二十八話
舞踏会は数日間続いていくらしいのだけれど、私としてはアイリーンと決別が出来たのでもう十分であった。
アスラン様も、初日のみの参加だと考えていたようで、私達はそれからは王城で舞踏会は開かれていたけれど通常勤務へと戻った。
ジャン様は今後ヨーゼフ様とアイリーンのことについて調べていくとの話を聞いており、二人の今後の行方は気になったものの、私にはこれ以上深入りできないと気持ちを切り替えた。
ただ、ジャン様はアイリーンと話をして情報を得てほしいようなことを、私の前でアスラン様に話をしていたのだけれどアスラン様がそれをきっぱりと断った。
『たとえ姉妹であろうと、シェリーは採取者の一般女性だ。緊急の場合は仕方がないかもしれないが現在は差し迫っている状況ではない。故に、適材な部署が捜査にあたるのが妥当だ』
現在かなりの情報は得ているようで、ジャン様も無理強いするつもりはなかったようですぐにそれに頷いた。
良かったのだろうかとも思ったけれど、私自身、今後アイリーンと関わっていくことは控えたかったのでありがたかった。
魔術塔は基本的に在庫を切らさないように魔術で作った物を倉庫へと保管しており、私はその素材である薬草や魔石の個数の在庫を見て、さらにアスラン様から頼まれているリストを確認しつつ採取へと向かおうと思っていた。
「シェリー嬢」
出発前に呼び止められ、私が振り返ると、少し心配そうな様子でアスラン様が言った。
「大丈夫か?」
おそらく昨日アイリーンと決別したことを言っているのだろうなと思って、私は頷いた。
「大丈夫です。話が出来てすっきりしたので」
そう伝えると、アスラン様は頷いた後に言った。
「気を付けて」
「はい。行ってきます」
私達は笑みを交し合った。なんだかそれが照れくさくなって、私は恥ずかしさからわざと大きな声で言った。
「では! 皆様も、行ってまいります!」
こちらの様子を、さりげなく伺っていた三人は、肩をびくりとさせてから返事をした。
「「「いってらっしゃーい」」」
恐らくは私達の雰囲気の変化に、部屋の中で息をひそめていてくれたのだと思う。
何というか恥ずかしいのだけれど、昨日の今日なので、私とアスラン様との間に何か変化があったわけではない。
私はいそいそとリュックサックを背中に背負ってポシェットをかけ、外へと向かったのであった。
今日向かうのは近くにある王城管轄の小高い山であり、そこにある洞窟の中で採取する予定である。
アイリーンについて、もしも、何か分かったり変化があった時にはジャン様が教えてくれる約束をしている。
内心、決別はしてもやはりアイリーンには幸せになってほしい思いがある。
だからこそ、どうかアイリーンがかかわっていませんようにと心のどこかで願っている自分がいた。
山の中に入る前に、私はゴーグルと水を通さないようにカッパを着用し、手袋や荷物の最終チェックを行った。
常に採取は危険と隣り合わせ。
慣れてはいても、安全だと思ってはいても、気を抜いてはいけない。これは師匠からの受け売りであり、採取する時には常に心掛けている。
「師匠も、元気かしら。腰痛で引退するって言って、定期的に連絡は受けているけれど」
今度様子でも見に行ってみるかと思いながら、私は森の中を進もうとした。その時、私は風の匂いに交じって、違う匂いを感じた。
森の中では、土の匂いと、空気に含まれる水分量や肌に感じる森の雰囲気で小さな変化を見逃さないようにしなければいけない。
普通の人であれば気が付かないことでも、私にしてみれば気が付かないわけがない。
獣や魔獣の類ではない。
人間だ。
私は呼吸を乱さないように平静をよそいながら、ズボンに装備している短剣を歩きながらさっと手に取ると、呼吸を整えながらも経路を視線で確認して、一番逃げやすい場所を見つけていく。
こんな場所に身を潜めてこちらの様子を伺っているという事は、こちらに害をなす気なのだろうと容易に想像が出来る。
これまでも、盗賊や山賊に襲われるという経験はあるものの、その気配とはまた違った雰囲気を感じていた。
私は神経を研ぎ澄ませながら、ゆっくりと歩いていく。
逃げることが出来るように、出来るだけ逃げられる道が多くある方面へと進んでいきたい。
その時であった。
動く気配を感じ、私は現在の場所では逃げ道が限られていると慌てて走り出した。
山の中へと入り、出来るだけ困難なルートへと進みたい。
後ろから追ってくる気配がするけれど、私は山の中へと入り、岩山を飛ぶように駆ける。
この状況であれば逃げられると思った時であった。
「きゃぁぁぁぁ。お姉様ぁあぁぁ。助けてぇぇぇぇ!」
耳に聞こえたその声に、私は振り返ると体が走り出していた。
「アイリーン!?」
悲鳴が聞こえた。
それは確実に自分の妹の声であり、何故こんなところにという考えよりも、こんな場所で賊につかまればどんな目に合うか想像に難くない。だからこそ、少しでも助けられる可能性が高まるようにと、体が反射的に行動を開始していた。
黒装束の男達に囲まれるアイリーンの姿が見え、私は人数と位置を把握すると、全力でその場に向かってかけ、一番近くにいた男の足を振り払うと、宙へと飛びあがり、横の男に蹴りを入れ、襲い掛かってきた男の懐に入ると、その顎を短剣の柄で突き上げた。
アイリーンを私は即座に担ぎ上げ、逃げるためにと動こうとした次の瞬間。
体に悪寒が走った。
「うふふ。お姉様ってば本当に単純なんだから」
次の瞬間、ぐらりと視界が反転した。
年末が、年末が肩を叩いてきます。
「そろそろ、年末だよ?」
「ねぇ、もうすぐ一年が終わるよ?」
「ねぇ、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」
や、やめろぉぉっぉぉぉぉ! と毎日、もう12月なことが信じられません。(●´ω`●)








