21話
周りの採取者達は山を見て早々に準備を始め、山を登り始めた者がほとんどだ。
先日シェリーに挨拶に来ていた男性達のグループは、入念に準備をしている様子である。
だけれど、それらは私には関係のないこと。
ここからは自分の仕事の領域であり、自分の判断一つによって生死が分かれる場なのだ。
山を見上げながら、大きく深呼吸をする。
瞼を閉じて、全神経をその場の空気に集中する。
湿度、気温、風速、匂い。
瞼を開け今度は山の様子を見上げ、それから私はしゃがみこむと土の様子を確かめる。
肌が何故かピリピリとする。
「あいつ、何やってるんだ?」
「怖気づいたんじゃねーか? はは。逃げるなら今だぞ」
そう言って先を歩き始めた男性達を、私はちらりと見て一応声をかける。
「その装備で行くんですか」
「あぁ? もちろんだ。下準備はばっちりだ」
「この後一気に気温が下がりますよ。後、雨も降ります」
男性達は空を見上げ、燦燦と降り注ぐ太陽に指をさして笑い声をあげた。
「ははっ! 何言ってんだ! 足を引っ張りたいならもう少しまともな嘘をつけ。じゃーな! おさき!」
小走りで山へと向かう男性達に、私は大丈夫だろうかと思いながら準備を始める。
ブーツを確認し、カバンからカッパを取り出しそれを身に着けるとゴーグルをしっかりと付け直す。
隙間がないかチェックし、それから深呼吸をする。
こちらの様子を見ていた他の採取者は、笑う者と、あと、私の真似をする者に分かれる。
私は軽くジャンプをした後に、小走りで山へと向かって足を向ける。
この山はいわばは多いが地面はしっかりとしている。だからこそ、ある程度のスピードで、上った方が上がりやすい。
「嘘だろう」
「っは!? もう追い付いてきた!? っていうか、なんでカッパ?」
その時であった。
突然雷鳴が轟き、バケツをひっくり返したような雨が降り始める。
他の採取者達は目を丸うして、慌てた様子でカバンからカッパを取り出す者と、そのまま昇って行こうとするものに分かれる。
私は、一度足を止めた。
本当はこの勢いのまま登って行った方がいいのだけれど、そのまま昇って行こうとする者達に忠告を入れる。
「この後、風が吹き荒れます。そしてこの山の気温差は異常。濡れた状態では一気に体温を奪われて、下手したら死にますよ」
採取者として分かっているとは思いながらも、念のために声をかけると男が声を上げた。
「な、なんでそんなこと分かるんだ!」
なんでと言われても。
私は少し意味が分からずに、その場にいた人達に向かって言った。
「気温と風と土と空を見れば……分かるでしょう」
しっかりと確認をしていないのだろうか。
なおも分かっていない様子の男達のことが私は少しばかり心配になる。
「風が、ほら、速さが変わった。空を見て、雲が、見上げてください。この山の魔石に反応して流れが変わっているでしょう? それに、ほら、土を触れば、濡れているから分かりにくいですがほら。……ね?」
何がほらなのかというような顔を男達はしている。
その様子に私はどんどんと心配になってくる。
大丈夫だろうか。
この人達、放っておいたら普通に死ぬ気がして、私はどうしたものかと山を見上げる。
本当は体力を奪われる前に、山の中腹まで一気に上がっていきたいと思っていたのだけれど、出だしからこの様子の男性達である。
他の先に上って行った人たちは、どうなっているのだろうか。
私はカバンから双眼鏡を取り出すと、それで見上げる。
雨がすごいので、先が見えにくいけれど、どうにか視界に捕らえることが出来た。
一番先頭の人はさすが慣れているのか、すでにカッパを着用しており、足取りもしっかりしている。
あちらは大丈夫そうだなと思いながら、私は能力がまちまちなその様子に、小さく息をつくと言った。
「とにかく、忠告はしましたよ」
私はそう言いつつ、全体の様子が見れる位置である中腹の位置にいることにする。
男性達は私の進言を聞いてかそれからすぐに準備をし、しっかりと後方をついて来ている。
気温は一気に下がり、山を登るにつれて気温はぐっと下がる。
もう少し上がれば採取する入り口である洞窟へと着く。
私は後方を見ると、どうにかついて来ている様子だ。
洞窟へと入ると、私はカッパを脱いでそれを片付けて次の採取の準備を始める。洞窟の仲には先頭にいた採取者達もおり、最終的に皆が足並みをそろえるような形になってしまった。
洞窟の内側が広いので狭さは感じないけれど、皆、それぞれに他の者には負けたくないと思っているからか、急ごうとする姿が見られる。
私は装備を確認し、マスクを装着し、手袋をはめなおす。
すると、数名の採取者は我先にと準備もそこそこに歩き始める。
その様子に、私は大きくため息をつくと、はっきりと皆に聞こえるように言った。
「あの、少しよろしいですか」
映像を流すための魔道具があることは分かっていても、私は言わずにはいられない。
その場にいた採取者達が一度足を止め、私の方へと視線だけを向ける。
話しは聞いてくれそうだとほっとしながら口を開く。
「これは時間を競うものではありません。なので、準備はしっかりとしていくべきです。言っておきますが、早ければいいというわけではありません。採取者は確実な方法でしっかりと採取すること。それが最も重要ではないでしょうか」
採取者達は、その言葉に自分の装備をハッとした様子で見て、ぐっとこぶしを握る。
私に宣戦布告をしてきた男性が一歩前にでると、私の装備を見て言った。
「……たしかに、急ぎ過ぎていた。それは分かる。だが、俺達はいつも臨機応変にその場その場で対応している……その、シェリー殿は、違うのか?」
その言葉に、私は少しばかり信じられない気持ちになる。
採取する時には最も下準備が大切なことである。
自然は私達に優しくない。何が起こるかは分からない。
だからこそ、最善の状態で最善の策を講じなければならない。
私は師匠に教えられてきたこと一つ一つを、毎回反芻するように思い出す。
ちらりと壁を見つめ、私はしゃがむと洞窟の中に落ちている痕跡を探す。
「蝙蝠などの生き物の糞尿がここには見られません。つまり、ここは彼らの住まいには適さないということ。この奥に有害な何かがある可能性が高い。つまりマスクは必須です」
マスクをしていなかった採取者達が、慌ててそれを荷物から取り出す。
私は風の流れを読み、それと同時に壁を指でこする。
「魔障はないですが、壁に付着している粉は、発火性の特殊魔石が含まれています。素肌で触らないほうがいい。手袋は着用した方がいいでしょう。あと、天井を見てください」
見上げればかなり高い天井が広がっている。
「こうした場では、昇る必要がある箇所も多くなる可能性があります。また狭くなる可能性もある。故に、ロープなども準備しておく方がいいでしょう」
私はそう言いながら、次に口にする。
「あくまでも私の意見です。ですが、その装備で行くのは……死にたいのかと尋ねたくなります」
はっきりとそう言うと、男性達は少しばかり顔を歪め、それから自分達の装備を見直していく。
それを見て私はほっとしながら、男性達が装備を整えるのを待った。
一人だけならば、早々に進んでいける。だけれど、さすがにこのまま置いて行けば一体どうなるのだろうかと心配でたまらなかった。
「なんで……親切にするんだよ」
男性の中の一人がそう言い、私は首を傾げた。
「別に敵ではありませんし……でも、いらぬお節介であれば無視していただいてかまいませんので」
採取者一人一人経験していた経歴が違う。そうなれば自分なりのやり方もあるだろう。
私が言ったことがいらぬお節介かもしれないことも分かってはいた。
「……お節介だったらすみません」
最終自信がなくなってそう言うと、その場にいた採取者達は、それぞれに息をつくと姿勢を正した。
「確かにその通りだ」
「嬢ちゃんに教えられたな」
「すまなかった。偏見の目でお嬢ちゃんのことを見ていたよ」
採取者達はそう呟くと、気持ちを入れ替えるように深呼吸をする。
少しばかり緊張感に包まれていたその場の空気が変わり、私はほっと胸をなでおろす。
人間誰かと競う気持ちでいると、どこかしらでミスが出る。
けれど採取者の仕事という物は競うものではない。それを他の採取者達も思い出したのだろう。
急いでいた者達は、しっかりと準備を整えだし、思い思い動き始める。
自分のペースが一番。私はそう思い、自分自身もまた、準備を整えたのであった。
遅くなりました(/ω\)