外伝 アスラン 11
空中に突如として現れた中型の竜型の魔獣であった。
牛ほどの大きさの竜は、空中で翼をはためかせながらこちらに向かってまた火球を放ってくる。
「建物の中へ逃げろ!」
僕が言うと、リードとゲリーがジャンを守るようにしてうなずき、建物の方へと走っていく。
「離せ! もしかしたら私を狙っているのかもしれない! 別々に逃げるべきだ!」
ジャンの言葉を無視して、リードとゲリーは腕を掴んで建物の方へと引っ張っていく。
「ジャン! 王子殿下を守るのが俺の仕事だ!」
「僕も! だからとにかく安全な場所へ!」
「やめろ! ゲリー! リード! アスラン! 私とは別の方向に逃げろ!」
僕はそれをじっと見つめながら、ゲリーとリードはジャンのことを守ろうとしているのだなと認識しつつ、きっとガートレード先生も、こういう時はジャンのことを優先するだろうなと想像した。
だから、僕は迷わなかった。
「僕が餌になるから、三人はそのうちに先生を呼びに行って」
「「「え?」」」
魔獣にとって魔力を大量に有する僕は極上の餌だ。
僕は親指をガリっと噛んで血を流した。その瞬間、竜は鼻をひくひくとさせて先ほどまではジャンを見ていたその瞳が、僕の方へとギロリと向いた。
――――ぎゃぁっぁぁぁぁぁぉん!
耳を劈くような雄たけびとともに、口から大量の唾液を垂らし、竜がこちらへと向かって飛んでくる。
僕は建物から出来るだけ遠ざかるように走って逃げながら、木々の多く生える方へと向かった。
空を飛んでいる生き物と、戦うならば木々の間にいるほうがいい。
ジャン達の方へと視線をむければ、三人が建物に走っていくのが見えた。
距離が結構開いてきたので、あちらは大丈夫だろう。
あとは僕がこの魔獣から生き残るだけだ。
残念ながらここには特殊薬草も特殊魔石も何もない。そんな丸腰の状態で戦うのは難しい。
だが、出来るだけ魔獣を引き付けて逃げることならば、得意だ。
そこで、自分が先生が来てくれることを待っているということに内心に気が付いた。
それが恥ずかしくて、頼るな、他人を信用するなと自分を叱咤する。
「考えろ。今までだって、一人で生きて来たんだ。これからだって、僕は一人だ。人に頼ろうとするな」
竜が雄たけびを上げながら木々を押し倒し、火球を放つ中、僕は木の陰に身を隠しながら呼吸を整える。
いつだって一人だった。
一人でどうにかしてきた。
どうにかならなくなったら死ぬだけだ。
その時、木の陰から魔獣の動向を見ようと少し顔を出したところで、魔獣にこちらの居場所に気付かれた。
「くそっ」
全力で木々の合間を走っていく。
ごぉぉぉぉぉっという音が聞こえ、こちらに向けて魔獣が炎を放とうとしているのが分かる。
僕は体を反転させ、魔獣と向き合うと、火球の方向を見てよけなければとそう思った。
だが、足が震える。
防御壁の魔術くらいならば、僕の血だけでどうにか作れるだろうか。
やるしかないと、僕は集中力を高めると魔術の構築を始める。媒体は僕の血液。
「構築完了、魔術陣を起動させる」
空中に魔術陣が広がり、僕の目の前の盾のようにして現れる。
出来たと思ったその瞬間、轟音を立てながら炎息が魔術陣の盾に勢いよくぶつかっていく。
熱風が魔術陣を超えて伝わってくる。
汗が流れ落ち、どうにか魔術陣に魔力を流し続けて堪える。
「くそ……くそくそくそ」
知識が足りない。必要な材料も足りない。
魔術陣に少しずつ罅が入っていく。
僕には、何もできない。
何者にも、僕は成れないまま、ここで死ぬのか。
「……先生」
そう呟いた瞬間だった。
「よく堪えた」
「えらいぞアスラン!」
先生とドミニクの声が聞こえた。
次の瞬間、先生が僕の横に立ち、僕達の周りを煌めく光の糸が守るようにして広がった。
それは美しく描かれた魔術式で構築されたものであり、こんなに美しいものを僕は見たことがなかった。
そして、竜に向かってドミニクが剣を振り下ろす。
竜の鱗は、普通の刃では通らないはずだ。だがまるで、柔らかなものを切るように、その刃は竜の体を二分した。
竜の体は地面へと落ち、ドミニクは剣を鞘へと戻すとこちらに向かって走って来る。
そして僕の横にいた先生が、僕と視線を合わせるようにしゃがみ、言った。
「よく一人で耐えたな。無事でよかった」
だめだ。
僕は拳を強く握り、唇をぐっと噛みしめる。
「アスラン?」
先生が僕の名前を呼び、僕は……我慢しきれなくて先生に抱き着いた。
体が震える。
こんなことをしてはだめだと思った。僕は一人で生きていかなければいけないのに、人に甘えてなどいけないと知っているのに。
しがみついてしまった。
怖かったのだ。
そして、先生が来てくれて……安堵したのだ。
先生が僕を抱き上げて、その背をさする。
重たいだろうに、慰めるように。
「よく、一人で頑張った」
「……はい」
そんな僕と先生を見てドミニクは微笑み、そして僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「よく友達を守った。えらいぞ」
「……うるさい。触るな」
僕はそう言うと、先生の肩に顔を埋めた。
酷く疲れた。
瞼を閉じても、いいだろうか。
そう思いながら、僕の意識は夢の中に落ちていった。








