16話
私の膝の上にちょこんと座る男の子は、足をぶらぶらとさせながら、たまに私のことを見上げると、にっこりと微笑む。
その姿がとても可愛らしくて頭を撫でると、師匠とアスラン様の視線を受け、私はすっと手を引っ込めた。
師匠は大きなため息をわざとらしくつくと、私のことをぎろりと睨みつけた。
「お前は危機感が足りない。いいか。そいつはただの子どもじゃない。それはわかるだろう?」
私はその言葉に、小さくうなずく。
「ぼくは、しぇりーのとりちゃんだよ。ぼく、しぇりー。だーいすき」
男の子はそう言い、師匠はまたため息をつきつつうなずく。
「そう。そいつは。人間が聖なる鳥と呼ぶ存在だ。体の中に並外れた聖力を持って生まれ、眠っては目覚めてを繰り返す」
「眠っては、目覚めて? 師匠。あの、出来ればわかりやすく教えていただけると……ありがたいのですが」
こちらが無知なのが悪いとでも言うように、師匠は嫌そうに顔を歪める。
説明が面倒くさいとでも思っているのであろう。昔から私が尋ねれば尋ねた分だけその顔をして、頭をガシガシと掻くのだ。
だけれども、説明をしてもらわなければ、人間の知識量とエルフの知識量とでは蓄積に限界がある。
年月の差というものは大きいのだ。
「師匠……お願いします」
だけれども師匠は、こちらに学ぶ手段がない時などは、仕方がないと分かっているのだろう。
諦めて面倒であろうとちゃんと教えてくれる。
「眠っては起きてというのは、体の中の聖力がなくなれば蓄積するために眠るしかないということだ。眠って回復し、そしてまた聖力を使い切れば、また眠る。それを繰り返す存在なのだ。前回は百年ほど前に聖女教という者達に利用され、聖力を根こそぎ奪われて眠ったということろまでは把握している」
私とアスラン様は聖女教という言葉にびくりと反応をする。
聖女教が百年も前からあったことにも驚いたけれど、百年前も聖女教と関わっていたならば、あのゼクシオという聖女教の男が鳥ちゃんの居場所を知っていたことも納得がいく。
「なるほど。つまり鳥ちゃんは、聖なる力がまた蓄積したことによって目覚めたということですか?」
師匠の話から推察してそう言ったのだけれど、師匠は首を横に振る。
「聖力っていうものはそんなに簡単にたまるものではない。少なくとも後100年は必要なはずだった」
「え?」
その言葉を聞き、私はアイリーンが鳥ちゃんに触れた瞬間のことを思い出す。
見ていないはずなのに、師匠は辺りを付けていたのか静かに話す。
「この鳥は、大量の聖力を注ぐことによって強制的に目覚めさせることが出来る。聖女と共にあれば相互効果によってお互いに聖力を蓄積する時間が短くてすむのだ。お前の妹は、それを狙って鳥を手に入れようとしたのだろう。だが、失敗し、鳥は不完全に目覚め幼児の姿になった、というところだろう」
納得するようにふむふむと師匠はうなずくと、それから眉間にしわを寄せる。
「だがおかしな点が二点」
その師匠の言葉に、アスラン様もうなずく。
「たしかに、その説明だと、おかしな点がありますね……」
「っは。その話し方は止めていいぞ。お前は弟子ではないからな。生意気な小童が丁寧にしゃべっていると背筋がぞわりとする」
アスラン様はその言葉に笑みを浮かべるとうなずいた。
「助かる。ではそうさせていただく」
「あぁ。小童はそれでいい。話に戻るが、聖力を注がれた鳥は強制的にではあるが、ちゃんと目覚めるはずなのだ。だが、珍妙な幼児の姿。つまり何かしらの理由で目覚められなかったのだ。そしてあと一点。本来ならば同じ聖力を持つ聖女に懐くはずなのだ。それ故に騙され力を奪われるのだが……それもない。しかも今はどちらかと言えば、バカ弟子に懐いている」
ちらりと視線を向けられ、男の子は私の手をにぎにぎと触って開いては閉じてを繰り返している。
私は師匠の言葉に脳裏に過る光景があった。
あの時、私には確かに黒い小さな竜のようなものを見たのだ。
「二人に、お話しておきたいことがあります」
私はそう言うと、あの時見たもののことを二人に伝える。あれは、なんだったのか、私は静かに口にした。
「堕落した聖女の力……それによく似ていたように……感じました。あと以前王太子殿下に呪いがかけられた時に、体に残っていた竜の形をした文様に酷似していました」
私の言葉を聞いた師匠とアスラン様はそれぞれ難しい表情を浮かべている。
「……堕落した聖女が、全て元通りの清らかな聖女に戻れるわけがない。お前の妹は、おそらく自分でもそれには気づいているだろう」
「鳥を手に入れようとしたのは、体の中に残っている堕落した聖女の力を消そうと、思ったからかもしれないな」
アスラン様の言葉に、だからあんなに必死だったのだろうかと、私は考える。
「一度私の方でも調べよう。小童。今は魔術をかけているようだが、その鳥には首輪をつけておけ。シェリーに懐いている以上離れんだろうからな。幼体ではあるが、それは人間を信じやすく懐くと自らの聖力すべてを渡す阿呆なのだ。他の何者かに利用されないようにするのが一番だろう」
「あぁ。分かった」
アスラン様はうなずくと、師匠が私の方へと向き直りそれから真面目な様子で姿勢を正す。
何を言われるのだろうかと身構える。
「シェリー。私と共にまた採取の旅に出るつもりはないか? 以前は妹の傍にいたいというお前の気持ちを尊重した。だが、もうその縛りがない以上、ここに留まる必要もないだろう」
予想外の言葉に、私は少し驚いた。
師匠は私に対して甘い人ではない。
だけれど、それなりに大切に思ってくれているであろうことは感じていた。
私は思わずにやにやと頬が緩む。
「師匠。もしかして、寂しいんですか~?」
ちょっとふざけただけなのに、真面目な顔で一刀両断される。
「バカ弟子が。……国に縛られるということはそれなりに大変なことなのだ。お前はまだ、気づいていないようだがな。だから、大変なことになる前に、一緒に旅に出ないかと誘っている」
国に縛られる大変さ。
確かに私はまだそれは分かっていないのだろ。
だけれど、私はこれからもアスラン様の傍で、アスラン様の採取者として一緒にいたい。
それにローグ王国で暮らしは穏やかであり、魔術塔の皆とも仲良くしてもらいとても幸せなのだ。
「師匠。私、ローグ王国で頑張りたいんです」
真っすぐにそう返事をすると、師匠は私のことをじっと見る。
「色恋で見失ってはいないか。お前の一生が縛られる可能性があるのだぞ」
「採取者は自由です。それを教えてくれたのは師匠ではないですか」
しばらくの間私達は視線を交し合い、そして折れるように師匠がため息をつく。
「……はぁぁ。そうだな。シェリー。少し外に出ていなさい。私はこの小童と話がある」
「え?」
「シェリー。私は大丈夫だから、少し待っていてくれるか?」
「話はすぐに終わる。呼ぶから外で待っていなさい」
「……はい」
私は一体何の話をするのだろうかと思いながら、一人、部屋の外へと出たのであった。
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