五話
ローグ王国へと到着してからは、アスラン様と一緒に日用品を買いそろえたり、ローグ王国に籍を置くために申請をしたりと忙しく過ごした。
アスラン様が丁寧に教えてくださり、役場への申請も一緒に行って手続きを行い、面倒なことでも嫌な顔をせずに手伝ってくれた。
そして今日は、魔術塔へと挨拶に向かうことになっており、私は同僚になるであろう人々に会うのを楽しみにしていた。
ただ、楽しみ半分不安半分である。
今まで私は殆どの仕事を一人でこなしてきたので、同僚というものが出来ること事態初めてである。
「緊張しているのか?」
入り口前で大きく深呼吸を繰り返す私に、アスラン様はポケットからキャンディーを取り出す。
「口を開けて」
「え?」
その瞬間にアスラン様に口の中へとキャンディーを入れられ、私はもぐもぐとしながら、これは世に言う“あーん”ではないかと、顔を赤らめた。
「あ、アスラン様。これでは、キャンディーを食べながら、挨拶をすることになります」
口をもごもごとさせながら挨拶をするのはいかがなものかと思っていると、キャンディーは一瞬で口の中で溶けて行ってしまったのである。
私が驚いていると、アスラン様はいたずらが成功したようなにっとした笑みを浮かべると言った。
「遊びで発明した、消える飴だ」
「……なんだか損した気分です」
「ふむ。不評のようだ。だが、緊張は少し和らいだようでなにより」
そう言われてみれば、確かに私の緊張は先ほどよりも和らいでいるような気がする。
私は大きく深呼吸をしてから、アスラン様に続いて魔術塔の部屋の中へと入った。
扉を開けてすぐに部屋があるかと思えばそうではなく、上を見上げると長い階段が続いていた。
これは登りがいがあるなと思っていると、アスラン様に手を取られ、小指に可愛らしい指輪をはめられた。
「これは?」
「この塔の部屋へと入る認証のようなものだ。さ、階段の横にある本のオブジェに触ってみるといい」
「これですか?」
「あぁ」
階段の手すりの手前に置かれた本のオブジェ。それに私は言われたとおりに手を乗せた瞬間、足元がぐらりと揺れたかと思うと、そのまま上へとドンドンと上がっていく。
そして気が付けば最上階の扉の前へと着いていた。
「すごいですね」
「魔術で作った移動装置だ。その指輪があればいつでも利用可能だ」
「なるほど。ありがとうございます」
ただ、登りがいのありそうな階段だったので、体がなまらないように後で昇らせてもらおうと内心思った。
採取者は体力勝負な所があるので、この数日で落ちているかもしれない体力を取り戻しておきたいところなのだ。
アスラン様は私の方へと視線を向け、開けてもいいかというように見つめてくるので私は頷いた。
扉が開くと、そこは緑のあふれる研究室のような場所であり、私は足元に用水路があり、そこを流れる水の美しさや、天井を通って水が循環する仕組みに驚いた。
ただ、人の気配はするけれど同僚となる人の姿が見えず私がアスラン様へと視線を向けると、アスラン様は口を開いた。
「ベス。ミゲル。フェン。君たちが渇望していた採取者シェリーを連れて帰ったぞ」
その瞬間、机の上の藻のようなものが動き出し、そこから赤毛の眼鏡をかけたおさげの女性が、花瓶の後ろから身長が低く銀色髪の上にゴーグルをつけた男性が、机の下から髪の毛が爆発したような鳶色の髪の男性が姿を現した。
三者三様であったけれど、ピシッと三人は並ぶと私の方を見て瞳を輝かせた。
「さすがアスラン様! 天才採取者シェリーを引き抜いてくるなんて最高です! 私はベス! よろしくお願いしますね!」
「わぁぁあ。すごいなぁ。本当に? 本物ですか? 大変可愛らしいお嬢さんで! 僕はミゲル! 結婚はしていないよ! 良かったらデートしよう」
その瞬間に横にいた長身の男性がミゲルの頭をぐっと押して顎を乗せると言った。
「いやぁ、ミゲルのたわごとなど気にせずにぃ。だけどなぁ、本当にあのシェリーさんかい? うはぁ。本物を連れてくるなんて、さすがは、アスラン様だなぁ~」
興奮気味の三人に、アスラン様はコホンと咳払いをして注目を集めると言った。
「シェリー嬢。魔術塔には他にも魔術師はいるが、この最上階には入れるのはこの三人だけだ。基本的にシェリー嬢がかかわるのはこの三人になる。三人とも善き魔術師だ」
そう紹介された三人は、目を見開いて固まった。
「え? アスラン様……え?」
「微笑んだ? は? え?」
「僕達はまだ夢の中らしい。そんな優しいことをアスラン様が言うわけがないぃ」
三人が呟いた言葉に、私が小首を傾げると、アスラン様は小さくため息をついてから目をすっと細めると言った。
「伝えておいた仕事をせずに、研究に明け暮れて隠れていた者達が、私に文句か?」
冷ややかな風が部屋を駆け抜けていくような感覚に、私が驚いてアスラン様へと視線を向けると、すっと寒気が消えた。
一体どうなっているのだろうかと思っていると、三人が肩を組むとこそこそと話始め、それからすっと姿勢を正すと言った。
「「「申し訳ございませんでした」」」
「わかればいい」
仲がいいのだなぁと思いつつ、私はここで自分も頑張っていくのだと、心の中で気合を入れたのであった。
魔術師なのに、緑の多い職場。ナウシカの秘密の部屋みたいなイメージですね(●´ω`●)