3話
ガレア山脈鍾乳洞は一番近い下流の町を出立して丸一日はかかる位置にある。
それ故にある程度支度が重要であり、私とアスラン様はしっかりと準備を行ってから魔術塔を出立することとなった。
町までは移動装置であるポータルを使って移動をし、そこからは徒歩である。
私についてくるためにアスラン様は魔術薬を飲んでいた。
「シェリー嬢は自分が思っている以上に速い。最初の時にはかなり驚いたものだ」
アスラン様の言葉に私はそうだったのだろうかと思いながら王城内にある移動装置であるポータルに乗る。
私が採取者となったことで魔術塔の横に施設が一棟建てられた。
最初は良いのだろうかと思ったけれど、案外皆さんが利用しているので、自分だけのためでないならばよかったとほっとした。
アスラン様に申請を出したのちにそのポータルを使って移動するようになったことで、作業効率は遥かに上がった。
ポータルで私達は町へと移動をすると、まずは情報収集のために二手に分かれて魔障について尋ねて回る。
最近異常はなかったか、気になることなかったか、小さなことでもいいからと聞いて回り、私とアスラン様は合流を果たして情報交換を行っていく。
「こちらでは、鉱山に入った人物から、最近地震が頻繁に起こるという情報が手に入った。あと、山脈の方から夜になると怪しげな光が見えたとの情報もあった」
「私も同じことを聞きました。あと女性達の中で、川の水が少し色が濁ったり、水量が変わったりということもあったとの情報を得ています。念のため、水の魔障濃度を計測してみましたが、今のところは問題はないようでした」
「ふむ……とにかく一度しっかりと見るしかないな」
「そうですね」
私達はうなずき合うと、山脈に向かうために足を向けた。
天候もよく、今ならば順当に上って行けるだろう。ただし、調査自体は明日になるだろうなと思ったのであった。
元々一日は野営する予定であり、その為の食材などもポシェットに入れて来てある。
アスラン様が晩御飯は振舞ってくれると言っていたので、実の所かなり楽しみにしている。
そして楽しみがあると、足取りは軽くなるもので、最初はなだらかな丘のような道をさくさくと歩いていると、アスラン様が口を開いた。
「シェリーは本当にすごいな。息一つ乱れない」
「ふふふ。そりゃあまだ丘で穏やかな道ではないですか」
そう言っていると、丘の中腹で休憩をしている方々が見えた。
ぺこりと頭を下げると、汗だくになりながら飲み物を飲んでいた。
「普通はあぁなる。ずっと坂道だし、町を出てすでに小一時間は経っているからな」
「本当ですか?」
感覚的には軽いお散歩くらいの気持ちだ。
私達はそのまま山道を登っていくのだけれど、途中から大きな道ではなく横にそれが鍾乳洞へと向かう道の方へと進んでいく。
そこから一気に山道が険しくなり始め、足場も悪くなっていく。
途中までは草木の姿も多少はあったけれど、今では岩肌が見えた山道が続いていく。
「アスラン様、こっちの道は滑りそうなので、道順を変えます。足元気を付けてついてきてください」
「わかった」
傾斜がかなりあり、登るのも一歩一歩が難しくなり始める。場所によっては四つん這いになり、気を付けて登らなければ進めない箇所もあった。
私とアスラン様は道を気を付けながら安全に一歩一歩進み、そしてかなり登ってあと少しというところで日が傾いた。
私は近くにあった大きな岩の上でアスラン様に言った。
「今日はここで野営をしましょう。あと少しの位置に鍾乳洞の入り口はあるので、ここからであれば明日の朝一から、調査が出来るかと思います」
私の言葉にアスラン様はうなずいた。
「ではここで準備をしよう。魔術具のテントの準備を頼んでも? 私は今晩の食事の準備をしよう」
その言葉に私はうきうきとしながら、ポシェットから食材をとり、シートの上に並べ始めた。
今日の晩御飯をとても楽しみにしていたので、ここまで頑張ったご褒美のような感じがする。
楽しみだなぁと思ってうきうきとしていると、アスラン様が私が持ってきた材料を見て驚いたような顔をした。
「こんなに持ってきたのか」
「はい! その……実は楽しみにしていまして……」
「ははは。じゃあ今日はバーベキューだなぁ」
「いいですね!」
アスラン様は食事の準備へ、私は魔術具のテントを組み立てていく。
この魔術具のテントは魔術塔の三人が開発してくれたもので、立てるだけでどんな暴風にも耐えるという代物だ。
地面に杭を打ったりせずに立てられるという優れものであり、私は出来た当初感激をした。
その他にも三人からは、一人で採取は危ないということで他にも魔術具を渡されている。
ポシェットの中にいれており、緊急時は使ってねと言われている。
人から心配してもらえると言うのはこんなにも優しい気持ちになれるのだなと私は思った。
テントを組み立て終えた私は、アスラン様の手伝いへと向かうと、アスラン様はすでに手際よく準備を進めていた。
切られた野菜はトレーの上へと乗せられており、アスラン様は折り畳み式の鉄板を開き、その上で焼く準備を進めて行く。
「あれ? アスラン様、この鉄板、特殊魔石を加工して作ってありますか?」
私の問いかけに、アスラン様は口角をにっとあげると嬉しそうにうなずいた。
「いくつかの特殊魔石を組み合わせて作ってみたのだ。相性の良い魔石は、相互的に効果を発揮してくれる。見ていてくれ」
アスラン様はそう言うと、手に持っていたスティック状になっている魔石を鉄板にスライドさせるようにシュッとこすりつけた。
次の瞬間、岩の上に置かれていた鉄板は赤くなり始めた。
「まだ試作段階で改良の余地はあるのだが、相性を考えながら組み合わせて作ることによって、応用が利くのだ。今この鉄板は熱くなっているが、特殊魔石で作った別のスティックでこすると」
そう言ってアスラン様は今度は青色の魔石スティックをこすりつけた。
赤かった鉄板が青色へと変わり、冷気を放ち始める。
「わぁぁぁ! すごいです」
「特殊魔石は扱いは難しい。だが、上手く使えばこのように良い品が出来上がるから面白い」
アスラン様はもう一度赤色の魔石スティックで鉄板をこすり、その上に野菜とお肉を乗せていく。
良い匂いが香りはじめ、私は飲み物の準備をしつつ、ふと視線を町の方へと移した。
空が少しずつ闇へと呑み込まれていくように橙色から紫色へ、そして黒色へと変わっていく。
空が暗くなれば、小さな町の灯がちらちらと見え、私はそれを見つめながら呟く。
「綺麗ですね」
もしも魔障が町へと流れ落ちれば一瞬で呑み込まれることになるだろう。
そう思うと、胸が苦しくなる。
「今のところは大きな問題にはなっていない様子だったな……調査次第では避難を呼びかけなければならないだろう」
「そうですね」
「さぁ、思い悩んでも解決はしない。今日は英気を養って明日に備えよう」
「はい! すごく楽しみにしていたので、美味しくいただきます!」
「あぁ。美味しく食べてくれ」
微笑まし気にこちらに視線を向けられて、ちょっと恥ずかしくなる。
私はアスラン様とその後は満天の星空の元で、美味しく食べながら過ごしたのであった。
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