第二章 1話
夜空を見上げると、星が遥かかなた西の方へと流れていくのが見えた。
アイリーンとヨーゼフ様との一件があってから数週間が立ち、レーベ王国内部もだいぶ落ち着いてきたと話を聞いた。
神殿の在り方も見直されていくと同時に、レーベ王国でも、聖女だけに頼るのではなく魔術も取り入れる流れが興り始めているのだという。
私はそれぞれの王国が発展していくといいなぁと思いながら空へと手を伸ばす。
手を伸ばせば、届きそうなほどなのに、掴むことはできず、星々は美しく空を照らす。
「綺麗」
標高が高い場所だから、吐く息は白く、空気中に山脈から吹き抜ける風は、特殊な魔石のかけらを巻き上げて星のようにきらめかせる。
その光景は美しいものだが、美しいだけではない。
私はマスクとゴーグルを取り出すと、それをつける。先ほどよりも風が強くなり、空気中に含まれる魔石のかけらが空気と混ざり合い始めた。
次の瞬間、空気中で、まるで弾ける花火のような光景が、時折見えるようになった。
「魔障が発生してる……早く降りた方がよさそうだなぁ」
魔石が砕けたかけらが空気中でぶつかり合い、魔石同士で衝突することで魔障という瘴気が生まれる。これは人体に悪影響を及ぼすものなので、出来るだけ吸い込まないように注意が必要なものだ。
ある程度耐性はあるものの、出来るだけ気を付けた方がいい。
地面を歩くたびに、しゃくしゃくというような氷を砕くような音が響く。
私は魔術塔に帰ったら、温かい飲み物を飲みながらマフィンでも食べようと妄想する。
今回もきっちりと特殊魔石を採取することが出来たので、アスラン様も喜んでくれるだろう。
「早くアスラン様に会いたいなぁ……」
そう言えばと、ふと師匠からの手紙の文面を思い出す。
【恋人という男に会いに行く。
追伸 ローグ王国ガレア山脈鍾乳洞にて異様な魔障発生。採取の時には気をつけよ】
いつものように無駄のない手紙ではあったけれど、久しぶりの手紙の内容に、会いに行くという文面があり、私は内心驚いた。
師匠は私のことを弟子として大切にしてくれていたと思う。
だけれど、私の私生活に口出しをするような方ではなかった。
アイリーンの専属の採取者になると決めた時、最初は眉を潜めたけれど私の選ぶ道ならばと許してくれた。
そんな師匠が久しぶりに帰ってくる理由が、私の恋人に会いに来る為だという。
なんとも不思議な感覚と、むず痒いような、恥ずかしいような気持ちが胸の中を渦巻く。
「……何かしら。この感情」
胸に手を当ててみると、なんだかざわざわとした感覚がある。
「はぁ。とにかく、師匠が来ることをアスラン様にも伝えなくちゃ」
アスラン様にはまだ言っておらず、早めに言わなければと思いながら、なんとなく言えていなかったのである。
元々師匠は性格がいい方ではない。
なので、どのような対応を取られるかが心配だったのである。
「はぁ。気が重いな。だけど、師匠に会えるのは楽しみだな」
師匠はしょっちゅう腰が痛いと言っていた。なので、師匠用の腰痛湿布薬をアスラン様と一緒に開発したのである。
喜んでくれるだろうかと思いながら、私はとにかく今はアスラン様に早く会いたいなという思いで、足早に山を下りたのであった。
魔術塔へと着くと、私は改めてその外観を見上げた。
巨大な魔術塔は確かに塔の形をしており、外壁はレンガのように見える。けれどレンガではなく、明らかに魔石で作られた何かである。
「いつ見てもすごいなぁ」
「ふむ。君がそれほど興味を持つとは。一度一部を砕いて調べてみるか?」
声を掛けられ、私は驚きながら振り返るとそこにはアスラン様が立っていた。
美しい黒色の髪を一つに束ね、こちらを紅玉魔石のような魅惑的な色の瞳で見つめている。
こんな美丈夫が、私の恋人。
そう考えただけでボフンと顔に熱が込み上げてきて、私は両手で顔を覆う。
「シェリー? どうかしたのか?」
私の元へと歩み寄ってきた足音と、迷いなく私の頬に触れる手。
指の隙間からアスラン様を見上げると、やはりそこにあるのは美丈夫のご尊顔であり、私は声にならない悲鳴を上げた。
「シェリー?」
「すみません。なななななんでもないんです」
そう答えると、アスラン様は困ったように微笑みを浮かべる。それから私の手を取ると言った。
「ちょうど魔塔に帰ってきたタイミングで会えてよかった。中へ入ろう」
「はいっ。あれ? アスラン様は今日は外に出ていたのですか?」
いつもは魔術塔に籠っていることが多いのにと思い首をかしげると、大きくため息をアスラン様はついた。
「少しジャンの元へと行って来たのだが、問題があってな。君の意見も聞きたいという話になったんだ」
「問題ですか?」
「あぁ。だが君も帰って来たばかりだ。少し魔術塔で休憩をしてからにしよう。さぁいこう」
アスラン様に手を引かれ、私は魔術塔を上ると、三人が書類の山から頭をのっそりと現しているのが見えた。
「シェリーちゃんおかえり~」
「もう帰ってくる時間!? 早いなぁ」
「おかえりぃ。お茶入れるねえ~」
ベスさんとミゲルさんとフェンさんは、三人とも目の下には隈が出来ており、私は苦笑を浮かべた。そしてフェンさんがお茶を入れると言ったことで、三人とも一緒に休憩しようと、机の上の荷物をどけると、準備を始めた。
私は自分の荷物を下ろそうとした時、アスラン様から手招かれた。
「どうしたんです?」
「シェリーのデスクを作ったんだ。ほら、こっちを使って。荷物もこちらに収納すればいい」
「え?」
真新しい机と椅子、そしてその横には棚があり、私は瞳を輝かせた。
「え!? 私が使っていいんですか!?」
そう尋ねると、アスラン様は微笑みを浮かべてうなずいた。
「もちろんだ。君の為に準備をしたんだからな。待たせてすまなかった」
「わぁぁ! ありがとうございます!」
私は机の元へと足早に移動すると、指で机を撫で、それから椅子にゆっくりと座ってみた。
「えへへ」
なんだか嬉しい。椅子はくるくると回るようになっており、机の上にはペン立てや飾り棚もついている。そしてそこにはアンティーク調の置時計と、可愛らしい水晶で作られた花のライトが備え付けられている。
「可愛い」
ベスさんが私が喜んでいるのを見て、にやにやとしながら言った。
「アスラン様が、直々に選んでたんですよぉ~。サプライズ大成功ですねぇ~」
「ヒューヒュー!」
茶化そうとするミゲルさんを、ティーポットやクッキーをお盆に載せて戻ってきたフェンさんが注意する。
「ミゲル~。お前がもてないの、そういうとこがあるからだぞぉ~」
「ぐへっ……フェン。お前」
「まぁそれだけじゃないけどね~。さ、シェリーちゃん! お茶しましょ! アスラン様も!」
私達は一時的に綺麗になった部屋の中の中央に置かれた休憩用の机を皆で囲むように座る。
フェンさんがお茶をついでくれて、ベスさんは優雅に紅茶にお砂糖を入れている。よくよく見るとかなりの量を投入しているので、大丈夫かと少し心配になる。
ミゲルさんは唇を尖らせて不満そうな顔を浮かべていた。
アスラン様は机に、帰りにお店で買って来たというマフィンの箱を乗せた。
このマフィンは街でも有名な菓子店の物で、アスラン様はよく買ってきてくれる。
「差し入れだ。さぁ、皆でいただこうか」
アスラン様の言葉に私達は瞳を輝かせた。
「「「「ありがとうございますー!」」」」
皆で食べるマフィンはとても美味しくて、ベスさんが入れてくれた紅茶は、砂糖の味しかしなかった。
第二章始まりましたー!
読んでいただけたらとても嬉しいです(*´▽`*)








