三十話
すみません! 遅くなりました!
二十八話と二十九話の間の一話が抜け落ちていたので、二十八・五話として差し込みました。
すみません。
アイリーンは鞭をひり上げると私に向かって振り下ろした。
その時、私は腕をあげた。
アイリーンの鞭は以前アスラン様からもらっていた転送用の魔術具に当たり、それは一瞬で砕けると青白い光を放つ。
「きゃぁっ! 何よ!」
私は無理やりに体を動かすと腕を伸ばしアイリーンを掴んだ。
青白い光の中で私とアイリーンの体は共に光の輪を通り抜ける。
「シェリー!」
温かな腕が、私のことを抱き込んだ。
その温もりとに私はほっと息を吐いた。
顔をあげると、アスラン様がこちらを見つめて今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
その表情には疲れの色が見られ、目の下には隈が浮かび上がっていた。
「シェリー……無事で、無事で良かった」
アスラン様はそういうと私のことをぎゅっと抱きしめ、そして愛おし気に頭を撫でた。
美丈夫がやつれるとこんな風に色気が出るのかと、呆然と私は考えながら抱きしめられたのだけれど、はっと視線を彷徨わせると、なんとそこは広々とした場所であり、アスラン様と私達だけではないのだということに気が付いた。
そしてアスラン様の横に立っているのはジャン様であり、私の視線はジャン様としっかりとあった。
ジャン様はこちらを見つめてわずかに微笑んだ後、視線を前へと向けると声をあげた。
「お答え願いたい。どういうことなのか、説明を求めます」
私はここは一体どこなのかと視線をさらに彷徨わせる。
すると後ろから聞こえてきた声に、びくりと肩を震わせた。
「……どういうことなのだ。答えよ。ヨーゼフ」
重く響く声は、聞き覚えはあるものの、こんなに近くで聞くのは初めての声である。
私は振り返ると、そこには王座があり、その下にヨーゼフ様が膝をついてうつむいている姿があった。
ヨーゼフ様の父であるレーベ王国国王は、実の息子であるヨーゼフ様を睨みつけており、ヨーゼフ様は慌てたような声で言った。
「い、一体何のことでしょうか。僕にはわかりかねます。これは……これはそう、そこにいるシェリー嬢の妹であるアイリーンが企てたことではないでしょうか。シェリー嬢と共に姿を現したのが、その証拠です!」
必死に早口になりながらそう告げたヨーゼフ様の言葉に、レーベ国王も周りの人達も呆れたように顔を歪める。
名指しされたアイリーンは周囲を見回し、そして自分が置かれている状況に困惑して声をあげた。
「なななな何なのでしょうか。ここは、ここはレーベ王国の広間? え? えっと、ローグ王国の人達までいるみたいだけれど……これはどういう、状況なの? ちょっと、ちょっと待って。え? ヨーゼフ様、今、なんとおっしゃいました?」
早口で告げるアイリーンに、ヨーゼフ様が声をあげた。
「騎士達よ! 採取者誘拐容疑でアイリーンを捕まえろ。父上。私がこの件はしっかりと対処して」
「黙れ」
「ひっ……」
レーベ王国国王が、頭に手を当て、大きく息をつく。
私は状況がつかめずにアスラン様を見ると、アスラン様は私を抱き上げると声をあげた。
「行方不明になっていた私の専属の採取者シェリー嬢が、今ここに、そちらの聖女アイリーンと共に現れたことについて、改めて詳しく説明を求めます」
その言葉に、アイリーンが声をあげた。
「お姉様は私の採取者よ! 魔術師なんかの採取者じゃないわ!」
私は、アイリーンの身勝手なその発言に、反射的に声をあげていた。
「いいえ。私はアスラン様の採取者よ。アイリーン。私は貴方の採取者ではないし、今後、貴方の採取者に戻るつもりもないわ。自分勝手なことを言わないで」
「何よ! ただのおまけのくせに! お姉様なんて価値のないただのおまけ! 採取者なんてただのおまけ職じゃない!」
「なら何故、そんな私に帰って来いというの? ねぇアイリーンいい加減にして頂戴。自分が言っていることが矛盾しているってわかっているの?」
「うるさい! うるさい! うるさぁぁぁぁい!」
アイリーンの声に、レーベ国王が口を開いた。
「聖女アイリーンよ、口を閉じよ」
レーベ国王は視線を走らせると、横に控えていた大聖女へと目線を向けた。
「神殿の教育はどうなっている」
「も、申し訳ございません……その、ヨーゼフ様の婚約者に内定した時点で、専属の家庭教師をつけたのですが……」
「いいわけはよい。はぁ。聖女アイリーンよ。君は今、自分がどのような立場にいるか、分かっているか? 君に掛けられた罪は、ローグ王国魔術師専属採取者の誘拐疑惑。その他にも本来ならば神殿に所属する採取者の採取した物は神殿所有となるべきものなのに、無断で販売した罪、また、その中に聖女の力を反転させた呪いを混入させた罪がかかっている。これは大罪だ」
「え?」
アイリーンはその言葉に動きを止め、その後慌てた口調で話し始めた。
「なななななんで私が! えっと、違います。私じゃないです。えっとその、だ、誰かが、誰かが私をはめようとしているのです! お、お姉様。私お姉様を誘拐したわけじゃないわよね? ただ、一緒にこの国に帰って来ただけよね?」
さすがにまずいと思ったのだろう。アイリーンのその慌てた言い訳に、私は一緒にいるアスラン様と視線を合わせ、頷き合い、勇気をもらうと口を開いた。
「いいえ。私はヨーゼフ様とアイリーンの手によってこの場に誘拐をされました。しかも、誘拐されるときに聖女の力を反転させた呪いを受け、目覚めたのはつい先ほどです。そしてこれを見てください」
私は自分の首にはめられた奴隷の首輪を指さした。
「二人につけられたものです。これでお前は逆らえないと、そう脅されました」
「お姉様!」
「シェリー嬢!」
アイリーンとヨーゼフ様は声をあげた。けれど私は、口を閉じない。
「私はアスラン様の専属の採取者です。これは不当な誘拐であり、その処分をレーベ王国国王陛下に下していただきたい所存です」
私はアイリーンと決別を決めた。そして、罪は罪だ。
やっていいことと悪いことはあり、アイリーンとヨーゼフ様がしたことは大罪に違いない。
これを許せば、今後他の聖女が危険な目にあう可能性もある。
もう、庇えるようなものではない。
「お姉様! どうして!」
悲鳴にも似たアイリーンの声に私の胸は痛む。更に、アイリーンが声を上げようとした時、アスラン様が私の耳をふさいだ。
「 」
アイリーンの声が聞こえない。呪いのようにこびりついた妹の懇願の声を、アスラン様はふさぎ、優しく微笑んだ。
口が動き、それを私は目で追った。
“君はもう自由だ”
あぁ。
あぁ。そうだ。
私はもう姉という鎖に縛られてはいない。
背中の重さから解き放たれたような、自由な感覚を得たのであった。
いよいよラストスパートです!
いつも読んでくださりありがとうございます。
『心の声が聞こえる悪役令嬢は、今日も子犬殿下に翻弄される』が昨日発売されましたぁ!もうウキウキそわそわしてしまって、一日が、何もせずに終わっていきました!
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