18話
王城と魔術塔を繋ぐ石造りの渡り廊下。
そこを歩く影が四つ。
四人が並んで歩くことは珍しく、王城で働く者や、王城を訪れていた貴族の令嬢達が驚いた表情でその四人へと視線を向けた。
四人のその瞳はどこか冷ややかで、その姿にひそひそとした話し声が始まる。
「魔術長のアスラン様だわ。それに、ベス様、ミゲル様、フェン様もいるわ」
「わぁぁぁ。素敵! 魔術塔最強のメンバーじゃない! なんてラッキーなのかしら! あの方々の姿を見れるなんて滅多にないわよ! 魔術師塔から中々出てもいらっしゃらないし!」
「笑わないと噂される方々だけれど、本当に無表ね。まぁそこが素敵なのだけれど」
「えぇそうよ。はあぁぁ。今日は運がよかったわ」
令嬢達は口々にそのようなことを言い、それぞれの話題に花が咲いていく。
魔術師はローグ王国にとっては有益な存在であり、だからこそ貴族ではなくても地位が確立されている。
故に、貴族の令嬢達からは結婚したい相手として見られることが多い。
だけれど、今まで魔術師が貴族に靡いたことはなく、どれほど声を書けようとも無視されるのが関の山であった。
だからこそ、魔術師は他人に興味がなく人とのかかわりを嫌っているのだろうと最近では噂されるようになっている。
そんな四人が歩いていく姿を見送った令嬢達は、小さく息を漏らす。
「はぁぁ。笑っているお姿、見てみたいわ」
「笑わないわよ! ふふふ。それがいいんじゃない」
「まぁそうよね。なんだか、人間じゃないみたいなあの雰囲気が素敵」
噂話は噂話に過ぎないと言うのに、それが真実かのように、噂は広がっていくのであった。
四人が赴いたのは、王城の謁見の間の一室であり、そこにはすでに他の文官、武官貴族の面々が集まっている。
四人は用意されていた席に座るが、四人が入ってきた途端にその場の雰囲気が少しばかり緊張に包まれる。
貴族の中でも、魔術師の存在というものは年々大きくなっていく。
アスランが魔術師長についてから、それは顕著になっていっており、だからこそ取り入ろうとしてくる者も多い。
「アスラン殿。今日は、他のお三方もそろってこられたのですね」
「先日の魔術具もとても良い品が出来ていましたね! さすがでした」
「いやはや本当に。魔術師殿方は本当に素晴らしい」
それらの言葉に三人は一瞥するだけですぐに視線を反らし、口を開くそぶりすらせずに無視をする。
アスランは静かに口を開いた。
「もうすぐ国王陛下が参ります故、もし話があるならば正式に申請をよろしくお願いいたします」
その言葉に、貴族達は静かに黙り、部屋の中にまた静けさが訪れる。
アスラン達は前を向き、それ以上何も喋るつもりがないと言うように視線を反らしたものだから他の貴族達も口をつぐむしかない。
少ししてから国王陛下が入室し現れたことに皆がほっとしながら頭を下げる。
「皆、集まっておるな」
国王陛下は静かに全体を見回すと席に着き、それから議題に移っていく。
いくつかの確認事項をしたのちに、今回の一番の本題である、聖なる鳥についての話になった。
アスランとベス、ミゲル、フェンは立ちあがると、聖なる鳥の現状について調べた限りをその場で説明をしていく。
すると、そこから話題は聖なる鳥の管理について意見が割れ始めた。今回のことで魔術塔に一任されていることに不満を口にする者が出たのだ。
「聖なる鳥は、神殿で管理すべきでは?」
「いや、管理するならばローグ王国王城内でがいいだろう」
「そうだろうか? 出来れば、研究部で管理したい」
「いやいや、それならば我が研究室で」
それぞれが聖なる鳥について調べたい思いや聖なる鳥を利用したいと言う思惑があり意見を述べていく。
たくさんの問答が飛び交う中、アスランが口を開いた。
「聖なる鳥は、報告をした時点で国王陛下より、我が魔術塔が保護管理することが決定づけられております」
その言葉にざわめいていたその場が静まり返るが、一人お貴族が反論した。
「本当にそれが最善なのでしょうか? 魔術塔とは魔術の専門。聖なる鳥は聖力を宿すのですから、聖なる神を守護する神殿が最も最適ではないでしょうか」
ローグ王国でも神殿はかなりの力を持つものだ。
聖女の数は少なく発展しているのは魔術とはいえ、聖女の力に頼る部分もある。
アスランは、視線を三人の部下に向けると、三人は魔術具を発動させて映像を映す。
そこに映し出されたのは、聖なる鳥の文献資料に乗っていた絵や文章。それらを見せながらアスランは言った。
「聖なる鳥とはいいますが、その聖力を利用され、国が亡びかけたこともあります。また、大切なものと離れさせられたことに憤慨し、草木を枯らしつくしたことも……聖なる鳥は何らかの理由にて私の採取者に懐いている姿が見られ、それを引き離した際、何が起こるかは分かりません」
「だ、だが……採取者だろう!?」
「そうだ。ただの採取者に任せて大丈夫なのか!?」
アスラン達はこの数日間、鳥をシェリーから引き離したらどうなるのだろうかと実験をした。首輪をしていたからこそ、大事にはならなかったが鳥は大暴れをして不思議なことに魔術塔の植物という植物が枯れ果てたのである。
そのことについても、映像と共に皆に話をしていく。
そうすることで、文句を口にしていた貴族達が次第に静かになる。
そして最終的な権限を持つ国王へとおのずと視線が集まっていく。
「この聖なる鳥の一件、元々魔術塔が発見したことや他のことも加味した上で、鳥の管理は魔術塔に任せてある。だがしかし、他の者達からしてみれば、アスランの採取者のことを、ただの採取者、としか見れていない点には問題がある」
そう告げられ、アスランは眉間にしわを寄せる。
国王の腹の内が分からず言葉に耳を傾けていると、国王は笑みを浮かべて言った。
「アスランよ。我がローグ王国は魔術師達の働きにより以前よりも豊かになった。だからこそ魔術師には尊敬の念を抱いている。しかしながら、リーベ王国から来た採取者シェリーについては不満の声が一部あるのは知っておるな」
「はい。自国の採取者もいるのに、何故他国からきた採取者が私の採取者なのだという声があるのは存じております」
「うむ。これはおそらくそうした声もあるからこそ、上がって来た不満の声なのではないだろうか。どうだ、良い機会だ。採取者の能力を皆に知らしめればよい」
「……それは、どういうことでございましょうか」
周囲の貴族の反応をアスランはちらりと見つめ、これは図られたなと思う。
魔術師は基本的にローグ王国に籍を置かれ、各貴族が魔術師を囲うことは禁じられている。
だがしかし採取者は違う。
採取者は貴族が雇用している場合がある。魔術塔と直接契約をせずに、貴族を通して契約をしていることが多いのだ。
採取者としてみれば、貴族の後ろ盾と援助により衣食住が安定することなどメリットが多い。
では貴族にメリットはあるのか。
実の所、アスランはこれは大きな問題だと感じている。
現在、採取者は貴族のある意味娯楽品のような扱いなのだ。優秀な採取者を保有している貴族は他の貴族よりも鼻高々になり、優秀な採取者を保有していることがある意味高位貴族のステータスのようなものになっている。
そんな貴族達からしてみれば、アスラン専属の採取者という地位は、最も誉れ高く他の貴族に一目置かれる喉から手が出るほどに欲しいもの。
貴族とは面倒くさい生き物だとアスランは内心思う。
おそらく競い合って手に入れようとしていた地位が、知らぬ間にシェリーがいたことに不満を申した貴族がいたのだろう。
「アスランの採取者シェリーの実力を皆に分からせてやってはどうだ。またそれと同時に、他の貴族から自分達の雇用している採取者の能力も知ってほしいとの意見があってな、それを見る場を整えようと思う」
なるほどとアスランは納得がいく。
聖なる鳥の管理がとの意見は、この話に持っていくための布石だったのだろう。
アスランの採取者という地位は他の貴族からしてみれば欲しいもの。それが得られない正当な理由が知りたい。もしくは、自分の雇用している採取者がシェリーよりも優秀だと知らしめたいということなのだろう。
国王らの命とあれば、それを断ることは出来ない。
アスランは国王を見つめ口を開く。
「公正であり公正な場でしょうか」
国王はにやりと笑みを浮かべてうなずいた。
「もちろんだ。公正であり公平であると我が名に誓おう」
他の貴族の面々を黙らせよと、その視線からアスランは感じ取りうなずく。
それに笑みを深める貴族の面々も多い。
「近々その場を設ける! そのことについてはまた連絡する。それでよいな?」
その言葉に皆が同意するように頭を下げ、その場でその話題は落ち着くことになったのであった。
魔術塔の四人は一仕事終えて魔術塔に帰った瞬間、いつもの調子に戻りそれぞれに声を上げた。
「あー! 貴族って私きらーい」
ベスの言葉に、フェンとミゲルが同意するようにうなずき、おえっと吐くような仕草をする。
「あいつら、俺達のこと人間と思っちゃいねーぜ」
「本当にぃ。ははは。面白いよねぇ」
三人はソファにぐでぇっと座り、その様子にシェリーはくすくすと笑い声を立て
ながら、紅茶の準備をしている。
アスランはそれを手伝いながら、菓子を机の上に並べていく。
「お前達は毎回猫かぶりが大変だから、よけい疲れるんだろう」
アスランの言葉に、シェリーが首を傾げる。
「猫かぶりですか?」
「あぁ。こいつら魔術塔を出たら全く笑わず無表情で通すのだよ」
「え!? 皆さんが?」
驚くシェリーに、三人はにやりと笑みを浮かべた。
「私達のこと、きゃーきゃーいう人もいるのよ~。でも、面倒くさいんだもん」
「そうそう。俺は女の子は好きだけれど、あいつらには媚びを売るつもりはない」
「面倒だからねぇ。関わらないのが一番だよ。その為に、こっちに構ってくれるな! って気合をいれてオーラを纏ってるつもりなんだぁ」
そう言って笑い合う三人に、シェリーは驚いた様子のまま言った。
「無表情……見てみたいです」
シェリーからしてみれば、いつも笑っているか怒られてしょぼんとしているかの皆であるから無表情というのが想像できないのだろう。
そんなシェリーに、アスランは困ったことになったと今回の一件を話したのだけれど、シェリーは何故か瞳を輝かせた。
「それって、アスラン様専属採取者と胸を張れる機会をもらえるってことですよね! 嬉しいです!」
シェリーのわくわくとしたその姿に、アスランは息をつき、それから優しくシェリーの頭を撫でる。
その姿をみて、三人は楽しそうに笑う。
「あの貴族の面々、アスラン様のその姿見たらどう思うんでしょうね!」
「いや、むしろ疑われるんじゃねーか?」
「たしかにぃ~。だからまぁ、優秀さを知らしめるってある意味いいかもねぇ。文句言われなくなりそうだし」
シェリーはその言葉に言った。
「はい! アスラン様の採取者として誇れるように私、頑張ります!」
「アスラン様を狙うご令嬢達に、早く二人がらぶらぶなのよって言ってあげたいわ」
ベスの言葉に、シェリーは顔を真っ赤にしてあわあわとして、さっきの勢いはどこにいったのかと皆に笑われたのであった。