二十五話
アイリーン視点です。
今まで自分の立場が危うくなるなんて考えたこともなかった。
聖女としての務めを果たすことが出来なくなり、体重は減らそうとしてもどんどんと増えていく。
それに伴って髪の毛もくすみ、肌も荒れ始めて、私はどうしてこうなったのか全く理解が出来なかった。
そこで思い出したのだ。
お姉様が毎日のように健康に良さそうだと言っては私に差し入れしてくれていたお茶や食べ物を。
お姉様が持ってくる物は私の好みの味ばかりだったから、くれるのであればと口に運んでいた。
そして知り合いのバーの店主からもらったという化粧水や体調を整える薬なども定期的にもらっていたのだ。
それが底をつき、私の体はどんどんとおかしくなっていった。
意味わからなかった。
少し前までは他の聖女達からは何をしたらそんなに美しさが保てるのかと尋ねられてきた。けれど、自分では意識していなかったので何もしなくても自分は美しいのだと思っていた。
まさかお姉様が持ってきた物がよかったのだろうかと気が付いたのは、体重がかなり増えてからである。
そしてお菓子に手が伸び、太り、肌があれ、またイラつきお菓子を食べるという悪循環の中で、私は今の自分を作り上げてしまった。
全てお姉様が悪い。
私の為に灯ってきてくれていたのであれば、ちゃんとお姉様がいなくなった後にも私の手に届くようにしておいてくれればよかったのに。
そうした配慮が出来ないから、お姉様はぐずなのだ。
私は苛立ち、だからこそヨーゼフ様から提案があった時には心から喜んだ。
「ローグ王国の建国祭の舞踏会ですか?」
「あぁ。どうやら現在シェリー嬢はローグ王国にいるらしい。妹である君からの願いであればきっと我が国に戻ってきてくれるだろう。国王陛下からも戻ってくるように説得するようにと命じられて、僕と君でその舞踏会に参加することが許されたんだ」
私はその言葉に喜んだ。そして何よりヨーゼフ様が自分の元へと来てくれたことが嬉しかった。
デブスと呼ばれた日からずっとヨーゼフ様は全く逢いにも来てくれないし、一緒にも過ごしてもくれなくなり私は心配していたのだ。
いくら会いたいと手紙を出しても、忙しいと断られていた。
今まではすぐに会いたいと言っていたのに、どうしてなのかと不安に思ったけれど、やはり杞憂だったのだ。
「そうなのですね! お姉様であれば私が言えばすぐに帰ってきますよ」
「あぁそうだろう。シェリー嬢は、君のことを大切にしているからな。ふぅ。これでどうにか落ち着くだろう……いいか、絶対にシェリー嬢に帰ってきてもらうんだ。じゃなければ君との結婚も危い」
「え? な、何故ですか!?」
私が焦ってそう言うと、ヨーゼフ様は私の横に座ると静かな声で囁いた。
「……君が横流ししたシェリー嬢の採取物が、現在問題になっている」
「え!?」
ガタンと私は音を立てて立ち上がった。何故横流しが問題に何故なるのか分からなかった。
「な、なんでですか? だだだだって、だってヨーゼフ様が紹介してくれた人に買ってもらっていただけなのに!」
「神殿所属の聖女の為に集められた採取物は全て神殿の所有物だと、君は学んでいるはずなのに知らなかったのか。バカだなぁ」
「え?」
今まで優しかったヨーゼフ様から呟かれた言葉に私が目を丸くしていると、ヨーゼフ様は肩をすくめた。
「まぁ、僕もそれを利用させてもらったんだけど。でも、もし今回の作戦が失敗したら全て君に罪を被ってもらうから」
「え?」
意味が分からずに呆然としてると、私の顎をぐっとヨーゼフ様につかまれ、睨みつけられた。
ほっぺたがつぶれる痛みと、突然のことに私は視線を彷徨わせて混乱していると、ヨーゼフ様は今まで見たことのない表情でにやりと笑った。
「我がレーベ王国は聖女の守護する国。そんな聖女と同等の力だと最近魔術師が台頭してきていてね。そんな魔術師を輩出するローグ王国が目障りになって来たんだ。だから、君が売りさばいたものを利用させてもらい、レーベ王国に一泡吹かせてやろうとたくらんでいたのだけれどな、シェリー嬢がいなければ今後動きずらい。しかも、彼女を取り戻さなければ父上が煩いんだ」
ニヒルな笑みを浮かべるヨーゼフ様は、優しい王子様ではない。どこか危ない雰囲気に、私の胸は高鳴った。
「ど、どういうことなんですか?」
「君が売ったと思っているものはね、僕がローグ王国の裏ルートに流していたのさ。実験がてら呪いを込めたものを混ぜてね」
「実験? 呪い?」
「そうさ。聖女の力を反転させた呪いはどのような効力があるのか気になってね。数名の聖女に協力してもらい、それをローグ王国へ流したんだ。上手くいけばローグ王国に一泡吹かせることが出来る。父上は友好を築くべきだというが僕は反対なんだ。聖女と魔術は相いれない存在だ」
いずれレーベ王国を率いるのはヨーゼフ様である。だからこそ未来を見越してローグ王国側に仕掛けたのだろう。
なんて賢い方なのだろうか。
私は胸がさらにときめくのを感じていると、ヨーゼフ様は言った。
「ちょっと問題が起こって今まで使っていた聖女が仕えなくなってね。だからこれからは君が聖女の力を反転させた呪いを生み出すために協力してくれ。婚約者だろう?」
顎を掴んでいた手が緩められ、頬を軽くぺしぺしと叩かれた。そして期待のこもったその瞳で見つめられ、私は大きく頷いた。
「もちろんです! ヨーゼフ様の為なら協力しますわ」
「それは良かった。ではこれからの事について話をしよう」
ヨーゼフ様は聖女を大事に思うからこそ、魔術が豊かなローグ王国に嫌悪するのだろう。
いずれレーベ王国はヨーゼフ様の物。そしてそれは同時に私の物でもある。
私はうっとりとしながらヨーゼフ様の言葉を聞いたのであった。
あれから何度かヨーゼフ様の元で聖女の力を反転させる呪いの実験にも参加し、ヨーゼフ様に褒められると嬉しいし、もっと頑張ろうと思った。
けれど頑張れば頑張るほどに、もっと素材が必要だと思うようになった。
お姉様を早く連れ戻さなければならない。
妹の私が帰ってきてと言えばすぐに帰ってくるだろう。
そう思っていた。
「誰よあれ……何よ、あの姿……」
「シェリー嬢……美しい……」
「ヨーゼフ様!?」
いつも以上にドレスも宝石もつけてきたというのに、以前までは会場に入ればうっとりとした目で皆が私のことを見てきたというのに。
誰一人私を見ない。
そして今、皆が視線を注ぐのは、美丈夫の横に並ぶお姉様であった。
「何よ……ふざけないでよ……おまけのくせに。おまけごときが、でしゃばるなんて……許せない」
私の怒りは頂点に達していた。
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