外伝 アスラン 3
「おい。お前よくそんなところで眠れるな。起きろ」
パチリと目を覚ますと、武器を手に持った男達が数名集まっていた。
「狩場に向かうぞ」
足で廃材を蹴られ、僕は起き上がるとため息をつきながらそれについていく。
空を見上げると雪はやみ、月が輝いていた。
久しぶりにまともな物を食べたので、体が動かしやすいような気がした。
ぞろぞろと歩いていくと、集合場所には他の男達も集まっている。
そのまま、森の奥へ奥へと向かって歩いていく。
僕はその途中途中で、粗雑な薬草や魔石などを少しでも採取しておく。
これが僕の命綱となるのだ。
「よし、ついた。おい小僧。役目の時間だぞ」
「はい。ねぇ、少しくらいは、特殊魔石とか特殊薬草とか……ないのですよね?」
そう尋ねてみると、男が喉の奥でくくくっと笑う。
「ねーよ。自力で生き延びろよ」
そりゃあそうかと思いながら、僕は到着した場所に開いた、縦穴を覗き見る。
深い森の中にあるその縦穴は不気味な雰囲気を醸し出している。
男達は縦穴を取り囲むようにして立ち、武器を準備している。
「ほら、さっさといけ。餌」
餌。
たしかに魔物にとってみれば僕はいい餌だろうなとそう思う。
今日死ぬのか明日死ぬのか。
月を見上げて城息を吐きながら、まぁ、いいかと縦穴を僕は下り降りた。
岩肌に持っていた小さなナイフを突き立てて、減速しつつ、地面に降りると周囲を確認する。
異常はなし。
出来れば特殊魔石とか落ちていないかなと穴の中を確認するが、それらしいものは一つもない。
特殊魔石や特殊薬草がその辺に落ちているわけがない。
「おい! さっさと始めろ!」
その声に、覚悟を決めると、穴の中央で僕は自分を餌にして、指をナイフで切り血を媒体として魔術陣を構築していく。
そして、全身の魔力を、その魔術陣に流し込んで言ったその瞬間、血が霧となり縦穴の壁に開いた穴へと広がっていく。
心の中で、その時間を数えていく。
この縦穴から横穴へと魔術で発生させた魔力を帯びた霧が広がるまで第一層に届くまでがおおよそ二十秒。魔物が集まりすぎては対処が出来ないので、集まりすぎないように、どこでこの魔術陣を打ち消すか……。
数を数えながら、横穴の様子をじっと見つめる。
すると、穴の第一層に生息する小さな魔獣が上に上がって来た。
それを見て、僕は魔術をすぐに打ち消す。
上がってくる時間を考えると、第三層辺りまでに届いているだろう。
ならば目的の大型の魔獣も来る可能性が高い。
魔力を有する餌を食べに集まってくるのだ。
ここからは、生き残るために、僕は逃げ回るしかない。
弱い生き物というのは、逃げるか耐えるかしかないのだ。
「生き残れますように」
そう呟き、僕は岩肌に身を隠す。
出来るだけ気づかれないように、岩に身を隠しながら移動を繰り返す。
けれど、どんどんと魔獣の数が増えてくる。
そうなってくると、どんどんと逃げ場はなくなり、魔獣同士の衝突も始まる。
魔獣に見つかり、僕は持っていた小さなナイフで応戦すると、魔獣の背中を踏みつけて走ると、岩陰へ身を隠す。
先ほど、魔獣の爪が腕をかすめて血が出た。
そこを手で押さえて止血すると、シャツを破り、ぐるぐるに巻いておく。
「……今回は、ダメかもな」
魔獣の数が多い。
その時、上にいた男達が声を上げた。
「そろそろ狩るぞ! 準備はいいか!」
「「「「「おー!」」」」」
掛け声とともに、上部から男達の攻撃が始まる。
投石にて上から魔獣を潰したり、弓矢で射ったり方法は様々だ。
僕はその攻撃が始まると、小さな岩穴へと身を隠して、他の魔獣達と共に潰されないように気を付ける。
魔獣がつぶれ、骨が砕ける音が響き渡る。
魔獣の雄たけびは、耳を劈く。必死で手で覆って聞こえないようにする。
そして魔獣達の動きが無くなった頃、終わりだろうかと僕はゆっくりと小さな穴から這い出る。
魔獣の死骸がゴロゴロと転がる中、僕は頬に着いた血をぬぐう。
ぬるりとしたその感触はいつまで経っても慣れない。
その時、いつもならば上から滑車が降りてくるはずだが、降りてこない。
「どうしたんだ?」
そう訝しんでいると、上から鋼のぶつかり合う音や悲鳴が聞こえてきた。
何が起こっているか分からない中、僕はどうしたらいいのだろうかと戸惑っていた。
盗賊だろうか。
それとも仲間割れ?
どちらにしても自分は大人しくここで待っているしかない。
その時、脳裏をよぎるのは今ならば逃げられるのではないかということ。
だが……足に逃走防止用の魔術具をはめられている。もし逃走すれば、足が吹き飛ぶことになる。
それと共に洗脳のように教え込まれた、主は裏切らない。自分の命に代えても助けるという言葉がぐるぐるとめぐっていく。
このまま待っていても仕方がない。そう思い、縦穴の崖を上ることにした。
そしてやっとのことで登り切ろうと言う時。
「良かった。生きていたか」
昨日出会ったガートレードという男性がそこにはいて、僕を崖から引き揚げた。
一体どうしてここに?
困惑していると、男達が皆縄をかけられて荷馬車へと乗せられるところであった。
「え?」
「離せぇ! おい小僧! 助けろ!」
僕の飼い主である男がそう叫んだので、僕はナイフを取り出すと全速力で荷馬車の方へと走った。
そして捕まえようとしてくる騎士達の間を掻い潜って抜け、飼い主の男を縛っていた縄をナイフできった。
男は笑い、僕の首を掴むと声を上げた。
「子どもの首をへし折られたくなかったら、離れろ!」
息が出来ない。
けれど、飼い主のすることなので否定も出来ず息苦しいのにただ耐えることしか出来ない。
すると、ガートレードが慌ててこちらに来ると言った。
「おいおい。今更逃げられるとでも? 諦めろ」
「嫌だね! 王国の騎士団が子どもの首をへし折られてもいいってんなら俺を捕まえろよ!」
周囲は騎士達で囲まれている。
僕は、息が出来ない苦しさを感じながら、自分の中の溢れ出そうになる魔力を抑えていた。
―――――だめだ。だめだ。だめだ。
ここで魔力を溢れさせるわけにはいかない。
そう思うけれど、命の危機に対して自分の中の魔力が暴れはじめる。
―――――だめだ。また……化け物だと言われてしまう。
そう思うけれど、必死に抑えようとしても駄目だった。
宿主が危機だと察知した魔力は、僕の体から溢れ出て一気に周囲へと広がっていく。
「離れ……れ……逃げ……」
「なんだ!?」
男は目を丸くし、騎士団の皆は剣を構えた。
ガートレードは叫んだ。
「魔力暴走だ! 全員、防御の魔術具を作動させよ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
僕から溢れ出た魔力が、まるで蛇のようにうねりを上げて周囲にいた人々へと襲い掛かっていく。
「うわぁぁぁっ! やややややめろ!」
僕の首を掴んでいた男にも全身に絡みつき、僕は解放され、地面へと転がると、ゲホゲホと咳き込む。
どうにか止めようとするけれど、一度暴走を始めた魔力は制御が聞かない。
「ダメだ……ダメだ。とまれ、とまれ、とまれ!」
声を上げて自分自身を抱きしめる。
けれどとまらないのだ。
目から涙が溢れる。これでは本当に化け物ではないか。
こんなの僕は望んでいないのに。
暴れまわる魔力に、無力な僕は涙を流すしかなくて、必死に止めようとするけれど、止まらない。
「止まれよ。頼む、とまれ、とまれ、とまれ!」
その時だった。
「魔力を封じる魔術式を構築、魔術陣に転用! ドミニク! 特殊魔石を!」
「おう! 何が必要だ!」
「珪孔雀石特殊魔石を!」
「了解!」
ドミニクはカバンの中から青緑色の特殊魔石を取り出すと、それをガートレードに手渡した。
そして一瞬で術式に組み入れて構築していく。
肩で息をしながら、その美しい光景に僕は見入った。
僕の暴れまわっていた魔力が、魔術陣によってまるで糸でつながれていくかのように一つにまとめられていく。
そして、次の瞬間弾けるようにして消えた。
「あ……」
魔力が霧散した。それと同時に、僕の体はふらりと力が抜けて横たわる。
僕の飼い主の男は、泡を吹いて倒れていた。
よかった。息はしているようだ……殺していない……。
ほっと胸を撫で下ろすけれど、僕はどうなるのだろうか。
牢へと入れられるのかもしれない。
下手をしたら処刑かもしれない。
でも、それでもいいかと僕は思った。
「人殺しにならなくて……良かった……」
僕はそう呟きながら、意識を手放したのであった。








