7話
そこにいるのは、確かにアイリーンである。
最後に会った時よりも遥かに痩せて、元の、いや元の体型よりもさらにほっそりとしたように感じられた。
それでいてどこか憂いに満ちた雰囲気があり、こちらをゆっくりと見つめてくる姿に、私はまるで別人と対面しているような気持ちになった。
「お久しぶりね。お姉様」
そこにいるのはアイリーンなのだけれど、どこか違う。そう私は感じながらも口を開いた。
「アイリーン……どうしてこんなところにいるの?」
こんな場所に、アイリーンがいるわけがない。
そう思い呟くと、アイリーンはゼクシオの横に立ち、それから指に付けた指輪を眺めながら大きくため息をつく。
「どうして……そうねぇ。私は本来ならこんなところにいるべきではないわ」
「そうよ、貴方は」
「そう、私は本当なら、ヨーゼフ様と結婚して王妃の座にいるべきだった」
「え?」
アイリーンはそういうとまたわざとらしく大きくため息をつく。
「だけれど、私は結局ヨーゼフ様に騙されて……っそして……お姉様にも裏切られた」
「え? 裏切られた? アイリーン……何を言っているの?」
私の言葉にアイリーンは苛立たしそうに舌打ちをすると言った。
「なんで許してくれなかったの!? お姉様! 私は、私は謝ったのに! ちゃんと! 謝ったのに!」
謝ったのに?
私は呆然としてしまう。
たしかにアイリーンは謝った。だけれど、謝ったからと言って全てが許されて、全てが元通りになるわけではない。
そんなこと、考えれば分かるはずだ。
「アイリーン……謝ったからと言って、貴方の罪が許されるわけないでしょう」
「は? なんで?」
言葉が通じていない。
私はそのことに気がつき、アスラン様へと視線を向けると、アスラン様は首を横に振った。
「何を言っても無駄なようだ。分かっていないのだ。自分が犯した罪の重さも、何もかも」
「煩いわね! 貴方がお姉様を誑かしたのね! はぁぁぁあ。ねぇ、お姉様。チャンスをあげる」
一体何を言っているのだろうかと思っていると、アイリーンは仕方がないとばかりに言った。
「私の採取者に戻るなら、許してくれなかったことも裏切ったことも水に流してあげる。いいわね?」
一度決別したはずのアイリーン。
もう二度と会うことはないと思っていたアイリーン。
自分の心がかき乱されるような感覚に、私は、ゆっくりと深呼吸をして一度瞼を閉じて考える。
私が、今大切にしている人たちを思い浮かべ、それから、私はハッキリと告げた。
「私はもう二度と、アイリーンの採取者に戻ることはないわ」
「そうよね。私の採取者に戻るわよね……は? なんですって?」
驚いた顔を浮かべたアイリーンは、私のことを睨みつけた。
「何をバカなことを言っているの?」
「バカではないわ。アイリーン。ちゃんと、理解して頂戴。貴方は、堕落した聖女になり果て、そして王国を危険にさらしたの。その罪で幽閉となったはずよ。いい? 幽閉。つまり、外には出られないの……処刑されなかったことに、本当に感謝すべきなのよ」
妹にこんなことを本当は言いたくはない。けれど、それが事実であり、それ以上でもそれ以下でもない。
「黙りなさい……もう、もう! いいわ! お姉様なんて、お姉様なんてもう知らない! はぁぁ。ゼクシオ。さっさと用件を済ませていきましょう」
「アイリーン様、よろしいのですか? 採取者としては最高の人材なのですが……」
「いいわ。もうお姉様なんて知らない」
「かしこまりました。では、聖なる鳥様を入手して早々に引き上げましょう」
アイリーンはうなずく。それを見ながら二人の目的はこの鳥なのだと思い、私とアスラン様は視線を交わす。
何に利用されるかも分からないものを、そうやすやすと渡すわけにはいかない。
「アイリーン。お願いよ。罪をちゃんと償いましょう」
「嫌よ! ……お姉様だけは、お姉様だけは私のことを……もういいわ! とにかく鳥さえ手に入ればいい」
アイリーンは何をしたいのだろうかと思った時、ゼクシオは私とアスラン様に向かってまた植物の蔓を伸ばしてい来る。
その間に、アイリーンが鳥の元へと行くのが見える。
「アスラン様! こちらをお願いしてもいいですか!?」
「わかった!」
「アイリーンを止めます!」
ゼクシオの攻撃をアスラン様が防ぎ、そしてアスラン様は一気に接近戦へと持っていく。
私はアイリーンの元に向かって走った。
アイリーンは先に鳥の元へとつくと、鳥の前で祈りを捧げ始める。
一体何をしようとしているのかと思っていると、アイリーンの聖女の光が、鳥へと流れていくのが見えた。
ただ、光の中に黒い小さな竜のようなものが私には一瞬見えた。
「アイリーン……今のはっ!?」
次の瞬間、衝撃波のようなものが水晶から発生し、アイリーンは吹き飛ばされた。
私は伏せて衝撃に耐える。
壁に付着していた特殊魔石の粉末が一気に空中に散布し、魔障が発生し始める。
マスクをしていないアイリーンとゼクシオに私は声を上げた。
「魔障が発生します! そのままだと死ぬわ!」
私の言葉に、アイリーンは笑う。
「私は大丈夫よ。ゼクシオもね」
「え?」
一体何故、そう思う私に、アイリーンは勝ち誇った表情で口を開いたのであった。








