25話
鳥ちゃんがピヨピヨと鳴いている中、ゼクシオが声を上げた。
「あ、アイリーン様。大丈夫です。臭くはありませんから!」
「わかっているわ! そんなの! この鳥の鼻がおかしいだけよ!」
「ピヨピヨぴぴぴ」
鳥ちゃんがくちばしをぎりぎりと音を立て始め、アイリーンはそれに苛立ったのか鳥ちゃんの額を指で小突いた。
「はぁ。とにかくこの鳥が手に入ればいいわ。さぁ! ここからはこの会場にいる人達に聖女教の素晴らしさを伝えてあげましょう!」
「はい。アイリーン様」
ゼクシオが片手をあげた瞬間、聖女教の教徒達が被っていたフードを取り、そして足を打ち鳴らす。
その姿は異様であり、見ていた貴族達は顔を強張らせていく。
だけれど、異様なのは男達の雰囲気ではない。
その顔だ。
その顔には斑点が浮かびあがっており、何かしらの病気を患っているのが、一目瞭然で会った。
髪の毛は真っ白に染まり、明らかに顔色も悪い。
「私は、最強の力を手に入れた、真の聖女。この病気をご存じ? 聖女の力をもってしても直すのは困難と言われる患者達よ。彼らは、死ぬしかない運命。でも、私を信じれば、運命は変わる」
聖女教の者達は足を踏み鳴らし、口々に呟く。
「アイリーン様こそ、真の聖女であり、神。我らが神! 我らが神!」
その必死さに、会場はぞっとした雰囲気に包まれる。
私はアスラン様に小声で言った。
「あれは……斑点病。原因不明の病で、聖女でも治すことが不可能と呼ばれているものですよね」
「あぁ。魔術でも、未だ、治療法が見つかっていない」
つまり、治す方法がないということ。
アイリーンにどうやって治療することが出来るのだろうかと思った。聖女の力を使って、治療法を見つけたのだろうかと私が思った時であった。
アイリーンが両手を広げると、聖なる力が広がり、ゼクシオが魔石と薬草をその光に当てる。
するとそれが混ざり合い、いくつもの光り輝く雫が生まれる。
その時だ。
私は、何かが這うような気配を感じて、ゴーグルを付け直すと視線を彷徨わせる。
一度覚えた気配や物音には敏感になる私なのだけれど、それは忘れようもない、アイリーンの堕落した聖女の力。
私は目にもとまらぬ速さで動くそれを、必死に視界に取れていくと、斑点病の教徒の体をはい回り、そして雫が当たった瞬間に、それは病そのものを口の中に食らい、そしてまた別の教徒の元へと移動をしていく。
そして、全ての教徒の体から斑点が消え失せる。
「奇跡だ」
「アイリーン様万歳!」
「アイリーン様万歳!」
「おおおお! 我らが神よ!」
人々は歓声を上げ、そしてその場にいた貴族達も驚きの声をあげる。
「嘘だろう……不治の病が!?」
「……私の親戚の病気も……もしかしたら、治して、もらえる?」
そんな声が聞こえ始め、私は声を上げた。
「アイリーンが今、作った薬は、ただの回復薬であり病気を治すようなものではありません。魔石と薬草は使っていてもそれらは、比較的容易に手に入るもの! そんなもので斑点病は治りません!」
はっきりとそう告げると、ゼクシオが笑い声をあげた。
「はははは! 今のを見ていなかったのか!? 見て見よ! アイリーン様を信じたからこそ、この者の斑点は消えたのだ!」
堂々と自信をもってそう叫ぶゼクシオ。
私は首を横に振る。
「聖女の力で病が治れば、特殊薬草や特殊魔石はいらないのです! この世界には苦しむものが多い! 救いを求めている者が多い! さぁ! ローグ王国よ! 我らがアイリーン様を認め、聖女教の教徒となるのです!」
声高らかにゼクシオはそう言うと、アスラン様が言った。
「信仰心とは強制されるものではない」
ゼクシオは笑う。
「聖女教を進行しないならば、天罰が訪れますよ! 死にたいのですか? ふふふ。アイリーン様、天罰をお見せください」
「いいわよ」
次の瞬間、構えていた騎士の一人がうめき声をあげてうずくまる。その顔には斑点が浮かび上がり、悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁぁ」
「嘘だろ。斑点病が……」
人々は恐怖に息を呑み、悲鳴を上げ、そして斑点の浮かび上がった騎士を見る。
「うわぁぁ。痛い。痛い。なんだ、なんでなんで……」
そんな騎士にアイリーンが言った。
「私を信じ敬う? 聖女教徒になるなら救ってあげるわ」
騎士はのたうち回りながら何度もうなずく。
「し、信じます。信じます。お願いします。お願いします。助けてください」
「いいわぁ」
アイリーンが聖力を使い、またゼクシオが魔石と薬草を混ぜ、その雫を騎士が浴びる。
すると一瞬で斑点は消え、騎士は驚きの表情で立ち上がった。
……とんだペテンである。私は思った。
だけれど、周囲からしてみれば聖女教を信じたからこそ救われたと思うのだろう。
そして天罰によって自分達もまた、病にかかるのではないかという不安が流れていく。
「こ、国王陛下! このままではここにいる全員が病によって死にます!」
「聖女教徒になるくらいならば、いいのでは!?」
そんなことを言い始める貴族が現れ、国王は杖を地面に打ち付けた。
気迫あるその音に、皆が押し黙る。
「信仰とは自由だ。我がローグ王国を宗教に支配される国にはさせない」
アイリーンは微笑みを浮かべる。
「あら、信じるだけよ? 信じるだけで、命が助かる。まぁ……いいけれど。信仰心のない貴方が死んだあと、私がその王座に座ってあげる」
その言葉に、ジャン殿下が前へと歩み出ると言った。
「国王陛下を怪しい魔女から守るぞ! いいか、聖女ではない! あの女はもはや魔女だ!」
魔女。
その言葉に、私の胸はぎゅっとなるほどに痛くなる。
「アイリーン。お願い。お願いよ。……こんなことはやめて」
もう見たくなかった。
妹が堕落した聖女となり、そして魔女と呼ばれるようになるなどという姿は。
だけれども、いつだって私の声はアイリーンには届かないのだ。
「私の力が信じられない哀れなお姉様。あぁ可哀そうに。お姉様に天罰が落ちるわよ。私のいうことを聞かないお姉様なんて……もう、知らないわ。」
月が弧を描くように、微笑みを浮かべるアイリーンのその瞳はぞっとする色をしていた。
私は堕落した聖女の力の恐ろしさひしひしと感じていた。
魔女とはある意味的確な言葉なのかもしれない。
私のたった一人の妹……。
その黒々と染まってしまった瞳には、光がない。
「アイリーン……」
名前を呼ぶけれど、目の前にいるアイリーンがもう自分の知っているアイリーンでは、ない気がした。
「私が神になるのですってぇ~。ふふふふふふふ! さようなら」
頭の中で様々な可能性が過りながら、身構え、ぞわりとした気配を感じた瞬間に、後ろへと回転しながら飛んでよけ、そして手袋を叩く。
「モード! 氷!」
私は地面に向かって氷の刃を突き立てていく。すると、地面がピシピシと音を立てて凍っていく。
「信じる者は祈りなさい! 信じない者には死を!」
ゼクシオが指示を出し、聖女教の教徒達が一斉にこちらにむって攻撃を仕掛けてくる。
アスラン様は指示を出し、魔術師達は魔術具を構えて聖女に力を注いでもらい作る盾や剣を構えて一気に襲い掛かって来た。
「祈りを捧げる者は助ける! 頭を垂れて祈りを捧げよ!」
「あはははは! 私を信じなさい!」
アイリーンは光り輝き、美しく微笑むけれど、私にはぞっとした何かにしか思えなかった。
あれはもう、アイリーンではない。
そんな気がして、怖い。
そんな中、地面に堕落した聖女の力が小さな竜のように、蠢く気配を私は視線で追いかけた。
こちらに向かって飛び掛かろうとしてきたその気配は感じていた。
だからこそ氷で防いだのだけれど、それは氷で固まることはなく、地面を這ってかけていく。
「アスラン様! 地面に何かいます! 私はそれを追いかけます!」
「了解!」
アスラン様は全体の式をしながら魔術陣を展開させていく。
聖女教の物達の持っている剣や盾は、聖女の力を宿した物であり、それは普通の武器よりも精度が高く、恐ろしく強靭なものだ。
人々が争い戦う中を掻い潜るように全速力で走り抜ける。
「採取者を殺せ! アイリーン様を否定したあの女を殺せ!」
そんな声が聞こえ、私に向かって刃が振り下ろされる。それをよけながら進んでいるから中々追いつけない。
「「「シェリーちゃん!」」」
ベスさん、フェンさん、ミゲルさんが私の名前を呼び、私に襲い掛かってくる人たちに向かって次々と何かを投げつけていく。
一体何かと思った瞬間、勢いよく何か弾ける音がして、悲鳴があがった。
「ぎゃあぁぁぁ」
「ぐへぇぇぇぇ」
稲妻が走り、投げつけられた人は黒い煙を吐いて倒れた。
私はそれにぎょっとしていると、三人がにやりと笑った。
「作ったはいいけど、使いどころなかったから試していくわよ!」
「ははは! これも投げてみようぜ! 今ならアスラン様も許してくれるぜ!」
「わーい! じゃんじゃんいこうぅ~」
三人は楽しそうに手に抱えていた箱から、魔術具を取り出すと、聖女教徒達に向かって使用し始めた。
私はそれを見て苦笑を浮かべる。
この状況でもすごく楽しそうだ。
「ありがとうございます!」
ひらひらと三人は手をこちらに振りながら、余裕の表情で次々に魔術具を試していく。
ある意味ここで最強はあの三人かもしれないななんてことを考えながら、私は追いかける。
どうやらアイリーンの方へと戻ろうとしているようで、私は戻すかという気持ちで追いかけ、そして氷を放つ。
あまりに気合を入れすぎたからなのだろう。
巨大な氷柱が立ちそこに本当に小さな黒い竜が閉じ込められている。
私はよしっとガッツポーズをしたのだけれど、その突然現れた氷柱に皆が驚き、そして悲鳴を上げた。
「うわぁぁ! なんだこれ!」
「くそ! 魔術師め!」
「ちょっと待て! これは我々ではないぞ!」
そんな声が聞こえてきて、私は何とも言えない気持ちになりながら声を上げた。
「アイリーン! 正直に答えなさい! これは一体何!?」
するとアイリーンは小首を傾げる。
「これって?」
「だからこのっ」
私は氷柱を指さしたその時であった。
「シェリー!」
アスラン様が声を上げ、魔術具をこちらに向かって投げた。
私は、眼前に迫る巨大な口を開けた黒い生き物の瞳と視線が交わり、息が止まりそうになる。
巨大な口が私を呑み込もうとしており、その場が騒然となった。
「なんだ!」
「次から次に一体!? 何がどうなっている!?」
「あの、あの化け物はなに!?」
小さい姿の時には黒い竜に見えた。だけれど、それは人よりも大きく巨大化し、ギョロリトした一つ目が私のことを見つめている。
アスラン様の投げつけた魔術具が壁のような役割を果たしてくれた為に、私は呑み込まれずに済んだけれど、アスラン様がいなければまず間違いなくその口に飲み込まれていただろう。
口の中に歯はなく、暗い闇が広がっているだけだった。
遅くなってごめんなさい(/ω\)








