いが広がっていた。おそらく特殊薬草を煎じたものの匂いなのだと思う。
部屋の中にはいくつもの魔術具が並んでいた。ただ、どれもこれも、動かないのでは?と思うほどに埃が被っていた。
「おやおや、久しいなぁ……ガートレードじゃないか」
人の気配など一切なかったと言うのに、店の奥のカウンターの椅子に、一人の真っ白な髪の老人が座っていた。
こちらをぎょろりとした瞳で見つめ、それから僕を見ると目を細めた。
「ふーん……また一人新たな魔術師が生まれたか」
「この子は私の弟子だ。手出し無用だぞ」
「あぁ。そうかい。わかっているさぁ。さて、何が知りたい?」
「……魔術師を不当に扱っているとの噂を聞いた」
「……この国ではいつもそうだ」
「情報は?」
「高いぜ」
「ふーん」
先生は次の瞬間、男の胸ぐらをつかむと、机の上に拘束の魔術具置いた。
男は直立したまま動けなくなり、目を見開いている。
「いつから、そんなに偉くなった?」
一瞬で男の顔色は悪くなり、慌てた様子で言った。
「冗談さ。じょ、冗談。ガートレード。俺とあんたとの仲だろう?」
「あぁ。俺とお前の仲だよなぁ?」
「わかった。分かったから! レーベ王国の貴族ルーベルト子爵が、魔術師を数名囲っていたって話だ。その一人がそっちの国に逃げたってんで、ちょっと前に大騒ぎだった」
「ルーベルト子爵……魔術の研究をしていた人物だな」
「あぁそうさ。レーベ王国内でも聖女だけに頼る体制を批判的に見る者はいるしな。ただ今回の一件で表ざたになったもんだから、建前上、ルーベルト子爵はそれを否定しているようだ」
「そうか。分かった。ルーベルト子爵の屋敷はどこだ?」
「そこに地図がある。おい! これで情報は全部だ! 勘弁してくれ!」
魔術具のスイッチを先生は切ると、男はその場に崩れ、大きく深呼吸をしている。
先生は机の上に金貨を置いて言った。
「情報助かった。またよろしく頼むぞ」
「……あぁ。こちらこそ」
先生は店を出ると眉間にしわを寄せ歩き始め、僕はそれにただついていく。
ちらりと後ろを振り返ると、男がこちらにひらひらと手を振っていた。
先生もあんな風に語気を強くすることがあるのだなと思っていると、通りの方まで進んだところで先生が足を止めた。
「タイミングが悪い。聖女の行進か」
「聖女?」
「あぁ。ほら、見えるか? あの神輿に担がれて運ばれているのが聖女だ。聖なる力を有する特別な存在」
「……聖女」
神輿から見える少女たちは、街の人々に微笑みかけて手を振っている。
それに民衆も興奮した様子で手を振り返し、祈りを捧げていた。
あれが聖女か。僕はその姿をじっと見つめながら、眉間にしわを寄せた。
「これは、時間がかかりそうだな。はぁ。アスラン、あっちの公園で一休みするとしよう」
「はい。先生」
僕達は公園へと行くと、近くにあった露店で先生がレモネードを買ってきてくれた。
それをベンチに座って飲みながら先生が呟く。
「子爵家について調べなければな。それにしても、何故ヴォルフガング公爵は、曰くつきの魔術師をあえて引き取ったのだろうか……」
先生の言葉に、僕は少し考えてから口を開いた。
「……王子の婚約者に娘をしたい、魔術師を雇う、娘にも守りの魔術具のネックレスを付けさせている。ということは、何かから娘であるソニア嬢を守りたいということでしょう?」
「……ん? ……あぁ。たしかに、そうだな」
僕が考え込むと、先生が眉をしかめた。
「何か言いたいことがあるなら、言ってくれ。別に的外れだろうといい」
その言葉に後押しされ、僕は口を開いた。
「僕はまだ知らないことが多く、勘のようなものなのですが……あの聖女達の纏う聖力の空気、ソニアと似ていませんか?」
「何?」
先生は僕の言葉に目を丸くし、それから考え込むように視線を彷徨わせる。
「……アスラン。聖力の空気とは?」
「さっき通っていた聖女達から発せられていた空気です」
「? すまない。言っている意味が分からない」
「えっと、星のように聖女達が纏っている空気です。チカチカと眩しいような。そんな空気がソニア嬢の周りにもありました」
「……見えるのか?」
「はい。見えます。昔神殿の神官の周りにも見えたことがありますから、聖力を有している人はあぁいっ
た空気を纏っているのでしょうか」
先生は僕の言葉にゆっくりと息をつく。
「……魔力が高すぎる故か……昔そうした文献を読んだことがある……」
「? どういうことですか?」
先生は困ったように微笑むと、僕の肩をポンっと叩いた。
「いいか。そうしたものは私にも他の者にも見えていない。おそらく魔力が高い故、見えるのかもしれん。アスラン。このことは誰にも話してはならん。聖女を見分ける目を持つとなれば、さらにその身を狙われる可能性があるからな」
僕はハッとし、なるほどとうなずいた。
「わかりました。先生」
「だが良かった。これでヴォルフガング公爵の思惑は理解できた」
「そう、なのですか?」
「あぁ。さて、その件は置いて置いて、休憩が終わったら一度宿に戻るぞ」
「はい」
「夜になったら、子爵家へ忍び込む。いいな?」
「わかりました」
魔術師とはこういうこともするのだなと、僕はそう思った。








