四話
ローグ王国へと到着をした後、すぐに私はアスラン様のお屋敷へと招かれた。
レーベ王国とは全く違った街中を抜け、そして魔術塔のすぐ横にある大きな屋敷がアスラン様の屋敷であると説明を受けた時には、内心驚きすぎて返事が出来なかった。
神殿とは違った厳かな雰囲気のある屋敷の中で、借りてきた猫状態な私は出来るだけ身動きを取らないように、出来るだけ呼吸もしないように、ソファに腰掛けていた。
アスラン様はそんな私の様子に、小さく笑うと言った。
「気にするな。自分の家のようにしてくれていい」
「え? いや、それは難しいです。こんな素晴らしいお屋敷なんて、入ったの初めてで」
「そうなのか? いや、だが、レーベ王国の神殿で暮らしていたのでは?」
私はその言葉に、笑いながら答えた。
「いえ、私はあくまでもアイリーンのおまけですから、部屋も使用人というか下働きの時のままで、なので、こういう格式のあるお屋敷には緊張します」
別段何か悪いことを言ったつもりではなかった。けれど顔をあげてみた瞬間のアスラン様はどこか怒っているような表情を浮かべており、私は慌てて言った。
「すすすすみません! 何かお気に触ることを言いましたか!?」
アスラン様は私へと視線を向けると口を開け、それから小さく息を吐いてから視線で執事を呼ぶと言った。
「私専属の採取者となるシェリー嬢だ。これからこの家に住むゆえ、丁重にもてなすように。シェリー嬢。この屋敷をまとめている執事長のレイブンだ。何かあればレイブンに頼むといい」
レイブンと紹介された執事は壮年の気品ある方で、私を見る瞳はとても優しくて、素敵な方だなと思った。
だからこそ、この家に住むという言葉を、私は聞き逃すところであった。
「え? この家に住む? え?」
慌てる私に、アスラン様は優し気に微笑むと言った。
「できれば傍にいてくれると助かるのだ。どうしても、嫌だというのであれば別に家を借りるが……安全面から言っても、ここにいてもらえる方が助かる」
「で、ですが、こんな素敵なお屋敷に私なんか……あ、あの、少しならお金も持ってきていますから、自分で家を借ります!」
そう言った時、悲しそうに目じりを下げるアスラン様と視線があった。
「……やはり、私と一緒では……嫌なのか」
「え? え? いや、そんなわけはありません! アスラン様と一緒なら光栄ですし嬉しいですし! ずっと一緒にいたいです!」
「そうか。それはよかった。レイブン。部屋を用意してくれ」
「かしこまりました」
「へ? えええ? あ、違う、いえ、違わないですが、ちが……」
考えを彷徨わせているうちにあっという間にレイブン様は一礼してからその場から下がってしまい、私はどうしたものかと視線を彷徨わせた。
すると、アスラン様の小さな笑い声が聞こえて、私は視線をアスラン様へと戻した。
「アスラン様! あの、笑っている場合ではありません。あの、光栄ですが、私にはこのお屋敷は素敵すぎて、その」
そんな私に、アスラン様はひとしきり笑い終えると言った。
「ここに来るまでに一緒に過ごしていて、私はこれほどまでに一緒にいて楽しい相手は初めてなのだ。シェリー嬢。お願いだ。女性の一人暮らしはやはり危ない。せめてこの国に慣れるまで、一緒に暮らしてほしい」
心配されるという事になれていない私は、どう答えた方がいいのか分からなくて、言葉を探す。
けれど、優しいアスラン様の視線にほだされて、私は小さく、最後には頷いた。
「あり、がとうございます。その……しばらくの間、よろしくお願いします」
そう伝えると、嬉しそうにアスラン様が優し気に目を細めるので、私の胸はまた高鳴る。
この数日間一緒にいて思うことは、アスラン様は人たらしである。
話せば話すほどに特殊薬草や特殊魔石にも詳しくて、魔術ではどうそれを使うのかなど話を聞くのがすごく楽しかった。
食事は美味しいし、旅の中でも一つ一つが優しい。
こんな人がもてないわけがない。一瞬結婚をもうしているのではないかと疑ったけれど、していないとはっきりと言われた。
今までずっとアイリーンを生活の中心にしてきた私は、自分が他人に優しくされるという体験をあまりしてこなかった。
だから、アスラン様の一つ一つの優しさが胸にしみすぎて、今にも私の心はアスラン様に陥落寸前である。
「アスラン様……あまり優しすぎると、勘違いする女性が増殖してしまいますよ?」
そう伝えると、アスラン様は困ったように眉を寄せると言った。
「おそらくシェリー嬢は勘違いをしている。私は常日頃、あまり優しくはない」
「え? どういう意味です?」
「……自分でもよく分からないのだ。さぁ、せっかくだ。甘い物でも食べてゆっくりしよう」
「え? 甘い、もの」
私が瞳を輝かせると、お菓子を乗せたトレーが運ばれてきて、机の上に色とりどりの美しい菓子が並んでいく。
甘いものは好きだけれど、あまり頻繁に買えるものではないので、特別なご褒美の日だけ自分に買っていた。
ごくりと喉が鳴ってしまい、私は意地汚いなと自分で反省した時、顔をあげるとアスラン様はそんな私に言った。
「旅の中で甘いものが好きだと聞いていたので、是非、楽しんでもらえたらと思って。私も久しぶりに一緒にいただこう」
湯気の立つ紅茶を入れてもらい、私はこんな贅沢をしてもいいのだろうかと、こんなに幸せでいいのだろうかと、思ったのであった。
秋になると食べたくなるもの、鍋、シチュー、グラタン、焼き芋、みかん。美味しい物は全部食べたくなる季節ですね!(*'ω'*)
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